ヤバイ奴らとディスカッションって素敵やん
「その銭洗い爺さんはどこにいるんだよ?」
「いつもカモを見つけると楽園城を案内するんだよ。案内料取るんだけど、ちょくちょく細かくたかるのも目的だから物売ってるトコを通るはず」
「じゃあ、物売ってるトコに行こう」
「今向かってるってーの」
ディアナはせまっ苦しくてゴミゴミしてる通路をスイスイと通って行く。こんなん案内無しじゃどうにもならないよ。初見じゃ通路なのか人の家の敷地内なのか、むしろ人の家の中なのか、もうさっぱりわからないよ。
「でも、案内して道々たかるくらいなら左程の害はないんじゃないか?」
「ジジイはそうでもジジイの連れてく場所が良くないんだよ。たかった後はジジイの好きなとこに連れてくからさ」
「好きな場所ってな何処なんだよ」
「賭場、酒場、夜の店さ」
「飲む打つ買うの三拍子じゃねーか。まさか、そいつも奢れってのか?」
「さすがにねえ。そこまでお人よしな奴はいないだろ?借金の返済をたかるんだよ」
ディアナが呆れた口調で言う。
「はあ?借金の返済をたかる?」
「ああ、どこもジジイのツケが溜まってるからさ。小銭でいいから渡してやってくれってたかるの、それか、そこで金を落とさせてマージンを借金の返済に充てるってわけ」
「質が悪いけどまあ心配するほどのこっちゃねーんじゃねーの?」
「面倒なのはその相手さ。どこもジジイが連れて来たカモの身ぐるみ剥いじまおうって目ギラつかせるからね。下手すりゃ帰れなくなるよ」
「ええ?帰れなくなるってなどういう事だよ?」
物騒な話に俺は語気が強くなる。
「借金背負わせて返済のために働かされるんだよ」
「おいおい」
軽い調子で言うディアナに俺は少し怖くなる。なんだかんだ言ってもここは楽園城、治外法権の魔窟なのだ楽園城金融道ってのがあるんだろう。くぅ~、眠たい事言うとったらいてまうぞ!
「兄ちゃん磨き屋のジジイ来なかった?」
ディアナが店先の青年に声をかける。店先と言ってもただの部屋みたいな所の周囲に雑多としたものがぶら下げられている、そんな場所だが。ぶら下げられてる物も太鼓のような物や色付けされたヒョウタンみたいなもの、小さな弦楽器みたいな物、木製の桶、小ぶりな玉が連なった数珠のような物、クルクル巻かれた布みたいな物と何に使うのか良くわからない物ばかりだ。何というかエキゾチックで俺は好きだけど、お香なのか煙草なのか周囲に妙な香りが漂っていて怪しい雰囲気はビンビンするな。
「あのジジイなら上客捕まえてホクホク顔だったよ」
「どこに行ったかわかるかい?」
「ホルンカの店に行くとか言ってたけど」
「えー?早くねーか?」
「カモのリクエストらしいよ」
「ったくしょうがねーなー。わかった、あんがとさん」
ディアナはこなれた感じで手を挙げる。
「急ぐよジミー」
「ホルンカの店って?」
「賭場だよ賭場。しかも質の悪い」
ディアナは細い通路をスルスルと走って行く。
「なんだよ?質悪いって」
「ホルンカってなホルナって女とカンカって男のふたりがやってるんだけど、トラブルが絶えない厄介者なんだよ。ちょっとどうかしちゃってるから、できるなら関わり合いになりたくないタイプなんだよ」
「どんな奴らなんだよ」
「まあ、暴力で片を付けるって訳じゃないんだけど、なんつーの?考え方っての?理屈がヤバイんだよな。自分勝手な事をまくしたてて、それが常識だみたいな事を言ってさ。それも、自分ではそれが真っ当な事だと思ってっから質が悪いんだよ。自分でも無理がある事言ってるって自覚がないからさ。あいつら自分たちはまともだって思ってっからね。まわりの人間はみんな、あいつら普通じゃねーって思ってんのにね」
「うわーー!!わかるわーー!!」
俺は前世界で出会った奴らを思い出して嫌な気分になった。
「そう言う奴らって普通の話し合いが出来ないんだよなー。マジで」
「そうそう!ジミーもそう言う奴らが知り合いにいんの?苦労してるなあ」
「まあ、今は近くにいないからいいけどさ。昔、そう言う連中に酷い目にあってな。そう言う奴と話してんと
自分が間違ってんのかなって思わされちまうんだよなあ」
「まさにそれ!マジで街の厄介者だよ。ああ、見えて来たあれがそうだよ」
