伝説って素敵やん
「しかし、キーケちゃんはなんでこんな所にいたの?。」
俺は聞いてみた。
「それは話せば長くなることなのだが。」
「年よりの話しは長いもんだ!いってぇーーー!。」
シエンちゃんがまた余計なことを言ってひっぱたかれた。
「よろしければ、お聞かせいただいても?。」
アルスちゃんは憧れの王子様を見る目で尋ねる。
「長い話は苦手なのだ。」
「ぶぅーーーーっ!。」
声を上げながらイスごと後ろに倒れるシエンちゃん。
「きひひひ、良い反応だのう。簡単に言えば、さっきも少し話したが弟子にしろだの、爵位を受け取れだの、像を立てるだの、煩わしくてかなわないから隠居したのよ。それで、自由にあちこちを歩き回っておる。ここへは最近来たばかりよ。」
「あらあ、さすがは究極の自由と呼ばれたお方ですわあ。」
「どれだけふたつ名があるんですか!。」
俺は取り敢えず突っ込んでおいた。
「キヒヒヒヒ、皆が勝手に呼ぶだけで、あたしにゃ関係ないからのう。」
「もういい加減にしてくれよな。我はこんな調子じゃあないのだ!我はもっと気高く威厳のある存在なのだ!。」
ひっくり返ったイスを戻しながらシエンちゃんが言う。
「キヒヒヒ、ならばそうしておれば良い。」
「くぅーーーっ!なぜだ!なぜか、無性に憎まれ口を叩きたくなる!キーケよ!お前、何らかの術をかけてはおらんか?。」
「キーケちゃん、な。」
「わかったから、その目はやめてくれ!その目は!。」
「アルスもあたしのことはちゃんづけで呼んどくれな。それから、シエンよ、術などかけとらぬ。お主が勝手にそうなっているだけだ。」
「なんてことだ・・・なんてことだ・・・。我が、かの名高き龍の王エンの娘、シエンともあろう者が。そんな、おふざけ愉快者になっているだなんて。」
頭を抱えるシエンちゃん。
「前からそんなでしたよ、シエンさんは。」
ニコニコ顔で言うアルスちゃん。
「本当か?そうなのか?トモちゃん!教えてくれ!。」
「いやあ、どうかなあ。確かに出会った時から非常に親しみやすい、憎めない感じではあったけどねえ。」
「うむ!親しみやすく憎めない奴であったか、我は!そうか!トモちゃんがそう言うなら、良し!。」
「単純な奴だのう。」
「そこも彼女の魅力なんですよね。」
「わかる気がするわ。さてと、トモよ。これから、どうするのだ?。」
「まずは、消えた捜査班の痕跡を探したいと思います。」
「そ奴らの似顔絵か何かはないのか?。」
「ああ、それならありますよ。」
俺はウェストバッグに丸めてしまっておいた捜査班のプロフィールが書かれた紙を見せた。
「どれどれ。」
テーブルに広げたそれを、キーケちゃんはしげしげと見つめる。
「うん、見たことないな。しかし、A級がひとりおるのう。残りも皆B級か。そう簡単に始末されるメンツではなかろう。寝返ったと考えるほうがまだ自然よ。」
ふーむ。図らずもシエンちゃん、アルスちゃん、キーケちゃんの実力者3人の意見が揃った事になる。
「わたしたちも、そう考えています。」
「そうかそうか、これはちょっと面白くなってきおったぞ。」
「我もそう思うのだ。これは後ろに大物がいるかも知れん。くふふふふ、燃えてくるな。」
「キヒヒヒ、シエンよ、お主も好きだのう。」
「クフフフ。キーケちゃんこそ、こうした事は大分お得意の事とお見受けする。」
「キッヒッヒッヒッヒ。」
「クッフッフッフッフ。」
なんだか悪者の会議だなこれじゃ。
「しかし、こんな広大な森林をやみくもに探してもなあ。なにか、怪しい所とか、潜伏するならここ!みたいなスポット、ないですかねえ?。」
「トモちゃーん、さすがにそんなものあるわけなかろう。」
「うーん、あるっちゃあるな。」
「あるんかーーーいっ!。」
キーケちゃんの言葉にシエンちゃんが突っ込む。
「キヒヒヒ、あたしも散策していて見つけたのだが、かなり深そうな穴があってな。どうも、奥に地下水が流れている様子。ひょっとしたら、どこかに通じておるかも知れんな。」
「奥までは行かれなかったのですか?。」
アルスちゃんが尋ねる。
「ああ、暗いしジメジメしとるし、気持ち悪かったからな。」
