褒めて伸ばすって素敵やん
目が覚めると俺以外のみんなはすでに起きていた。
「お、起きたかトモちゃん。」
「おはよー。喉乾いちゃったよ。」
「そう言うと思いましたよ。どうぞ、先ほど汲んできた水です。」
そう言ってアルスちゃんがコッヘルに汲んだ水を差し出してくれた。
「いやー、ありがたい!酔い覚めの水は値千金ってね。いただきます。」
俺は受け取った水を飲み干す。
「ぷはーー!美味い!。」
「うふふふ、キーケちゃんもそう言ってましたよ。うふふ。」
「きひひ、この地下水は美味いでな。酔い覚めに最高だ。」
「さて、煮込みもいい感じになってきた。朝飯にしよう。」
シエンちゃんに言われて朝食となった。
野菜の味が出てとても美味い煮込みだ。まるで滋養が身体に染み込むようだった。
しっかり朝食も食べ、焚き火に水ををかけて消し地面に埋める。
「さあ、出発だ!。」
「くふふ、1番遅くに起きたトモちゃんが言ってるわ!。」
「えへへへへー。」
俺は笑ってごまかしてやった。
改めて舟を地下水脈に浮かべ皆で乗り込む。
地下水脈の流れに乗って、舟はするすると進んで行く。
2日目の舟旅に我々も慣れてきたもので、暇つぶしに火魔法で小さな火球を作ってぶつけあって遊んだり、風魔法で舟の推進力を高めてみたり、土魔法で離れた場所に石を発生させてみたり、色々と魔法の練習がてらやって見たのだった。
中でもシエンちゃんが気に入ったのは、ライトを消して舟を進ますことで真っ暗闇にしたり、懐中電灯のように限られた範囲を照らして進んだりするのをキャッキャ、キャッキャと楽しんだ。
「いやあ、これは面白いな。迫力が増すぞ!今度目をつぶって馬を走らせてみようかな。」
「やめときなよ。危ないよ。今はいいよ、他に舟もいないし下るのみだし。外は他に人もいるからねえ。」
「そうかー、面白いと思ったんだけどなあ。」
「まあ、ナーハンちゃんは賢いから何かにぶつかるようなことはないでしょうけど。」
「ああ、お前達は馬で来たんだったな。あたしも馬は好きだぞ。ノダハに行くならあたしも馬を買うかな。」
「あーーーーーっ!。」
「なんだなんだ!トモちゃんは。急に大きな声を出して。」
「俺たちさあ、海に出たとしてどうやって帰るんだ?。」
「そう言えば帰りの事を考えていませんでしたねえ。」
「なーんだ、そんな事か。我に乗って行けばよかろう。」
「シエンよ、そんなことをしたら大騒ぎだぞ。帰りは山を抜けて走って行けばよい。2日もかからんだろ。」
「うわー、何とかならんかねえ。」
「きひひひ、そう心配しなくても、なるようになるだろうて。」
「そうだぞ、トモちゃん!なるようになる!。」
「キーケちゃんに言われると安心しますけど、シエンさんに言われると不安になるのはなぜでしょう?。」
「きっひひひひひ。言われとるのう。」
「同じこと言っただけなのにな!不思議な!きゃははははは!。」
シエンちゃんも笑ってら。いいよね、シエンちゃんのこういうところ。
そうして、我々は地下水脈を下り,滝を2回迂回し先へ先へと進む。
「いよいよ、出口か近いぞ。」
キーケちゃんが言う。
「はい、音が聞こえますね。」
今度はアルスちゃんが言う。
「明るくなってきたぞ!外だ!。」
シエンちゃんが言うようにもう外の明かりが見える。
「いやー、長かったなー。」
「きひひ、トモよ、まだ終わってはおらんぞ。むしろ、これからが本番よ。」
「確かにそうです。気を引き締めていきましょう。」
「くふふふ、何が待っているのか楽しみよ。」
舟は地下水脈の洞窟を出て海へ入った。後ろを振り返ると海につながった洞窟は大きな崖の下、左右を見ても切り立った断崖。それも波に侵食されているのか沢山の岩の柱が固まったような外観の崖で、どうにも安定感がないと言うのか、すぐにでも崩れそうに見えて怖い。
崖と崖の間を抜けて開けた海に出るが、周囲は岩場で波も荒く、探索するにも危険で仕方ない。
「どうもこの辺りは岩も多いし海流も複雑だな。我が舟を引っ張ってやるから沖に出て見よう。」
シエンちゃんがそう言ってくれるのでお任せすることにした。
シエンちゃんは舟を係留するためのロープを手に持ち、スイスイと飛んで舟を誘導してくれる。
