いきなり独特って素敵やん
橋を渡るとたもとに関所のような物がこしらえてあり、長い棒を持った男が二人立っていてこちらを制止した。
「アルロット領まで行くんだが、下流の橋が落ちていてね。村を通らせて貰いたいのだが」
御者さんが男達に言う。
「下流の橋が落ちたって?雨季でもないのに?あり得ないだろ」
長い棒を持った男が言う。
「あり得ないと言われても、実際あったんだから仕方ないだろう。別に問題を起こしたりはしないよ、通過させてくれるだけでいいんだ」
御者さんは肩をすくめて言う。
「あんたの言っている事が本当だとして、そうなるとここを通過する者が増えるな。だったらそれなりに対処しなけりゃならなくなる」
棒を持った男は相方に言う。
「ああ、そうなると当然あれが必要だな」
「当然そうなるだろう」
「今、持ってくるぜ」
「おう」
ひとりはそう言って関所の向こう側へと歩いて行った。
「おいおい、俺達はどうすれば良いんだ?通らせて貰えないのか?」
御者さんは少しだけイラっと来ている様子だ。確かに何の説明もなくふたりだけでやりとりして、突然ひとりがいなくなればこっちも不安になる。
「通らせないとは言ってない。むしろあんた方の話しに対応しようとしてるんだよ、こっちは」
ひとり残った男が御者に言う。
「そうなのか?」
「そうだよ、だからもう少し待て」
関所の男は棒を橋に立てかけ、近くに置いてあるイスに腰かけた。
「どうしました?」
後ろの馬車から記者達が降りてきて御者さんに声をかける。
「いやあ、ここを通過するための準備をしてくれてるみたいでね」
「準備にしては時間がかかりすぎてませんか?」
「まあ、そうなんだが、それでもそちらさんは我々に対処するためだと言うのでね」
記者と御者が話をしている。
記者達の中にシャンドレさんがいて俺と目が合った。
シャンドレ記者は微妙な笑みを浮かべて俺を見ている。
「ちょっと降りてくるわ」
俺はクランケルに声をかける。
「私はここで見張っていますよ」
俺はクランケルに軽く手を挙げて馬車の二階から下へ飛び降りた。
「ヤジメ村を知らない記者もいるみたいで、イライラしても仕方ないと言ったんですけどね」
シャンドレ記者が言う。
「シャンドレさんはヤジメ村は?」
「幾度か来た事がありますよ、ここに来たらここのルールに従うしかないんですよ。無理に拒むと余計時間が取られるだけなんですから」
「そうなんですか?」
「ええ、そうです。ひとつのルールを拒否するとそれに対応するために複数のルールが現れるだけなんですよ。そして、そのルールは部外者には理解し難いものばかりですから、いちいち気にしていたらここにはいられませんよ」
「それはそれは」
たまらない場所だねこの村は。
「おーい、持って来たぞ」
先ほどどこかへと歩いて行った男が木箱を抱えて戻って来た。
何を持って来たんだ?あの中身で何かをやらされるのか?
「おう、ご苦労さん」
もうひとりの男がそう言うと、歩いてきた男は地面に木箱を置いた。
「橋が落ちたのならこいつを持ってこないとな」
待っていた男が木箱を開けると、そこには食料が入っていた。
なんだ?俺達に食わせようってのか?
