悪者退治って素敵やん
翌日、朝食後にみんなと今日の段取りを話し合う。
「俺はこの後、衛兵詰め所でまた事情聴取があると思う。みんなは昨日言ったように複数人での行動を心がけること、人気のない裏路地は使わないこと。それからこれを昨日衛兵さんから頂いたのでみなさんに配ります」
俺はそう言ってみんなに首から下げられるように紐の付いたホイッスルを渡す。
「みんな、これを首から下げて危険な目にあったらすぐに吹くこと。この音を聞きつけたらすぐに衛兵さんたちが駆けつけてくれる事になってるから何でもないときに鳴らしちゃダメだよ」
「はーい!」
「わかりました」
「トモ兄、今日は僕らだけで露天商をやろうと思うんだ。勿論、単独行動はしないし暗くなる前に帰るよ」
ケインが俺に言う。フフフ、ケイン君、いい目をしているよ。その目だよ、ケイン君!と、どこぞの釣り著しく好き少年を見守るグラサン御曹司みたいになってしまったが、自分たちでやろうというその意気や良し!
「よし、任せたぞ!」
「うんっ!」
嬉しそうなケインの返事に俺もほっこりとした気持ちになる。もう、お父さん気分だよ。するとやっぱり腹が立つのはあいつらだよ。あいつら根絶やしにしないと安心できやしない。昨日の面子で全部だってんなら良いのだがそう簡単なら衛兵さんたちの懸案事項になっちゃいないだろう。
アジトだよな、アジト。それをあいつらの口からゲロらせないとな。
そんな事を考えていると衛兵さんがいらっしゃる。
「おはようございます。それでは、御足労願いたいのですが、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。じゃあ、みんな、行ってくるな」
「いってらっしゃーい!」
「後は、まかせて!」
子供たちの声に送られて衛兵さんと共に詰め所に向かう。
「フブキさんの方は大丈夫でしたか?」
「ええ、やつらはクルースさんを直接攻撃するのではなく関係者を誘拐し強請ろうと考えていたようでスノウスワロウへの襲撃はありませんでした。フブキさんは太陽亭で本日も営業されています。勿論、皆さん共々警護は続行中であります」
「そうでしたか。よかったです。ありがとうございます。ところで昨日捕縛した襲撃犯でやつらの構成員は全てなんですか?」
「そこなんですよ。リーダーのバンミドルが襲撃犯にはいなかったのです。我々の掴んでいる情報ではリーダーと少なくとも後10人程の構成員がいると思われます。やつら、襲撃目的なんかは話すんですがアジトや仲間の事になると頑として口を割りませんで」
やっぱりか。そんなこったろうと思ったよ。
俺はやつらの口を割らせるために試したい手段があった。
詰め所に到着した俺は事情聴取を済ませ調書にサインをした後で、ヘンドリー隊長に襲撃犯と話しがしたい旨を伝えた。
「それはかまわないのですが、手を出すことは禁止させて頂きますよ。そして私も同席させて貰いますがよろしいですか?」
「ええ、それで結構です」
「では、昨日の襲撃の主犯格を呼んでまいりましょう」
という事で取調室で主犯格と会えることになった。
取調室に連れてこられた男は昨日事務所に来た8人とは違う賊だった。
「で?何が聞きたいって?まぁ、何も答えないがな!ひゃっはっはっはっは!」
随分とふてぶてしい態度だ。
「ヘンドリー隊長、俺の後ろに居てくださいね」
「はい」
さすがプロ、簡潔な返事のヘンドリー隊長。
「へっ、兄ちゃんビビッてんのか!取って食いやしねーよ!」
俺は机を挟んで賊の前に座る。
「取って食いやしませんか?」
俺は指で机を一定のリズムで叩く。コツコツコツコツ。
「何言ってんだよ」
賊の男は何を俺が始めるのか見当がつかず少し動揺したようだ。
「怖がらなくていいですよ」
指で刻むリズムは止めない。コツコツコツコツ。
「怖がっちゃいねーよ!」
「怖がっちゃいませんか?」
「怖がっちゃいねーつってんだろ」
「ではなぜしきりに顔を触っているのですか?」
「別に何でもねーよ」
声に勢いがなくなってきている。
「鼻の横がかゆいんですか」
「かゆくなんてねーよっ」
「鼻の横にできものがありますね。それがかゆいんですね」
男は鼻の横を触りだす。
「できもの何てねーよ」
「そんなに触るとできものが動きますよ」
コツコツコツコツ。
「だから、そんなものは、ひぃっ」
ヘンドリー隊長は何が起きているのかわからないだろう。
実際に男の鼻の横にできものなどないのだから。
男はしきりに鼻の横を掻く。
「ほうら、掻くのをやめないと中から虫が出てきますよ」
「ううぅ、か、痒い、痒くてたまんねぇ」
男が搔きすぎて鼻の横から血が出てくる。
「ほうら、虫が出てきてしまった」
「ううぅ、勘弁してくれ、たまんねぇよ。何でも話すから、虫を、虫を取ってくれぇ。ううぅ」
「いいでしょう」
俺はリズムを刻むのをやめ大きく手を叩いた。
「パンッ!」
「もう、虫はいませんよ。さあ、全て話しなさい」
「うぅ、もう嫌だ。そいつをどっかにやってくれぇ。話すから。もう全部話すから」
「では、後はお願いします」
