港町って素敵やん
教会を出た我々はまず宿に向かい部屋の確認をした。
流石はビッグスポンサー、全員分の個室が用意されており、俺たちは一度それぞれの部屋に入り、宿のロビーに集合ということになった。
俺は宿に置くような物も無し、部屋の中をざっと確認だけしてからロビーに行き、イスに座って宿のフロントを行きかう人たちを眺めていた。
割と大きな宿なので、ロビーも大きく、飲料と軽食を提供する喫茶店も併設しているもんだから、それを目的に入ってくる人や待ち合わせ目的の人、何やら商談のようなことをしている人もいて見ていて面白い。
しかも魔族の方々だものだから、この雰囲気は独特だ。
港町特有の、なんと言うのか、人や物の流れの転換地点独特のちょっと混沌としたようなエキゾチックさを感じて気持ち良い。
なんだか、たゆたうような、そんな気持ちになる。
「あら、トモトモ。お早いですね。どうしましたか?なんだか、ボヤっとされてましたけど。」
「ああ。アルスちゃん。この雰囲気が気持ち良くてねえ。まったりしちゃってたよ。」
「わかりますよー。わたしもこの感じ、異国情緒があって好きです。特に、こうした場所は生活感がないと言うのか、見ていて何かがボヤーっとにじむような感覚になりますよね。」
「本当にそうだよねー。」
ふたりしてまったりモードになってしまう。
「待たせたな。」
「どうした、ふたりともボーっとして。」
「おっ、集まったな。じゃ、行きますかい!。」
キーケちゃんとシエンちゃんも来たので、例の協力者との接触ポイントに行くことにする。
「大丈夫かふたりとも?一服盛られでもしたのか?。」
シエンちゃんが心配してくれている。
「いやいや、そんなんじゃないよ。異国情緒に浸っていただけよ。心配してくれてありがとうね。しかし、なによ?一服盛られるって?。」
「うふふ、シエンさんが言ってるのは非合法薬物の事ですね。精神に強い影響を与えるもので、心や身体に害をなしますからね。大事なトモトモがそうしたモノに溺れてしまっては一大事ですものねえ。」
「バカ!お前もだぞアルス。確かにお前は不死だが精神的な影響は受けるだろうが。」
「あら、シエンさんたら。わたしの事も心配してくれていたのですか?。」
「当たり前だろう。」
「・・ありがとうございます。」
アルスちゃんは少し間をおいて、ゆっくりと言った。
「そ、そんな急に殊勝な事を言われると、我も戸惑うだろうが。」
「うふふ、ありがとうございます。」
アルスちゃんは嬉しそうだ。
「しかし、シエンちゃん、そんな薬はこっちにもあるんだね。」
「あるさ。トモちゃんが居た所にもあっただろ?。」
「あったよ。やはり非合法だったけどね。昔、大きな国が他国に組織的に売り込んで莫大な利益を得た事があったんだけどね、当然売られた国の風紀は退廃し、健康を損なうものが多く出たもので、治安は悪くなる貧困層は増えるでたまったもんじゃないから禁止してね、それが原因で戦争が起きた事があった位だよ。まあ、むかーしの話だけどさ。俺が居たころは犯罪組織の収入源だったくらいかね。」
「だろ?良くないんだよあれは。キーケちゃんもそう思うだろ?。」
シエンちゃんがキーケちゃんに賛同を求める。
「ああ、そうだな。あたしもあれはいかんと思うぞ。あれにやられて、自ら命を絶った奴や借金まみれになり落ちるところまで落ちた奴らを随分見てきた。しかし、国が利用するってなあ聞いた事がないな。そんな事もあるのか?。」
「ああ、俺も文献で読んだだけで実際に見たわけじゃないけどね。ある国が別の国と商取引をするでしょ?いわゆる交易だね。自分の国の物を売り他国の者を買う訳でしょ。ある国、仮に1国とするか、それが2国と交易をする。1国は2国から茶だの食器だの衣料品だのを大量に買ってたのね、質が良くてよく売れたからさ。でも2国に大量に売れるような者が1国には無かったのね。だもんで1国は国内のお金が出ていくばかりで2国からお金を得ることができなかった、そんなことを続けていると最終的には支払うお金が無くなってしまう、そこで1国が編み出したのが占領していた3国でそうした薬物を製造して2国に売りつけることだった。これをやられた2国は大量のお金を流失した上に国内は先ほど言ったようにズタボロになり、戦争になったがそんな状態では勝てるわけもなく、結局1国に有利な条約を無理やりに結ばされてしまう結果になった。それは更なる戦争の入口になるんだけどね。まあ、本当にねえ酷い話だと思うよ。でも実際にあった事なんだよね。」