「行ってみますか。」
俺は言った。
「よかろう。」
キーケちゃんが腰を上げる。
「くふふふ。行こう行こう!。」
そういう事になった。
俺は食料の詰まった背嚢をキーケちゃんの別荘に置かせてもらい、再び大海樹の捜索へと向かった。
俺のペースに合わせてもらっての移動は、みんなにとっては歩いているのと変わらぬようで普通に会話をしている。
「しかし、深い穴ですか。もしかして例の伝説の大樹の跡だったりして。」
「世界樹か?いやー、我も話しに聞いたことはあるが、本当に存在しておったのか?。」
「キヒヒヒヒ、それを考えたか。あたしもそれは考えたよ。だからこそ、どこかに通じている可能性を感じたのだ。」
「ひー、ふー、それは、ふーい、なんの、事ですか?。」
俺はほぼ全力でジャンプと着地に魔力を使用してるため、息継ぎをしながら聞いた。
「そうか、トモは知らぬか。世界樹というのはな、昔々、この辺りに生えていたとされる伝説の大樹でな。その高さはジーフサ山よりも高く、幹の太さもジーフサ山以上であったと言われておる。まあ、その大きさについての伝承はさすがに盛りすぎだと思うが、あたしはそうした山のように大きな樹が過去にあったというのは、まんざら嘘ではないと考えておる。」
「お、面白そうな、話しですね、え。」
俺は答えた。
「うふふふ、トモトモもそう思いますか?わたしがこの国を好きなのも、そうした夢のあるお話しが沢山あるからなんですよ。その世界樹なんですけれどもね、ジーフサ山の大噴火により燃えて倒れ、その上に溶岩が流れて現在の大海樹が形成された、と言われてるんですよ。」
「それなら、我も知っておる。それで燃え尽きた世界樹が冷えた溶岩の中に巨大な空間を作った、と言うのだろ。いくらなんでもなあ。」
アルスちゃんの話しをシエンちゃんが受ける。
「キヒヒヒ、なんだ、シエンは信じられぬか。」
「いや、そりゃ、そんなものがあったら愉快だなーとは思う。だが、実際にそんな風になるものかね?。」
「いや、し、シエンちゃん、なるよ。なります。俺、前世界で見たことあるよ。ま、まあ、そんな巨大なものではなかったけど、それでも幾本かの木が合わさってできたものは、人が中に入れるものだったよ。溶岩樹型とか胎内樹型とか呼ばれていたよ。」
「ほれ、シエン、聞いたか?あり得るんだよ。キヒヒヒヒ。」
「たいない、とは、母の胎内の胎内ですか?。」
アルスちゃんが問う。
「そうだよ。」
「あらあ、なんだか、雰囲気ありますねえ。世界樹もすべての生命の源、母なる樹と言われているのですよ。」
「言われてるはおるな。焼けて朽ちる世界樹の幹から龍と魔族、枝からは魔物と人間がそれぞれ生まれた、とな。」
シエンちゃんが言う。魔族!
「えっ!魔族っているの?。」
俺はびっくりして聞く。
「なんだ、トモちゃん、知らなかったのか?いるぞ。」
「だって、今まで見たことなかったからさあ。」
「レインザー王国は人間の国ですからねえ。それでも、交易が盛んな大きな港街や領都、王都なんかには、結構魔族の方はいらっしゃいますけどね。」
「魔族と人間族は仲が悪くないの?。」
「それは、トモよ、人間とて同じ事よ。仲が悪い国もある。魔族とて同じよ。まあ、レインザー王国は代々魔族との交流を盛んにする国として知られておる。ワイバーンの従属化などは魔族の技術よ。だが、双方まだまだ一般市民レベルでの交流となると、難しいのう。アマ坊なんかは、もっともっと交流を増やして、国民レベルでの相互理解を深めたいと言っておったがな。」
「そうかあ、まあ、異なる文化、異なる環境、異なる考え方、そうしたものを理解して尊重し合うのは前世界でもなかなか難しかったですよ。人間しかいない世界だったにも関わらず。」
「そうだろう。それはどこでも変わらん。人も魔族も基本的には変わらぬ。どちらも、理解できぬものを恐れる気持ちはあるのだ。怖いから排除し差別しようとするのだ。理解しようとする気持ちが大事なのだ。」
「俺もそう思いますよ。」
「キヒヒヒヒ、お前は大丈夫だ。なんせ、龍と不死者がお友達なのだからなあ。」
