頑張る子供って素敵やん
翌日、爽やかな目覚めと調子の良い身体に満足しながら商売道具ををまとめると、俺は事務所へ向かった。
「おや、おはようございます」
途中の道で俺に声をかけてきたのはデンバーさんだった。
「おはようございます。今日はキックスさんは一緒じゃないんですか?」
「ええ、すぐに来ると思いますよ。ほら」
「デンバーさん。行動にはお気を付け下さい!」
「気を付けてますよー。気を付けているからこうしてクルースさんにお会いできたのですよ」
いたずらっ子のような笑みでデンバーさんが言う。
「まったく。これですからね」
毒気を抜かれた様子で俺に言うキックスさん。
デンバーさんの人間力だな。
「私もデンバーさんにお会いしたかったのですよ」
俺は正直にそう告げた。
「ほら、キックス。聞きましたか」
嬉しそうに笑うデンバーさん。
「ええ、デンバーさんにはいつも驚かされますよ」
そう言うキックスさんに俺は尋ねる。
「どういうことですか」
「デンバーさんはクルースさんが自分に会いたがっているって言うんですよ。理由までは教えてくれませんでしたけどね」
「うふふふふ」
キックスさんににらまれてデンバーさんは笑っている。
フーム。こりゃあ、案外と話が早いかもだな。しかし、油断ならない人だよデンバーさんは。
「失礼ですけどクルースさん。あなたの商売をここ2日見せて頂きました。面白いですなあ、実に面白い!」
「いやいや、そんな事は」
「特に昨日クルースさんが構築した仕組みですよ、私が一番感心したのは。しかし、その仕組みには弱点がある。その話しを私としたかったのではないですか?」
「流石、新進気鋭のデンバー商会会長さんですね」
「フフフ、ギルドでお聞きになられてましたね」
「はい」
事務所設立の際、受付嬢に最後に聞いたのはデンバーさんの事だった。
今、一番勢いのあるデンバー商会。その会長は40代始めとまだ若いにも拘わらず、どこの後ろ盾もなしに独自の販売網を広げている、と。
「噂では本人が直接出向いて販売網を広げているのだとか」
「それだけが理由ではありませんけどね。直接私が見聞きすることで得られる情報や人材、商材もありますからね」
そう言って楽しそうに俺を見るデンバーさん。
「単に物見遊山じゃあないのですかねぇ」
チクリとやるキックスさん。
「では改めまして。これからお時間ありますか?」
俺は尋ねる。
「ええ、ええ。勿論ですとも」
大仰に答えるデンバーさん。
「では丁度これから事務所に行くところでしたのでご一緒にどうぞ」
俺は言った。
「フフフフ、キックスも一緒でよろしいですかな?」
「勿論ですとも」
俺も大仰に返したのだった。
デンバーさん達と事務所に行くと子供たちが空地で服や布団を干していた。
「ああっ、おはようございまーーす!トモさん来たよーーっ!」
元気よくあいさつしたのはカホン製造班のマギーだ。
「おはよう、マギー」
「おはよっす!」
「おはようございます」
「おはよう!アラン。おはよう!キャスル。他のみんなは中かい?」
「ええ、そうです。こちらの方々は?」
あいかわらず気品ある応対のキャスルだった。
「ああ、デンバーさんとキックスさんだ」
「おはようございます。みなさん」
恭しくあいさつをするデンバーさん。
「おはようっ!。みなさん」
力強いが温かみのあるあいさつはキックスさんだ。
「「「おはようございます」」」
うんうん、あいさつは人間関係の基本ですからね、みんなよくできました。
「このお二人とは取引相手になるかも知れないからね、そうじゃなくても良き隣人、良き友人になるかも知れない。誰と会う時も、そう思って接するといいぞ、みんな」
「「「わかりました!」」」
「よし」
そう言って俺とデンバーさん達は入口のトビラへ向かった。
「フフフフ」
意味ありげに笑ってキックスさんを見るデンバーさん。
そしてそれに無言でうなづくキックスさん。
目と目で通じ合ってますか?お2人は!
「ほう。なかなか良い看板じゃないですか」
トビラ横に掲げられた事務所の看板を見てデンバーさんが言った。
「これを作ったのは彼らですよ」
「ほほう。これはこれは」
デンバーさんは何かに納得したようにひとりうなづいている。
「さあ、中に入りましょう」
俺たちはトビラを開けて中に入った。
「はい!いち、に!いち、に!そう!いいよ!」
「トントントンカン!トントントントンね。スチュ!」
「行きますわよケインさん!」
「ジョン!それはまだ乾燥してないって!」
「ちょっと、エミー!そっち持っててよーっもぅー!」
とても賑やかだった。
まず、シンがアンにダンス指導をしている。アンの動きは昨日よりキレが良くなっているように感じる。
そして、フィルがスチューとカホン演奏の練習をしている。大分サマになってきてるな。
セイラはケイン相手に空中ゴマの練習か。セイラは意外と思い切りが良いようだ。ケインは少し腰が引けてるな。
ジョンとカイルは完成した空中ゴマをリアカーに積んでいるようだ。いやいや、結構な数作ったな!早く寝ろよって言ったのに。まったく、頑張り屋な奴らだよ。
ベスとエミーはこちらも完成したカホンを同じくリアカーに積んでいる。キャッキャキャッキャと楽しそうでいいよ彼女らは。それにしてもやはり俺が考えていたよりも数が出来ている。
ちょっとみんなには頑張りすぎないように言っとかないといけないな。
「はーい!みんな!おはようございまーーす。ちょっと手を休めてこちらに集まって貰えますかーー」
「あっ!トモ兄ちゃん!」
「おはよーー!」
「おはようございます」
みんなが近くに集まってきたのでまずはデンバーさん達の紹介だ。
「みんな、こちらはデンバーさんとキックスさんです。今日は商売の話しを聞いて頂くために御足労願いました。もしかしたら取引相手になるかもしれませんがそうでなくても良き隣人、良き友人となるかも知れません。みなさん、これから多くの人々と接する事になると思いますがその度にそう思ってください。良き隣人、良き友人になれるかも知れない、と。わかりましたか?」
「はい!。よろしくお願いします!」
10人の声が重なる。
うんうん。よろしい、よろしい。
「それから、みんな。これはひとつ俺からの小言と思って聞いてほしい。みんな、頑張ってくれるのは嬉しい。嬉しいのだが、くれぐれも頑張りすぎないようにして欲しい。製造にしても練習にしても頑張りすぎて身体を壊しては元も子もありません。それに、人間の集中する力には限界があります。それを過ぎればドンドン発揮できる力が下がります。そうすればケガをしたり、何かを壊してしまったりして良くない結果になりやすいです。みなさん、ちゃんと休憩を取って、ちゃんと休んでくださいね。わかりましたか?」
「はい!」みんなが返事をする。
何人かの子は心当たりがあったのか顔を見合わせたりしている。
「よし、わかればよろしい。ケインこっちへおいで」
俺はケインを呼んだ。
「彼はケインです。この事務所の責任者、所長をやってもらっています」
俺はデンバーさん達へケインを紹介した。
「ケインです。未熟者ですがよろしくお願いします」
ケインが頭を下げる。
「デンバーです。こちらこそよろしくお願いします」
そう言ってデンバーさんは手を差し出した。
頭を上げたケインは一瞬俺の表情を見てからデンバーさんと握手をした。
「キックスです、よろしく」
「よろしくお願いいたします」
ケインはキックスさんとも握手を交わす。
「こんな事を言っては失礼かもしれませんが、みなさん、随分としっかりされておりますな。以前から何度も町で彼らを見かけてはいましたが、見違えるようですよ。みんな目が生き生きとしてますよ」
デンバーさんが俺に小声で囁く。
そうか、そう言ってもらえると嬉しい。本当に。
「ありがとうございます」
俺はデンバーさんに言った。
「フフフフ、まだ感謝するには早いのではないですか?」
またいたずらっぽく笑うデンバーさん。
「いいえ、こうして彼らと会って頂き彼らを直接見て頂いた。それだけで感謝です」
俺は笑顔でそう伝えた。
「トモ兄、シシリー達が朝ご飯作っているから、食べていってよ。勿論、デンバーさんとキックスさんも良かったらどうぞ」
ケインが言う。
「おやおや、これはこれはよろしいですかな?ご相伴に預かっても」
俺を見てデンバーさんが言う。
「ええ、是非どうぞ。シシリー達をご紹介しますよ。こちらへどうぞ」
俺はデンバーさん達を厨房スペースへと案内する。
奥の部屋に入り俺はデンバーさん達に説明する。
「ここは彼らの寝室です」
もうぼろきれは無いし、幾つかの場所には昨日はなかった板が打ち付けてある。布団はすべて外に干し掃除もしたのだろう、こざっぱりしたスペースになっていた。
「この奥が、恐らく元々は食堂だった部屋になってます」
俺はそう言って更に奥の部屋へと案内を進める。トビラを開けると食欲をそそる匂いが漂ってくる。
「どうぞ、お入りください。みんな、おはよう!」
中に入ると、ここも掃除されてこざっぱりとしているし、壊れたイスなどは軽く修繕されている。
修繕不能な物は撤去されたようで室内が昨日より広く感じる。
「おはよう?」
「あら、おはようございます」
「ぉはよぉござぃますぅ」
サラはなぜ疑問形?まあ、かわいいは正義だ。シシリーはあいかわらずしっかりしてるよ。
そして、ジョーイ・・・頑張れ!
