ホリデイって素敵やん
昨日はキーケちゃんが来たってんで、ちょっとしたパーティーだった。
キーケちゃんは、俺たちと一緒にいた時とはまた違う、慈しむような眼差しで子供たちと接していた。
子供たちもアルスちゃんやシエンちゃんとはまた違う、言ったら俺とも違う、沢山年上の大人の登場に妙なテンションになっていた。
普段、礼節をわきまえ気品を感じさせるキャスルとセイラすら、田舎のおばあちゃんの家に来た時の子供のような、無防備な顔を見せていた。
みんな、自分たちが頑張っている姿を見せたがり、それぞれ得意なことをしている所を見て欲しいとキーケちゃんを引っ張った。
俺は子供たちの情操教育上も、キーケちゃんが来てくれてよかったなあと思うのだった。
食事後に約束通りにシエンちゃん用にハンモックを頭側と足側に棒を取り付けて水平に乗れるようにした、バーハンモックに改造してあげたのだが、その寝心地をたいそう気に入ったシエンちゃんを見て、ベスまで同じものを欲しがったのでもうひとつバーハンモックをこしらえたりもした。
そんなこんなで家での楽しい晩は過ぎ翌日。
キーケちゃんは馬を買いに行ってから宣伝班の仕事を見物に行くと言い、アルスちゃんはギリヤド山に山賊アンデットさん達の様子を見に行くと言う。
シエンちゃんも魔獣島に一旦様子を見に行くと言う、弟さんが立ち寄ってなにか残してるかも知れないとの事。
というわけで本日は、久しぶりのひとり行動となったのだった。
どうしたものか、急に一人になって何をするかぱっと出てこないなんて、定年退職した仕事一筋オジサンじゃあないんだから。
元々俺は前世界での休日の過ごし方はひとりで、まあ、休日じゃなくてもひとりだったが、自転車や歩きで街を散策するのが好きだったのだ、こっちの世界でもそれをやるか。
よく考えれば、ノダハの街もちゃんと歩いたことなかったものね。
よし、今日はノダハ街ブラで決まりだな。
おやおや、クルースさん、まーた寄り道ですかぁ。なんだかなぁ、なーんだか楽しみなんだよなあ。
ひとまずは朝食を食べれる所、行ったことのない場所に行き、入ったことのない店に入ろう。
一旦噴水広場まで出てから、行ったことのない方向に歩く。
しばらく歩くと、高級住宅街らしき通りに入る。
周囲のお家は軒並み豪邸。まあ、そういう土地もあるわな。
しかし、飲食店っぽいのがないねえ、これは。
まあ、来たことのない場所を歩くのは楽しいものなんだが、あんまりよその人が通らないような所は私道でない公道だったとしても、近隣住民に不審に思われてあからさまに警戒される事があるからなあ、注意しなきゃな。
以前に前世界で田舎の集落を歩いていたら、老人に話しかけられた事があって、どこから来たのか、何しに来たのかなどと質問されて最初は友好的なコンタクトかと思っていたら、よくよく聞いてみたらあからさまに不審がって追い出そうとしていたって事があった。
あれは切ないからな。地元の人にあらぬ誤解を与えて怯えさせないようにするのも、旅人のマナーよな。
つーか、俺はこの街に暮らしてるんだから旅人って事はないか、ある意味ジモティーか、堂々としていればよいのかね。
なんて、考えながら歩くのも散策の楽しさってもので。
とは言うものの、前世界でもそうだったが高級住宅街ってのはゆっくりと散策するのに向いた場所ではなく落ち着かないので、早いところ抜けたい。
少々早足で歩く。
幾らか歩くと住宅街の先に商店らしきものが見えてくる。
商店目指して歩いていると後ろから走っている人の足音がする。
振り返ると目鼻立ちのはっきりした若い女性が、ロングスカートで必死に走ってくるのが見えた。
「すいません、すいません。」
白いロングスカートのワンピース、同じく白いハイヒール。
まあ、走るようなカッコじゃあないなと思っていると、どうやら俺に向かって話しかけているようだ。
「はい?なんですか?。」
俺が答えるとその白ワンピース女性は呼吸を整えている。
「はー、はー、すいません。この辺で食事が出来る所をご存知ではありませんか?。」
また、息せき切っている割には、随分と丁寧な言葉遣いだこと。
「いや、すいません。私も探しているところでして。」
