こそっと狙われるって素敵やん
「ダークバエル?なんじゃいそれは?」
「おや?バッツメ氏はレクーリュ硬貨はご存知なのにダークバエルは耳にした事はないのですか?」
モンコック氏が不思議そうに言う。
「ああ、聞いた事はないな」
「レクーリュの謎を解こうと首を突っ込んだ者は必ず姿を消すと言われてましてね。その裏で動く者達の名がダークバエルと」
「うっそ!マジかよー!爺さん、余計なもん持ってきやがって!責任取れ!」
それを聞いたディアナがバッツメ爺さんを責める。
「お前は勝手について来たんじゃろーが!それにワシもそんな話は知らんかったし」
「まあまあ、おふたりともそんなに心配をされずに。別に我々もレクーリュの謎を解こうって訳じゃないんですから。ただ、当局と相談して然るべき手段を取ろうと言うだけですのでね。その辺を理解して貰えれば、命までは取られないでしょう」
「話が分かる連中ならいいけど」
モンコック氏の話に不安そうに答えるディアナ。
「まずは閣下と連絡を取りましょう」
モンコック氏はそう言って通路突き当りの部屋に入って行く。
「どうぞ、遠慮せずに」
「遠慮せずにって言われても・・・・」
さすがのディアナも若干引くほどの豪華な部屋だった。まるで貴族の屋敷の一室のようだ。毛足の長い絨毯、重厚な調度品、落ち着いた壁紙。
モンコック氏はズイズイと部屋を進み大きな本棚の隣りに置かれた電話機のような物を手にする。
「それはもしかして魔導機関を利用した遠距離通信装置ですか?」
俺はモンコック氏に聞く。
「ええ、そうです。結構な値段ですが一般でも手に入れる事は可能ですよ」
「はひゃー、たまげたねこりゃ。駅でしか見た事ねーよ」
ディアナが目を丸くして言う。
「そのうちもっと魔学が進めば一家に一台となりますよ。というよりもなってくれないと費用に対して効果が薄いですからね」
お?モンコック氏、さすがは大きな組織の幹部だけの事はあるよ。電話と言うものの本質を分かってらっしゃるよ。前世界の話で、とある権力者は新しいもの好きでなんでも真っ先に新しい物を手に入れた。ところがある製品だけは真っ先に手に入れても使い道がなかった、その製品とは何か?なんてのがあった。答えは電話、ひとりだけ持っていてもかける相手が居なければ意味がないから、ってな話し。こればっかりは多くの人が持つからこそ意味が出てくるアイテムって訳だ。
なんて思ってる間にモンコック氏は魔導テレホンで話をしている。
「話は付いたのですが、少しばかり困った事になりましたよ」
モンコック氏は会話を終えるとやや眉をひそめて言う。
「どうしました?」
俺は思わず尋ねる。
「それがクーデターなのですがね大きな被害もなく鎮圧されたそうなのですがねえ。これまでの経緯からトーカ領とジャーグル絡みの動きは閣下も情報局も気を付けていたようなのですが、クーデターを起こしたのが軍内帝心派だったそうでしてねえ」
「帝心派?」
「ええ軍内部の若手将校達による派閥でしてね。ジャーグル王国への断固とした態度、つまり武力による制圧接収を唱えていたのですが、さすがに思想が過激すぎるというので左遷されたりして中央からは外されていたんですよ。最近になりジャーグル王国絡みと思われる問題が多発しているにもかかわらず、国の対応が遅く及び腰である事に腹を据えかねて皇帝に直訴する目的での武装蜂起だった、と言うのが帝心派の言い分だそうです。まあ、それだけじゃないでしょうけどね。帝心派は他にも色々と唱えてましたからね一君万民だとか大陸共栄圏だとかねえ」
「なんだかややこしい事になりそうですな」
「そうなんですよ、そんな訳で閣下はしばらくそちらの後始末にかかりきりになりそうだとの事です。この問題に関してはダーミット副長さんが引き継いでくれるそうなのですが、副長さんも帝都からこちらに向かうとの事でまずは局員と合流して欲しいという事でした」
「局員ですか、でしたらカイントに行きますか」
波乗り処カイント、そこでインストラクターをやってるんだよ副長さんとこの連中は。結局、なんでそんなことしてんだか深く突っ込むことは無かったが、よくよく考えてみるとなんでなんだ?