そうして俺は彼女達にデンバーさんとキックスさんを紹介する。これから出会うすべての人への心構えも同じように伝える。
みんな、しっかりと理解してくれたようで良いお返事だった。
「デンバーさんとキックスさんも一緒に朝食お誘いしたんだ。おふたりの分も準備お願いしていいかな?」
ケインがシシリー達に言う。
「いっぱいある。大丈夫。ね?」
サラが小首をかしげて言う。
「ぅん、沢山作ったから」
ジョーイが言う。
「はい。もうすぐ出来ますから、みなさんそちらでお待ちになってくださいね」
シシリーが笑顔で言う。
「じゃあ、俺はみんなを呼んでくるよ!」
ケインがそう言って部屋を出て行く。
「ありがとう、みんな。それじゃあ、待たせてもらうよ」
俺は彼女らにそう告げてデンバーさん達を席へと案内する。
「いやあ、しかし室内もずいぶんサッパリしましたなあ。これも彼らが?」
デンバーさんが俺に尋ねる。
「そうです。デンバーさんは以前ここに来られたことが?」
「ええ、値段が手ごろでしたので倉庫か何かにと思いましてね。しかし、修繕するにしても解体して建て直すにしても採算が合いませんでしてね。先客を追い出してまでとなると余計に、ね」
またデンバーさんはいたずらっぽく笑う。参るなこの笑顔には、毒気を抜かれてしまうよ。キックスさんを見ると、でしょう?と目で言っているので思わず苦笑する。
しばらくするとみんなが食堂に入ってくる。
「うーーん、いい匂ーーい!」
「お腹減ったねーー」
「サラが作った料理、楽しみだねジョン」
「ジョーイとシシリーもだろっ!」
一気に賑やかになる。
みんなが席に着くとシシリー達が食事を運んで来てくれる。
生野菜のサラダと焼いてあるパンに昨日の煮込み料理の残りをアレンジしたのだろブイヤベースっぽい具だくさんのスープ、そしてお水だ。
「さあ、みなさん、お代わりもありますから沢山召し上がれ」
シシリーが声をかける。
「頂きます!」
みんなちゃんと頂きますもできるな。結構、結構。まあ、食べられる事への感謝については前世界で生まれ育った俺なんかよりよっぽど骨身にしみて理解しとるよな。
しかし、このブイヤベース風のスープ。魚介は入ってないのに味わい深いなあ、かなり美味いぞ。パンも昨日の残りなのに丁寧に焦げ目が入れてあってサクサクしっとりで美味い。
生野菜も前世界のものより野趣溢れると言うのか土の味がすると言うのか、とにかく野菜を食ってるって感じがして非常に美味い。
「うんっ!美味い!美味いぞ!」
俺はシシリーとジョーイ、サラを見て言った。
3人とも嬉しそうに笑う。
「いいものですな、大勢での朝食も」
デンバーさんが俺に言う。
「ええ、私自身あまりそうした経験がなかったものでして、本当にみんなと会えて良かったと思ってるんですよ」
俺は本心を言った。
「フム」
デンバーさんはまた何か含みのある笑顔で俺を見た。どうかな、この笑顔。なぜか俺は大丈夫な気がしている。この人は強かで抜け目ない鍛え抜かれたビジネスマンだが、モラルを持っている。俺はそう感じた。
前世界で出会った社会的に成功していると言われた人達と似ているようで違うのはそうした所かも知れない。
みんなに言った事でもあるが、ビジネスパートナーとしての付き合いはできなかったとしても、良き友人にはなれそうなそんな気がした。
「時にクルースさん。なぜ商会としてギルドに登録したのですか?お金もかかるし税も取られるのに」
「それはですね、まずひとつ目に商品の性質です。これらは製作自体は実に容易です。それは細かなコツみたいなものはありますがそれでも幾らでも真似る事ができます。ギルド登録すれば商品の権利も守られる、そう聞いています。まあ、一定期間だそうですけど、それでもその間にこの商品はこの商会製が一番だな、と言うイメージ付けはできると踏んでいます。宣伝班の役割はそうしたところもありますから。ちょっと待っていて下さいね」
彼らに製作して貰った製品は事務所の名前を刻んで貰っている。カホン裏側には俺の考えたブランド名アウトモと共に、空中ゴマにはスティック部分とコマの内側にそれぞれ刻んでいる。
俺はミニカホンを手に戻りブランド印を見せる。
「こうした感じに製品には製造社名が刻まれています」
「ほほう、見せて貰ってよろしいですか?」
「どうぞ」
俺は現物をデンバーさんに手渡した。
「このアウトモと言うのは何ですか?」
「これはですね、私が大変お世話になった、そして友人でもあるその方の名前を拝借しましてね。アウロさんと言う方なのですが」
「まさか、マキタヤの鍛冶屋ジョーサン先代の、あのアウロさんじゃあ」
珍しくデンバーさんが食い気味に被せてきた。
「ええ、そうですけど、ご存知でしたか?」
「いやいや、ご存知も何もマキタヤ鍛冶師の大元締めですよ。鍛冶ギルドの会長も頭が上がらない、マキタヤの影の主、鋼鉄アウロと言えば有名人ですよ」
はーー、ただもんじゃないとは思っていたが。鋼鉄アウロって。道理ではぐれグリフォン相手に一歩も引かないわけだよ。
「そうなんですか。あのアウロさんが。そうでしたか。いや、まあ、でも私にとっては年上の友人、かけがえのない友人ですよ」
「ぷっ、ははは、あーはっはははは、こりゃ傑作だ。そうでしたか。あなたが、アウロさんの言っていた。それなら、納得できる」
突然大爆笑し始めたよこの人は。どうしたの?俺はキックスさんを見るがキックスさんはニコニコしてこちらを見るばかりだった。
「いや、すいません私としたことが取り乱しまして。ふーっ。幾らか説明せねばなりませんな」
デンバーさんの話しはこうだ、この町に来たのは鍛冶屋ジョーサン製品の買い取りのためでありアウロさんとは馴染みの取引相手である事。
そして今回取引している時にアウロさんから新しい友人の話しが出たと、その友人はめっぽう腕が立ち才人であるが驕ったところが一つもない気持ちのいい男だと。
そしてその友人から面白いビジネスチャンスを貰ったので一緒にどうかと誘われたと。
そういう事だったのだ。
アウロさん、褒めすぎだよ、恥ずかしい顔から火が出る!