俺は呆気に取られているヘンドリー隊長へ言った。
「あぁ、はい。すいません。了解です。申し訳ないですが少し外でお待ちください」
俺は部屋を出て待つ。しばらくすると隊長が部屋から出てきた。
「奴らのアジトがわかりました。しかし、クルースさん、さっきのは?」
「あれは幻術ですよ。幻を見せたんです」
あれは呼吸法の話しと同じ作者の作品にて出てくる術師の技だ。古くからある術が催眠術のようなメソッドで表現されていて俺には酷く現実味を帯びて感じられたものだった。
「幻術は私もみた事がありますがもっとこう準備が必要だったり複数人で時間をかけていましたが」
「まあ、ほぼ自己流ですし対象はひとりだけでしたので」
「まあ、あまり詮索は致しますまい。アジトですが地下水道の奥にあるとのことです。衛兵隊を集めて今から捕縛に向かいます。念の為しばらくは警護を続けさせてはもらいますが、みなさんにも安心されるようにお伝え下さい」
「ありがとうございます。みなさんもお怪我無きよう。ご武運を」
俺は隊長さんに一礼し詰め所を出ると一旦事務所に戻った。
「みんな、ただいま」
「お帰りなさい、トモさん」
みんなに計算を教えていたのだろう、シシリーが俺を見て言う。
「おかえりっ!」
「ねぇねぇ、どうだったの?」
「聞きたい聞きたい!」
「こらこら、みんな、シシリーの授業中だろ」
「いいんです、トモさん。私もみんなもとても気になってたので」
「そうか?授業を中断させてすまないな」
そう言って俺はやつらのアジトが判明して衛兵隊がガサ入れに行くこと、そうなれば一網打尽なので安心して欲しいと隊長さんに言われた事を伝えた。
「やったね!」
「大丈夫?」
「よかったぁ」
みんな安心してくれたようでよかった。
「それじゃあ、フブキさんと露店組にも伝えてくるよ」
俺はみんなにそう言って再び外出する。
まずは太陽亭だ。
カランコロン。
「いらっしゃ~い、あら?」
「どーもどーも、その節は」
俺はそう言って頭を下げた。
「や~ねぇ~、こちらこそ、お世話になりました」
そう言って頭を下げるフブキさん。
俺はフブキさんに昨日の顛末と共にさっき事務所のみんなに説明したのと同じ事を話して聞かせた。
「あらぁ~。それは何よりですわぁ。あいつらのせいで潰されたお店も結構あるんですよ。難癖つけられて大金要求されたりして。他にも違法水薬を売りさばいたり人身売買もやってるって話しでも~う、怖くてねぇ。そんな犯罪集団がみんな捕まるなんて嬉しいじゃないのぉ、クーさんのおかげねぇ~」
うっぷ、クーさんって。クルースでクーさんか。鈴木さんをスーさんって言う感じか。うーんマダムやーん。
「いやいや、衛兵さんたちの働きですよ」
「またまたぁ~。ご謙遜」
まいっちゃうなぁ、なんせ艶っぽいから、フブキさんは。
「いやいや、まあ、そんな感じなんでご安心くださいという事で、また来ますんで、失礼いたしました」
「またいらしてねぇ~」
マダムフブキの声を後にして俺は露天場所へ向かう。
「ハイ!」
「ハイ!」
「おおおっ!」
拍手喝采が聞こえてくる。
人の集まりと宙を舞うコマが見える。
子気味の良いカホンのリズム。
観客の指笛の音。シンとアンのダンスが見える。
俺は少し離れたところで子供たちだけでの商売を観察することにした。
みんな一生懸命にやってる。
店番はケインがやっているようだ。
「はい!みなさま!よろしければ今一度!彼らに拍手をお願いしまーーす!」
集まった人々が一斉に拍手をする。
「ありがとうございます!ありがとうございます!。はい、こちら?ええ、セイラモデルですね?お買い上げありがとうございます!。ハイハイ、順番にお願い致します!」
実演が終わり販売タイムになったようだ。
うん。安心だ。しっかりやっているよ。接客も満点だ。俺も手伝うとするか。
「みんな、お疲れ様!俺も手伝うよ!。はーい!毎度ありがとうございます」
「トモ兄!」
「お願いします」
「お帰りなさいませ」
そうして販売を手伝っていると徐々に客足が引いてくる。
「いやぁ、大盛況じゃないか!みんな!」
「トモ兄がお客さんをしっかりつかんでくれたおかげさ!今日だってトモ兄目当てのお姉さんたちが結構来たもの!」
「ケイン、なかなか言うようになったなあ!でもその娘さんたちもみんなにメロメロになって帰ったろ?」
「確かにケインの事をしっかりしててかわいい、弟にしたい、連れて帰りたい、と興奮される女性が多く見られましたね」
キャスルが言う。
「よしてくれよキャスル。こっちだってお前目当ての女性客をセイラが凄い目で睨むの辞めさせるの大変だったんだぞ」
ケインが返した。
「わっははっはっはっは!」
それを聞いてみんなが笑う。
セイラはそれが何か?と澄ましている。
それを見て俺も笑う。
良かった。本当に。この子たちに何事もなくて。そして、この子たちが町のみんなに地に足のついた一人前の人間として認められつつあることに。俺は何かにかわからないが、とりあえずこの世界の神様に感謝をするのだった。
そして、みんなに詰め所であった事を言って聞かす。
「一網打尽だ!」
