怖いおやじとややこしい仕事って素敵やん
「いやー、すまなかったな。日頃から仲間には人族への偏見を捨てろと言ってんだが、俺自身が噂に振り回されて偏見を持ってたんだからよ、まだまだだぜ。しかも、うちの連中がつまんねえ事をしてたみてぇーで、迷惑かけたな。すまなかった」
ニキーモ侯爵は、開墾地を案内しながら我々に頭を下げた。
「いえいえ、騎士団の皆さんも領の為にならないとわかって反省されてましたから」
アルスちゃんがにこやかに言う。
「しかし、あんたらが噂の特別依頼者だったとはな。話にゃ聞いてるよ、なんでもストーンキッズと揉めて無事で済んでるんだってな。たいしたもんだぜ」
「そうでもないさ、向こうにとってそこまで脅威じゃないってことよ。侯爵殿もストーンキッズと何かあったのかの?」
キーケちゃんがニキーモ侯爵に問う。
「ああ、ダイムと一緒に前王への反旗を画策していた時にな、俺たちに武器や物資の提供を申し出てくれたのがストーンキッズさ。ところがその話には裏があってな、なんとかその策略から脱する事は出来たが色々とヒデー目にあってな。そいつらが今でもコソコソ動いてるらしくてな」
「ふむ、さっきミンガットが言っておった前王復古の後押しをしとるらしき商会とは、ストーンキッズのことであったか、面倒な事よ」
キーケちゃんが言う。
「面倒と言っちゃいるが、その割に楽しそうじゃねーか」
ニキーモ侯爵が言うようにキーケちゃんの表情は笑っている様に見える。
「まあ、な。あの手の奴らを相手にしていると、たまにバケモノみたいな奴が出てくるからな」
キーケちゃんが怖い笑みを浮かべて言う。
「例の爺さんか。我も見たかったぞ」
シエンちゃんが言ってる例の爺さんとは、フリーエリアでキーケちゃんと互角の戦いを繰り広げたリクチャー・サーヴィングの事だ。
「俺はもう見たくないね、おっとろしい」
「どうにも、嫌われたもんだな」
急に我々の背後から声がした。
振り返った俺たちの目に入ったのは、無精ひげを生やした小柄な老人だった。
見覚えのあるその老人、温厚そうな笑顔の裏に妙に鋭い気配。
リクチャー・サーヴィングその人であった。
「へぇー、こいつがキーケちゃんを」
シエンちゃんの気が強くなる。
「ちょっと待ってくれ!この人は敵じゃないんだ!」
「侯爵の言う通りだ。俺は敵ではないぞ、悪殺の諸君」
慌てて間に入る侯爵。
そして落ち着いた口調でにこやかに言うサーヴィング。
「どういうことかご説明願おうか侯爵殿」
「あ、ああ。わかった。ひとまず、みんな、その殺気をなんとかしてくれ、頭がクラクラする」
侯爵が頭を押さえて言う。
「うむ、皆、力を抜け」
キーケちゃんに言われて俺は呼吸を戻した。
落ち着いて周りを見ると、力を込めて警戒していたのはどうやら俺だけではなかったようで、シエンちゃんにアルスちゃん、キャリアンまでもが構えを解いていた。
「ふぅー、やれやれ、参ったぜ。この先に休憩所がある、そこで説明させてもらおうか」
少し先に見える東屋に俺たちは向かう。
丸太を縦に半分にしてそれを横にしただけの長椅子に我々は座る。
「さてと、まずはサーヴィングの旦那の事だな。旦那はよ、俺たちの革命に力を貸してくれたのさ」
「そこからは俺が話そう」
サーヴィングが話を引き継ぐ。
「当時、エルスフィア王国は鉱物資源の枯渇から大規模農業へと転換しており、それは順調に進んでいるよう
に見えた。しかしストーンキッズはそのやり方には無理があり近いうちに破綻するだろうと見ていた。そこでス
トーンキッズが俺に依頼したのは当時の王、ジアムガン・スルデライを打倒せんとする勢力を見つけて接触する
こと、そしてその勢力の実情の把握だった。ストーンキッズは、反スルデライ派に力を貸す代わりに、新体制下
での産業適正化においの参入を画策しており、この依頼にはその段取りも含まれていた。俺は圧政下のエルスフ
ィア王国に潜入しダイム氏の勢力とコンタクトをとることに成功し、ストーンキッズからの提案を伝えることが
出来た」
そこからは侯爵とサーヴィング氏が各々の立場から説明してくれた。
その提案を受けたダイム氏はストーンキッズをまるまる信用は出来ぬが、サーヴィング氏の事は信用しようと
言ったそうだ。
侯爵曰く、ダイムの奴の人を見る目は確かだ、だそうだ。
サーヴィングは、その話をストーンキッズに持って帰る。
ストーンキッズは反スルデライ派に肩入れする事をサーヴィングに告げ、そのための段取り、武器や物資の
密かな搬入を改めて依頼。
サーヴィングはそれをつつがなくこなし、後は実行するだけとなった。
実行日はストーンキッズサイドとも調整し決め、依頼の一部としてサーヴィングも革命に反スルデライ派とし
て参加することになった。
そして、決行当日。