「事情を放したら閣下から、クルース君達に護衛して貰ってくれと言われましたよ」
「閣下もしっかりしてらっしゃる」
「ちょちょちょ!ちょっと待っとくれよ!私は?まさかおいてかないよね?やだよ私、ひとりであんな連中に脅えながら暮らすの!」
ディアナが慌てる。
「大丈夫ですよ。バッツメさんもお嬢さんもご一緒にという事ですよ」
「ワシが集めた残りのレクーリュ硬貨はどうするね?」
「一応全て持っていきましょう」
「わかったぞい。じゃあ一旦我が家に寄ってからじゃな」
「我が家なんて洒落たもんでもねーだろーに。ありゃ通路だよ、つ・う・ろ!」
「失敬な!確かに人は通るが、それでもわしが作った家じゃ!」
「まあまあ、早く行きましょう」
揉めるふたりを諌めてモンコック氏は部屋を出る。その後、爺さんの案内で家に寄ったが、まあ、あれだ、ディアナが言ってた通りだった。自分で作ったと言ってたが少し立派な段ボールハウスと言った感じだった。
ディアナがこんなとこによく大事なもんを置いとけるよ、と呆れた口調で言ったが爺さん曰く、逆にこんな所から物を盗もうなんて奴はおらんからな!と大威張りだった。
まあ、確かにそうかもなと俺も納得しちまった。爺さんは汚い靴下を三本持って家から出てくるとそれを肩下げ鞄に入れた。
それを見たディアナは、うわっ!確かにそんなもん盗るやちゃいねーわ!と鼻をつまんで言った。爺さんは失敬な!これでもキレイ目な奴を選んでおるのじゃ!と怒ったもんだ。
しかし靴下に小銭とは、家族を酷い目にあわされ夜の公園で強盗狩りでもするつもりか?と心の中のオッサンが呟く。
とにかく俺たちはそうして楽園城を出て街の奥へと進む。街の奥はアルスちゃんとクランケルとの合流地点だ。
向かっていると前方からアルスちゃんとクランケルがやって来た。
「どうしましたトモトモ?なにかトラブルでも?」
俺の後ろからついて来るモンコック氏、バッツメ爺さん、ディアナを見てアルスちゃんが言う。
「実はちょいとね。クーデターの続報も含めて道々話そうか」
「どこへ行くのです?」
クランケルが俺に尋ねる。
「ミューメさん達と合流したいんでカイントに向かう予定だ」
「了解です」
「それじゃ行こうか」
アルスちゃん、クランケルと合流出来れば安心だ。俺は移動しながらアルスちゃんとクランケルに事情を話す。
「あらぁー、レクーリュ硬貨ですかー。噂には聞いてましたけど実物を見たことはありませんねえ。という事は襲撃犯はダークバエルさん達ですかねえ」
「さすがアルスちゃん、よくご存じで」
「レクーリュ硬貨にダークバエルですか、まるでおとぎ話ですね」
クランケルがにいっと笑う。
「なんだよお前も知ってたのか?」
「ええ。伝説とかそういったものだと思ってましたが、本当にあるとは。しかもそれに関わってしまうとは、クルース君は持ってますねえ」
「勘弁してくれよ、そんなの持ちたくないよ」
「いやあ羨ましいですよ実際」
「なにがだよ?」
「その巻き込まれ体質ですよ」
「だから勘弁してくれってーの」
「クルース君といると退屈しないで済みますよ」
嬉しそうに笑うが笑顔がおっかないよ。
「あら?」
アルスちゃんがのんびりとした声を上げモンコック氏の傍らに飛んだ。
「これはダクバエさんの仕業ですかねえ」
のんきな口調でそう言いながらアルスちゃんが見せるのは先の尖った鉄の棒であった。
「ほんのご挨拶と言った所でしょうかね」
クランケルが嬉しそうに言って歩みを止め周囲を見渡す。
「ハッ!」
クランケルは短い声を発し飛んできた棒手裏剣を掴み瞬時に投げ返した。おおお!!!なに神拳?なに真空破?
「外したみたいですね。素早い奴です」
「気配が消えましたね」
クランケルとアルスちゃんが言う。
「こういう連中って街中でもチクチク仕掛けてくるから嫌なんだよなあ」
俺も周囲に気を払い気配を追いながら言う。周囲にこちらに向かった攻撃的気配なし。
「モンコック氏を狙ってましたね」
「この中じゃ一番の権力者だもんな。やっぱ最初に始末しときたい相手なんじゃないの?」
「冗談になってないですよクルース君」
モンコック氏が微妙な表情で言う。
「実際そうなんでしょうけど、こちらの素性を知るの早すぎませんか?」
「クラちゃんさ、モンコックのおっさんはある意味有名人だから調べりゃすぐわかるよ。でも、こっちは切り札があるもんね」
「クッ、クラちゃんですか?私の事ですか?」
クランケルがいつもは見せない表情をする、さすがのクラちゃん呼びに泡を食ったようだ。
「見かけは地味な事この上ないけどやるときゃやる男、その名はジミー!パチパチパチパチ」
ディアナがそう言って俺に拍手を送ってくれる。
「ジ、ジミーですか?クルース君の事ですか?」
「そう、地味だからジミー。でも面白い奴だよ、ホント」
「そいつはドーモ」
俺は下唇を出して言う。
「う~ん、それはイマイチかな」
「くぅ~きーびしい~」
「ぎゃっはっはは!それは合格!やっぱ狙っちゃダメだな。ナチュラルなのがいいんだよ」
「さてと、どうします。奴らきっとまた来ますよ」
俺とディアナのバカ話をなんとかスルーしたクランケルが言う。
「そうですね。それぞれ一人ずつ担いで飛んで行きましょうか」
「さすがにそれは目立ちますよ」
ニコニコして言うアルスちゃんにクランケルが冷静に言う。
「ですね。さすがにそれは目立ちすぎです。せめて人目に付かない所まで行ってからの方がいいですけどそうなるとカイントまでいくらでもないですからね」
モンコック氏が言う。さすがの帝国でもポンポン飛んでたら目立つか。
と言う訳で、ちょくちょく狙われながら歩いて街を抜ける事になったのだった。