ディアナが言うが俺には似たようなあばら家の連なりにしか見えない。
「ほら、なんだか嫌な店構えだろ?」
「うわっ!これ激ヤバじゃねーか」
そのあばら家の前には大量の貼り紙がしてあり、何々禁止、何々お断り、何々を守れない奴は常識を学び直してから来ること、とかまあ一方的な主張が所狭しと貼ってあるのだ。しかも、どれもこれもが独りよがりの主張で見ててうんざりする。
「だろ?ったくこんな所に好き好んで出入りする奴の気が知れないよ」
「博打の怖さだよな」
「ごめんよ」
ディアナが威勢の良い声をかけて引き戸をスライドさせて中に入って行く。
俺も続いて中に入る。
中はまったく普通のあばら家って感じなんだが裸電球みたいなぼんやりした照明が吊るされている下では、地面に座って博打に興じる人達が熱気ムンムンの様子であった。
「あ!ジジイがいた!」
ディアナが指さす先には薄汚れた爺さんが若者ふたりの後ろで何やらアドバイスをしているのが見える。
「やれやれ、ちょいとごめんよ」
俺は座ってる人達の後ろを通って若者ふたりの近くに行く。
近くで見れば確かにうちの制服だ。
「おい、ファルブリングの生徒だろ?急いで宿舎に戻れ。帝都でクーデターが起きたんだ」
「ちょっと今、熱いとこなんだよ!少しだけ待ってくれって」
「クーデターだって?いやベグ!ヤバいだろ!行こうぜ!」
「だったらお前だけ行け。俺はあと一勝負だけやってく」
ひとりの生徒はクーデターと聞いて冷静になったようだがもう一人の生徒は負けが込んでるのか熱くなって耳を貸さない。
「おいおい兄さん、今やめさせるのはさすがに可哀想ってなもんだぞ?やっと運が回ってきそうな気配が見えてるのに、なあ?」
「そうだよ、少しづつきてんだから!少しだけ待ってろよっ!」
爺さんの言葉に熱くなってる生徒は余計にヒートアップする。
「爺さん、マージンはどんだけだい?負けの二割か?」
「げっ!ディアナ!」
ディアナに声をかけられた爺さんはギョッとする。
「兄さん、そのくらいにしときな。勝負は引き際が肝心だよ」
「でも次こそ、次こそ来るんだ。ここで引いたら今まで突っ込んだ金が無駄になっちまう」
ディアナに言われて泣きそうな顔で答える男子生徒。おいおい、相手は子供だぞ?何を言っちゃってんだよこいつは。俺は男子生徒を見て情けなくなっちまう。
「ちょっとお待ちよ。お客さん、賭けないんなら出てっておくれな。表の貼り紙、見なかったのかい?見ていればわかるもんだろ?常識ってもんがないのかい?」
癖の強い髪を後ろでひっつめた小太りのおばさんが扇子片手に俺たちに言う。
「そうですよホルナさんの言う通り。僕とホルナさんはわかるから良いけど、わかってない人が多いから。ほら、結構いるでしょ?一から十まで言ってもわからない人。だから僕とホルナさんで考えて一から百まで書いてわざわざ貼ってるんだから。ちゃんと見て下さい」
おばさんの隣にいる嫌な目をし妙なヒゲを生やした男がペラペラとまくしたてる。うわー、嫌なタイプだわー。なんだよ一から十までじゃわからないから一から百までって。余計わからなくなるだろうが。ふたりとも目つきがヤバいもんな。こっち向いてるんだけど見てない感じ。これ、見憶えあるわー。それってまるまるそいつのコミュニケーションの仕方を現してたりするんだよなー。相手の事を考えてるような事を話はするんだけど、行動を見てると相手の事なんてひとかけらも考えてないのがわかるタイプね。ディアナが街の厄介者って言ったのが良くわかる。
「さあ!商売の邪魔をするなら出ていきな!他のお客さんの迷惑だからね!うちは健全なギャンブルを心掛けてんだよ!お前さん達みたいなイカサマ師はお断りなんだよ!」
ホルナがいっきにまくしたてる。イカサマ師と言う言葉に場内の者達も反応しちょいとばかりアウェイ感が漂ってくる。こいつ、わかっててやってるな。
「ケッ、サマやってんのは自分たちだろ?語るに落ちるってなこの事だ。笑っちゃうね」
ディアナがことさら大きな声で言う。