岩と岩の間を巧みに抜け、沖へと進む。なんだか、ジェットスキーで引っ張られるバナナボートみたいで気持ち良い。
振り返ると、先ほど抜けてきた断崖絶壁とゴツゴツと海上に顔を出す岩場が見える。
「いやあ、凄い景色だねこれは。」
「うむ、これはとてもじゃないが漁師なども立ち寄りはすまいよ。」
「それだけ人目に触れない、という事ですね。」
「よいしょっと。こんな所でよかろう。さて、どうだ?なにかあったか?。」
舟に戻ってきたシエンちゃんが言う。
「今のところはなにも。もう少しだけこの周辺を見てみましょう。」
アルスちゃんが言う。
「シエンとトモはここがどの辺りなのか、陸に上がって調べて来てくれ。」
キーケちゃんに言われる。
「よしきた!いくぞ!トモちゃん!。」
「お、おう!。」
というわけで俺とシエンちゃんでゲイルを使って陸を目指すことにした。
「トモちゃんは連続飛行はまだ苦手だったな。ほれ、手をつないでやろう。」
「すんません、よろしくです。」
俺はシエンちゃんの手を取った。
「まずは、ゆっくり浮上するぞ。舟を揺らさないように気を付けろよ。」
「ういっす。」
意識して慎重に舟から浮かぶ。
「よしよし、いいぞ。ではいってくる!。」
「はい、いってらっしゃい。」
「気を付けてな。」
ふたりの言葉を受けて出発する。
「高度をあげるぞ。」
シエンちゃんに言われて俺も高度を上げる。
「うむ、なかなか上手ではないか。」
「うん、最近シエンちゃんから色々と教わってるからね。小さく小さく魔法を発動させる練習してたら、なんとなく調整も上手くなってきたような気がするよ。」
「では、今度は速度を緩めるぞ。」
「了解!。」
俺はシエンちゃんに合わせて速度を緩める。
「ここで止まるぞ。」
「はい!。」
「手を放すからな、その場所で止まっていろよ。」
「はい!。」
俺はシエンちゃんに手を離されて、ひとり海の上の空中に浮遊する。身体が揺れ高度が落ちる。
「ほれ、下がってるぞ!。」
「ういっす!。」
俺は深く呼吸し、意識を空に向ける。どうも、海を意識してしまうと海上のうねりに気持ちを持って行かれてしまうようだ。
徐々に身体の揺れが収まり高度も変わらずキープできるようになってくる。
「そうだ、いいぞ。ではついて来い!。」
シエンちゃんはそう言うと海上スレスレにゆっくりと移動する。
「真似てみよ。」
シエンちゃんはまるで海の上を歩いているように見える。
「はい!。」
威勢よく返事をしたは良いが、どうもこの海の上に立っているように感じるのが、上手くない。
海上が近いだけで、さっきとやっていることは変わらないのにこんなに難易度が上がるとは。
「トモちゃんは目で見る情報に振り回されすぎるきらいがあるなあ。」
「どうすればいいのでしょうか?先生!。」
「くふふふ、良い心構えだトモちゃん。目を閉じてやってみよ。」
「うひー、キビシー。やって見ますよ。」
俺は目を閉じた。呼吸を整え、今いるポジションをキープする。
自分が停止している感じ。それをつかむのが難しい。自分が今どこにいるのか、わからなくなる。ややもすると天地もあやふやになってくる。
俺は頭の中で自分の体をイメージした。
頭を肩を、胸を腹を足を。身体全体をイメージし、自分を意識する。そしてその意識を広げる感じ、まずは足の先に海を感じる。表面の波、その下の海中をイメージする。そのまま意識を深海へ広げる。深く深くゆっくりと潜るイメージ。好きだった素潜りチャンピオンの映画で見たイメージ。深く暗く蒼い中にシンシンと入っていくような。そうして海底をイメージし、そこからさらにこの惑星をイメージする。惑星全体を。さらに、イメージを広げ自分がいる惑星を俯瞰で眺める。その中に自分がいる、自分がその一部になっているイメージ。
「いいぞ、目を開けよ。」
シエンちゃんの声に目を開ける。
「今のはなんだ。微動だにしなくなったかと思えばどんどん存在が希薄になって、それから急に質量を増したように感じられた。面白い事をするなあ。最後はもうなんだか、生き物ではない自然のように感じられたぞ。」
「ふぅーーーー。そうだった?。なんか、深いところまで潜ったら空のさらに上に出て、見えるものの中に自分がいて自分はその一部なんだって気持ちになった。」
