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意外と大丈夫異世界生活  作者: 潮路留雄
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武術家の誇りって素敵やん

 山の登り口にはお地蔵さんサイズの石像が置かれている。

 右手を正拳突きのように前に出し、左手にはひょうたんのようなものを持つ女性の像。

 透明感ある表情のお顔は涼し気で凛としている。

 俺は思わず手を合わせてしまう。


「どうしました師範代?」


「ああ、この石像がなんとなく神々しかったので、道中の無事を祈っておりました」


「それは良い事です。山は危険がいっぱいですからね」


「ちなみにこの像はなんなんですか?」


 モミバトス教絡みの聖者かなにかかな?

 俺は尋ねてみた。


「その像はエルスフィアの母オーディーの像です。敵には右の拳をもって戦い、友には左手のお酒でもてなす、エルスフィア人の心意気を示す人物なのです」


「へー、なんとなくビキちゃんに似ているような」


「ほへ?」


 ビキちゃんが妙な声を出す。


「そうですね、涼し気な美人さんな所もその心意気も、ビキちゃんに似てると思いますよ」


 ミオジさんがそう言う。


「そんな、ミオジ殿まで。エルスフィアの英雄と似てるだなんて」


 照れているビキちゃん。

 そして、ビキちゃんと言われることに違和感を感じなくなりつつあるようだな、しめしめ。


「私の事もミオちゃんと呼んで下さいな」


「ミオ、ちゃん?」


 なんでそんな片言?

 心優しき森の巨人ですか?


「俺の事もちゃんづけで呼んでくださいよ」


「え?うん、じゃあ、クルちゃん?」


 なぜに疑問形?そしてそっちでちゃんづけ?まあ、トモちゃん呼びだとシエンちゃんが怒るかも知れないからちょうどいいっちゃいいけどさあ。

 うーん、この苗字にちゃんづけされる感じ、なんか逆にドキドキするんですけど?

 昔、恋愛感情は無かった友達の女の子で、俺の事をそう呼ぶ子がいたっけなあ、なんて一瞬ノスタルジックな気分になってしまう。


「なによう?黙っちゃって!嫌なら嫌と言いなさいよ!」


「いやいやいやいや、全然嫌じゃないって!むしろ嬉しいって!


「そーう?ならいいけどー」


 照れながらもニコニコといい笑顔になるビキちゃん。

 なんだか急に年相応になってきたぞ!

 いいんじゃない?


