怪異の海域って素敵やん
島に近付くにつれうねりと風がおさまり海が静かになる。
「なんだか妙に静かだねえ」
「うふふ、見て下さいナブラが立ってますよ」
アルスちゃんに言われて見るとあちらこちらで小魚の群れが水面近く跳ねているのが見える。しだいにボシュッと言うフィッシュイーターの捕食音や勢いよく水面をジャンプする捕食魚の出すライズ音が聞えて来る。
「これは聞きしに勝る豊かな海だねえ。思わず釣り竿を持ってこなかったことを悔やみたくなるよ」
「トモトモは釣りがお好きでしたねえ」
「ふふ、これは釣り好きにはたまらない光景ですねえ」
「クランケルは釣りは?」
「やった事ないですねえ」
「だったら今度やってみな。面白いぞー。飯のおかずにもなるしな」
「あらあら、突然霧が立ち込めて来ましたよ」
アルスちゃんがのんきな口調で言う。周囲にもやがかかり急激に視界が悪くなってくる。
「これは、あれだね?もうちょっとすると置いてけお化けが出てくるって訳だね?」
「向こうから何かが近付いて来ます」
気配を察したクランケルが指をさす。するとその方向に大きな黒い影が現れた。
「おいでなすった」
「そのようですねえ」
俺の言葉にアルスちゃんが嬉しそうに反応する。
「置いてけぇ~、置いてけぇ~」
おどろおどろしい口調で影が言う。
「いやあ、すいません。置いてくもなにも、まだ魚の一匹すら捕まえてませんでしてー」
俺は影の方に向かって大声で言う。
「よければお弁当置いてきましょうか?ポケットパンとパイですけど?」
「・・・・・、ゴニョゴニョゴニョゴニョ」
「はい?なんすか?」
「・・・・ゴニョゴニョゴニョゴニョ」
「良く聞こえないっすけど、ちょっとそっち行っていいですかー?」
俺はゲイルを使って影の方へと飛んだ。
「あ!術式阻害が効いてないぞ!」
影の方から声がする。
「おっかしいなー?正常に動いてるよ?」
「じゃあなんであいつ飛べるんだよ」
「すいませーん、自分、術式使えないんすよー」
俺は影に向かって言う。
「術式じゃないらしいぞ?」
「なんだって?どういう事だ?」
影の方からゴニョゴニョと言い合う声がする。
「大丈夫ですか?クルース君」
クランケルが飛行魔法で飛んできた。
「ああ俺は大丈夫だけど、影の人たちがなにかゴニョゴニョと言い合ってってさ」
「あの影の向こうに人がいるんですか?」
「どうやらそうらしいんだけどさあ」
「また一人飛んできたぞ?」
「どうなってんだよ?つーか、魚獲ってないって言ってんぞ」
「お前、良く見ろよー。獲ってるの確かめてからやれって言われただろー」
「でも、どっちにしてもここは禁忌の場所だろ?」
「でも、なにも獲ってない奴に置いてけじゃ追い剝ぎになっちまうじゃないか」
影の向こう側の人がまーだゴニョゴニョやってる。
「どうする?」
「困りましたねえ」
俺とクランケルは頭をひねる。
「おふたりともどうしましたか?」
アルスちゃんがボートのロープを引っ張りながら飛んできたので俺は今まであった事を説明する。
「そうでしたか。でしたら、ちょっと霧を晴らしましょうか。ちょっとトモトモロープを持っていてもらって良いですか?」
「ああ」
俺はアルスちゃんからロープを受け取る。
「霧の向こうの人達、聞こえますか?」
「今度は女の子だぞ?」
「どうすんだよ?」
「どうするって言われてもなあ」
「めんどくさいから水入れちゃう?」
「バカ、怒られるぞ」
「じゃあ、どうするんだよ?」
アルスちゃんの言葉にも何やらゴニョゴニョと言い合うばかり。
「お話がしたいので霧を晴らしますよー」
「霧を晴らすって」
「できっこないよ」
「できたらどうするんだよ?」
「できるものならやってみろっての」
「じゃあ、そう言うぞ?」
「いいよ、言えよ」
「やれるものならやってみろ~」
おどろおどろしい口調で影の向こう側の人が言う。ちゅうか、ふたりのやり取りバッチリ聞こえちゃってるから、おどろおどろしい口調にする意味ないんだけどなあ。
「はい」
アルスちゃんはにこやかに言うと天に向かって右手を上げた。右手には狼少女の絵に頑張るニャンと書かれている扇子。メルヘンベルさんとこの物販品!アルスちゃん、結構気に入ってるのか。
「それそれそーれー」
アルスちゃんは掲げたセンスを振る。まるで、踊っているように振る。おいおい、お立ち台ですかい?ジュリ扇か?ボディコンなのか!?
「おお!霧が!」
「晴れていきますな」
驚くクランケルと呆れる俺。そして、みるみる晴れていく霧。
「うそーーーーん!!」
「お前ができるものならやってみろなんて言うから!!」
霧が晴れスッキリと好天の海に見えるのは小舟に乗ったふたりの美少年だった。それも、耳の長い。ありゃりゃ?耳長族さんだったか。
どうだろう、平和的に話が出来るといいんだけど。




