陽気でおおらかって素敵やん
子供たちの食事が済むと、ブランシェット達に手伝ってもらい服を見繕い、風呂に入れてやってから体育館へと向かった。
子供たちが明日行くカティスはどんなところなのかと聞くので、先ほどブンゲンさんとのやりとりも含めて軽く説明するために、今日は体育館で一緒に寝る事にした。
すると、ストームばかりかブランシェット達までもがここで寝ると言う。
断る理由もないので了承すると、いそいそと自分の寮から寝具を持ってくるのだった。
ブランシェットとミルバ、シーモアの女子組はお菓子を大量に持ってきて子供たちに振舞った。
俺は子供たちにカティスの事を説明する。漁師町であったが若い子達は刺激の無い地元を出て都会に行ってしまうため、漁師の成り手が年々減っていた事。しかし、カティスの海岸が最高の波乗りポイントであったため波乗りの存在を紹介すると瞬く間に広まり、現在では多くの客が訪れる場所へとなっている事。そのおかげで経済的にも潤い、若者も居ついてくれる者が増えたが、ほとんどの者は需要も増えたため親を継いで漁師になっている事。
勿論、漁師の存在はカティスにとって欠かせない物であるため、それは歓迎すべき事である。波乗りグッズの原材料になる物もあるし観光客向けの海鮮料理にも使われる。
しかし、問題は急速に膨れ上がる観光客のニーズに人手が足らず追いつけない、という事だ。
「今は漁師を引退した人や漁師をやりながら空いた時間に働いてくれる人で回しているんだけどね。それだとなかなか休みも取れないみたいで。漁は危険な仕事だから休める時にはきちんと休まないと命にかかわるからね、いつまでもこのままって訳にはいかない。それに、このままでは新しい事が出来ない。せっかくやりたい事があっても人が足りないからできないのは勿体ない。君達が来てくれれば漁師さん達も助かるし、新しい事にも挑戦できるしいい事尽くめと言う訳だ」
俺の説明に子供たちの表情が変化して行くのがわかる。自分達が求められている必要とされていると感じ始めてくれているのだろう。そして同時に自分たちの将来に可能性がある事にも気付き始めてくれているのだと思う。
その証拠に子供たちからは、自分はこれが出来るけどそれは何かの役に立つのか、と言った質問が飛び交った。
ヤグー編みは波乗りの板や小物の入れ物、ラグやタペストリーといったインテリア装飾品として沢山の用途がある。子供たちから聞いていると柄のバージョンも豊富で老若男女問わず使用できるようで、これまたカティスで扱うにはピッタリの商材だと再認識すると同時に、ヤグー族の色彩やデザインのセンスのすばらしさにも気付かされる。
彼らの色彩やデザインセンスは布製品のみならず、植物や貝を用いた装飾品も多数あるようで、カティスサーフカルチャーを盛り上げてくれる事請け合いなのであった。
また興味深かったのはヤグー族に伝わる遊びだった。
ヤグー編みの強度を競う事から始まったその遊びは、木の間に張ったヤグー編みの紐の上で飛んだり跳ねたりするというものだった。
上手な子は紐の上でジャンプしてクルクル回転しながら立ったり座ったりできるのだと言う。
これは、砂浜で遊びとしてやってもいいし、なんなら競技化してもいい。とにかく、これもカティス活性化に一役買ってくれるに違いない。
さらに面白かったのは、その遊びをする際にヤグー族に伝わる音楽を奏でると言うのだ。
その音楽はヤグビアと呼ばれるそうだ。ヤグはヤグー族のヤグ、ビアはヤグー族の古い言葉で宴の事だそうで基本的には宴会や典礼で演奏されるとの事。
ヤグビアは太鼓、笛、木の実や籠の中に砂や小石を入れて振るシェイカー、マラカスみたいなものだな、それらを使って演奏されるもので、実際に子供たちが手や床を叩き、口笛を吹き、歌い、踊って見せてくれたそれは、気持ちがウキウキするようなもので誰でも思わず身体が動いてしまうような、非常にダンサブルなものだった。
