甘酸っぱいグラフィティって素敵やん
「ところでなんであんたも着いて来てんの?」
ミルバはストームを見て言う。
「酷いなあ、僕だって生徒会に雇われてるんだよ?職務ですよ職務」
「あんたのは単なる好奇心でしょ」
ミルバとストームは楽しそうにやりあっている。
街は人通りも多く活気にあふれている。
「なんかいつもより人手があるように思えるんだけど、今日、何かあったのかね?」
「今日は蚤の市がある日だからね」
俺の質問にフィールドが答える。
「なるほどねえ」
俺は行き交う人々を見て答えた。皆、手に袋やら箱やらを持ち移動している。中には荷車を引っ張る人もいる。
「なにか見舞い品を買って行かないか?」
俺は前を歩くミルバとストームに声をかける。
「それならリバーサイドに良いパティスリーがあるよ!」
パティスリーってーと菓子屋か。うん、見舞いの定番だな。
「自分が食べたいだけじゃないのか?」
ミルバがツッコむ。
「なーに言ってんのよー。甘いもの食べると幸せな気持ちになれるでしょー」
「賛成!リバーサイドのお店ってアノエル・ファルブリでしょ?あそこの柑橘チーズケーキを食べたらきっと元気になるよ!」
ブランシェットがストームに続いて言う。柑橘チーズケーキ?ちょっとそそられるんですけど。
「確かにあそこの柑橘チーズケーキは絶品だね。でもなんであんた、そんな店知ってんのよ?彼女もいないくせに」
「まあ耳に入って来るからね。でも彼女がいないは余計だよ、自分だっていないくせに」
「私は馬が彼氏だから。それに召使ならいるしね」
ミルバは振り返ってフィールドを見て言う。
「誰が召使だ」
「じゃあ奴隷」
「我が国は奴隷を禁じている」
「うるさいわねえ、だったら部下、小間使い、メイド、下僕、手下、ペット、サーバント」
「もういい。好きにしたまえ」
フィールドが呆れて言う。
「好きにしていいんだ?だったら見舞いのケーキはチャールズの奢りという事でよろしく!」
いたずらっぽい笑顔を浮かべてフィールドに言うミルバ。なんだよもう、その笑顔、好き好きスマイルやんけ!
「まったく君には敵わんな。いいだろう、ここは私が持つとしようか」
「やったね!だから好きよチャールズ!」
「現金なやつめ」
そう言うフィールドの顔はまんざらでもないご様子。俺はストームの顔を見るとストームは肩をすくめて自分の顔を手で扇ぐ仕草をする。熱くて妬けるってか。
ブランシェットを見るとうんうん頷いてニコニコしている。こっちは友人の恋路を応援する女子ってか。
うーん、若いねえ、眩しいねえ。おじさん、君達の若さを吸い取ってやろうか。
俺は大きく深呼吸をする。
「なにいきなり深呼吸してんのよ?」
ミルバが俺にツッコむ。
「青春のエナジーを吸収してんだよ」
「プッ、なにダサい事言ってんのよ、オッサンじゃあるまいし」
「いや、クルース君は術式を用いず魔力を行使する技を会得しているからな。青春のエナジーとやらを体内に取り入れ力となす事が出来るとしてもなんら不思議はない」
「んなわきゃねーだろ!」
ミルバの言葉に真剣な表情で答えるフィールドに俺はつっこんでおく。ブランシェットがクスクスと笑う。うんうん、これこれ。今までトラブルとバトルの学園生活だったけど、こういうのだよねえ学園生活ってのは。俺は前世界では高卒で、高校は男だけの工業高校だったからな、こんなのは味わった事がなかった。こういう、瑞々しい、すぐに体の関係に結び付かないどころか付き合うって事にもすぐに行きつかない、でも互いに好意を持っている男女関係、最高ですな。本当、よく考えてみればこういう経験ってあまりなかったな。大人になってからの恋愛は恋愛と呼ぶのもはばかられるようなものばかりだったように思う。体の関係が先にあってそれからなんとなく付き合うみたいな。まあ、それはそれでありっちゃありなんだけども。
でもやっぱり、こういうのいいよな。こう言っちゃなんだけど、バイク買う時も選んでる時が一番楽しかったりするんだよな。買ったら買ったで、寒いし暑いし金かかるし、転ぶと痛いし危険だしで疲れる事が多かったりするんだよな。まあ、バイクならそれは織り込み済みでやってる事だからまだ良いのだが、人が相手だともっと色々とあるからな。
そんな色々、特によろしくない色々をどうか君達は味わったり味あわせたりを、なるべくしないで済みますように。俺は彼らを見てそんな事を思うのだった。
「おっ、感じがいいねえ」
リバーサイドの商店街はその名の通り川沿いに面しており、所々に植えられた街路樹とその周りに置かれたイスとテーブル、そして連なる店舗はどれもシックでオシャレな外観と非常に感じの良い場所であった。
「クルース君はここに来るのは初めてかい?」
「ああ、あんまり街に出る事もないからなあ」
俺はフィールドに答える。良く考えてみればマジであまり街に来てないな。前世界ではひとりであちこちに出かけて散策するのが好きだったが、こっちに来てからは良い仲間、良い友が沢山出来てひとりで行動する事があまりなくなった。あまりにも自然にそうなったので、以前の自分の気持ちが良く思い出せない。あの頃、俺は寂しかったか?いや、そんな感情はあまり無かった、無さすぎて自分でもこれで大丈夫なのかと思ったほどだ。そして、その頃は男女の関係にも友人関係にも疲れ果てひとつの選択としてひとりを選んでいたので、現状に不満もなく、周囲の家族持ちやカップルを見てそれを維持するためには色々とご苦労もあるだろうに、と感服していたものだった。
まあ、今、この世界でも彼女は作る気はしないのだが、家族に関してはケイン達やシエンちゃん、アルスちゃん、キーケちゃんは家族の様に感じている。なんなら前世界の家族よりも家族だと思っている。おかしな話ではあるけどな。
それに、こちらの世界に来てから大切な友人と言える人々にもたくさん出合えた。前世界の自分が間違っていたとは今でも思えないが、今は今でとても気に入っている。それで良いではないかとも思うのだ。
「そうなんだ、またみんなで来ようよ。今度は休みの日に」
「そうだな、それも良いな」
俺はブランシェットに答える。
「またニカは、そこは私と、でしょ」
「人の恋路に口を出し過ぎだぞミルバ君」
フィールドが言う。
「いやあ、鈍感な人達を見ているとついつい口も出したくなるってなもんですって、ねえ」
ストームがミルバを見て言う。ミルバはそうそうと頷いてるが、ストームは君達の事を言ってると思うんだがね。