「へえ、何の証拠があってそんな事を言うんですかねえ。僕とホルナさんは今の今まで一度たりともイカサマなんてした事がないし、イカサマをする人間をこの賭場に入れた事も一度もないですからね。ああ、そうだ君達が最初で最後かな?だいたいうちなんて胴元にしちゃ儲けが少ないってホルナさんは良く嘆いているくらいなんだから、それはイカサマなんてしていないりっぱな証拠になるというものでしょ?それでもうちがイカサマをしてるなんて大嘘を言うんですか?大嘘を。そんな大嘘ばかり言ってるから誰も信用してくれないんですよ?悪い事は言わないから嘘ばかりつくのは止めた方が良いですよ?ちなみに僕とホルナさんは立派な人としか付き合わないですからね」
嫌な目つきの男カンカがこれまた上から目線でペラペラと喋る。しかし、こいつは何を言ってんだ?儲けが少ないのがイカサマをやってない証拠?自己申告が証拠になるかっての。立派な人としか付き合わない?あんな電波系な貼り紙だらけにしてる奴が何を言ってるんだ?そして、女のまくしたてるような喋り方と男の芝居じみた上から目線の喋り方、マジで気に障るわー。
ディアナを見るとウンザリという顔をしている。
「一応、外の貼り紙に質疑応答でも書いてあって答えも書いてあるから。熟読してきちんと理解してから離して貰えないかね?」
「そうそう、さっきそのつもりでいいましたからホルナさん」
「それで、ここでのトラブル事例も書いてあるから。事例と対応で書いてあるから。こうしたらこうみたいになってるからね。問題を整理して単純化して寄せてくれないと厳しいな。そういうことです」
「ホルナさんが言いたい事はだいたいこんな感じですからね。僕から補足する事はもうありませんけどあえて言うなら」
「お前らに用はないからちょっと黙っててくれ」
俺は喋り始めると止まらないイカレタふたりに言う。そして、うちの生徒に向かって話す。
「おい、今の聞いたろ?ヤバいぞここ。こいつら会話できてないだろ?一方的にまくしたてて、相手の話を聞く気がないのが良くわかるだろ?ちょっと冷静になって考えてみろって。そんな場所で賭博をしてどうなると思う?」
熱くなってた生徒が不安そうな表情をする。俺は生徒の顔を見て更に続ける。
「ひとつ後学のために教えといてやるけどな、ああして自分の話しばかり一方的にまくしたて、相手の事を考えずに自慢話や相手を貶める事ばかり言うのはな、自分に自信がない事の現れだ。なんで自信がないのかわかるか?なにに引け目を感じているのか?あいつらは何に過剰に反応した?ムキになって否定したのは何についてだ?良く考えてみろ」
熱くなっていた生徒は不安そうな表情から何かを決意したような表情になる。
「帰ろう」
ポツリと生徒が言うともうひとりの生徒はホッとした表情になり立ち上がりふたりとも外へ出ようとする。
「待ちな!」
ホルナが太い声を上げる。
「いいいい、待たなくていい。帰り道はわかるか?」
「あ、ああ」
俺の問に生徒が答える。
「よしじゃあ帰れ。後の事は任せろ」
俺はそう言って生徒の背中を軽く叩く。
「ホルナさんが待ちなって言ってる・」
「いいから腰ぎんちゃくは黙ってろ」
俺はゆっくりとカンカに言う。生徒達は軽く頭を下げて賭場を後にする。カンカは芝居じみた仕草で肩をすくめてホルナを見る。
「カンカ!なに素直に言う事聞いてるんだい!」
「だってホルナさんが何も言わないから。何か言ってくれれば僕だって言われた通りにやるけど、何も言わなければ僕だって何もやりませんよ。余計な事をしてホルナさんのやりたい事を邪魔してもいけないし」
「だからあんたは使えないって言うんだよ」
カンカはまた芝居じみた仕草で肩をすくめる。どうにも鼻につくなあ。このまま帰ったろかな。
「ホルナさん、ほら彼らに責任を取って貰えばいいんじゃない?彼らがこの場所のルールを破ったんだから」
カンカがまた妙な事を言い出す。
「ジミー、関係ないからバックレようぜ」
「まあ仕事は済んだし帰ってもいいんだけども、もう少しだけこいつらの話を聞いてやってもいいかもな。そこの逃げようとしてる爺さんと一緒に」
さっきの生徒と一緒にそっと退出しようとしていた爺さんがビクっとする。
「逃げるなジジイ」
ディアナが爺さんの襟首をつかむ。
「さてと、それであんたらの言う責任ってななんなんだい?」
俺は改めてイカれたふたり組に向きなおる。
ふたり組は目を細めて嫌な笑みを浮かべるのだった。