「あら、そうですか。よろしければご一緒させて頂いても構わないですか?。」
随分と積極的と言うのか恐れ知らずと言うのか、初対面の異性に飯一緒に行っていい?なんて、まあ。
俺は、まあ、何度も言うが前世界での経験から、異性と恋愛関係になる事を明確に避けているので、自分で言うのもなんだが危険性の低い男ではあるけど。
よくよく見ると服装もシンプルなのにお高そうで、この辺りは高級住宅街だし世間知らずのお嬢様が堅苦しい家を抜け出して、市井の生活に触れてみたいとかそんな事なのかね。
まあ、なんにせよ袖振り合うもなんとやら。
「ええ、構いませんよ。」
という事でふたりで飲食店を探すことになった。
商店が並ぶ通りに入りしばらく歩くと、パンを焼いたいい匂いが漂うお店を発見。
中で飲食ができるようで、ここで良いかと白ワン女性に聞いてみると、うんうんとうなづくのでここに決定。
中に入ると、一層強いパンの香りに食欲が刺激される。
クゥーー、と腹が音を立てた。
「てへへへ。」
俺は照れ隠しに頭をかいた。
「クスクス。」
白ワンの女性は軽く笑った。
俺と彼女は各々木でできたトレーを持ち、沢山並べられたパンを選んでいった。
店員さんの前に持って行き飲み物はコーヒーを頼みお金を払う。
彼女の番になり飲み物は何にしたら良いのですか?と俺に尋ねるんもんで俺は店員さんに何があるのか聞いてやった。
幾種類かの飲み物を答える店員さんに、それではオレンジでお願いしますと丁寧に頼む彼女。
どうにも、浮世離れしているというのかよっぽどのお嬢様だぞこれは、なんて思っていると会計できょとんとしている。
お金は持ってないのですか?と聞くとあいにく持ち合わせがありません、必ずお返ししますのでお貸し願えませんか、と店員さんに言っているから俺は慌てて立て替えた。
パンと飲み物を持った俺たちはテーブルを挟んで席に座り、ようやく朝食となった。
「ご迷惑おかけして申し訳ありません。」
「いやいや、別にこれくらいは。それより、食べましょう。」
「はい、ありがとうございます。」
という事でパンを食べる。
「おっ、これは、当たりだったなあ。」
最初に食べたパンはフランスパンみたいな硬めの生地の中にチーズとベーコンが入っているやつで、生地はもっちりしてるしチーズも大き目で塩気が効いてる。ベーコンもカリッとしてて実に美味だ。
「うふふ、私の方も当たりでした。」
満面の笑みでパンを食べる彼女、そう言えばお互い名乗りもしてなかった。
「申し遅れました、私はトモ・クルースと言います。」
「あら、私としたことが失礼致しました。私はイーディス・スミスと申します。」
そう笑顔で行って会釈すると、また元気にパンを食べだした。
なんだか屈託がなくて天真爛漫な娘だなあ。
俺が親だったら心配になるよ。
幾つぐらいなのかね、一生懸命にパンを食べる姿を見て考えてみる。
うーん、わからん。女性の年齢って本当にわからん。
ただ、手の指や髪の毛の具合を見るに、二十代前半といったところか。
まあ、若いね。前世界の自分の年齢からしたら余裕で娘の年代だろう。
そうして美味しいパンとコーヒーという優雅な朝食をして、俺たちは店を出た。
「ご馳走さまでした。これは何かしらお返ししないといけません。」
いや、いけませんと言われてもな。
「いやいや、気にしないで下さいな。私もあなたのような妙齢の女性と朝食をご一緒できて楽しかったですよ。本当に気にされないで下さいね。それでは、機会がありましたら。」
俺は丁寧に頭を下げてその場を立ち去ろうとした。
「お待ちください。このまま御馳走になりっぱなしではスミス家の名折れです。どうか、何かでお返しさせて下さい。」
いやいや、あなた、何かって何も持ってないでしょうに。
「えーっと、スミスさん。うかつにそんな事言うものではないですよ。悪い男だったら何をされるかわかりませんよ。本当に気にしないで大丈夫ですから、なにがあったかは知りませんが、ちゃんとお家にお帰りになられたほうが良いですよ。」
「・・・・。すいません。ご迷惑でしたよね。」
「別に迷惑ではないですけど。どうせ今日は暇だったので街を散策しようと思ってましたからね。」