「これで安心ですわ」
「本当に良かったっす!」
みんなでそう言い合っていると。
「きゃあーーーー!」
突然の悲鳴に声がしたほうを見ると大きな火の玉がこちらへ飛んできている。
明らかに我々を狙った軌道。大きさは事務机程か。
火の玉の向こう側に大きな男が立っている。
こいつか。俺は呼吸をためダッシュで火の玉に向かう。
「こなくそっ!」
右足に螺旋を意識しながら呼吸を降ろし火の玉を蹴り上げる。
火の玉は空中に四散し小さくなって消えた。
「テメーかぁ?」
俺は火の玉をこちらに発しただろう大男に向かって言う。
大男は笑って言う。
「バンミドルっつーもんだ。うちのもんが」
俺はダッシュで間合いを詰めて大男の腹に蹴りをぶち込むが感触が薄い。
「おいおい、自己紹介くらいさせろよ?」
大男は近くの家の屋根に飛んだ。
飛んだなこいつ。今、蹴りを入れた時もなんだかフワフワしてビニール袋蹴ったみたいだったし。何らかの魔法か。
「その様子じゃ魔法使いと戦うのは初めてらしいな。お前のおかげでうちは壊滅だよ。お前も俺と同じ目にあってもらうからな。ガキども全滅させてよっ!」
大男が屋根の上でこちらに何かを発しようとしている。さて、こいつはどうやって倒したものか。打撃は舞っている木の葉のように受け流しやがる。
「ほらよっ!」
大男が今度は火炎を放射してきやがった。火事になったらどうすんだ。
俺は右腕の肘から先を回転させる。回転を小さく早くして炎を巻き込んでいく。火炎を巻き込みグルグルと回して引っ張りそのまま霧散させると地面を強く叩いてハンドスプリングの要領で屋根の上で笑ってる大男の後ろに飛ぶ。
「ボサッとしてんじゃねーぞ」
俺は男の頭部を両手で挟み細かく振動を与える。
「オブッ!」
余裕ぶっこいてヘラヘラしてた大男は両目両耳から血を流して倒れた。
屋根から落ちて死なれてもかなわないので俺はそいつの襟首をつかんで飛び降りた。
「バ、バンデ?」
「なんでってか?お前らはそろいもそろって質問すれば答えて貰えると思ってんのか」
まあ、脳がシェイクされて聞こえねーだろうがな。
この技は前世界で好きだった格闘漫画の登場人物の必殺技で逃げ道のなくなったエネルギーで内部を破壊するそうした技だ。その前の火炎をまとめて散らすのはこれまた前世界で好きだった傑作アクションスポーツコメディ映画内でヒロインが強敵の鬼強シュートの勢いをころした技を参考にさせて頂きました。
「大丈夫ですか!」
衛兵さんたちが駆けつけてくる。
「やあ、なんとかこの通りです」
俺は賊の親玉の襟首を引っ張り上げて見せる。
「さすがですな」
おっと、この声はヘンドリー隊長のお出ましですな。
「またクルースさんに後始末をさせてしまったようで恐縮です」
ヘンドリー隊長は頭を下げた。
「いやいや、ケガ人もいませんし。俺もすね毛と腕毛が少し焦げてなくなったくらいで、これがほんとの毛が無い、怪我ないなーんて、ねえ?」
「ぷっ、わーーはっはっはっはっは!」
「トモ兄、こーゆうとこオッサン臭いんだよなあ」
爆笑する隊長に冷静な所長。フハハ、ケインすまんなオッサン臭いんじゃなくてオッサンなのだよ中身は。
「いやあ、本当に面白い方だ。こいつ、バンミドルですが魔法使いで特にファイヤーとフェザーをよく使いましてな」
「フェザーってどんな魔法なんですか」
「風魔法の一種なんですが自分の身体を羽毛のようにする魔法です。宙に舞う羽毛を切るのは至難の業、というわけでしてな。しかもこいつは仲間を犠牲にして地下で爆炎魔法を使い自分はフェザーでその勢いを利用して逃げたのですよ」
なんつー卑怯者のチンピラ雑魚だ。もう負ける姿しか想像できんわそりゃ。
「なんとも、身体は大きいのにやることはみみっちいですなあ。衛兵さんたちにケガ人は出ませんでしたか?」
「ええ、それこそみんな毛が焦げてしまったくらいでして、犠牲にされたやつらにしても死人は出ませんでしたよ、まあ、重い火傷をおった者はおりますが」
「真面目に生きてる人間の生き血をすするように生きてきた罰ですな」
「ええ、クルースさん。その通りです」
「まあ、死人が出なくて何よりです。やつらも人ですからな。それぞれ罪を償って地道に生きてもらいたいですなあ」
「まったくです」
「「あーーはっはっはっはっはっは!」」
ふたりで大笑いする。そして俺はこうした場面で一度は言ってみたかったセリフを勇気を出して言ってみることにした。
「これにて一件落着っ!!」
「あーーはっはっはっはっはっは!兄ちゃん!兄ちゃん!腹痛いよう!なにそれ!」
「ゲラゲラゲラゲラ!トモ兄ぃ!トモ兄ぃ!ヒィー!ゲラゲラ!」
「キャハハハハハ!」
「ウフフフフ、トモさまったら」
「こらセイラ。トモさんに失礼だぞ。それからトモさんだぞ。様をつけてはならんと言っただろう」
「そうでしたわ、ごめんなさいトモさま」
「また言ってるぞ。フフフフフ」
「でしたわ。ウフフフフ」
ウーム、この兄妹だけは少しノリが違うが、まあ、みんな笑顔だし結果良ければ全て良し!日本晴れならぬレインザー晴れといったところか。あっ、めでてーーなぁーーー!