「じゃあ気合を入れて行きましょう!」


「押忍!」

「「押忍!」」


 ビキちゃんに続いてホメランさんが返事をするので俺とミオジさんも急いで返事をする。


「しゅっぱーつ!」


「「「しんこーっ!!」」」


 今度はビキちゃんのかけ声に俺たちも揃って答えられる。

 ビキちゃんが嬉しそうに笑ってる。

 ホメランさんもミオジさんも俺もつられて笑う。

 俺たちは明るく山道を登って行くが、どうにも茂っている木にはツタが絡まりちょいとおどろおどろしい。


「なんだか、木にツタが絡まって不気味な雰囲気ですねえ」


「ツタに紛れて八行蛇が襲ってきますから、お気を付けなさいクルちゃん」


 そう言いながら手に持つ笛をヒュンと振るうビキちゃん。


「ね?」


 笛にはぐったりしたこげ茶色い蛇が絡まっている。

 ビキちゃんは笛を一振りすると蛇を林の中に飛ばした。


「ツタと同じような色をしていますね」


 ミオジさんが言う。


「こりゃ、厄介ですね」


 俺は周囲に気を張って注意する。

 樹上から微かに何か動く気配を感じ視認すると、ちょうど八行蛇が飛びかかってくる。

 俺はそれを風魔法の空気弾で弾き飛ばす。

 ほとんど同時にミオジさんも飛び掛かって来る八行蛇を空気弾で撃退していた。


「お?ミオジさん風魔法を使うのね」


「ええ、仕事柄。それからクルちゃん私の事もミオちゃんでお願いします」


「クルちゃん師範代!」


「はい!」


 急にビキちゃんが大きな声を出すので、俺は驚いて気を付けのポーズをとってしまう。


「今のはなんですか!」


「今のと申しますと?」


「八行蛇を撃退した技です!」


「えーと風魔法の空気弾ですが」


「クルちゃん!タオウ流師範代としての誇りはどうしました!」


「あ!はい!すいません!」


「わかれば良いのです」


 そうだったそうだった、俺はビキちゃんの前ではタオウ流師範代なのだった。

 俺は木に絡まっているのがツタである事を確認して引きちぎる。

 端を持って持ち上げると俺の肩と腰の間程の長さだった。


「じゃ、進みましょう」


 俺はツタを手に持ち言う。


「いいでしょう」


 ビキちゃんが笑顔になる。

 そうして俺たちは再び山を登る。

 俺は魔力を通したツタを鞭にして飛びかかる八行蛇を弾き飛ばす。

 動かし方は水魔法でウォーターカッターを鞭状にして操るのと感覚が似てるから結構いける。

 ビキちゃんは手に持つ笛で、ホメランさんは蹴りと手刀で、ミオジさん、じゃなくてミオちゃんは空気弾で飛び掛かって来る八行蛇を撃退している。

 ちなみに、ミオちゃんはタオウ流門下生ではないので空気弾を使っても大丈夫、と聞いてないのにビキちゃんが説明してくれたのだった。

 そうして登って行くと少し開けた場所に出る。


「あれが、その社です」


 ビキちゃんが指さす先にはログハウスのような建物があり、お社と言うよりは山小屋と言った佇まいであった。

 ビキちゃんはスタスタと歩いてそのお社に近づくと、正面にある大きなトビラを開けた。

 中に入ると奥に大きなテーブルが置かれ、その後ろには大きな燭台が複数並び祭壇が作ってあり、外見は山小屋なものの立派なお社ってわけだ。

 それにしても、内部はホコリもなくキレイにされている。


「誰か定期的に来て掃除してるんですか?」


「いえ、そうではないです。最近誰かが来ていますね」


 ビキさんが祭壇に置かれた植物を手に取り言う。


「それはなんですか?」


「サトウキビですね」


 ミオちゃんの質問に答えるビキちゃん。

 でかいアスパラガスか細い竹のように見えるその植物、サトウキビだったか。


「ホメラン、今、これがとれるのはどこです?」


「はい、この大きさですとシシッパの林かと」


「では、今から向かいますよ」


「わかりました」


 てなわけで俺たちは山を下りてシシッパの林へ向かう事に。


「ちなみになんですけど、サトウキビを栽培している農園ってないんですか?」


 俺は素朴な疑問を感じ尋ねてみた。


「ええ、ありません。前王統治時にはみなサトウキビ農園だったのですけどね。今ではどこもサトウキビ栽培に適した土ではなくなってしまいましたから。作物としての価値は高かったんですけどねえ」


「ホメランさんは農業に詳しいんですか?」


「ええ、親子代々農園で働いてますからね。ここいらの者はほとんどがそうですよ」


「今はどうされてるんですか?」


「私は領営農園で普段は働いてます。道場のみんなも仕事は持ってますよ」


「ああ、そうだったんですね」


「私は道場を経営してますから、これがお仕事ですけど」


 珍しくビキちゃんが自信なさげな口調で言う。


「いや、それはそれで大変な仕事だよ。人の上に立つってのは責任も重いし。ビキちゃんは若いのによくやってると思うよ」


「そうかしら。ねえ、ホメランはどう思う?」


「私もそう思いますよ頭領。頭領あってのタオウ流ですから」


「うふふ、そう。ありがとう。ここだけの話ですけど、私には荷が重いんじゃないかと、そう思う事もあるんです。誰かもっとしっかりした者に道場を任せた方が良いのではないかと、そんな事を思う時もあるんですよ」


「頭領!何をおっしゃいますか!みな、頭領だからついて来ているんです!頭領がいなくなるのなら私たち門下生もお供します!」


「ありがとうホメラン。そんな時もある、という事です。私はタオウ流の頭領、御父上から継いだ流派は私が守ります。そのためにも秘伝書探し頑張りましょう!」


「頑張りましょう!」


「頑張るぞー!」


「エイエイオー!」


 俺はみんなに合わせて声を上げた。


「プッ、プププ、な、なんですかクルちゃんそれは?」


「え?掛け声ですけど?」


「ぷっ、!掛け声ですか?キャハハハハハッ!あー可笑しい!」


 ビキちゃんがはじける様に笑った。

 ミオちゃんもホメランさんも笑ってる。


「え?言わないですか?エイエイオーって?」


「うふふ、エルスフィアでは使わないんですよクルちゃん」


 ミオちゃんが教えてくれる。


「そうなんですか?ではこちらではなんと?」


「それは私がお聞かせするわ!ハッカペル!」


「ハッカペル!」


 ビキさんの掛け声にホメランさんが答える。


「ハッカペーレ!」


「ハッカペーレ!」


「こうです」


 ビキさんが胸を張って言う。

 なんかちょっと誇らしげなのはなぜ?


「クルちゃんに聞きますけど、さっきのはどんな意味があるのです?」


「え?エイエイオーの事?あれはねー、なんてーの力を合わせる時に言うんだけど、うーん」


 ビキちゃんに聞かれて俺もありゃどんな意味があるんだと頭をひねった。


「あれは元々、戦場で戦いの前に上げる声でえいえいとは、鋭利な刃物のえい、おうは応援のおう、で鋭い激を飛ばし励ます声とそれに応える声の事だと聞いてます」


 ミオちゃんが説明してくれる。


「ふえー、ミオちゃんたらさすがオゴタイの記者だね!物知りさん!ところでビキちゃん。ハッカペーレってなに?」


「えーっと、これも頑張るぞ!みたいな時に使う掛け声で、うーんと、ホメラン!説明してあげて!」


「はい頭領、エルスフィアに伝わる古い言葉で、元々は叩き壊せ!とか打ち倒せ!みたいな意味だったと聞いてます。今では頭領のおっしゃられたように頑張るぞ!と気合を入れる時の掛け声などに使われています。ハッカペル!」


「ハッカペル!」


 ホメランさんの掛け声に続いてビキちゃんが拳をぐっと握って声を上げる。

 なんだかカワイイ。


「ハッカペル!」


 俺もマネして拳を握り言ってみる。


「ハッカペーレ!」


 ミオちゃんが続く。

 ビキちゃんがいい顔で笑い、それを見ているホメランさんがしみじみと頷く。

 そんな牧歌的な時間を過ごしながらも、我々一同は目的地であるシシッパの林へ近づいたのだが。


「何者かが集団でいます頭領」


 ホメランさんがそう言い緊張が走る。

 確かに我々が向かう先、木々が生い茂る林の入り口に結構な人が集まり何事かを言い合っている様子が見える。

 それも、かなり大きな声で平和的な会話がされているようにはどうも見えない。

 いきなりトラブル発生ですか?


「どうします?」


 俺はビキちゃんに尋ねる。


「何を揉めているのか聞いてみましょう!場合によってはそのケンカ、我らタオウ流が預かります!」


 ビキちゃんは意気揚々と集団に近づいて行く。

 やれやれ、さすがは武術道場の頭領ってとこか。

 仕方ない付き合いますか俺、そこの師範代だし。

 俺はホメランさんと頷き合い、ミオちゃんを後ろにしながらビキちゃんに続くのだった。


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