赤い川って素敵やん
レッドリバーを左に見て馬車は進んで行く。
「ねえ、御者さん。なんでこの川はレッドリバーって言うの?」
俺は川を眺めながら御者さんに尋ねた。川の流れは穏やかで水はキレイに澄んでいる、なぜレッドリバーなのかふと気になったのだ。
「上流で雨が降ると赤土が流れ出して川が真っ赤に染まるのさ。今はキレイだろ?てことはしばらく上流で雨が降ってないって事さ。橋が落ちたのは水の流れのせいじゃーないだろーなあ。もしかしたら、大きな魔物でも出たのかも知れないねえ、気を付けないといけないなあ」
「へえ、なるほどねえ。レッドリバーに大きな魔物っているの?」
「いやあ、橋を壊せるほどの奴はいないはずだよ」
「ふーん、じゃあなんだろーねえ」
「さてねえ?よそから来たハグレ魔物なら、元々いる奴と争いになるからねえ。そうなりゃどっちかの死体が流れ着くからわかるってもんだけど、そんな話もなかったし。まあ、お兄さんたちが強いからそれほど心配しちゃいないけどねえ」
「ははは、そう言ってもらえるとこっちも助かるよ。御者さんは自分の身の安全を最優先でお願いしますよ」
「あいよ」
御者さんは軽く返事をして馬に鞭を当てた。
「クルース君、言ってきましたよ」
クランケルが戻って来る。
「どうだった?」
「会長は単独行動は慎むと言ってたよ。後は念のためコバーン体育部長もなるべく会長と一緒に行動する事、そしてふたりには必ず誰かが警護に着く事で話はつきましたよ」
「コバーン体育部長は会長の幼馴染だもんな、おまけに騎士団団長の娘さんと来てる。警戒するに越したことは無いな」
「ある意味コバーン体育部長は会長にとってもアルロット領にとっても一番のウィークポイントかも知れませんからね。とは言え彼女は相当やりますよね、実際に戦ってみてどうでした?」
クランケルが興味深げに俺に尋ねる。
「全然力を出してなかったね。本人もそれなりだったと言ってたし。思い返して見ると会長もそこまで本気じゃなかったように思えるなあ。ヴォーン生活部長とフィン書記は力入ってたと思うけどね。クランケルの方はどうだったんだよ?」
「オライリー会計ですか?彼女は拠点防衛に向いた術式でしたから時間がかかってしまいましたね。ああした術式の使い方もあるのかと勉強になりましたよ」
「へえ、俺もチラッと見たけどおっかない術式だったな」
オライリーさんの出したデカイ鎌型ギロチンを思い起こして俺は言う。
「クルース君が見たのは振り子型でしたね。あまり他人の術式を言うのは良くないので詳しくは言いませんが、本当に多種多様なブービートラップでしたよ」
「やっぱりブービートラップとして使用するのが一番効果的な術式なんだな、単独戦闘ではなくて防衛に特化した術式か、色々あるんだなあ術式って」
「私も見識が広がりましたよ」
クランケルとそんな事を話していると橋が見えてくる。
「そろそろヤジメ村です、覚悟しといてくださいよ」
御者さんが二階にいる俺達に声をかける。
「覚悟って、何を覚悟すればいいの?」
「短気を起こさないで下さいって事ですよ」
御者さんに言われて俺とクランケルは顔を見合わせる。
「クランケルはヤジメ村って行った事あるか?」
「ないですが噂位は聞いた事があります」
「どんな噂よ?」
「面倒くさい村だと言う噂ですね」
「具体的には?」
「何かに並ぶ時は先に並んでいる人より背を屈めなければいけないとか、人に物を渡す時は手の甲を見せてはいけないとか、物を買う時に支払額ぴったりで渡してはいけないとか」
「なんだいそりゃ?」
「私に聞かれてもわかりませんよ。そういう村だってことなんでしょう」
「そいつは確かに面倒くさいけど通り過ぎるだけなら問題ないだろ」
「それがそうもいかないんですよ、通り過ぎるのにも決まりごとがあるという話しですから」
「参ったねどうも」
話を聞くだけでもうんざりする。
前世でもこの手の話は耳にした事がある。例えば際限なく増えるおかしなマナーであるとか。そうしたものを教える講師がもてはやされたりもしていた。
実際に独自な自分ルールを他者にも従わせようとする類の人ってのは一定数いて、俺は結構な頻度でそうした人に遭遇してきた。友人だったり、恋人だったり、同僚だったり、上司だったり、部下だったり。
そうした独自のルールってのは基本的にはその社会に反しない限り、ある程度は許容されてきたが良識のある人からは顔をしかめられたりしていたものだった。
しかしそのルールがその社会では当たり前な物だとしたらどうだろうか。
そうなるとそのルールに違和感を感じる方が異物と言う事になってしまう。
俺は家族がカルト団体の信者だったので、そうした場面には幾つも出くわしたものだ。そんな状況が続くと自分の常識が崩れてくるし自分に自信が持てなくなってしまう。
とにかくあまり長居をしたくない村な事は確かだな。