「では、クルースさん、また今日も詰め所でお話しお聞かせ下さい」
そうだった。事件の後は事情聴取が待っているのだった。
そうして俺はヘンドリー隊長と一緒に詰め所へ向かった。
みんなはまだ商売を続ける意思を見せ、衛兵さんたちも近くを巡回すると言ってくれたのでそれでは任せるということになった。
「しかし、もう残党がいたりはしないですかね?」
俺は隊長に聞いた。
「ええ、これで全てのはずです。仮に残っていたとしてもリーダー不在では場所を変えるか職を変えるかでしょうな。いずれにしても、クルースさんの心配されているような事にはなりませんから安心して下さい」
俺の心配とは子供たちの事だ。
「大丈夫ですか?」
「はい、それはもう保証しますよ。この辺り最大の犯罪組織バンミドル組を壊滅させてしまったのですからね。もう誰も、クルースさんとその仲間たちに手を出す事はありませんよ」
「ええ?あいつらが?この辺り最大の犯罪組織ですか?その割には間が抜けていましたなあ」
「いやいや、連中の情報収集能力は恐るべきものでしたよ。言ってもクルースさん達の噂は商業ギルドや一部の者の間での事ですからね。やつらの関係者がその辺りにいるという事ですよ。まあ、自覚なき情報提供者もいるとは思いますが」
「なるほどねぇー。そういうものですか」
「そうですよ。それに、リーダーのバンミドルですが賞金首でしてね。賞金が出ますよクルースさん」
「俺にですか?」
「それはそうですよ。バンミドルを捕えたのはクルースさんですからね」
ええぇ。なんか申し訳ないなぁ。身に降る火の粉を払っただけなんだけどな。下校の時にボコボコにならないか心配だ、っておいっ!自分に突っ込んじまった。
「いやあ、なんだか、すいません」
「何をそんな!これだけの大捕物で死者が出なかったのはクルースさんのおかげですよ。もっと誇って良い事ですよ!」
そんな事を言われてもなぁ。
そんな話しをしているうちに詰め所へ到着。もう手慣れた感のある事情徴収と調書にサインをする。
今回は賞金が頂けるという事でそちらの領収書的な書類にもサインをする。
書類には金50万レイン也、と書かれていた。ブホッ!50万レイン!嘘だろ!一年暮らせる額!グリフォンの半分!あれが?いやぁ~ないでしょ。間違いで受け取っちゃったら大変だよ。確認しなきゃ。
「あのぉ、50万レインってありますけどぉ、5万レインの間違いじゃないんですか?」
懸賞金受け渡しの衛兵さんがキョトンとしている。
「いや、間違いという事はないですけど」
「どうした?」
隊長さんが来たよ。ちょうどよかった。聞いてみなきゃ。
「ああ、隊長。こちらの方が」
「また、クルースさんどうされましたか?」
「いやあ、なんかお手数おかけして申し訳ないのですが、賞金額が一桁間違っているのではないかと思いまして。額が大きすぎるなぁと」
「どれどれ、よろしいですかな」
ヘンドリー隊長が領収書を受け取り読み始める。
「ふむふむ、間違いありませんよ」
そう言って俺に領収書をよこす隊長。
「いやぁ、多すぎません?」
「バンミドルが聞いたら悔しがるでしょうなあ。ですが、やつの捕縛にそれだけ手こずっていたのは確かな話しですよ。そしてやつらの存在がこの街の治安を悪化させていたのも確かな話しです。その証拠にバンミドルが衆目の中で倒され捕縛された事によって町の小悪党共も鳴りを潜めたと巡回の兵たちから報告が上がってますよ」
「それにしても、グリフォンの半額とはちょっとビックリしました」
「ああ、例のはぐれグリフォンですか。あれは純粋にグリフォンの素材買い取り料金ですよ。例えば人里に害をなすなどして討伐依頼が出ていれば素材料金プラス依頼料になりますからもっと高額の報酬となりますよ。モンスター災害の折りは是非ともご協力をお願い致します」
ビシッと敬礼するヘンドリー隊長。
「いやぁ、まあ、機会があれば」
「ふふふ、クルースさんらしいですな。というわけでこちらの賞金については適正価格であることは私が太鼓判を押しますので、堂々とお受け取り下さい」
「いやぁ、じゃあ、そういうことならば遠慮なく頂きます」
思わぬ臨時収入だ。でも、この世界ってあんまりお金要らないんだよな。今の所、お金がかかりそうなものを所有したいとも思わないし。贅沢っていってもなぁ、酒池肉林とか?酒はまあ好きだけどもうほどほどでいいし、異性もなあ前世界で十分懲りたしなあ。まあ、無理に使わなくてもいいか。
というわけで俺は詰め所を出て露店場所へと向かった。
なんだか今日は詰め所と事務所と露店場所を行ったり来たりだなあ。
「おっ!兄ちゃん兄ちゃん!聞いたぞ聞いたぞ!。お手柄だったって!」
ミードさんだ、また声が大きいなぁ。
「ああ、どーもミードさん。そんな大声出さなくても聞こえてますよぉ」
「わりーわりー、声が大きいのは生まれつきでよ!だははははは!それよりよ!兄ちゃんがバンミドルをやっつけたって言うじゃねーか!」
また情報が早いなぁってかあれか、あんな天下の往来で大立ち回りをすればそりゃこうなるか。
「ありがとなー!兄ちゃん!」
俺の背中をバシバシ叩くミードさん。バンミドルのファイヤーボールより衝撃強くないか?
