気に入った場所があるって素敵やん
「まあ、あれだ、色々あったみてーだけどよ、そこまで質の悪いおとっつぁんじゃねーからよ、ひとつ、頼むわ。それじゃあ、よ。改めて、見て貰って聞いてもらうか」
ニキーモ侯爵がそう言って腰を上げる。
俺たちもそれに続く。
「ここはよ、スルデライ時代に大規模農場だった場所でな。他のトコみたいに水害や疫病は免れたんだが、すっかり土が死んじまってな。今、生き返らせるためにみんな頑張ってんだ」
ニキーモ侯爵が指さす先に見えるのは、土を耕したり、大きなかごを担ぎ中の物を土にまいたりして、泥だらけになって働く人達だった。
魔族も人族も一緒になって汗をかいている。
「ふむ、あれは何をまいているのだ?」
キーケちゃんが尋ねた。
「ああ、堆肥と腐葉土だな」
ニキーモ侯爵が答える。
「以前に、魚や獣の骨を乾燥させて砕いた物を使っているのを見た事がある。ここでは、種油はやっておらぬのか?」
「おお。やってるぞ」
「ならば、油を絞り取った残りを土に混ぜ込むのも良いとも聞いたな」
「そうか!早速やってみよう!おーい!ラドック!」
ニキーモ侯爵は言うが早いか近くで土を掘り起こしていた若者に話しかけ始めた。
「きひひ、えらく行動の早い貴族様よ」
「この領は特別なのさ。領主もその周辺を守る者達もほとんどが平民の出でな、だから、プライドに邪魔されないし保身ばかり気にするような事も無い。俺はそんな所が気に入っとるのよ」
サーヴィングのおとっつぁんが無精ひげを撫でながら言う。
「すまねーな!俺たちゃよ、農業に関しては前王時代の単一作物の連作しか知識が無くてな。実際、あれは失敗だったわけだが、よそではどんなやり方をしているのか、今、その情報が欲しい時期なんだ。試行錯誤しながらやっちゃいるが、それには限界がある。いくつかの商会が参入して新たな農作物を持ってきちゃくれるが、まあ、当たり前な話だが大きな利益を生むもの程、ある程度以上の情報は秘密になってしまう。そりゃ、仕方ねー事だけどな。わかっちゃいるけどよ、俺らは俺らで、この領をより良いものにしたいのさ。それを他人任せにしたくはねー」
戻って来たニキーモ侯爵が俺たちを見てそう言った。
「当然の事だ。国によっては、ある分野については近隣国からの輸入にほぼすべてを頼っているようなところもある。その国との関係が良好な間は良いが、それが崩れると自分の首を絞める事になる。レインザーの国王も侯爵殿と似た事を言っておる。国を支える根となるものは手放すなとな。そこのところを統治者がしっかり抑えておれば、まあ、間違いは起こるまいよ」
キーケちゃんが答えた。
「ああ、そう願いたいね、なあ、おとっつぁん」
「そうだな。つまらん横槍がなきゃいいんだがな」
ニキーモ侯爵に言われサーヴィングが渋い顔をする。
「ストーンキッズ以外にも横やりを入れてきそうな所はあるのですか?」
キャリアンがいつになく真面目な感じで聞く。
「お主は南中央大陸の族長連邦長の息子だったな。ならば、こうした時に必ず首を突っ込んでくる一族の話は聞いた事があるだろう」
「ジョサイエフ家のことですか?しかし、ストーンキッズとは仲が悪くお互いの縄張りには手を出さぬのでは」
「そうだ、ストーンキッズ商会とジョサイエフ家は対立関係にあると今までは見られていた。それが実は水面下で協力関係を築いているのではないか、とは最近になってよく聞かれる噂だ。その噂が真実味を帯びてきたのが、例の発見者事件からだ。お兄ちゃんは良く知ってるだろ?そして、その手のきな臭い状況が急に各国でも起き始めた。エルミランドでそいつを追ってたのも悪殺の諸君だったな?なら、わかっただろうが、各国のそうした団体にテコ入れして、信者をより盲目化し集金力を高めている背後にいるのは、あのストーンキッズ商会だ。そして、ストーンキッズに情報を提供し便宜を図っているのがジョサイエフ家だと言われている。元々、あのやり方を使っていたのはジョサイエフ家だとも言われている」
「発見者や実践会の話は聞いています。あの話は国を治める立場からすると、とても恐ろしい話です。守るべき国の民が自分でものを考えず何か別の物に意思を委ねてしまう。その別の物がよその国の利益を追う集団なら、どうなってしまうのか?考えるだに恐ろしいです」