「うん、これこれ」
男は木箱の中からリンゴを取り出しシャクシャクと齧りだした。
「おい君、もう通っていいのかね?」
記者のひとりがリンゴを食べている男に聞くが、男はリンゴを食べながら片方の手を記者を制止するように前に出すだけだった。
木箱を持って来た男もそばにイスを持ってきて、木箱の中からバナナを取り出し食べ始める。
「これは、どういう事なんだ」
ひとりの記者が苛立ちを隠せない様子で言う。
「橋が落ちたのなら忙しくなる、忙しくなるなら果物を食べる。当たり前の事だ」
リンゴを食べている男が言う。
「は?」
「まあまあ、ここはこういう所なんですよ。イラつくだけ損ですよ」
「意味が解らん!」
「意味なんて考えるだけ無駄ですよ。ここはそう言う場所なんですから。嫌ならここに来なければ良いだけなんですから」
シャンドレさんが苛立つ記者達に説明する。
確かにまあ、そうなんだが。
ある意味、仕事などで必ず顔を合せなきゃならない相手がこうってよりはマシなのかも知れんが、それにしても入り口でこれじゃあ先が思いやられるよ。
「よし、それじゃあ通って良いぞ」
モリモリと果物を食べた男は指を舐めながら御者さんに言った。
「なんだったんだ!今の時間は!」
「結局、あいつらが食ってるの見てるだけだったな」
「これは話以上に厄介な村に来ちまったようだ」
記者達は口々に言いながら後ろの馬車に戻って行った。
「まだ始まりに過ぎませんよ」
馬車に戻るシャンドレ記者が意味深な事を言う。
「勘弁してくれよ」
俺は思わず独り言ちて馬車の二階に飛んだ。
「どうでした?」
クランケルがいつもとは違ったいたずらっぽい笑みで俺に聞く。
「忙しくなると果物食べるんだとさ。大の大人が雁首揃えてオッサン二人が果物食ってるの眺めてただけだよ」
俺は肩をすくめる。
「まだまだこれからですよ」
「シャンドレさんもそう言ってたけど、どうなのかね」
クランケルは肩をすくめた。
馬車はゆっくりと動き出し関所を通過するとすぐに村の中に入った。
家が立ち並び時々何かを売っている店が見受けられる。
そこそこの規模の村のようだ。
「はい、止まってー」
ちょっと身なりの良い男が手を広げて馬車を止める。
「なんです?」
御者さんが尋ねる。
「君達、馬に傘を着けなきゃダメだよ」
「傘ですか?」
「そう、傘。持ってますか?」
「いえ、持ってませんけど」
「じゃあ、購入して、すぐに。そこで販売してるから」
身なりの良い男は近くの店を指差して言う。
「はあ、わかりました」
「気を付けなさいよ」
身なりの良い男はそう言うと、早く店に行けと手で示した。
御者さんは店の脇に馬車を止めると、馬車の中に入り皆に事情を説明した。
アルロット会長は傘の料金も経費として計上して下さい、と御者に告げる。
御者さんは頷くと後ろの馬車に向かい、そちらの御者に事情を説明し御者さんふたりは店に入って行った。
俺とクランケルは馬車の一階へ下りる。
「何という村だ。無駄な事が多すぎる」
ヴォーン生活部長が言う。
「イラついても仕方ないだろ?こっちは余所者なんだから」
マディー学芸部長が言う。
「私は無駄が嫌いなんだよ」
「まあ、なにかしら意味はあるんじゃないですか?」
尚もイラつくヴォーン生活部長にストームが言い聞かせる。
「馬に傘を付けるのがか?」
「馬が濡れないように、とか」
「はっ、馬を大事にする村だってかい?」
ヴォーン生活部長が鼻で笑う。
「すいません皆さん、傘が足りなくて今から作るというので少し時間がかかるようです」
御者さんが入って来て言う。
「傘ってそれですか?」
ストームが御者さんの持っている物を見て言う。
御者さんが手に持っていたのは、トロピカルカクテルにつけるようなカラフルなミニチュア傘だった。
「ええ」
御者さんが微妙な表情で答える。
「はんっ、これでも意味があると?」
「うーーん、カワイくなるとか?」
ストームが答えヴォーン生活部長はこめかみを押さえた。
「ちょっと時間がかかるみたいなんで、皆さん、食事にでも行かれて下さい」
「そうしましょう」
御者さんに言われてアルロット会長が答える。
「気が進まんな」
「じゃあ、ヴォーンは馬車にいるか?」
苦い顔をするヴォーン生活部長にフィン書記が聞く。
「いや行くよ。イライラして腹が減った」
「余計イライラする事になったりして」
「まあ、なるんだろうよ」
ストームの言葉に諦めたように言うヴォーン生活部長。
できる事ならこんな所で飯を食いたくはないが、それでも腹は減る。
警護の任もあるし、仕方がないな。




