武術道場って素敵やん
「知っているんですか?ミオジさん?」
「いいえ、わかりません。でもウサギとカメだなんて可愛らしい名前です」
「うふふ、可愛らしいのは名前だけです。さあ、中庭へ案内してあげなさい」
ビキさんがそう言うと、屈強な男たちが俺を外へと案内する。
外に出ると中央に円形の空き地を作るように空間を開けて、大勢の男たちが集まっている。
俺を案内してくれた男が近づくと、人の波が分かれて中心の空地へと道が出来る。
「さあ、進みなさい」
後ろから、相変わらず扇で風を送る美女を侍らせたビキさんががやって来て、優雅にそう言う。
俺は言われるままに進む。
ビキさんは、これまた一段高い所にあつらえてあるイスにゆっくりと座った。
「さあ、ウサギとカメの始まりです!」
ビキさんがそう言うと、人の群れの中からカメの甲羅のような防具を付けた男がやってきた。
「それでは開始!」
ビキさんが言う。
甲羅男は俺の方を向き、広げた両手を胸元に近づけて構えると、素早い動きで間合いを詰め右足で蹴りを放つ。
俺はそれを身体を逸らせて避けるが、すぐに左の回し蹴りで追撃してくる。
頭を下げてそれを避けると今度は左足を戻すようなローキック。
そいつをジャンプして避ければ右の後ろ回し蹴りだ。
俺はそいつをしゃがんで避けると、今度は上から右の手刀と目まぐるしく攻撃をしてくる。
俺はそれを右手で外に捌き、左のジャブを相手の腹に打つ。
「なんだ!ビクともしねー!」
「うふふ、スフィアタイマイの甲羅は衝撃を分散するのです。次!」
ビキさんが言うと、更にひとり甲羅防具を付けた男が参戦してくる。
最初のやつだってなかなかの手練れなのに、追加かよ!しかも、今度の奴は長い棒を持ってやがる!
タオウ派名物恐るべし!
「ヒョウッ!!」
棒男の突きを上体を後ろにそらして避けると最初の男の蹴りが思い切り俺のケツにヒットする。
「いってぇー-!!」
俺はエビぞりのまんま前方にすっ飛んで地面に寝転んでしまう。
俺の頭に向けて容赦なく棒を突いてくるのを転がって避けるが、最初の男が飛んで俺を押さえつけようとしてくる。
俺は寝ころんだまま両足で飛びかかって来る男を蹴り飛ばす。
「次!」
ビキさんの声がして新たな甲羅男がやって来る。
今度は剣をもっている。
「さあ、どんどん増えていきますよー」
ビキさんが嬉しそうな声をあげる。
参ったね、こっちは素手だし、相手は魔法は使わないからこっちも使えないしなあ。
考えてる暇はないよ。
剣を持った男がジャンプして切りかかって来るのと同時に、後ろから棒男が足元を狙って払ってくる。
俺は足払いをジャンプして避けながら、男の剣の側面に右蹴りを入れる。
剣を蹴られ空中で体勢を崩す男は、その横で俺に蹴りを放とうとする最初の男にぶつかる。
足払いを空振りさせた棒男が棒を引き戻しているところ、俺はダッシュで懐に飛び込み相手の棒をつかみ、両足で甲羅防具を蹴り押し出す。
棒男はさすがに手から棒を放し後ろへ飛ぶ。
棒を手にした俺はそれを振り回し、後方から飛び蹴りをする男に突き出す。
飛び蹴り男は自分の勢いも合わさった棒の突きをもろに喉に受け、不自然な姿勢で地面に落下し動かなくなる。
「次!」
今度は両手に短い鉄の棒を持った甲羅男が出て来る。
こいつは、もたもたしてらんねーぞ。
どんどん無力化してかねーと!
「次!」
やべ!間隔早まった!
俺は棒を地面に突き立て横に払われる剣を受け、横から来る蹴りに蹴りをぶつける。
棒高跳びの要領でジャンプして、そいつらの頭の上を越える。
ここは冷静にならないとまずいね。
キーケちゃんに教わった多人数を相手にする時の心得を思い出す。
まず、相手の動きを止める事。
その際に速度重視の軽い攻撃でも効果の高い場所は間接だと言ってた。
「そうだったっと!」
俺は今現れた槍を持った男に向かってダッシュし間合いを詰める。
突き出された槍を半身で避け、すぐさ持っている棒を相手の足の間に突っ込む。
槍男は足を取られて転びそうになるのを地面に突き刺した槍で堪えようとする。
俺はそいつの膝にタックルし、膝に肘を落とす。
「ギャッ!」
男はひざを抱えて転がりまわった。
他の連中の動きが一瞬止まる。
そして、俺は更に、最強執事カサイムさんの言葉を思い出していた。
戦闘には何らかの意味がある、戦う理由によっても戦い方に違いが出るものだ、と。
そう考えると、このウサギとカメにはどんな意味があるんだ?
俺は考えた。
ただのリンチではないだろう。
名のある武術道場の名物だと言っていたではないか。
ならば、相手の着けている防具、これを邪魔なものと捉えずに修行と捉えてはどうだ?
そこ以外に攻撃を当てるための修行と捉えては。
人の身体のうち、一番打撃が当たりやすい胴体以外を攻撃する方法の訓練と捉えれば。
そう考えれば方針は定まるってなもんだ。
「シェアッ!」
短い掛け声と共に先ほど棒を俺に奪われた男が飛び掛かって来る。
俺をつかむように頭から飛び込んでくるのをこちらもダッシュで飛び込み、相手の足をつかみ横にひねる。
「いぎゃ!」
そのまま地面に叩きつけられた男は、妙な声を上げて動きを止める。
「次!」
剣で切りかかって来る男の手首を押さえ、掴んでひねり身体を逸らせて逃げようとする男の後頭部に肘を入れる。
両手に斧を持った男が切りかかり、棒を持った男が同時に突きを放ってくる。
先に俺に到達する棒の先を右手のひらでつかみ引く。
俺の方に引き寄せられる棒を持った男。
俺の右側から斧を振り下ろす男の手首に、掴んだままの棒を当てる。
それでも斧を振り下ろそうとする男の斧を握る指に、俺は頭突きを当てる。
「あぐっ」
短い声を出して斧を落とし手を押さえうずくまる男。
そのまま棒を持つ男の背後に回り、膝を蹴る。
膝をつく棒男の横腹に、俺を打とうとしていた鉄棒がかなりの勢いで当たる。
「ガッツィーーン」
金属的な音が響き男は鉄棒を手放す。
鉄棒を放した男の手にショートフックを入れ、わき腹を打たれた男のこめかみに掌底打を打つ。
そこからは、とにかく相手の関節、指先を狙って短い攻撃を当てていった。
刃物以外の攻撃はそこそこ食らっていたのだが、段々とそれも食らわなくなり、周りを囲んでいた人の波もまばらになってきたころ。
「そこまで!」
ビキさんが大きな声で言い、攻撃の手が停まる。
倒れている男たちは周りの男が円の外に出し、立っている男たちは構えは解かずにこちらを見ている。
俺も、構えたまま呼吸を整える。
ビキさんがイスから立ち上がりゆっくりとこちらにやって来た。
「お見事でした。さすがは悪殺の団のリーダーです」
ビキさんはそう言うと、両隣で侍らしていた女性がもっている大きな扇を受けった。
「行きます!」
両手に大きな扇を持ったビキさんが、クルクルとドリルのように回転しながらこちらに飛んで来る。
いい加減にしてくれよ、もう。