「いや、ふたりとも、下手な人間なんかよりよっぽど理知的で、感情豊かで、情も義もありますからねえ。俺は、ふたりと対等の付き合いがしたいと、願っているんですけど、なかなか、自分の弱さに不甲斐ない思いをしていますよ。」
「なんだ、ケンカが強くなりたいのか?。」
「いや、腕っぷしだけじゃないですよ。自分の本質とか、そういった所もです。」
「キヒヒヒヒヒ、シエンよ、アルスよ、お前らの目は確かなようだな。面白いぞ、トモは。」
「くふふふふ!そうであろう!なんせ我の大切な相方だからな!くふふ。」
「あら、わたしだって、トモトモにはこれからもよろしくな、って熱いまなざしで頭をなでられたんですからね。ねー、トモトモ。」
「熱いまなざしかどうかは知らんけども。」
「キヒヒヒヒ、ほれ、トモよ、もう息が乱れんようになっとるな。もう少し速くしても良いな。」
「クフフ、行くか!。」
「行きましょう。」
「ちょちょちょ、ちょっと!。」
待ってと声をかける前にペースアップされてしまう。
これじゃあ、さっきと変わらん!。
また、ヒーヒー言いながら話しに加わり、息切れしなくなるとペースアップされる。これを何回か繰り返した後にキーケちゃんが移動をやめた。
「この辺りよ。ほれ、ここだ。」
そう言って指さしたのは苔むした岩の盛り上がり、そこには大人が屈んで入れるほどの穴が開いている。
キーケちゃんはスッスと中に入っていくので俺たちも後に続いた。
中に入ると入口より天井が高いし広さもある、そして光源もないのに明るい。
「あれ?この明かりは?。」
「ライトの魔法を知らぬか?。」
キーケちゃんに言われる。
「はい。」
「トモちゃんもできると思うぞ。フォーカスができるんだから。」
「なんだ、トモはフォーカスが使えるのか?まったく、とんちんかんな奴だな、お主は。」
「そうなんですか?。」
「そりゃそうだろ。フォーカスの魔法など人間が使えるものではない、あたしも使えん。なのに初歩の初歩ライトは知らないときている。お主がやっていることは、馬にまたがっての操縦はできぬが、馬の上に逆立ちをしての操縦ならばできるような事だ。それじゃあ不便だろう。基本的なことも徐々に覚えろ。」
「わかりました。」
「ならば、シエン、お前がトモにライトを教えてやれ。」
「了解だ。」
「あら、わたしでもよろしいですよ。」
アルスちゃんが言う。
「いや、シエンの奴にとっても教えることは良い勉強になる。奴は粘り強さが足りぬ。あたしと会った時も奴は先に向かってきたろう。アルスは耐えておったよな。機会をうかがうつもりが奴が先走ったもので舌打ちしとったろう?。」
「あらあ、あの局面でそこまで。さすが、細氷の戦略家と呼ばれる方です。」
もう、二つ名の宝石箱やでーー。
先にキーケちゃんとアルスちゃん、その後には俺がシエンちゃんからライトを学びながら続く。
「だからな、トモちゃん。フォーカスで最初に光を集束させるだろう?ちょっと、やってみな。」
「おい!シエン!こんな所でフォーカスぶっぱなさせるな!。」
「わかってるって。」
前を歩くキーケちゃんから釘を刺されるシエンちゃん。
「そうだなあ、火の魔法あるだろ?あれも、ブレスのように連続して放射するやり方もあれば、球状にして発射するやり方もある。その制御方法と似とるよ。もう少し精緻なコントロールで松明のように使う事もできるのだ。ほれ、こんな感じで。」
そう言って、シエンちゃんは空中にソフトボールほどの大きさの火の玉を出現させた。
「これは、洞窟探索で多くの冒険者が使う初歩魔法だが、洞窟によっては可燃性のガスが出る場所もあるし、呼吸に難を与えることもあるから注意が必要だ。」
「キヒヒヒヒ、なかなか良い講師ぶりではないか。」
「うふふ、子供たちに時折、読み書き算術などを教えていますからねえ。」
「おう、トモの立ち上げた事務所のお子達か。だったら、もっと忍耐を学ばねばな。人を育てるというのは耐えることよ。」
「だったら、我の事も耐えてくれ!。」
「なんだ、お前は叩かれたくてじゃれついとるものかと思っとった。きひひひひ。」
