みんないい笑顔って素敵やん
「あの建物ですか?」
「シィ、静かに。誰かいます」
ミオちゃんに聞かれたビキちゃんが鼻にそっと指を当てる。
「門に書かれたセント流の印、間違いなくヤーナ・セントの屋敷です」
ビキちゃんが静かに言う。
屋敷の手前にある立派な石造りの門には丸の中に大きなバッテン、中心に小さな丸というロゴマークのようなものが彫られている。
「周囲の草が踏まれておるし中に人の気配もある。さて、どうしたものか」
ファカラ老師が小声で言う。
「私が様子を見てきましょうか?私ならば姿を隠すことが出来ますが」
キャリアンがそう言って羽をパタつかせ、例の鱗粉隠れの術を見せる。
「おう、姿消しの術をお使いか?なかなかやられますな。もし奴らの中にセント流の高弟がおれば、気配を読まれるかもしれぬで、よくよく注意なされい」
「心得た!では!」
キャリアンはそう言い、姿を消したまま気配が遠ざかる。
「うーん、ちょっと心配なんですけど」
俺は小声で言う。
「まあ、良いではないかな。見つかったとしてもキャリアン殿の腕ならばケガをすることもあるまい。逆に奴らが姿を現してくれれば儲けものよ」
さすがは老師、そこまで計算済みか。
そう言う事ならば、俺も事態を静観するとしよう。
キャリアンが偵察に出てしばし。
「曲者だ!曲者だ!」
「出合え!出合え!」
屋敷の中からぞろぞろと人が出てきましたよ。
「では、我々も行きますかな」
ファカラ老師が愉快そうに言って腰を上げる。
「行きますか老師」
他のみんなも舌なめずりするかのように怖い笑顔を浮かべて立ち上がった。
「お前ら、先ほどはお構いできず悪かったの」
ファカラ老師が門をくぐり普通に声をかけた。
その瞬間、老師に向かってナイフが飛んで来る。
老師は軽く手に持った竹竿でいなし、穏やかに笑う。
「ほっ!セント流も地に落ちたものよ、蛇蝶会と手を組むとはなあ。ヤーナの小僧は知っておるのか?」
「その辺にしておいてもらおうか」
屋敷の中から声がして、長身猪顔魔族の男が現れた。
ゆっくりと歩いて来る猪顔に、辺りにいた男たちが道を開ける。
「なんだ、ヤーナの小僧が主犯格か!いよいよセント流も地に落ちたわい」
「黙ってもらおうか。肝心な時にいなかった老いぼれが、今頃しゃしゃり出てきて何の用だ?」
猪顔魔族の男はどうやらセント流頭領、ヤーナ・セントのようだ。
「それは決まっておろうが。盗品を取り返しによ」
「貴様に言われる筋合いはないわ!その口塞いでくれるわ!」
ヤーナ・セントが飛ぶように間合いを詰めて老師に襲い掛かるが、間を割って入る者がいた。
「おっと、そうはいかないぜ!お師匠!俺にやらせてくれ!」
ファカラ老師の前に立ちヤーナ・セントを牽制しながらブッシュビーが言う。
「セント流は手強いぞ」
「わかってるさ!お師匠の教え通りにやれば大丈夫さ!」
「油断するでないぞ」
「任せといてくれよ!よーし、あんたがセント流の頭領ヤーナ・セントだな!相手にとって不足なし!いざ尋常に勝負!」
ヤーナ・セントに向きなおったブッシュビーが高らかに宣言する。
「どけ!小僧!」
あくまでもブッシュビー眼中無しの姿勢で突っ込んでくるヤーナ・セントは、まるでブッシュビーを踏みつぶすかのように大きく足を上げて間合いを詰めて来た。
「ドッシィィィィィン!!」
地面に重量物を叩きつけたかのような音がして土煙が立つ。
地面を踏みしめる様に力強く立つヤーナ・セント。
それに対して両手をクロスさせ防御立ちをするブッシュビー。
ブッシュビーはすぐさま右のハイキックを繰り出すが、どっしり構えたヤーナ・セントはそれを片手で払い落した。
ブッシュビーは軽くあしらわれた自分の右足を軽く見て不敵に笑った。
「セント流の極意は地面に根が生えたような構えから来る、鉄壁の防御と重いカウンターだってね?」
「知ったような事を言うじゃないか若造。少しは使うようだが、どう返す?」
ヤーナ・セントはそう言って重たい左ローキックを放ちブッシュビーに近づく。
「こんなのはどうだい?」
左ローキックから連続して右の後ろ回しローキックでブッシュビーの懐に入るヤーナ・セントだったが、その右の太ももの上にブッシュビーは逆立ちして見せる。
そのままの体制でブッシュビーはヤーナ・セントの頭に蹴りを放つ。
ヤーナ・セントは両手でその蹴りをはじくが、弾ききれずに頭に蹴りを受けてしまう。
後ろに倒れこむヤーナ・セント。
「へへ!どんなもんだい!」
バク転して地面に降り立ち誇らしげに言うブッシュビー。
「調子に乗るでないぞ!」
老師が声を上げるも、ハンドスプリングの勢いで矢のように飛んできたヤーナ・セントの蹴りに驚き、変な避け方をしてクルクル回ってしまうブッシュビー。
「まったく見ちゃおれん」
「老師、向こうさんもしびれを切らしたようですよ!」
ダネルさんが言うように、今まで静観していた周囲の奴らもヤーナ・セントが苦戦しているのを見て動き出した。
「行きます!」
ビキちゃんがそう言いながら飛び出す。
向こうさんも一斉にこちらに向かって襲い掛かって来る。
向こうさんの方が数は多いが、こちらは手練れぞろいだ。
しかも、みんな嬉しそうに戦っちゃって。
ブッシュビーとヤーナ・セントもかなり激しい攻防戦を繰り広げてるが、なんだかふたりとも心なしか楽しそうに見えるぞ。
俺の出る幕ないなこりゃ。
「・・さーん!クルースさー-ん!」
おう?聞き覚えのあるこの声は?
声のする方、お屋敷の屋根を見ると、そうです、キャリアンですわ。
「お前、何しとったんじゃい?」
「何って早く早く!アイツが逃げる!早く!早く!」
誰が逃げるってんだ!
俺はキャリアンのいる屋根の上にゲイルで飛ぶ。
「なんだってんだお前は!まんまと見つかってからに!」
「早くクルースさん!早く早く!アイツですよ!」
既に先に飛んで進んでいるキャリアンに追いつき、奴が盛んに言っている先を見ると結構なスピードで逃げている三人組が見える。
「ほほーん、ありゃ黒幕ってわけか?」
「わかりませんが、みんなが戦っているってのに逃げてるんですから、ろくでもない奴なのは確かですよ!」
「だろーな。引っ捕らえなきゃならんだろーな」
俺とキャリアンはお互い顔を見合わせてから、下で逃げてるやつを睨んだ。
武術家の皆さんの事を散々言ってたけど、なんだかんだで俺とキャリアンも大概だよ。