「ふーむ。凄まじいな。それを人族同士でやっていたと言うのか。えげつないにも程があろう。それをやった国は許されているのか?それとも滅んだのか?。」
シエンちゃんが聞く。
「きひひひ、シエンよ。今少し、人の汚い面を理解しておらぬかよ。トモよ、当てて見せようか?その国はその後に発展しただろう?。」
「さすがキーケちゃんだな。その通りです。」
「トモちゃん!。」
「わっ!なによ?急に大きな声出してシエンちゃんは。」
「それは、発見者や実践会みたいな組織にも似たような効果があるのじゃないか?。」
「シエンさん、それは非常に興味深い話しですよ。今までも、宗教の違いが原因で起きた戦争は数多くありましたし、侵略の口実として使われた事もありますからね。」
「俺が前居た所では、宗教は市井の民にとってのそうした薬物である、って言った人もいたよ。これは、批判だけでなくいろんな意味で重なる所があるからじゃないかと、俺は感じたのだけれどもね。そうした薬物も使い方によっては痛みを薄めて心を落ち着かせる効果があったりするものでさ、多くの場合、薬と毒の違いは量だったりするんだよ。お酒だって飲みすぎると身体によくないしね。でも、使い方を間違えなければ心と身体の健康に良かったりする。問題はその調整が難しい所なんだよね。依存度が高い物は特に注意が必要だよ。そうした薬物や発見者のような団体には強い依存性があるからね。発見者の信者には何度も襲われたけど、まともな会話ができなかったからね、薬物で恍惚となっている人と変わらなかったよ。」
「それは人も魔族も、トモの居た所も変わらぬのさ。あたしも長く生きてるからね、そんな者達は幾度も見て来たよ。そうしたモノはなにもおかしな教義や薬物だけじゃないさ。何事かに生きることが困難になるほど耽溺し、しかも本人にやめたいという意思があってもやめられない。病よな。すでにそれは。」
「前居たトコでも心の病と捉えられていたよ。そうした人達が回復するために集まって生活する施設もあったよ。なかなか、そうしたモノをひとりで解決するのは難しいからねえ。事務所に来てくれたオウンジさんも、発見者の元信者たちの依存からの回復を手伝っているわけだしね。今回の依頼も、事によってはオウンジさんのような介助者が後々必要とされるかもしれないね。」
「フム。やはりトモはこの依頼に適任だったようだの。」
キーケちゃんが言う。
「さてねえ。だけど、任されたからには完遂すべく頑張りますよ。」
宿から地図に示された港の広場までは歩くと結構距離があった。
来た時は馬車だったからね。
港が近くなってくると潮の香りがほんのりとしだして、道端には露店が目立つようになってくる。
露店で売っている物も海産物の乾物や加工品であるとか、貝殻を加工したアクセサリーだとか、変わった柄の布製品や陶器だったり、お茶の葉であったりと飲食店より小売店の方が多く見られる。市場とかマーケットと言った感じなのだろう。
呼び込みの声や人通りも結構あって活気が見られる。
活気づいた市場通りを歩き、地図に書かれている広場に到着するとそこにも露店が出ており、その中に花屋さんはひとつだけだった。
俺は花屋の露店に近づいて店番をしている犬顔の女性に声をかけた。
「すいません。」
「はい、いらっしゃいませ。何をご所望ですか?。」
「青いバラを3本、箱に入れて下さい。」
「少々お待ちください。」
犬顔女性が露店の裏に行きそこに座っていた狸顔の老人に耳打ちすると、狸爺さんは腰を上げてどこかへ歩いて行った。
花売りの邪魔にならないように脇にズレて待っていると俺たちを呼ぶ声がする。
「あんちゃん達かい?俺を呼んだのは。」
声の主を見ると目のくりくりした猫顔の子供がそこにいた。
「俺は、ムグリ。子供だからってなめんなよ。」
アルスちゃんより小さい身体でつっぱっているが、いかんせん顔がラブリー過ぎる。カラーリング茶トラだもんよ。自然に顔が緩んじまう。うわー、もしゃもしゃやりてー。
「なんだよ、あんちゃん。にやけてんじゃねーぞ。こっちも暇じゃねーんだ。ついてきな。」
「ああ、スマンスマン。教会からの依頼で来た、クルースだ。よろしく。」
なるほどな、こりゃ教会の調査員と足並み揃わないわけだよ、ワイルド過ぎんだろ。
でも、そこはニャンだよあんちゃんって言ってほしかったな。
なんて思いながら俺たちはムグリの後について行ったのだった。