「まさかあなたがトモクル釣りの発案者とはねえ、いやこんな事ってあるんですねえ」
「えっ、ええ?トモクル釣りですか?」
「ええ、そう聞きましたよ。その友人の名を拝借したと、ねえ、トモ・クルースさん」
やだ、もう、はずかすぃーー。
「まあまあ、そんなに照れないでくださいよ。この楽器の裏にある記名、アウロさんが見たら同じようにされるかも知れませんね。これは是非見たいものだ」
「いやいやいや、まあまあ」
俺はこう言うのが精一杯だった。
「さてと、面白い話しが聞けましたな。話しが逸れてしまいましたが会社設立の理由、ふたつ目を教えて頂いてもよろしいですかな?」
「ああ、そうでしたね。ふたつ目はですね、こっちが本命なんですけどね、私の自己満足のためです」
「自己満足ですか?」
「ええ、まあ、それだけじゃあ説明になってませんよね。この子たちとは保護者としてではなく対等の対場で友人としてやって行きたいなと、まあそう思いましてね」
「はい」
「彼らの能力に見合う器を用意したかったんですよ。まあ、みんな私が考えていた以上の力を発揮していて驚いてますけどね。結論としては」
「先行投資で好きでやったことだ、商売仲間としてこれからは頼む、と。ギルドでケイン君にそう言っていたと聞きましたよ」
デンバーさんが笑みを浮かべながら言う。壁に耳あり障子に目あり、流石の情報網だな。
「まあ、そういう事ですね」
デンバーさんを真っすぐ見つめて俺はそう言った。
「どうですキックス、私の目に狂いはなかったでしょう」
「はい、流石です」
「では、みなさん!」
そう言ってデンバーさんが立ち上がる。
「あらためまして、私はデンバー商会会長ヘンリー・デンバーです、以後お見知りおきを。本日みなさんの事務所に伺ったたのは他でもない商売のお話しをさせて頂くためです。ケイン所長、クルースさん。わが商会と商売仲間としてお付き合い願えませんでしょうか?」
やっぱり、話しが早かった。俺が思っていた弱点、販売網についてデンバーさんは引き受けてくれると言っているのだ。
「ケイン、どうだ?」
「俺はいいと思う。デンバーさんもキックスさんも俺たちを見る目が真っすぐだった。シシリーは?」
「私もそう思う。みんなはどう?」
「お願いいたします!」
「いいと思う!」
「賛成!」
「キックスさんカッコイイ!」
ちょっと違う塩梅の返答も混じっていたが、みんなも賛成のようだ。
「よろしくお願いいたします」
ケインとシシリーが頭を下げた。
俺も頭を下げる。
「みなさん!頭を上げてください!そんなにみんなで頭を下げられるとなんだか私が悪者のようではないですか」
そう言ってデンバーさんが笑う。
頭を上げた俺が見たのはみんなの姿、決して卑屈ではない、むしろ誇らしげに頭を下げるみんなの姿だった。
「みんな!デンバーさんもそうおっしゃられてる。頭を上げて顔を見せてくれ!」
一斉に見せてくれた子供たちの表情は、本当にいい表情で何て言えばいいのか、とにかく眩しかった。
「それでは、後日改めて細かい話しを煮詰めて契約書を発行しましょう。準備が整いましたら使いの者をよこします。では、みなさん、またその時に。それから、美味しい食事、ごちそうさまでした」
そう言って部屋から出るデンバーさんたちを俺は見送る。
外に出た時、デンバーさんが俺の方を向いて言った。
「そうだ、ひとつだけ聞かせてください。クルースさんは私が販売を買って出る事について勝算がおありのようでしたが、それはなぜですか?」
「いえ、勝算なんてなかったですよ」
「それにしては随分と落ち着いてらした」
「それはみんなに言った事、そのままですよ。良き隣人、良き友人になれるかも知れないと思っていたからですよ」
「私が悪人だったらどうします?」
「デンバーさん、確かにあなたは海千山千の鍛え上げられた商人です」
「フフフ。だったらなぜ?」
「それは決して悪いことではない。それに、デンバーさん。あなたの芯には倫理や道徳がしっかりとある。私はそう感じました」
「ですって、デンバーさん」
珍しく真剣な表情をしたデンバーさんに対してキックスさんが嬉しそうに言う。
「良き隣人、良き友人ですか。本当に面白い人ですねクルースさんは。我々はなれますか?」
笑みを浮かべて言うデンバーさんに俺は右手を差し出して言った。
「もう、なってますよ」
「フフフ」
俺とデンバーさんは固い握手を交わした。
「私とも、よろしくお願いいたします。いつかお手合わせできれば」
キックスさんが少し物騒なことを言って右手を差し出す。
「いやいや、お手合わせはご勘弁を」
俺はそう言ってキックスさんとも握手を交わす。
「では、また、クルースさん」
「はい、よろしくお願いします」
俺は彼らを見送った。
「だから前から言ってましたよね、いつかあなたを理解する人が現れると」
「キックス。私は冷徹な商人、氷結のデンバーと言われる男ですよ」
「今日は陽だまりと言った方が合ってましたよ」
「それは子供たちがかわいらしかったからですよ」
「どうでしょうか」
楽しそうなふたりの姿を見送り俺は建屋の中に戻った。
「トモ兄ぃ、どうだったんだい?商売仲間って具体的に何なんだい?」
空中ゴマ製造班のジョンが飛んできて俺に尋ねた。
「あんた、そんな事もわかんなかったのぉー。空中ゴマとカホンを買ってくれるって事でしょ!そんなだからいつまでたってもサラに」
「わわわわわっ!バカ、マギー!よせ!そうじゃなくて!買ってくれるっていってもどのくらいなのかって事だよ!」
みんなも興味深げにこちらを見ているので説明する。
「まあふたりとも落ち着け。今から説明するから。デンバーさんは今一番勢いがあると言われる有名な商会の会長さんだ。彼が一番得意としている商売は卸売りと小売りだ」
「卸売りって?」
サラが小首をかしげて聞く。
「卸売りってのは、製造元から仕入れて小売り業者へ売る事だ。小売りってのはまあお店屋さんだな。俺が露店で売ってるのも小売りだ。そしてサラたちがやっているのが製造だ」
「うん」
「普通は自分で作って自分で売るよな。俺もそうしていたわけだし」
「うんうん」
「しかしな、沢山作る事ができても売る場所が限られていたらどうする」
「少しづつ売るのはどうでしょうか」
「さすが、キャスル兄さまですわ」
「うむ、確かにそれも手段のひとつとしては有効だ。しかしそれでは作る量を減らさないと在庫が増えるばかりになってしまう。しかも欲しがっている人が多くいる状況ならその作戦は勿体ないことになる。勿論、キャスルの言う作戦を取ることで逆に商品の価値が高まることもある。手に入らないからこそ手に入れたくなる、そのためなら多くお金を払っても良い、そう考える人も少なからずいるだろう」
「ああっ!それでは私たちの稼ぎにはならないわけですね!」
キャスル、なかなか優秀じゃないか!俺は褒める。
「いいぞ、キャスル。良くそこまで考えついたな。大したもんだ」
「キャスル兄さま、どういう事ですの?」
「それはね、セイラ。商品は少しづつしか売られない、それでも、余計にお金を払ってでも欲しいと思う人は持っている人から買おうとする、倍の値段を払うから、と言って」
「それでは、多くの人を笑顔にすることができなくなります!」
そうスチューが言う。俺が言ったこと覚えていてくれたか。
「そうだ、我々が作ったものは本当にそれを欲しいと思っている人に適正な値段で買ってもらいたいんだ。スチュー、その気持ち忘れないようにな!」
スチューは顔をクシャッとさせて照れくさそうに笑った。
「そこでデンバー商会の力が必要になるわけだ」
「わかった!卸売りと小売りね!」
と元気娘のベス。
「そーゆーこと!我々はデンバー商会に販売をお願いしようと思ってるわけです」
そう俺は答える。
「ふっふふーーん!」
誇らしげなベス。
「いやあ、今のはみんなわかったでしょ」
しっかり者のフィルが突っ込む。
「なによっ!だったら言えばいいじゃない!」
「まあまあ、ケンカしない!それでこれから幾らでデンバー商会が引き取ってくれるか話し合う事になるわけだ」
「えっ?今まで通りじゃないんすか?」
アランが俺に尋ねる。
「それはそうさ、例えば今まで俺は空中ゴマを200レインで売ってたわけだけどそれには露店での場所代なんかも含んでたわけだ。販売を任せるとなればそうしたお金はかからなくなる。当然その分は安く卸す事になる。そして小売りでの売値は変えたくないと思ってる。まあ、材料の定期的な購入で材料費が抑えられるようになったら多少安くするのもありなんだけど、それはまた別の話しだけどね」
「商売って難しいのね」
アンが言う。
「そうだな、けれどなみんな、君たちはひとりじゃない。それは忘れないでくれ。なにかあれば俺が相談に乗るしきっとデンバーさんだって聞いてくれると思う。頼るべき時は頼りなさい。あとは、さっきスチュが言ってくれたように我々がこの仕事をやるのは何のためか忘れないで欲しい。それだけ覚えていてくれれば大丈夫だよ」
俺はみんなを見渡して言う。
「さてと、それじゃあ早速お仕事に行くとしますか」
「僕らも行っていい?」
シンが言う。
近くにはアン、フィル、スチュー、アラン、キャスル、セイラの宣伝部隊がおり俺を見てる。
「いけるかい?」
彼らを見て俺は言う。
「いけますとも!」
「やらせてください!」
「わたくしだって!」
「いけるっす!」
おうっ!みんなやる気が凄い!