男の子と女の子で手をつなぎ踊る様は微笑ましくも情熱的で激しく、思わず見入ってしまう。
子供たちを見ていて思った、ヤグー族は明るくしなやかで逞しい民族なのだ、と。
そして、彼らならばカティスにもすぐに馴染むだろうと。
そうして翌日。
俺は子供たちを連れて魔導列車でカティスへと向かった。
カティスの駅ではブンゲンさんが出迎えてくれた。
「わざわざすいませんねブンゲンさん」
「いやー、こちらこそ助かりますよー」
ブンゲンさんはにこやかに子供たちを歓迎してくれる。
「実は思っていた以上にヤグー族伝統のものがカティスの波乗り文化と食い合わせが良さそうでしてね。その辺も含めてちょっと話をさせて貰いたいのですが」
「それは楽しみです」
という事でブンゲンさんが用意してくれた送迎馬車で海へ向かう。
海に到着すると俺達は大きな集合住宅へと案内される。
「よその土地から来てここで働きたいって人の為に作ったんですけどね、みんなここが気に入って定住するって家を建てて出てっちゃうんですよ、それで今はガラガラだからひとまずはみんなここに住んでもらえたらと思いましてね」
ブンゲンさんはニコニコして言う。
「それは凄いですね。家を建てちゃうんですか」
「ええ、中にはここで所帯を持った人もいますからねえ。ありがたい事ですよ」
ブンゲンさんはありがたいと言うが、それはすなわちここがそれだけ住みやすいという事なのだ。そして働いた分に見合った報酬も受け取っているという事だ。安心して彼らを任せる事が出来るというものだ。
「皆さん、朝食は食べてこられましたかな?」
「いえ、朝一の列車で来たものでまだです」
俺はブンゲンさんに答える。
「では一階が食堂になっているので、そこで食べながら話をしましょうか」
「お願いします」
という事で俺達はブンゲンさんに続いて集合住宅の中へと入って行く。
「この食堂は観光客相手には出さないような地元の食材を使ってるんで格安なんですよ。でも味は保証しますよ」
「観光客に出さない食材と言うと?」
「見た目が悪かったり小ぶりだったりするものですね。実はこっちの方が味が良かったりするのもあるんですけどね」
食堂は一階フロアを丸々使った広いものであった。
「ご苦労さん」
「あら、今日はかわいい団体さん連れねえ」
ブンゲンさんが声をかけながら食堂に入ると、テーブルを拭いていたおばちゃんが手を止めて答えた。
「これからのカティスを担う貴重な人材だからね、飛び切り美味しいのを出してやってよ」
「あら~、だったらうちの人がバカみたいに釣って来たメバルの煮つけがあるから出してあげるわねえ。あんたー!」
おばちゃんは大きな声を上げて厨房へと向かっていく。
「肝っ玉母さんって感じの人ですねえ」
俺はブンゲンさんに言う。
「夫婦でこの食堂をやってるんですけどね、子供たちはみんな都会に出ていってしまいましてね。ここに住んでいる人達が自分たちの子供みたいなもんだって言ってくれてましてね。でも、おばちゃんが世話焼きで男女の仲立ちまでするものですから、どんどん巣立ってしまいましてね」
「それで、ここはガラガラになってしまうと」
「まあ、そう言った次第でして。そういう意味でもこの子達がここに住んでくれると助かるんですよ」
「確かにこの子達ならすぐには巣立ちませんからねえ」
「ほらほら!みんな、こっちに座りなー!美味しいあら汁出してあげるからねー!」
俺とブンゲンさんが話しているとおばちゃんが大きな声で子供たちを呼ぶ。子供たちがおばちゃんの方へ集まって行く。
「それに、ほら、おばちゃんも張りが出るでしょうから」
忙しそうに子供達にあら汁を出すおばちゃんを見てブンゲンさんが言う。
「良い所ですね、ここは」
俺はしみじみとそう答えるのだった。