「くぅーーー!。」
シエンちゃんが悔しがっている。
「しかし、あたしも事務所のお子達に会いたいものよなあ。」
「依頼解決したら来てくださいよ。子供たちも喜びますよ。」
俺はキーケちゃんに言った。
「構わんのか?。」
「ええ、是非。」
「わたしも大歓迎です。」
「くふふふ、きっと子供たちがお婆ちゃんお婆ちゃんと言ってくるに違いない。くふふ。どうするのだ?お婆ちゃん。」
「子供たちに言われる分には一向にかまわん。だがなシエン。お前は別だぞ。」
「キャンキャンキャン。」
また、頭に拳骨されてる。頭を押さえてキャンキャン言ってうずくまってるシエンちゃんを見て、キーケちゃんはニコニコしている。
フフフフ、なんだかんだ言って、シエンちゃんもキーケちゃんが事務所に来るのを嫌がってないんだよな。
そうして、俺はシエンちゃんから魔法の基礎を学びながら進む。
「ライトは簡単だろ?この光の加減を調整するのが丁度いい練習になるんだ。明るくしたり暗くしたり、範囲を広くしたり狭くしたりな。面白いしな。夜にな、空に向けてライトを発するとな、フォーカスとは違う趣があってな、光の角度を狭くしたり広げたりしてな、照らされる雲を見て楽しんだものだ。」
「おお、シエンちゃんはそういう所、あるよなあ。海の見える高台の景色も良かったよねえ。」
「おおっ、覚えていたか!あれはな、我のお気に入りよ。」
「ほれ、ここだよ。地下水が流れておるだろ。」
キーケちゃんが言う。
「あら、本当ですね。結構な水量ですねえ。」
「ああ、このままこの地下水脈に沿って奥へ行けるのだ。行ってみるか?。」
「はい。行ってみましょう。」
俺たちは地下水が流れて行く方へ、つまりは下流に向けて歩いていく。上流方面は歩いて行ける道がないのだ。まるで、下水道内を歩いているようだが、水の清涼さが違う。ジーフサ山の雪解け水や山に降り注いだ雨が地下に溜まって流れるのだろう、とはキーケちゃんの話し。まあ、そう言う事だろうねえ。
「この辺りから先は、あたしも行っていないよ。」
「くふふ、ワクワクするのう。」
シエンちゃんが言う。
「さて、なにが待ち受けていますことやら。」
アルスちゃんが言う。
「鬼が出るか蛇が出るかってね。」
俺は話しを受ける。
進行方向のライトはキーケちゃんが引き受けてくれているので、俺は後方にライトを効かせる。
全体を明るくしたり、サーチライトのように部分的に照らしたり、まるで間接照明のように柔らかい光にしてみたりした。
「上手になってきたじゃないかトモちゃん。その光は落ち着いて良い。」
「気に入っていただけましてなにより。」
シエンちゃんには間接照明的なライトを気に入って貰えたようだ。
そうして、ズイズイズイズイと奥へ進み、喉が渇いたら地下水を飲み、更に奥へ奥へと進む。
「これを見てみろ。」
キーケちゃんがしゃがんで地面を指さす。
「何かを埋めた後に見えますね。掘り起こしてみますか。」
「こちらに杭が打ってあります。」
俺の言葉に続いてアルスちゃんが言う。
「ふーむ。掘り起こすまでもないな、これは焚き火の後を埋めたものだろう。周囲が黒く煤けておる。そして、その杭だが、おそらくは舫いであろう。」
「もやいって、あの舟を繋ぐあれですか?。」
キーケちゃんに聞く。
「そうだ。」
「という事は、ここから舟に乗って脱出した、と。」
「まあ、そうであろうな。」
「どうするかのう。」
シエンちゃんが言う。
「そうですねえ、報告上げて、そこまでですかねえ。」
「それじゃあ、面白くないだろ。」
もっともなことを言うアルスちゃんに難色を示すシエンちゃん。
「ひとまず、訓練場に戻って場長とやらに報告したらどうだ。その後で決めたらよかろう。もしかしたら、訓練場に舟があるかも知れないしな。」
「おおーーー!さすが年の功だ!いってー!なんだよー、褒めたのにー!。」
「もうちょいとマシな褒め方があるだろう。キヒヒヒ。」
頭を小突かれるシエンちゃんに笑うキーケちゃんの姿も見慣れてきたものだ。
そうして俺たちは一旦キーケちゃんの別荘に戻ってから、訓練場に行く事となったのだった。