「いやいや、そんな」
「なーに謙遜してんだよっ!うちのカミさんも安心して買い物に行けるって喜んでるぞ!それによお、工場跡の子供らが今じゃ立派に働いてるってのもよぉ、兄ちゃんの力だって言うじゃねーか。うちのカミさんも感心してたぞぅ!ご近所さんたちも言ってるぞ!兄ちゃんとこの事務所を応援しようってよ!勿論、俺もカミさんもよ!」
ありがたいなあ。しみじみとありがたいよ。俺はゆっくりと頭を下げる。
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
「だからなーにかしこまってんだよ!兄ちゃんも坊主たちもこの街の仲間だろ!違うか?」
「そう言ってもらえて、本当に嬉しいです。あいつらも喜びますよ。あいつら、みんな、誰かの役に立ちたいって強い思いで頑張ってますから。これからもあいつらの事、よろしくお願いします」
「おいおい、なんだよなんだよ、まるで兄ちゃんどっか行っちまうみてーじゃねーかよ。まさか、そんなこたぁないよな?坊主たち置いてどっか行っちまうなんてこたぁないよな?」
「いやいや、そんなことはしませんよ。あいつらは私の大事な家族だと思ってますから。ただ、みなさんにも受け入れていただいて、更にこうして気にもかけて頂いてることを知って本当に安心しましてね。あといくつか条件が揃ったら違う仕事をやってみようかな、なんて思ってまして」
「なんだよ脅かすなよ兄ちゃん。だったら良かったけどよ。しかし他の仕事ってななんだい?」
「冒険者をやってみたいなと思いまして」
「おおっ!冒険者か!なるほどなぁ。そりゃ家を空ける事もある仕事だな。よっしゃ、兄ちゃんが不在の時は俺も力になるからよっ!坊主たちに言っといてくれよ!なんかあったら朧月のミードさんとこに来いってな!」
「本当にありがとうございます。あいつらも喜びます」
「おうっ!いいってことよ!こーゆー時はお互いさんよっ!そんかわり兄ちゃん!今度空中ゴマの技、教えてくれや!最近じゃカミさんのが上手なもんで悔しくてよ!頼んだぜ!」
「ええ、必ず!」
俺はそろそろ冒険者稼業をやってみたいなと考えているのだが、その前にやらなきゃいけないことが幾つかあるのだ。
ひとつはデンバー商会との契約。次に宣伝班の営業確立。そして自分の住処。最後のはまあ、冒険者稼業をやればあちこち行くことにもなるだろうから宿屋暮らしでもいいんだけど、お金を無駄遣いしたくないという貧乏性から来る案件で、前世界での長きにわたるワーキングプア生活で染みついたものだから簡単には落ちないのだった。
露店場所に着くとシシリーが居て、デンバー商会の方が来られているのでケインと一緒に事務所に戻って欲しい、店番は自分がやりますのでと言う。
早速ですか。さすがデンバー商会。やる事が早くていいね。
そうして俺とケインは事務所に向かった。
事務所に着くとジョーイが出迎えてくれてか細い声でお客さんは食堂で待ってますと教えてくれた。
「ありがとな。ジョーイ」
「うん」
照れくさそうにジョーイは言う。頑張ったな!ジョーイ!
食堂に行くと初老の紳士がお茶を飲んでいた。
「どうも、お待たせいたしました。クルースです。こちらは所長のケインです」
「ケインと申します」
俺とケインは初老の紳士に一礼した。
「これはこれは、ご丁寧に。わたくしはデンバー商会ノダハ支店長のオフヨイと申します。以後お見知りおきを。それでは早速ですが支店まで御同行願えますでしょうか」
「ええ、お願い致します」
「よろしくお願いいたします」
俺とケインは二つ返事でオフヨイ氏に続いた。
先を歩くオフヨイ氏は終始無言なのでどうも俺とケインも話しづらい雰囲気だった。
「あの、オフヨイさんはノダハご出身ですか?」
おおっ!ケイン行ったーー!果敢に攻め込む!