「よし、じゃあ、初披露と行きますか!」
「「「「「「「おうっ!」」」」」」」
「みなさん、頑張ってください。私たちは製造を続けます。完成品は後で届けますね!」
シシリーが元気に言った。
「ちゃんと数も数えてるから帳簿も任せてよ!」
ケインが言う。
「よーーーし!みんな!商売道具を持って出発だ!」
人数が増えたのでリアカーは置いていき荷物は手分けして運ぶ事にした。
というわけで我々一行は露店場所へと向かった。
一行はそれぞれの場所に黄色いバンダナを装着し俺自身も首に巻いている。
まるで前世界のカラーギャングか黄巾党だな、こっちはちびっ子軍団だけど。まあ、ただのちびっ子たちじゃあないけどな。
カホン部隊はカホンを背負えるようにベルトを装着している。基本的にカホンは動きながらの演奏には向いていないので前世界のチンドン屋さんみたいなスタイルでの宣伝営業には工夫が必要になるが、それはまた追々考えていけばよいだろう。
今日は一先ず販売スペースを縮小して宣伝パフォーマンスを行おうと思っている。
勿論、四六時中宣伝パフォーマンスをやり続けるわけではない、休憩もとるし販売が好調なら販売スペースを戻す事もあるだろう。一度に全員ではなく例えばコマひとり、カホンひとりといった具合にバリエーションを持たせるのも面白いだろう。ダンスとコマのセッションなんてのも面白いかもな。
そんな話しをみんなとしているうちに現場に到着。
俺は両隣りのお店に挨拶に行ってみんなを紹介する。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします。今日は実演と宣伝に専門家を雇いましたので、少し騒がしくなると思いますがご容赦ください」
「ケイン&トモ事務所と言います。以後お見知りおきを」
優雅に一礼するキャスル。
「「「「「「よろしくお願いします」」」」」」
みんな一礼して挨拶をする。
よしよし、よくできました。
布屋さんと乾物屋さんは目を丸くしてたどたどしく挨拶を返していた。
そりゃそうだろうな。
まあ気にしないで、露店スペースをセッティングしよう。
「トモさん、僕たちはどのあたりまで使って良いのでしょうか?」
しっかり者のフィルが言う。
「そうだな、販売場所にここまで使おうかと思ってる。そして許可を取っている場所はここまでだ。両隣りに迷惑をかけないように気をつける必要があるから実質この辺りまでかな。そんでもって、こっちはみんなが行き来する道なんで基本はあまりはみ出さないようにな」
俺は実際に歩きながらみんなに説明する。
「よしっ!みんな!頑張ろう!」
「「「「「「おーっ!」」」」」」
シンの呼びかけに皆が呼応する。
俺はそれを見て笑顔になる。いいぞ、みんな。
「みんな、今日は初めて人前でやることになる。緊張するかもしれないが楽しんでやってくれ。みんなが楽しんでいる姿が沢山の人を楽しくさせるんだからね!」
「わかりました!」
「うっす!」
「はいっ!」
みんなも笑顔になる。お日様も笑ってるだろう。今日もいい天気ぃーーってなぁっ!
俺は敷き布をたたみその上に空中ゴマ、カホンを並べポップ看板を設置する。
タンタンタンパン!トントンパンッ!トッタントッタンパンッ!切れの良いカホンの音、フィル、スチュ、アランの3人が音合わせを始めたようだ。
見るとキャスルとセイラのコンビも空中ゴマを投げ合っているし、シン、アンのコンビもステップを踏みウォーミングアップを始めている。
なんかいいなあ、この雰囲気。若者たちが熱くなって何かに取り組んでいる。そして実戦に臨もうとしている姿はオッサンの心にビンビンと来るものがある。
年を取ってプロスポーツより高校野球や大学駅伝の方が面白く感じるようになってきたってな話しをよく聞いたが、こういう事なんだろうか。いや、どっちかというと子供の発表会を見に来る親の心境か。まあ、どちらも似たようなものなんだろうな。なんだか俺のほうが緊張してくるわ。
手汗を拭って深呼吸をする。
「よーし。それでは商売開始と行きますか!」
俺はカホンに座る。トン、トン、トントントントン、ドンツドントツ、ドンツドントツ。
ゆっくり目にエイトビートを刻む。
カッカカッカカン、カッカカッカカン。小カホン担当のアランが入ってくる。気持ちの良くなる入りっぷりだ。ドンッ、ドンドドンッ、ドンッ、ドンドドンッ。しばらくして、大カホン担当のスチュとフィルも叩き始める。いいじゃんいいじゃん!カッコイイじゃん!
そしてキャスルとセイラが空中ゴマを始める。セイラのコマは女の子らしいピンク色の星がちりばめられている、キャスルの方は同じ柄で色は赤。うん、そうだと思った。2人は高く上げてキャッチを繰り返す。タイミングぴったりだ。さすが兄妹。
シンとアンものり始める。ゆったり目のリズムに2人のリラックスした感じのステップがピタリと重なってこっちも気分が乗ってくる。シンのアレンジ力発想力には目を見張るものがある。とにかく身体のいろいろな場所でリズムが取りたいって思いが伝わってくる。それこそチェストバンプっぽい動きやペレオっぽい動きまでやってる。その横でクラブのステップから跳ねるような動き、スローテンポステップで合わせていくアン。
こちらも魅力的なコンビだ。
俺はカホンを叩くのをやめて立ち上がりリズムに合わせての啖呵売へと切り替える。
「はい!道行く皆さん!知ってますか!見たことありますか!今一番新しい、カッコイイ!見ていて楽しい!こちらの道具!寄っていってよ見ていってよ!見るだけならただ!でも一見の価値あり!さあさあ、どうだ!」
昨日おとといの事を知っているのかドライフルーツを買って見学するものがチラホラ現れる。
「これ、ほら昨日言ってたやつ!」
「人が増えてるけど?」
「なんだか楽しいからいいじゃない」
「やだっ、かわいいーー」
好感触!畳み掛けるぞ!