「ふうむ。そうした現象は聞いた事がある。何だったかな。また、思い出したら話そう。今はひとまず陸へ行こう。」
「よしきた!。」
という事で、俺とシエンちゃんは陸を目指す。
ひとまずは俺たちが出てきた断崖絶壁の上に行ってみよう。
空を飛ぶというのはなんと自由なことか。解放感が半端ない。
ただ、やはり風の抵抗がものすごいので進行方向に風魔法で円錐状の防護壁を発生させながら飛ぶようだ。
シエンちゃんもそうしているのだと言う。
ここの所シエンちゃんから魔法について色々と教わっているのだが、気づいたのは、割と同時に幾つかの魔法を使うことが多い、という事だ。それを練習するようになってから、少しだけ器用にできるようになった気がする。それも、別系統の魔法を同時に使うのはいい練習になる。最初は右手で丸を書いて同時に左手で四角を書くような感じで上手くいかなかったが、段々とやっているうちにまったく別のことではないのだと呑み込めてきた、と言うのだろうか、何と言えばよいのか、例えば、運転しながらワイパー動かしてウインカーを出す感じってんだろうか。一連の動作と身体がとらえるようになってきたのだった。
「よし、ひとまずは上陸したが。」
「うん、何もないね。」
崖の上に立って内陸部を眺めるが岩場から緑の平原に変化するだけでなにもない。
「なんとなく、見覚えはあるんだ。クブロスカである事は間違いないのだが。」
「ちょっと空から見てみようか。」
「くふふ、空を飛ぶことが楽しくなってきおったな。良き事よ。では、上がるか。」
「行こう!。」
アイキャンフライってなもんだ。
ふたりでどんどんと浮かんでいく。海を背にして空へと上がると先に山脈が見えてくる。
さらに上がると左手に川と街が見える。
「ああ、やはりな。あれはクイン川だ、そしてトゲウオの街だな。」
「トゲウオの街?。」
「そうだ、あの街の海岸は玉海岸と呼ばれておる。玉が良く取れるのだ。それで栄えとる街だな。」
「ぎょく?なにそれ?。」
「まあ、キレイな緑色した鉱物だな。飾り物にしたり盃にしたり、用途は色々だな。さてと、ここがクブロスカである事は確定した。一度舟に戻るか。」
「あいよ!。」
そうして俺たちは再び舟へと戻った。
こちらの姿を認めたキーケちゃんが声をかける。
「そちらはどうだった?。」
「ああ、クブロスカである事は間違いない、トゲウオの街が見えた。そっちはどうだ?。」
「きひひひ、これを見よ。」
そう言ってキーケちゃんが見せてくれたのはスイカより少し大きいサイズの球体とそれに結んであるロープ、そしてそのロープの先に縛り付けられた大きなスーツケースだった。
「中身は何だったのだ?。」
「まだ開けてはおらぬよ。下手に開けぬ方が良いのではないかとアルスが言うものでな。」
「はい、このままトゲウオの街の衛兵所か冒険者ギルドに持って行くのがよろしいかと。」
「そうと決まれば善は急げだ。今度は俺が舟を引っ張るよ。さっきの玉海岸でいいんでしょ?。」
「おっ!いいぞトモちゃん!みんなに見せてやれ!。」
「きひひひ、先生がシエンで大丈夫かの?。」
「あらあら、楽しみですねえ。」
「よーし!先生に恥をかかせないように頑張るぜ!行くよーーー!。」
俺は習ったようにゆっくり浮上し海の上に浮かぶ。そのままロープのたるみが取れるまでゆっくり進む。
ロープがピンと張ったら出発進行、速度を上げる。いきなり上げるんじゃ乗り心地が悪かろうから、前世界でバイクのタンデムをした時のように、なるべく後ろの人に加速度がかからないように気を付ける。
「おっ!滑らかじゃないか。」
キーケちゃんが褒めてくれる。
俺は風魔法で前方に大きめの防護壁を作り速度を上げる。
「良くできてますよ、トモトモ。前方に展開しているエアシールドの形をもっと押しつぶし横に広げたようにすると更に効率が良くなりますよ。今のままですと海に接触していますよ。」
「なるほど!やってみます!。」
アルスちゃんに言われたようにしてみると、グッと振動が減った。
「おうおう、いい生徒だな、トモは。素直で吸収が早い。」
「あざーーっす!。」
「きひひひ、何事も素直が良い。きひひ。」
そうして褒められながら俺は舟を玉海岸まで引いていったのだった。




