表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
意外と大丈夫異世界生活  作者: 潮路留雄
289/1113

獲物が網にかかるって素敵やん

 まずはファカラ老人の事。

 彼はタオウ流道場の先々代、つまりビキちゃんのお爺さんの弟弟子にあたる方で、シャトウゼさんが道場の頭領になりビキちゃんがまだ小さかった時に修行の旅に出たきり、音信不通になっていたそうだった。

 そして、今回の一件について。

 修行の旅に諸外国を回っていたファカラ老人の耳に故郷の内戦の話が入ってきた時、既に一般人がエルスフィアに入る方法はなくなっていた。

 内戦が終わりようやく故郷に戻れる段になって、ファカラ老人の耳に入って来たのはシャトウゼの死、そしてタオウ流の爵位剝奪の話だった。

 急ぎエルスフィアに戻りタオウ流道場に顔を出そうとしたその時、ファカラ老人はブッシュビーに出会う。

 ブッシュビーと言う青年、エルスフィア拳法7流派のどこにも属さずに腕を磨いていると言う。

 まだまだ未熟ではあるものの、見どころはあると踏んだファカラ老人。

 自分の拳を教える代わりに、現在のエルスフィア拳法界の事情を教えて欲しいとファカラ老人は持ちかける。

 そこで知ったのが行方不明になった秘伝書の話であった。


「そこで私はブッシュビーに一芝居打ってもらう事にしたのだ」


 林の奥の開けた場所に置かれた丸太に座ってファカラ老人は語る。

 俺たちも周囲に横たわる丸太に各々座って話を聞く。


「どんな事なのですかおじさま?」


 ビキちゃんが尋ねる。


「つまりな、どの流派の色にも染まっていないブッシュビーに、私が外の土地をめぐって編み出した拳を教え、7聖拳の使い手を名乗らせることで秘伝書を盗んだ当人をあぶりだすと、こういう訳だ」