「改めまして皆様方!ご機嫌はいかが!今日も始まりました空中ゴマとカホン販売でございます!本日は頼もしい仲間たちと一緒にやってまいりました!まずはご覧いただきたい!空中ゴマを操るのは息もピッタリ!兄と妹!キャスルアーーンドセイラーーー!!」
2人は空中ゴマを互いに向けて投げ合いキャッチして見せてから華麗に一礼する。
「わぁ!」
「パチパチパチパチ!」
「やだ、2人ともステキっ!」
「あんな事もできるのかぁ」
「もう一個買わなきゃ」
よーしよしよし!いいぞいいぞ。
「続きまして今、最も熱くてカッコイイ踊りを見せますはこのふたり!シンとアン!」
ぴったりの動きでクラブのステップを踏むふたり。途中からシンの動きが大きくなりフォーシングぽい動きになる、少ししてアンも同じ動きになると今度はシンはテンポに合わせて腕を大きく振り上半身を残して下半身を捻り回転しピーターポールっぽい動きを始める。少ししてアンも同じ動きをしだすとシンは両手を広げバツっと止まる。少ししてアンも同じように止まる。
「おおっ!!」
「すげーーーーっ!」
「かわいいーー!」
「パチパチパチパチ!」
「ピューーーイッ!!」
拍手喝采、指笛を鳴らすものもいる。いいぞ!
「最後に、最高にカッコイイ演奏をしてくれてるのはこの3人!アラン!スチュー!フィル!」
カカカコンコンコカカカカン!小カホンのアランが子気味のいいソロ演奏をぶちかます。
ドンドン、ドンドン、ドンドンド、ツカンッ!
最後は大カホンのスチューとフィルも入りフィニッシュ。
バシッと決まる。
「イイじゃん!」
「やだーー、もう、カッコかわゆーーーい!」
「こりゃ、嫁さんにも教えなきゃ」
「イヤッホーーーー!」
「最高だぜっ!」
盛り上がるったけ盛り上がってる。見るだけならお代は無料だって言ってんのに投げ銭してくるお客さんまでいる始末。
「みなさん、ありがとう、ありがとう!多大なるご声援、ありがとうございます!彼ら彼女らはケイン&トモ事務所の方々です。黄色いバンダナが目印でございます。御商売の宣伝に、飲食店などの見世物に、また結婚式などの余興やプロポーズの際の盛り上げ役まで!何でも致します!ご用命の際はケイン&トモ事務所、ケイン&トモ事務所をよろしくお願いします!黄色いバンダナが目印でございます!」
「「「「「「「よろしくお願いいたしまーーーーすっ!!!」」」」」」」
デデンッ!俺はカホンでしめた。
「おおぉーー!」
「贔屓にするわよーー!」
「キャスルくーーん!こっち向いてーー!」
「うちにも来てもらいてーなーー!」
さっきからちょっと怪しいファンができあがりつつあるな、うちのかわいい子供らにおかしなことされないように気をつけなきゃだな。
「よーーし、小さいカホンくれ!」
「キャスルくんと同じ柄のありますかぁ?」
「俺も、この不思議な柄のコマひとつ!」
早速きたぞ!見よ!これが宣伝効果だ!
「はいはい、みなさん、順番にお願い致します!品物はありますので安心して下さい!品物はあります!」
俺は前世界の電気屋さんになった気分でお客さんたちをさばく。
「はい、こちらの柄でよろしいですか?」
カホン隊がリズムを刻み始め、空中ゴマ隊、ダンス隊がそれに続く。
見るだけのお客さんもつき始める。
そうして朝一番の忙しい波が治まってきたころ若い女の子2人組がやってきた。
「ほらほら、こっちこっち!」
「あっ!やっぱりーー!クルースさんだぁ!」
おうっ!スノウスパロウのミーサちゃんともう一人はお友達かな。
「おはよー。来てくれたんだね。ありがとうね。良かったらみんなの演奏と演技を見てってよ!」
俺はミーサちゃんに言う。
「うん!面白い露天商があるって聞いて、もしかしたらと思ったけど、やっぱりクルースさんだった!」
「ちょっとぉ、ミーサぁ、紹介してよねぇー」
横にいる子がミーサちゃんの袖を引っ張る。
「ああ、ごめーん!クルースさん、この子はアリッサ」
「アリッサでーーす。商業ギルドで働いてまーーす!」
「あ、どーも、クルースです。よろしくです」
若い女の子は元気でいいやね。
「まさか、噂のクルースさんとミーサが知り合いとはねぇ」
「えっ?噂って何ですか?。」
聞き捨てならないな、でも面と向かって言うからには悪い噂ではないんだろうけど聞いてみる。
「なによー、アリッサ。どういうことぉー!」
ミーサちゃんも気になるようだ。
「ちょっとちょっとミーサ、そう興奮しないで!」
「興奮なんてしてないけどーー」
「またまたぁ、まあいいけど、今ギルドで一番の話題なのよっ!ほら、潰れた家具工場あったでしょ。あそこを買い取ってそこに居た子供たちを集めて商会を作った男の人がいるって。しかも、しかもですよーーー」
「しかも、なによ!早く言いなさいよ!アリッサ!」
「まあまあ、そう興奮しないで、ねえ。しかもですよ、その男の人はあの鍛冶町マキタヤの大元締め、眠れる獅子ことアウロ・ジョーサン氏と友人関係にあり、更にあのデンバー商会会長ヘンリー・デンバー氏に認められ商業契約を結んだらしいと言うじゃなーーーーい!。本当なんですか?クルースさん!」
「こらっ!アリッサ!失礼でしょ!」
アリッサの食い気味な質問にミーサちゃんが待ったをかけてくれる。噂になるの早すぎるだろ。しかし、眠れる獅子って本当に呼ばれてたのねアウロさんって。
「いや、ミーサちゃん、大丈夫だよ。気を遣ってくれてありがとね。アリッサさんでしたね、そんなに噂になってるんですか?」
「アリッサちゃんと呼んでください!そりゃぁなってますよー!ギルド長も言ってましたよ、今、一番注目すべき人物だって」
「いやいや、そんな。すべて自分が凄いわけじゃあないですから。凄いのはアウロさんやデンバーさんやこの子たちなわけでしてね。俺自身は、なんでしょう。出会いの強運を持っているって感じでしょうか。とにかく、そんなわけなんでケイン&トモ事務所をこれからも御贔屓にお願いします」
「やだ!もーーー!評判通りよ!ミーサ!」
そう言ってミーサちゃんをバシバシ叩くアリッサちゃん。
「ちょっと、痛いってアリッサこそ興奮しすぎっ!」
「ごめんごめん!でも本当に評判通りでさぁ。鋼鉄アウロ氏曰く、腕が立ち才気あふれるもそれを一切鼻にかけない好男子!ってさ!やだーー!もーー!ミーサ!あんた頑張りなさいよっ!」
「アリッサ!なに言ってんのよ!先走りすぎ!ごめんなさい、クルースさん!」
またぁ、若い女の子はすぐに恋話にしようとするなあ、まあ微笑ましいけどねおじさんとしては。
「いやいや、大丈夫、大丈夫。まあ、お二人とも気を取り直してとうぞご覧になっていって下さいね」
「じゃあ、クルースさん、こっちの小さいの下さい」
小カホンを指差してミーサちゃんが言う。
「ありがとうございます」
「私は空中ゴマをひとつ。この稲妻みたいな柄の下さい」
おお、サラのセンス!お買い上げありがとうございます。!