「では、こうしましょう。私がご同行してクルースさんの街散策を楽しませて差し上げます。これで、どうでしょうか。私、こう見えても、社交については些か心得がございます。お願いします。」
また、おかしなことを言いだしましたよ、このお方は。
「はぁ、まあ、構わないですけど。」
「ありがとうございます!やった!。」
やった、って言ってピョンと跳ねましたよ。
初めて見たよ、喜んで跳ねる人。これは貴重な体験をさせて頂きました。
「では、どこに行きましょうかねえ。」
「はい!。」
手を上げるスミスさん。おーう。なんと。これは、指さなくてはなるまい。大人のエチケットとして。
「はい、スミスさん、どうぞ。」
「服屋さんに行きたいです!。」
というわけで服屋さんに行く事になりました。
飲食店の続く通りを抜け、商店の並ぶ区画に入る。
「ここが良いです。」
スミスさんが言って示す店は若い女の子達が入るお店で、どうにも俺は入りづらい。
お店の外には俺と似たような状態の男達が所在なさげに立っている。
ぱっと店内を見ると彼女に連れられたのだろう男性も少数ながらいるようで、まったくの男性立ち入り禁止と言うわけではなさそうだ。
ふー、まあ付き合いますか。
「では、入りますか。」
「はいっ!。」
元気いっぱいだー!。
中に入ると柑橘系の香りがする。さすがは女性向けのお店、内装もファンタジックと言うのかロマンティックと言うのか。区画ごとに壁紙の柄が違っていたりする。小花が散らしてあったり、流れる星であったり、独特のトライバルデザインのような紋様が若草色であしらってあったり、あれ?なんだか。どこかで見覚えが。
壁紙の右隅に小さく、提供サラ・ケイトモ、とサインが書かれている。
あちゃー、やっぱり。しかし、手広くやり始めたなあ。なんだか誇らしいよ、オジサンは。
なんて壁紙を見て感慨にふけっていると、店員さんが来て俺に話しかけてくる。
「あらぁ、こちらの壁紙に関心を持たれるなんて、お客さんお目が高いですわー!こちら、今、話題沸騰のケートモ事務所の若手デザイナー、サラ先生の作品なんですのよ。ほら、右下に銘が入っておりますでしょう。これです、これ!提供サラ・ケイトモと入ってますでしょう。これこそ、正真正銘、本物のサラ先生のサインでして。最近は粗悪な偽造品も出回っているらしいんですけど、偽物はケートモって書いてあるんですって。ほら、これは本物だからケイトモって書かれておりますでしょ?何しろ家は前からケートモ事務所さんとは懇意にさせてもらってますからね。ほら、あちらに飾ってある空中ゴマをご覧ください。あちらもケートモ事務所さん製ですからね。ちゃんとデンバー商会正規品、シリアルナンバー2桁ですからね!ほら、よかったらサラデザインの髪留め如何ですか?一緒に来られた彼女さんに喜ばれますよ!金具は勿論、ジョーサン製で信頼性も高いですよ。」
そう言って紹介されたのは、なんて言ったかね後ろで髪を留めるやつ、確かバレッタと言ったかな、あれがキレイに並べられた木箱だった。
それぞれ、色々な形、色々な柄をしていて見てて楽しい気持ちになる。
木製なのか細かく星の柄が刻み込んであるヒトデの形をしたものや、オーソドックスなワニ口クリップみたいな形をしたもの、柄は黒字に白のトライバル紋様だったりするけど、ちょっとかっこいいなあと思ったのはレザーでできた楕円形のもので、深緑のレザー地に黄土色の糸で周辺が縫われている。四方に小さな金色のリベットが打ってあり焼き印なのだろう、中心に、良き友良き隣人へ、と書かれその周囲に小さな雷紋がつけられている。そして下に小さく、サラ・ケイトモ・アウトモと記されてあった。
これだろ。
「これ下さい。」
俺はレザーのバレッタを選んだ。
「毎度ありがとうございます。お包み致しますか?。」
「いや、そのままで結構です。」
という事で俺は料金を支払って直にもらった。
「おまたせしました。」
そう言って更衣室から出てきたスミスさんは、白いブラウスとふくらみのあるブルーのフレアスカート、足元は紐を足首に巻きつけるタイプのサンダルというカッコだった。
おーっい!なんだよー!いいじゃんかよー!オールディーズっての?カッコよろしいじゃないのさ!