「さすがに、うちの領も今やレインザー国の一部。同じ手は使って来なかろうが、ジョサイエフ家と深い繋がりのある団体で、きな臭い場所に現れ混乱を起こす事を得意とする者達を知っておるか?」
「バンプトンクラブの事ですか?」
サーヴィングの問にキャリアンが答える。
なんだかんだ言ってもさすがは族長連邦長の息子だな、国際情勢にも強いようだ。
俺はもう、ついていけないよ。
「しかしバンプトンクラブは、その強い反モミバトス教的信条から神弟の剣協力団により解散させられたはずですが」
「そうでもないのだアルス。バンプトンクラブはまだ存在する。神弟の剣協力団により解散を迫られた事になっておるが、実際に後ろにいたのはマッファ連邦だ。マッファ連邦は、バンプトンクラブがジョサイエフ家のネットワークを使い、商会や金貸しなどで莫大な利益を上げているのを面白く思わず、マッファのネットワークを使ってモミバトス教会に働きかけたのだ。バンプトンクラブはジョサイエフ家を通してマッファ連邦に話をつけ、今後表舞台に出ぬ事といくつかの商会を引き渡す代わりに解散を免れたのよ」
「あら、しぶといこと」
キーケちゃんの話を聞いたアルスちゃんが、叩いたゴキブリでも見てるような反応をする。
「まったくどいつもこいつも、陰でこそこそと!やるなら正面切ってバチバチ来い!モグモグ」
「って、シエンちゃん何食ってんの?」
「これか?さっき貰った。ボア肉だってさ。モグモグ。確かに美味いがサンドチキンを越えるうまさは、言い過ぎじゃないか?もぐもぐ」
シエンちゃんはジャーキーみたいなものをガジガジ食べてる。
「ぷっ、スマンな、皆、食事がまだだったか。改めて用意させるからついて来てくれ。それからねえさん、そいつは保存用の干し肉だ。焼きたてのやつを食ってから評価してくれな」
ニキーモ侯爵はそう言って笑うと、ついて来てくれと歩き始めた。
俺は物騒な話にあてられて、飯がまだだった事をすっかり忘れていた。
思い出してしまうと、とたんに腹が減り出した。
「シエンちゃん、干し肉残ってない?」
「もう全部食べてしまった!」
「ちぇっ」
「けっへっへっへ、お兄ちゃんは若いから腹も良く減るだろ?ここは何しろ量が多いからな、腹いっぱいになる事は保証するぞ」
「おとっつぁんよー、それじゃあ、味が良くないみたいに聞こえるじゃねーか!味も保証するぜ!」
「年寄りには味が濃くてなあ」
「何言ってやがんだ、こんな時ばかり年寄りぶりやがって!ここにいる連中は毎日汗水流して働いてんだ、そんぐらい濃い味付けじゃねーと満足しねーんだよ」
「それじゃあ俺が汗流してないみたいに聞こえるなあ」
「実際おとっつぁんは、どんだけ激しく動いても汗ひとつ流さんだろうがよ」
「いやあ、そこの戦姫と戦った時は汗をかいたな」
「いい加減、あたしの事を戦姫と呼ぶのはやめとくれよ。仲間にゃキーケと呼ばれとる。なんなら、お前もキーケちゃん、と呼ぶか?きひひひ」
「けっへっへ、生きる伝説をちゃん付けたぁー、さすがに恐れ多いってなもんだ」
「きひひ、殺し合いをしておいて何を言っとる」
「いやいや、本気じゃなかったろう?」
「それはお前もだろう?」
サーヴィングとキーケちゃんが怖い笑顔を浮かべてる。
「ふたり共、仲良くやってくれよ?一応、俺もここの管理者だからよ」
ふたりのやり取りに侯爵がつっこんだ。
「わかっておるって、なあ?」
「きひひ、そうよの。ただの戯れ言よ」
「どうかなあ、おふたりさんは似た感じがしてなあ。誰にも縛られねー自由な空気を感じるんだよなー。なんつーか、いずれ、ふと消えちまうような、よ。羨ましくも思うが、それはキツイ道だからよう。ここにいる間くらい、仲良くやろーぜ」
侯爵が空を見上げて言った。
抜けるような青空に白い雲がひとつ、まるでキーケちゃんのようだなあ、なんて、今の侯爵の言葉に触発されてか思ってしまう。
「きひひ、そう見えるか?今いる場所も気に入っておるのだがなあ、お前もそうじゃないのか?おとっつぁんよ?」
キーケちゃんがサーヴィングにいたずらっぽく言う。
「まあ、そうだな。俺もこの土地が気に入っとるな。余生を過ごすにゃ丁度いいってな」
「なーにが余生だよ!俺より長生きしそうなくせによ!」
悪態をつきながらも嬉しそうな侯爵さん。
俺たちはそんな姿を微笑ましく見ているのだった。