「ありがとうございます。時間があるならお二人とも使い方を彼らに教わればもっと楽しめますよ。よろしければどうぞ」
「いいんですか?」
という事でミーサちゃんとアリッサちゃんが宣伝班のレクチャーを受けけることになり店頭は一層賑やかになった。
若い女の子がキャッキャキャッキャとやっていると華やかになるもので、そうすると男たちも集まってくるものだ。
「これ買ったらそこで教えて貰えるんですか?」
「はいそうです」
「教わるのにお金はかかりますか?」
「いいえ、無料です」
といったやり取りが何回かありミーサちゃん達が帰った後も男女何人かがお買い上げになり宣伝班に教わるという流れが出来上がってきた。
中には教わっていた男女が仲良くなり来たときはひとり帰りはカップルで、なんて姿も見られたりした。
順番に休憩をとっている時にスチューが、みんなを笑顔にする仕事って本当に楽しいです!と言ってきたので俺は嬉しくなり、本当にそうだなと言って彼の頭をワシワシ撫でてやった。
しばらくすると在庫が薄くなってきたので俺は子供たちに店番を頼み、両隣りのお店に自分が少しの時間抜けるので何かあったら宜しくお願い致します、と挨拶し事務所に追加分を取りに行くことにした。
両隣りのお店の方はおかげさんでうちも商売繫盛だから、それぐらい任せとくれよ、と快く引き受けてくれたので俺は安心した。
事務所への道のりを歩いていると路地裏から声が聞こえてくる。
「っつてんだ」
「・・によっ!誰かーーーっ!」
俺は嫌な予感がしてダッシュで声のする方へ向かう。
そこで見えたのはリアカーの前で叫ぶマギーとマギーをかばうように立つカイル、それを囲む4人の大人の姿だった。
俺はスッと血の気が引いた。はらわたが煮えたぎってるのに頭が冷たくなる感覚。前世界で7年付き合ってきた彼女に裏切られた時に感じたそれをもっと強烈にした感じ。
ああ、あれよりキツイことあんだなぁ。そんなことを考えながら俺は大人達の横を通りマギーとカイルをかばう形で割って入った。
「なんだ!テメー!」
「どっから来やがった!」
怒鳴るチンピラを無視して俺はマギーとカイルに言う。
「大丈夫か、怪我はしてないか?」
「大丈夫!カイルがかばってくれたから」
マギーが泣きそうな声で言う。ふり絞っていた勇気が途切れかかっているのだろう。よく頑張ったぞ。
「カイルは大丈夫か?」
「うん!突き飛ばされただけだから!こいつらが突然、金と持ち物全部よこせって!」
俺はマギーとカイルの頭を撫でる。
「二人共よく頑張ったな。怖かったな。ごめんな。俺が気をつけなきゃいけなかったな」
「ふざけんな!なに無視してんだごらぁ!」
俺がマギーとカイルと大事な話しをしているのを肩をつかんで邪魔をしてきた者がいたので俺は振り返りざまに頭突きをかました。
「おごっ!」
鼻血を出して倒れるそいつに俺は言った。
「今、大事な話ししとるんだ、ちっとまっとれ」
それから俺はふたりに言う。
「もう大丈夫だからな。もうこんな目には合わせないからな。それから、今からこいつらにお仕置きをしなきゃならないから怖かったら目を閉じてなさい」
ふたりの頭を撫でて俺は強盗達の方を振り返った。
「で?なんで子供たちを狙った?」
俺は深く呼吸し気持ちを落ち着けて悪党に問う。
「大儲けしてるって噂を聞いたんでなあ、大層なお金持ち様とつるんでるとも聞いたなあ。そりゃ、おすそ分けしてもらわないとよお、ダメだろ!なあ!」
頭の悪い返答を聞きながら状況を確認する。頭突きで倒れた奴はまだ倒れたままだ。残りの3人が俺たちを逃がさないようにか広がって間合いを縮めてくる。ナイフを持ってるやつがひとり、鉄の棒を持ってるやつがふたり、か。
全然プレッシャーを感じない。身体も心もこいつらを脅威と捉えていない。だが、はぐれグリフォンの時みたいにやみくもな全力を使っては多分相手を殺してしまう。子供たちの前で殺人は避けたい。しかし俺には自信があった。空中ゴマの操作やカホンの演奏で身体がイメージ通り動くのを体験している。
「と言うわけで、ようっ!!」
男が俺の顔めがけてナイフを突き出す。
俺はそれを回転しながら肩越しにかわして腕を取り担ぐ形で折った。
「あぁあぁぁぁつぅぅぅーー!」
そいつは妙な声を出してうずくまり折れた腕を押えて喚いている。残り2人。
「つらあぁぁぁ!」
「死ねやぁぁ!」
二人同時に鉄の棒で打ちかかってきた。
向かって右の奴は上段から振り下ろし、向かって左は横殴りに振るってくる。
やっぱりこういう奴らって頭が悪いんだろうな。
俺は向かって右の奴の腹のあたりに組みつくように接近し、右足をそいつの足の前に出して身体を捻りつつ右手のひらでそいつの背中を打った。
つんのめったそいつの肩あたりを左の奴がフルスイングする。
「あぁぁぁぁ」
「んがっ」
仲間をフルスイングした男は情けない声を出し、打たれたほうは鎖骨でも折れたか白目向いて倒れこんだ。
「テンメーーー!よくも!」
「よくもじゃねーーよ。子供狙いやがってクソ野郎が!今度この子らに手を出してみろ、ただじゃおかねーぞ!」
俺はそう言いながら凄んでるそいつに近づき顔面にパンチを当てる。軽いジャブだ。
「ンブッ」
鼻の下に拳が当たりそいつはひっくり返りそうになる。
「ンブじゃねーよ」
俺はそいつの髪をつかんで引き戻しその勢いのまま手前に叩きつけた。
「オゴゴゴ」
叩きつけたそいつは地面で呻いている。
「おいっ!この野郎!寝てんじゃねーぞ!」
俺はそいつらを恫喝する。
「フヒーーフヒーー」
「すんません!すんませんした!」
「うっううぅ」
「いてーー、いてーよー」
そうこうしてると慌ただしい足音がして衛兵さんが姿を見せた。
「はい、みなさん、そこを動かないでくださいねえ。事情を聞かせて貰いますよ」
「通報したのはあなたですね、この中に知った顔はありますか?」
衛兵さんのひとりがそう言って連れてきたのは、太陽亭のフブキさんだった。
「あの方は店のお客さんで知ってますぅ。被害者の方ですわぁ。そちらのお子さんたちを暴漢から守られていてぇ」
相変わらずのダルそげな喋りに一気に日常に引き戻される。
ああ、気が立ってたんだな俺は。冷静になってくるとさっきは俺の方がチンピラだったなあ。子供たちの前で良くないものを見せてしまったなあ。反省だなあ。
「おいっ!立ちなさい君たち!」
「先輩!こいつらこの辺を縄張りにしてるチンピラです。何度も捕えてるんですけどその度に被害者が証言取り下げてしまって」
「ああ、例の一味か。すいませんがあなた、ご同行願えますか。そちらの坊ちゃんとお嬢ちゃんも」
「構わないですが、心配する者もおりますのでひと声かけて行きたいのですがいいですか?」
「ええ、どちらまで?」
「噴水公園西4ブロックなんですけど」
「では丁度通り道ですので一緒に行きましょう」
そういうことになった。
「フブキさん、ありがとうございます」
俺は通報してくれたフブキさんに感謝した。
「いいえぇ、当然のことをしただけよぉ」
「けど、こうしてお時間をおとらせしてますし、なんだか不穏な輩のようですし、彼ら」
「なにかあったらお客さんが守ってくれるでしょぅ?」
またやけに色っぽくて参るなこのお方は。
「勿論ですよ」
と俺は言う。
「もうこんなバケモン二度と構うかよっ!」
「黙れっ!」
「いてーな!こっちはケガ人だぞ!」
「なに言ってんだ!強盗犯め!」
衛兵さんに怒られてやんの。もっと怒られろ!この禿タコっ!