「いえ、生まれは王都ですよ」
こちらを振り向いて穏やかに話すオフヨイ氏。
あら、不愛想なわけじゃないのね、そういう人なのね。
「王都ってどんな所なんですか?」
ケインが質問する。
「そうですねえ、大きな街ですね。華やかな所ですよ、立派なお城もありますし。ケイン所長も是非王都のデンバー商会本店にいらして下さい。私の兄がそちらで店長をしておりますので」
「お兄様がですか、凄いです。わたしも頑張りますので機会があれば是非お願いいたします」
「いやいや、ケイン所長、あなたの方が余程凄いですよ。そのお年で所長なのですから」
「いいえ、わたしなんてトモ兄の、いやクルースさんの力があってのものです。本当に自分の身の丈に合ってない状態だと、そう思っています。ですが、クルースさんがわたしたちに最初に教えてくれたのは、人はなりたい自分になれるって事でした。ですから頑張れます、そうなれるように。オフヨイさん、至らないこともあると思いますがよろしくお願いいたします」
ケインはそう言って頭を下げた。お前は・・・。ケインよお前はやっぱり、たいした男だ。
「頭を上げてください、ケイン所長。これから長く付き合っていければと思います、こちらこそよろしくお願いいたします。楽しみがひとつ増えましたよ」
そう言って微笑んだオフヨイ氏の表情は本当にいいものだった。
ケインは頭を上げて真っ直ぐオフヨイ氏を見ていた。
俺は安心した。ケインの事もそうだがオフヨイ氏の人柄についてもだ。
さすがはデンバーさんが支店を任せた人物だ。ケインと話すその声にも表情にも、子供を相手にという侮りや、なぜこんな子供にという憤りや、逆に会長が足を運んだ相手だというへつらいなど、そういったものが一切感じられない、実に飄々とした、それでいて真っ直ぐな対応だった。それはなかなか出来ることじゃない。
前世界で色々な仕事で色々な人に接してきたが、相手の年齢、性別、職業、出身地、学歴、収入など様々なファクターによって侮ったり憤ったりへつらったり、表に出すまいとする努力量も含めて人のそうしたものはじんわりと感じ取れるものだった。
そして、最後の言葉。それは俺に語り掛けているように感じられた。ケインの商人としての成長を見ることが楽しみだ、と言っているように俺には感じられたのだった。
ノダハの町中を流れる運河シーナズミ川を背にした美しい建物、それがデンバー商会ノダハ支店だった。
思わず俺とケインはその凄さに見とれてしまう。窓だけ見ると1階があってその上に2つのフロアそして屋根。屋根にも窓らしきものが見える。そして建物の中央には搭のような建造物。
スゲーな。前世界で昔付き合ってた娘と海外旅行で行ったベルギーの市庁舎、確か世界遺産だったやつ。あれみたいだ。まあ、あれほど大きくはないが、それでもでかいよ。
「どうぞ、お入りください」
オフヨイ氏に促されて俺とケインは中に入る。
中もすっごいわ。天井が高いこと!そして太い柱!広いフロア!こんな建物を所有するとは改めてデンバー商会恐るべしだわ!なんて考えているとオフヨイ氏が口を開く。
「驚かれましたか?」
「いやあ、驚きました」
俺は正直に言った。
「元々別の商会が建てたものでしたが、会長がその商会のやり方に非常に立腹されまして。そうしたわけで今ではデンバー商会ノダハ支店となっております」
おいおい、話しを端折りすぎだろ!しかし、説明するまでもないと言うことか。ますます恐るべしデンバー商会!とは言えデンバーさんが腹を立てたその商会のやり方とは何か、気になりますねぇ。
「オフヨイ支店長、ひとつお聞きしてもよろしいですか?」
ケインいったー!
「ええ、何なりとどうぞ」
「会長が怒ったやり方とは何なんでしょうか?」
「会長は公正でないものを非常に嫌います。その商会は弱い立場の生産者に対して非常に不公正な取り引きをして暴利を得ていました。そうしたやり方は生産者の生活を圧迫し必然的に生産効率も品質も低くなります。それはその生産品全体の評判を下げることにもなりかねません。そうした事も会長は非常に嫌います」
「良くわかりました。ありがとうございます。オフヨイ支店長?」
「なんでしょうか?」
「一緒に仕事ができることを誇らしく思います」
真っ直ぐに、本当に何のてらいもなく只々真っすぐにケインは言った。
それを聞いたオフヨイ氏は目を糸のように細め笑ってうなづいた。
オフヨイ氏の笑顔に俺が慈愛を感じたのはあながち間違いではないと思う。
「さあ、会長がお待ちです。失礼します」
ノックしてからトビラを開けるオフヨイ氏に続きケインと一緒に部屋に入ると、部屋の奥の執務机から立ち上がりこちらへやって来るデンバーさんとキックスさんの姿が見えた。
「やあやあ、お二人とも大変だったようですが怪我をされた方などおりませんでしたか?」
笑顔でデンバーさんが言う。あの炎使いの大男のことだろう、さすがに耳が早くてらっしゃるよ。
「ええ、誰もいませんでした」
「それは何よりです。どうぞお二人ともこちらへお座りください」
デンバーさんに促されて俺とケインは応接セットのソファーに座る。テーブルをはさんで対面のソファーにデンバーさんも座り、視線を合わせたオフヨイ氏がその隣に続く。キックスさんは彼らの後ろに立っている。
「さて、オフヨイ支店長とはもう?」
「ええ、ご挨拶させて頂きました」
デンバーさんの問いに俺は答える。
「ふふふ。使いの者を行かせると言ったら自分が行くと言うもので。どうでした?オフヨイ支店長?」
「はい。会長が気に入られた理由がわかりました」
「ふふ、その笑顔は何か嬉しいことでもありましたか?」
笑ってるのかオフヨイ氏は!俺には飄々とした表情としかわからぬ。
「はい、会長。久しぶりに行く末の気になる人物と商会に出会えました」
「そうですか!それは良かった。我々は良き商売仲間を得ることができた」
「私もそう思います」
「「よろしくお願いいたします」」
2人の会話を聞き、俺とケインは頭を下げて言った。
「こちらこそですよ。それでは早速ですがこちらの書類をご確認ください」
応接テーブルに置かれた書類をこちらへよこすデンバーさん。