「なるほどファカラ老師。話は分かりました。しかし、我々ブレッカン流は秘伝書を盗んでなどおりません。だからこそ、こうして真意を確かめに来たわけですし」


「タオウ流も同じくです」


 ダネルさんに続いてビキちゃんが言う。


「ああ、それは良くわかった。秘伝書を持っている者ならば7聖拳を身につけたと言う者がいたらどうするか?少なくとも、お前たちのように悠長に話を聞こうとはすまい」


「では?どうすると?」


 ダネルさんが尋ねる。


「お師匠!」


 いつの間にか姿を消していたブッシュビーが林の中から現れて言う。


「網にかかったか。どうするかと問うたな?すぐにわかるぞ」


 ファカラ老師はニヤリと笑う。

 と、その瞬間、林の中から投げナイフが飛んで来る。


「ホイホイホイ」


 ファカラ老師は軽妙な掛け声で竹竿を振るいそれを叩き落とす。

 ビキちゃんは手にした笛で、俺やホメランさんは素手で叩き落とし、ダネルさん達ブレッカン流の人達は着ている服の裾を振り回して投げナイフを払い落していた。

 さすが、お集りの方々みな拳法家だ。


「チェストー!」


 ナイフが飛んできたのとは逆方向でキャリアンの声がする。

 見るとそちらから仮面を被った者達が出てきており、キャリアンやその周辺にいた人たちが応戦している。


「こちらからも来ますよ!」


 ミオちゃんの声がする。


「ほっ!おいでなすった!」


 ファカラ老師が楽しそうに声を上げ、投げナイフが飛んできた林の中からやはり仮面を被った者達が複数出て来た。

 それぞれ、くわっと牙をむいた獅子のような仮面を被った者達は、手に棒や剣を持ち襲い掛かって来る。

 俺はとりあえずダッシュで突っ込んで、向かってくる仮面の者の腹に右蹴りをぶち込み、隣の仮面に左の回し蹴りを放つがそちらは避けられる。

 避けた奴はビキちゃんの笛が頭にヒットし倒れこむ。


「ピィーーー!!」


 鋭い指笛の音が林の中からしたかと思うと、立っていた仮面の者達は一斉に懐から玉を出し地面に叩きつける。


「煙幕だ!」


 ファカラ老師の声がして辺り一面煙に包まれる。


「お師匠!」


「ブッシュビー!深追いするな!皆も追うでないぞ!」


 ファカラ老師が大きな声で言う。

 俺もその言葉に従い周囲に気を払いながら追う事はせず、風魔法を使って煙を散らす事だけにとどめた。

 煙が晴れると昏倒させた奴らも含め仮面の連中は一人残らずいなくなっていた。


「老師、今の奴らは?」


 ダネルさんが尋ねる。


「こいつを見てみろ」


 ファカラ老師は地面に刺さっていた投げナイフを拾い上げるとダネルさんに渡した。

 俺も地面に刺さっていたのを抜き手に取ってみる。

 取っ手は金属そのままになっており、刃物部分は両刃で中央に筋が入っている。


「これがなにか?」


「持ち手の刻印を見てみろ」


「これは」


 ダネルさんが言葉を詰まらせる。

 俺も持ち手を見てみる。

 そこには蝶に絡まる蛇の印が刻まれている。


「蛇蝶会の刻印だな」


 だちょうかい?ああ、蛇に蝶でそう読むのか。

 なんだか聞いてない事をアピールしてきそうな名前だなあ。どーぞどーぞ。


「いや、そんなバカな。蛇蝶会は内戦時の混乱に乗じて同国民を食い物にしていたために三目狼に潰されたはず」


「そうですよお師匠」


 ダネルさんとブッシュビーがそう言う。


「ではこのナイフの刻印はどう見る」


 ファカラ老師がそう言うと皆、押し黙ってしまう。


「誰かがその名を語っている可能性は?」


 ミオちゃんが言う。


「うむ、それもあり得る。しかし、いずれにしても皆の者も良くわかったろう?」


 ファカラ老師はここにいる者全員を見渡して言う。


「少なくともここにいる者は秘伝書を盗んでいないという事ですねおじさま」」


「そうだビキよ、そして、我々は力を合わせねばならぬとそう言う事だ。わかるな?」


「わかりました老師」


 ダネルさんはそう言うと、胸の前で右の拳を左手で包み挨拶をする。

 おお!カッコイイねー!武術家って感じ!


「あにき、あにき!」


 猿顔した魔族の子供がブッシュビーの所に素早い動きでやって来た。


「お?ムーティー、首尾はどうだ?」


「任せてくれよあにき!バッチリだぜ!」


 ムーティーと呼ばれた魔族の子供は、エヘンとばかりに胸を張って鼻の下を掻いた。


「よしよし、よくやってくれた」


 ファカラ老師がムーティーの頭を撫でる。


「ここにいるムーティーは先の内戦で親を失った子供たちのリーダーだ。今はブッシュビーが面倒を見ているのだが、良く働いてくれておる。今日も、奴らの後を追って貰ったのだが、首尾は上々との事だ」


「という事は老師!」


「ふふ、網にかかったという事よ」


 ファカラ老師は楽しそうに笑って自分の顎髭を右手で撫で付ける。


「クルースさーん!いや!クルース師範代!なんですか!もう!楽しそうな事に首を突っ込んで!ズルいですよ!私も一枚噛ませてくださいよ!」


 キャリアンが俺の元にやって来てまくしたてる。


「わかったわかった!ビキちゃん、こいつも一緒でいいかい?」


「ええ、先ほどの戦い、見させて頂きましたがかなりの使い手のようですね。ご一緒していただけるなら心強いです」


「おお!ありがとうございます!必ずお役に立ちますぞ!」


 ビキちゃんの手を器用に羽で握って握手するキャリアン。

 奴はホントに天真爛漫だもんで、誰とでもすぐに打ち解けよるわー。


「兄さん、なかなかやるね。お師匠が元々いた道場の師範代なんだって?てことは俺の弟弟子みたいなもんだな!俺の事はアニキと呼んでいいぞ!」


「おっ、ああ、はい」


 ブッシュビーが俺の所に来て堂々とそんな事を言うもんで、俺は勢いに押されて返事をしてしまう。


「これ!バカタレが!調子に乗るでないわ!」


 ファカラ老師が竹竿でブッシュビーの頭をパチパチ叩く。


「いてててて!でもお師匠!ホントの事ですよう」


 ブッシュビーが叩かれた頭をさすりながら言う。


「お前は技の覚えもいいし身体能力も高い。だがな、まだまだ実戦が足りておらん。相手の力量を図る事ができんようでは長生きできんぞ。すまんなお若いの」


「いえいえ、そんな」


「ブッシュビーよ、彼の戦いを見ておらんかったのか?」


「確かに真っ先に突っ込んで行った決断の速さには驚いたけど」


「驚いたけど?」


「むやみに突っ込むのは無謀じゃないかとも思って」


「ふぅー、まだまだ修行が足らんのう。飛び込み前蹴りからの後ろ蹴りは見事に敵の攻撃の死角であったぞ。敵は満足に避けられず、ビキの笛の格好の的になっておった。それにな、このお若いのはな、悪殺の団のリーダー、クルース殿その人よ。お前もその名くらいは聞いたことがあるだろう?」


「え?あの悪殺の?嘘だーい!こんな若いわけないよお師匠!特別依頼者だって聞いてますよ!しかも二つの領の領主のお墨付きだとか」


「人を外見で判断するようではお前もまだまだ半人前という事よ。悪殺の団のご一同がシャービット商会の依頼で現在エルスフィアに来ておるのは確かな話よ。そして、そちらにおるお嬢さんはあのオゴワナリヤタイムスの記者さんで、発見者事件でクルース殿と行動を共にされたルホイ記者の後輩であるのだ。どうだ?ブッシュビーよこれでも認めぬか?」


「えー?いくらお師匠でもなあ、こればっかりはなあ」


 納得がいかぬとばかりに首をひねるブッシュビー。


「仕方のない奴じゃのう。すまんなクルース殿、こいつも強情な奴でなあ」


「別に構いませんよ老師。どちらにしても、乗り掛かった舟ですからね。一応タオウ流師範代の名を頂いておりますし、最後までお付き合いさせて下さい」


「うむ、ビキの事をよろしく頼む。あの子は兄弟子の孫だからな、ワシにとっても大事な子なのだ。拳の腕はまずまずのようだが、こいつと同じくまだまだ実戦経験が少ないようだ。すまぬが大ケガしないように見てやってくれぬか」


「はい、最善を尽くします」


 俺はファカラ老師に言う。

 向こうではキャリアンとビキちゃんが笑って話をしている。


「キャリアンもいますしね」


「うむ」


 俺とファカラ老師はそれを見てお互い笑顔になるのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