なんてやってるうちに露店スペースへ到着する。
「みんな、心配かけたな」
俺は現状を説明する。
「ええっ!そんなことがあったんですか!」
「みなさんに怪我がなくてよかったですわ」
「マギー顔が赤いけど大丈夫か?」
「えっ?大丈夫!大丈夫!」
そんな感じでみなが心配、労いの声をかける。
「そんなわけで、俺たちはこれから衛兵さんに事情を話しに行かねばならないんだ。今日はみんなこれで引き上げていいからね。事務所のみんなにも事情を説明してひとりで出歩かないようにして欲しい。わかったかい?」
「わかりました」
「よし、頼んだぞ。衛兵さん、この荷車はどうしましょうか?」
「一応持って来て下さい。それからみなさんお帰りの際には護衛をつけますので安心して下さい。レイセス!」
「はっ!」
若い衛兵さんが来て敬礼をする。
「この子たちを家まで送って差し上げなさい」
「はっ!」
これなら安心だ。よかった。
「ありがとうございます。じゃあ、みんなそういうことだからよろしくな!」
「「「「「「「はい!」」」」」」」
これでみんなにも伝達できたし安全も確保できた。さてと、改めてムカついてきたぞ、こいつらには。
「衛兵さん、こいつらってこれからどうなるんですか?」
「あなたたちの証言にもよりますが、立証されれば子供相手の強盗傷害事件ですので良くて鉱山での強制労働、悪ければ島流しですね」
「ほう」
結構な重罰だな。
「しかし、こいつらの仲間がまだ潜伏してますからね。さすがに衛兵詰め所を襲うような無謀なことはしないでしょうが油断はできませんからね。できれば根絶やしにしてやりたいんですがアジトがわからなくてはいかんともしがたく、本当にじれったいのですよ、我々も。こいつらの口から吐かせてやりたい所なんですが」
「ダメそうですか?」
「やつら口が堅くて。ご領主様も人道的なのはよろしいのですが犯罪者にまで拷問を禁ずる事もないでしょうに」
ほう、ご領主の名前はキワサカ様だったな、良い評判を耳にする機会は多かったがこれが冤罪を鑑みてのことだったらかなりの傑物かもしれないな。まあ、お会いする機会はないだろうが。
そんな会話をしているうちに衛兵詰め所に到着。
こりゃあ確かに襲うのは無謀だわ、砦だわ。石造りの要塞だわ。これを襲うなら軍隊じゃなきゃ無理だわ。
「グズグズするな!中に入れ!」
強盗団が衛兵さんに煽られてる。強盗団はふてぶてしい態度でノロノロと入って行く。
その後を我々も続く。
「荷車はどうしたらいいですか?」
「こちらに見分所がありますので、みなさんもこちらからお願いします」
衛兵さんに促されて強盗団とは違う入口から中に入る。
「お手間をおとらせします」
中に入ると衛兵さんの中でも位の高そうな男性が敬礼をし迎えてくれた。
「まずはみなさんそちらにお座りください。順番にお話しお伺いいたします。ああ、失礼、荷車はこちらへお願いします」
俺は言われた通りにする。
そうして椅子に座るとフブキさんから別室に呼ばれる。
俺とマギーとカイルは3人で椅子に座り所在なさげに待つ。
マギーがチラチラとカイルを見ている。おやややや?
カイルは緊張しているのか難しい顔をしてフブキさんが呼ばれた部屋を見ているのでマギーがチラチラ見ている事に気付いていない様子だ。
おっと、マギー。顔が赤かったのはこれですね。女の子は逞しいよ、あんな事があった直後に恋愛モードとは。カイルなんてまだ顔がこわばってるのにな。マギーには凛々しく映ってるんだろうなぁ。ふふふふ。ホッとしてふたりの事を見ていると、強盗団に対しての怒りが沸々と蘇る。あんの野郎共。よくも俺のファミリーに手を出してくれやがったな。まだ仲間がいるって話しだったよな。何人いるんだか知らないけど挽肉にしてくれんぞ!さあて、どうやって炙りだしてくれんか。
「兄さん、トモ兄さん!」
「おっ、おうっ、どうした?」
カイルが話しかけていたようだ。いかんいかん。
「なんだか、怖い顔してたから」
「いやあ、ごめんごめん。怖がらせちゃったな。あんな事があった後だってのにな。ごめんな」
「ううん、違うんだ。トモ兄さんがあいつら懲らしめてた時、確かにちょっと怖かったけど、でもかっこよかったし、それに俺たちのために怒ってくれてるんだってわかるから」
「そうか。ありがとな。カイルもマギーを守って立派だったぞ!なあ、マギー?」
コクコクコクコク。
顔を赤らめてマギーは無言でうなづく。
「2人とも勇敢だった。けどな、もし今度同じようなことがあったら荷物もお金もほっぽり出していいからな!荷物もお金もまた働けば何とでもなるんだからな。お前たちに何かあったらみんな悲しむからな、勿論、俺もだぞ」
2人は真剣な表情でうなづいた。
別室の入口で番をしている衛兵さんも笑顔で大きくうなづいていた。
「それじゃぁ、みなさん、どうぞ。3人でよろしいようですよぉ」
別室から出てきたフブキさんが俺たちに笑顔で言う。
「わかりました。じゃ、行こうか」
俺、マギー、カイルは一緒に別室へと移動した。
「いやいや、みなさんこの度はとんだ災難でしたね。我々としても巡回が行き届かず怖い思いをさせてしまいました」
いきなり先程の位の高そうな男性が頭を下げるので俺は呆気に取られてしまった。
「ああ、失礼。私はゴゼファード領ノダハ衛兵隊隊長マルス・ヘンドリーと申します」
「ああ、私はトモ・クルースです。カイルとマギーです。よろしくお願いいたします」
俺は2人を紹介してから頭を下げた。
「まあまあ、まずはお座りください」
「では、失礼します」
そうして席に着くや否や。
「いやあ、会えて光栄ですよクルースさん!」
ヘンドリーさんが握手を求めてきた。
「えっ?あっ、はい」
なんだかよくわからないが握手する。
「いやいや失敬、弟がザンザス隊におりまして。この間のはぐれグリフォンは民間人が倒したものと聞きましてな、最初は疑っていたのですが先日デンバー氏からこんなものを見せられてつい買い取ったのですが」
そう言ってヘンドリーさんが見せてきたのは一振りの槍だった。
半ばから折れ曲がり根本が握った形でへこんだ槍。ありゃあー。あの時のやつ。ちゃっかり売ってんのかよデンバーさん。流石、氷結のデンバー。今度あったら言ってやろう。
「その民間人はマキタヤの重鎮アウロ氏を助けためっぽう腕の立つ快男児。更にその人物は、孤児たちを助け氷結のデンバー氏の心を溶かした、という話しじゃないですか!」
「よしてくださいよ!そんなんじゃないですよ。アウロさんとは一緒に戦ったんですし子供たちは商売仲間でこっちが手を貸してもらってるんですから。デンバーさんは、まあ、この子たちのかわいさにやられてはいましたけど」
「いやぁ、噂通りの人だ!武人として、そして人として、敬意を表します。今回の件ですが大まかな話しはフブキさんとやつらに聞いておりまして辻褄もあっております。我々もみなさんの周辺の巡回をしますので安心して下さい。後は簡単に経緯を伺わせていただいてから調書にサインを貰えればお帰り頂いて結構です。しかし、やつらの命を奪わずして戦力を奪う体術、お見事です。もし機会があれば是非お手合わせ願いたい所です」