「はい。確認させて頂きます」
俺は渡された書面に目を通す。
俺はその内容にまったく異存はなかったので確認後ケインに渡す。
それを読んでいるケインの横顔を見る。ケインの視線が止まり俺の顔を見た。
「これはどう思いますか?」
ケインが俺に問うたのは買い取り価格についてだった。
そこには空中ゴマ120レイン、カホン大110レイン、カホン小55レインと書かれている。
これだけ見れば確かに疑問を抱いても仕方ない。
「最後まで読んでみたか?」
「いえ、まだです」
「では、最後まで読んでみなさい」
「はい」
ケインは続きを読み始めた。
続きにはこうあるのだ、材料支給と。つまり、もう材料代がかからないのだ。例えば空中ゴマ1個作るのに材料費が約50レインかかる。それを200レインで売って利益150レイン。そこから諸経費も引かねばならない。露店代1日100レインがそれにあたり販売網を広げればこれも本来増えるものだ。それに毎日完売できるわけではないのだ。そうした事も考えれば定期的に決まった数を買い上げて貰えるメリットは大きい。
さて、ケインはどこまで考えが及ぶだろうか。
「すいませんでした。焦りすぎたみたいです。すごくありがたい条件だと思います」
よし。良く考えがそこまでたどり着いたな。俺は満足してうなづいた。
「ふふふ、クルースさん、さっきの支店長と同じ表情をしてますよ。ふふ」
思わずオフヨイ氏と見つめあってしまった。オフヨイ氏は相変わらずの飄々とした表情で俺を見てうなづいていた。その後ろでキックスさんも微笑んでいる。
ここにいる人たちは、きっとケインにとっても事務所のみんなにとってもかけがえのない宝になる。そう強く思った。
そうして我々は円満に契約を結ぶ事ができたのだった。
俺とケインはデンバー商会を出るとまず露店に向かった。
露店に行くとシシリーが店番をしキャスルとセイラが空中ゴマを披露していた。
おや?シン達が見当たらないぞ?俺はひとまず声をかけた。
「お疲れさん」
「お帰りなさい。どうでしたか?」
「デンバー商会との契約は上手くいったよシシリー!詳しい事は後で契約書を見せるよ!」
シシリーの問いにケインが答える。
「ところでシン達はどうしたんだい?」
俺が疑問に思っていたことをケインが聞いてくれた。最近ケインはなんだか所長らしくなってきたなあ。
「それなんですが」
シシリーが説明してくれたのは、こういう事だった。
朧月のミードさんが来て、バンミドル組が一斉捕縛されて街の治安も良くなるめでたいという事で近所の人たちが集まってちょっとしたパーティーをやることになった、ついてはダンスとカホンで盛り上げて欲しい。これはちゃんとした仕事の依頼でクルースさんにも言ってある。と言うわけで宣伝班の初仕事となったのだと。
そういう事だった。
ミードさん。本当に気が早いというか何というか。まあ、素直にありがたい。
「そうだったのか。それは良かった。さっきミードさんに言われたんだよ。みんなは街の仲間だって。何かあったら来てくれって」
俺はそこにいるみんなに言った。
「みんな、そう言ってくれる人たちの事は大切にしような」
その後、商品在庫も少なくなってきたので撤収とし、みんなで朧月にシン達を迎えに行くことにした。
太陽亭の近くだと言ってたのでその辺りに行くとカホンの音が聞こえてくる。
じきに道にイスとテーブルを出して楽しそうな様子のみなさんが見えてくる。
「あら、クーさん。やっといらっしゃったわぁ」
出ましたマダムフブキさん。
「こんにちは、フブキさん」
「ホントにクーさんのとこの子たちは可愛いし踊りも演奏も上手だし、うちも今度お願いしようかしら」
「是非お願いします。余興以外にもお客様寄せの宣伝もいたしますのでご用命の際はいつでもいらっしゃって下さい」
「はい。その時はお願いねぇ」
「おう!兄ちゃん!」
ミードさんの登場だ。
「今日はありがとうございます」
「礼を言うのはこっちだっての!おかげで盛り上がって盛り上がってよー!売り上げも絶好調よ!」
「それは良かったですよ」
「みんなも喜んでるよ。悪者はいなくなる、かわいい仲間は増える、言うことなしだってよー!シンちゃんたちは良く頑張ってくれたんでよ!はずんどくからよ!あと、カミさんが料理詰めてくれたからよ、持って帰ってみんなで食べてくれよ!」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いします」
俺たちはミードさんに頭を下げた。
それから宣伝班の撤収までにパーティー参加者のみなさんから、今度うちも頼むよと声を掛けられまくったのだった。
そうしてシンたちとも合流し、みんなで事務所に戻ったのだった。
事務所に戻るとケインはみんなを集めてデンバー商会との契約について説明をした。
うん、しっかり契約内容を掴んでいる事がわかる説明だ。
そして、シンから本日初営業で大盛況だったこと、そしてパーティー会場にいた何人かの商店主からどこに行けば依頼できるのか問われお答えした事が伝えられた。
拍手するもの、指笛吹くもの、キャッキャと歓声を上げるもの、とにかくみんながハッピーな状態だった。
俺は嬉しかったがみんなに冒険者稼業を始めることを話すのに少しだけためらいが生まれてしまった。
「みんな!朧月のミードさんからお料理を頂きました!」
「わーーーい!」
「やったーー!」
益々言いづらい雰囲気だが後回しにしても仕方ない。
「ちょっとみんな、その前に伝えたいことがあるんだ。聞いて欲しい」
みんなが黙って俺の方を見る。不安そうな表情をしている。ごめんな、不安にさせたか。
「みなさん!わたしは冒険者になろうと思います」
みんながポカーンとなった。
「もうっ!脅かさないでくれよトモ兄ぃー!いなくなっちゃうのかと思ったじゃんかぁー!ケイン兄ぃ!あの話し、してもいいかな?」
「ああ、いいぞジョン」
ケインが答えた。
「じゃあ、えー、僭越ながらわたくしジョンが発表させて頂きます。本日、トモ兄ぃの部屋が完成しました!みんな拍手拍手!」
みんなが一斉に拍手をする。え?なんだ?どういうこっちゃ?