「おおっ!いいねえ!センスいいよ!マジで!カッコいいっ!。」
「うふふ、本当ですか。嬉しいですわ。」
「よし、お代は俺が払いましょうよ、お幾ら?。」
俺は店員さんに聞く。
「いいえ、服と靴を下取りに出されましたのでそちらと相殺させて頂きました。」
またまた、世間知らず発揮中ですよ。
「いやあ、すいません。その服と靴は彼女の持ち物じゃあ無いんですよ。お代は払いますんで服と靴は袋に入れてもらえますか?袋の代金も支払いますので。」
「あら、そうですか?わかりました、ではそうさせて頂きますね。袋はどちらになさいますか?。」
と言われてこちらです、と提示された場所にはまたもやサラデザインが。こうなりゃ、サラ製品で揃えたろかい!ってんで小花模様が螺旋を描いてる柄の背負えるタイプの巾着をチョイス。
「いやあ、お待たせお待たせ!。」
「さあ!次に行きましょう!。」
「ちょっと、その前に服装に合わせてこれをつけてみてよ。きっと似合うから。」
と言ってさっき買った、バレッタを手渡す。
「あら、よろしいんですか?なんて可愛らしい!ありがとうございます。」
「よろしければ、サービスでお付けいたしましょうか?。」
店員さんが声をかけてきた。
「はい!お願いします。」
はきはきと答えるスミスさん。
「あらあ、キレイな黒髪ですねえ。良くお手入れされていてえ。スルスルと指が入りますよお、羨ましいですわぁー。」
店員さんはこなれた仕草でスミスさんの髪を軽く指ですいて首の下あたりで軽くひもで結んだ。
「こちらの止め紐はサービスですよー。」
店員さんは言いながら紐で軽く結んだ上の髪をふたつの毛束に分け、毛先をくるっと分けた内側に入れた。
ゆるく結んだ紐をきゅっと上げて締め、紐の上からバレッタをつけた。
おおっ!ちょっと大人っぽいカジュアルさ!いいじゃんいいじゃん!
「はい、完成です。どうですか、彼氏さん?彼女さんが選んだ服装に良く似合っているでしょ?。」
「はい!お見事です!いやあ!いいよー!かっこかわいいよ!。」
「ちょっと、お兄さん!今なんて!。」
店員さんが前のめりで食ついてくる。
「えっ?いや、なんて言ったっけ?お見事ですって。」
「違う違う!もっと後!。」
「いいよーかっこかわいいよーって。」
「それ!それです!かっこかわいい!いいっ!非常にいい!まさにサラ・ケイトモのコンセプトにピッタリ!その表現、使わせて頂いてもよろしいですか?何なら幾らか支払わせて頂きますよ!何しろ商品のイメージ付けや宣伝が如何に大切か、如何に大きな力を持っているのか、ケートモ事務所の活動を通して我々商店は痛い程理解しましたからねえ。お幾らでしょうか?。」
凄い勢いだなこりゃ。参ったな。どうも。こりゃ、素直に言った方が良いか。
「いやいや、自分はケートモ事務所の関係者なんで、逆に事務所の商品のためになるのであれば、どんどん使ってください。こちらからお願いします。」
「うっそー!えー!お兄さん、ケートモさんの関係者さん?うそー、もー、やだー。」
バシバシと俺を叩く店員さん。
「事務所の皆さんに今度は個人的にいらしてくださいってお伝えください。もう、やだー。」
「ああ、はい。」
「早速、宣伝文句書かなきゃだわ!この夏、かっこかわいい私。うーん、ちょっと違うわー。」
「じゃあ、行きましょうかね。」
俺はキョトンとしているスミスさんに声をかけ、巾着を背負い店の外に出るのだった。