またぁ、キックスさんに続いて今度は衛兵隊隊長さんからラブコールですかい。こちらにきてから漢にもてるなぁ。
「いやぁ、そんなたいしたものじゃあないです」
という事で俺たちは経緯を話し調書にサインをし帰ることとなった。
「家まで衛兵をつけます」
と隊長さんに言われ衛兵さんが3人歩み出た。
俺は衛兵さん達に、子供たちには俺がついて今晩も一緒に過ごすので、衛兵さんのうちふたりはフブキさんと行動を共にしてほしい旨を伝え、さらにフブキさんを交えてひとつの提案をした。
衛兵さんもフブキさんも快諾してくれたので俺は安心してフブキさんたちと別れたのだった。
そうして俺とマギーとカイルは事務所へと帰ったのだった。
事務所に帰るとみんな大騒ぎだった。
「大丈夫でしたか?」
「マギーとカイルは?」
「トモさんが居れば心配ないって言ったでしょ!」
「悪者は?悪者はどうなったの?」
「カイル!トモ兄ぃが悪者やっつけた話し聞かせろよっ!」
みんなを鎮めるのが大変だったがなんとか落ち着かせてから今日あった事を話した。
そして、しばらくの間は単独行動は控えること、外出の際は人通りの少ない道は避けること、それでもそうした者に遭遇したらお金も荷物も渡して自分たちの無事を一番に考えること、などを話して聞かせた。
なかにはそんな奴はやっつけてやると息巻く子もいたが、自分が傷つくと俺も含めてみんなが悲しむ事を伝えると神妙な顔をし納得してくれた。
そして今日みんなに聞かせたかった一番の事、今晩の予定について話して聞かせるとみんないたずらっぽく笑い、一も二もなく賛成してくれた。
それから俺は工具類を確認し、ちょっとした大工仕事をしてからみんなで食事をし就寝するのだった。
そして夜更け過ぎ、窓を外す音が微かに聞こえてきた。寝室としているスペースの直したばかりの窓だ、壊すなよ、俺は心の中で思う。奴らも大騒ぎにはしたくないのだろう音を立てないように外した窓から入って来る。俺は起きて耳を澄ましているので微かな音で丸わかりだ。入ってきた人数は8人。そいつらは剣を抜き部屋の床各所に盛り上がってる布に突き立てた。
「みんな、いいぞ!」
俺が声をかけると天井にいた子供たちが一斉にランプを灯す。
「クッ!なんだ!」
「騒ぐとガキを殺すぞ!」
なにトンチンカンな事言ってやがんだ。よく状況を確認しろよ馬鹿垂れが。
子供たちはハンモックで天井付近に全員待機させてんだよ。
「よく来たな」
俺は賊に向けて言った。
床にあるのはただの布の山だがこいつらにとっては寝ている子供たちという認識だったはずだ。そいつを躊躇なく刺しやがった。
俺はぶちぎれそうになるのをなんとかこらえて言った。
「テメーらみんな大人しくお縄を頂戴しろ!」
賊のひとりが無言で切りかかって来る。
俺は用意していた大工道具を手首のスナップで投げた。
「ぎゃっ!」
切りかかってきた男が太ももを押さえてうずくまる。
「テメーなにしやがった!」
俺が賊に投擲したもの、それは釘だった。それも建屋修繕のために購入していた長い釘、前世界で言えば五寸釘、15センチほどもある釘だ。外の木で練習した時はトンカチで叩いたように釘の頭まですっかりめり込ませることに成功した。
この技は前世界で好きだった伝奇小説で敵役が使った技であり、俺はそのキャラを非常に気に入ってよく真似たものだったのだが、そのキャラ自体は思っていたほど活躍せず非常に残念に思ったものだった。今ここで俺がその鬱憤も晴らすっ!
「そんなもの答えるとでも思ったか!全員その場で頭の上に手を組んで膝をつけ!」
俺は前世界の映画などで観た警察官が犯人を制圧する時の決まり文句を言った。
「ふざけんな!」
「一度に行けっ!」
「やっちまえ!」
残りの7人が一斉に襲いかかってきたので俺は釘を束で持ち、低い位置で水平に投げる。
「なんだっ!」
「グアッ!」
「ウギギギッ」
「あぁぁぁぁ!」
散弾のように広がった釘が向かってきた男たちの足に刺さった。
「お前らなあ、相手の技もわかんないなのによく突っ込んでくるな。まっとうに生きてる人間なめすぎなんだよ。潔くお縄頂戴して人生やり直せ!」
「クソが、なめてるのはお前の方なんだよ!今頃仲間があの女の所に行ってるはずだ!あの女を殺されたくなければ武器を捨てやがれっ!」
倒れてる賊のひとりが俺に言う。
「だから、まっとうに生きてる人間をなめるなって言ってんだろ?」
俺は足を押さえて転がってるやつらに近づき言う。
「失礼しますっ!」
事務所入口から声がする。
「開いてるんでどーぞー!」
俺も大きな声で答える。
「クルースさん、こちらは終了致しました。。お疲れ様でございます」
「いや、こちらこそお疲れ様でした!こっちに来たのはこの8人です」
「了解しました。直ちに捕縛します。おーーい!こっちだ!こっち!ご協力感謝致します!」
ビシッと敬礼する衛兵さん。
「なんだ、おいっ!女はどうなってもいいのか?おい!聞いてんのか!どうなってんだ!」
賊がわめく。
「何でも質問すれば答えて貰えると思ってんのか?仕方のない奴らだな、お前らは窓を壊さなかったのでそれに免じてひとつだけ教えてあげよう」
俺はもったいぶって言う。
「入口のトビラな、鍵かけてなかったんだよ。わざわざ窓外すことなかったな。では、お願いします」
「はい!」
衛兵さんが敬礼して悪党どもを捕縛していく。
「ざけんなぁ!」
「テメーっ!あの女がどうなってもいいのかーっ!」
まだ言ってるよ。あの女ことフブキさんだが、俺たちと別れた後、衛兵さんたちと一緒に太陽亭に戻り宿泊道具を持ってスノウスワロウの俺の部屋に行き泊まってもらう段取りになっていたのだ。
そして先程の衛兵さんの言ったこちらは終了しましたという言葉だが、フブキさんの代わりに太陽亭で待機していた衛兵さん達がそうとも知らずに踏み込んできた悪党どもを無事に捕縛した、という事を意味していたのだ。オホホホホ。地に足着けて生きてる市井の人間をなめんなっつーの。
「それでは、自分はこいつらを護送して行きます。こちらとスノウスワロウ周辺は引き続き警護させて頂きますので安心してお休みください。また明日、詰め所のほうへ御足労願うことになると思いますが、ご協力をお願い致します」
「わかりました。ありがとうございます。お疲れ様でした」
敬礼する衛兵さんに礼を言うと頭上から子供たちが一斉に声をかけてきた。
「お疲れ様でしたー」
「ありがとうございました!」
「衛兵さん、カッコイーー!」
「やったぜ!」
「正義はかーっつ!」
あんな事があったってのにみんな元気だ。いや、あんな事があったからこそなのか。
「みんな!怖い思いさせたな。もう降りてきて大丈夫だぞ」
「ここ、気に入っちゃったよ!」
「今日はここで寝たい!」
ジョンとエミーが言う。
「いや、流石に高いから落ちたら大変だ、ちょっと低くするよ。みんな、降りといで」
みんなは用意しておいたロープでスルスルと降りてくる。
俺は設置の時に使ったハシゴでみんなのハンモックのロープを伸ばしランプを降ろした。
「さあ、まだ夜更けだ。寝ましょう」
こうして本当に長かった一日は終わったのだった。