「さあ!こっちっこっち!」
みんなが奥へと俺を引っぱっていく。
寝室を通り抜け食堂を過ぎトイレ前の廊下を進む。
裏出入口の横の物置部屋の前でみんなが立ち止まる。
「早く早く!」
みんなに促されて物置部屋のトビラの前に行く。
「じゃーーん!」
カイルが手を指し示す先のトビラにはトモ・クルース不在と書かれたプレートがぶら下がっている。
「ひっくり返す?」
そう言ってサラがプレートを返すと、トモ・クルース在室と書かれている。
「さあ、中にどうぞ」
エミーが笑顔で言う。
俺はゆっくりとトビラを開けて中に入った。
部屋の中は簡素なイスと机、窓にはカーテン、ベッドと小ぶりだが衣装タンスまである。
「どう?気に入ってくれた?」
シンが俺に尋ねる。とっさに言葉が出なかった。
「気に入らなかった?」
かすれるような声でジョーイが言う。
俺は深呼吸をしてゆっくりと言った。
「そんなことはないよ。ありがとう。嬉しくて直ぐに声が出なかったんだ」
俺は涙を流さないように、ゆっくりと話す。
「本当にいいのかい?ここに住んでも?」
「当ったり前だよ!」
「大歓迎です」
「私たちはファミリーだよね!」
「心強いですわ!」
やべ、マジ泣きそう。ダメだわ。
俺は目頭を押さえて天を仰いだ。
「やだ!トモさん!泣かないでよう」
「ごめんな、あんまり嬉しくてさ。いや、本当にありがとうな!みんな!」
思えば前世界では家族的なものにはあまり縁がなかった。そういうものだと思って生きていた。自分にはそうしたものは合わないとすら思っていた。
でも、この世界で色んな人たちと出会って、そしてこの子たちと出会って。
俺はもう一度人と本気で向き合って生きていきたいと思えるようになった。
そして、彼らが俺をここまで受け入れてくれて。
俺はかみしめるように感謝をした。この世界に連れてきてくれた何かに。
そして、俺たちは一緒に夕飯を食べた。
それからスノウスワロウに帰りタフーミさんに事情を話し代金はそのままでいいからと断ってから部屋を引き払った。
タフーミさんは日割り計算で返金すると言ってくれたが、俺の都合でのことだからご迷惑をかけてすいませんと押し切った。
タフーミさんは申し訳なさそうにしていたが、この街に住んでくれるのは嬉しいと言ってくれた。
俺はタフーミさんにこれからもよろしくお願いします、と挨拶をして事務所に帰りみんなとこれからのことについて話しあった。
「まず露天場所を借りているは3月24日までなので、明日が19日だから後6日あります。デンバー商会との契約でそれまでは我々の手での小売りは可能です。それを過ぎたら商品の小売り権はデンバー商会へ完全に移り材料も支給されることになります。まあ、支給というよりはそれを考えた卸値になっているから格安で購入出来てしかも買い出しに行く手間が省けてこちらにとってはいいことばかりなんだけどね」
俺はみんなに説明する。
「そうしたら、今ある材料と商品はそれまでに使い切った方が良さそうですね。帳簿の事もありますし」
シシリーが言う。
「そうだ。さすが副所長だ。まあ、期日までに売り切れなかったものは初期生産品として取っておいてもいいし、宣伝班の営業特典として贔屓にしてくれるお客さんに差し上げてもいいし、なんにしても無駄にはならないから無理してまで売りつくさなくていいよ」
「わかりました」
シシリーの応対は感情の抑制が効いてるのに冷たく感じられない、ケイン所長のサブポジションとして本当に申し分ないな。
「さてと、次は俺のことなんだが、今日からみんなといっしょに暮させて貰うことになりました。改めてよろしくな!」
「わーーーい!」
「やったーー!」
「良かったですわ!」
「よろしくお願いします」
「これからも一緒っす!」
みんなが思い思いに歓迎の言葉をかけてくれる。
「ありがとう!みんな。それでなんだが早速明日、冒険者ギルドに行ってきます」
「はい!頑張ってくださいね!」
「事務所は任せといてよ!」
「販売も!」
「トモ兄ぃなら最高の冒険者になれるよ!」
俺は本当に幸せ者だよ。みんなのためにも無事に帰ってこられるように気を付けよう。
そうして俺たちは就寝したのだった。