どうした訳か、同日に王国軍が反スルデライ派の各拠点に向けて攻撃を開始し、戦局は混迷を極める事になる。
反スルデライ派は王国軍の拠点や兵糧庫を攻めるが、情報が洩れているのか戦局を決めるような決定的な場面になると、妙に王国軍の動きが早い。
おかしなバランスが取れ始めている事に気づいたサーヴィングは、ダイムにその事を告げる。
ダイムは、サーヴィングには言いにくいのだが、どうも王国軍の背後にストーンキッズがいるようだ、と告げる。
サーヴィングは、さすがにストーンキッズも自分を敵に回すような事はしないだろうと思ったが、念のため探ってみるとダイムに告げ、単独行動をとる事にした。
サーヴィングは国王の側近の屋敷からなにから、片端から潜入し痕跡を探した。
「そいつを見つけたのは、宮殿内にある宰相の隠し部屋だったよ。そこで厳重に保管されていた書類、そいつに記されていたのは、戦局を長引かせて王国軍、反王国派共に疲弊した所にストーンキッズの兵団を送り込み両者を制圧し、宰相を国王に立てるという誓約文だった」
だが、それが発見される事すらストーンキッズは予想していたのだろう、直後に謎の集団に踏み込まれサーヴィングはそいつらとの戦闘によって誓約文を焼かれてしまう。
ストーンキッズの裏切りに怒りを覚えたサーヴィングは、その足で宰相を追い、謎の集団に守られ船で逃亡しようとしているところを発見する。
王国兵では無い謎の集団はストーンキッズの手の者で、サーヴィングにこう言った。
お前は反スルデライ派に肩入れしすぎた、ストーンキッズはお前を処分する、と。
確かに、サーヴィングはダイムという人物に接するにつれ、好感を抱くようになっていた。
なってはいたが、サーヴィングもプロとしての矜持がある。
きちんと説明されれば、敵に回らずとも静かに手を引くぐらいで済ませる事もした。
なんの説明もなく一足飛びに処分すると来たか、なめられたものだとサーヴィングは感じた。
宰相を生かして捕らえ、すべてを本人の口から暴露させるつもりであったが、さすがはストーンキッズが使わせた連中だけの事はあり、戦局不利とみるや宰相を殺し自らも爆散したと言う。
「そうして俺は、正式に、そして個人的に反スルデライ派に加わる事にした。それはストーンキッズに正面からケンカを売る事だった。まあ、それは構わないんだがな。しょせんあいつらは商売人よ、損になる事はしないからな」
「きひひ、お前を敵に回した時点でストーンキッズにとっちゃ大きな損害だろうに」
「こりゃどうも、伝説の戦姫にそこまで言われると悪い気はせんな」
キーケちゃんに言われてサーヴィングは笑った。
「それでサーヴィングよ、お前はあんな所で何をしとったのだ?ん?」
キーケちゃんが言ってるのは、フリーエリアでの事だろう。
あの人身売買事件に関わっていたのか?とキーケちゃんは聞いているんだろう。
「そんなおっかない顔しないでくれって。探していたのさ、スルデライの奴を」
「ほう?国外追放になったはずだったよな?それをどうして?」
キーケちゃんがなおも尋ねる。
「確かに身柄を確保されてるよ、偽物がな。俺は定期的に確認に行ってるから間違いない。身柄を確保しているウルミア王国はそれを認めないがな。ウルミア国王の次男がマッファ連邦の外交事務次官の娘と近く婚約する話があり、そのルートでウルミアに怪しい者たちが入り込んでいるのを俺はつかんだのさ。そして、その周辺を探っている時に入ってきたのが、ミドルパ商会がレインザーのフリーエリアに何者かをかくまっているらしいって情報だった。ミドルパと言えばマッファ連邦副議長の娘が会長夫人って事は有名だ。そんなわけで俺はスルデライが潜伏してないか確かめに行ったわけだ。ミドルパには多少伝手もあるんでな」
「ふむ、それではオオクロクチナワやジャイアントトロールをけしかけたのはお前ではないのか?」
「何だか知らぬが俺ではないな」
「では現場から図鑑が二冊消えておったそうだが、それはどうだ?」
「それは、俺だ」
「ふむ、なにか情報が?」
「いや、ただの植物図鑑だ」
「おとっつぁん、まさかそれダイムに持って来た土産じゃねーだろーなー!」
キーケちゃんとサーヴィングのやり取りを聞いていたニキーモ侯爵が言う。
「そうだ。喜んでいただろ?」
平然と言うサーヴィング。
「ったく!盗んできたもんを土産にすんじゃねーよ!」
「相手は誘拐犯だ、別に構わんだろう。それに珍しい図鑑だったろ?」
飄々と言い放つサーヴィング。
まったく得体の知れない爺様だよ。
「きひひ、それではこの領の発展のためにやって来た我らと利害は一致するわけだな」
「そうなるな」
「なんだ、つまらん、戦いたかったのになあ」
「ですねえ、わたしも少し楽しみにしてたんですよ」
シエンちゃんとアルスちゃんが物騒な事を言う。
「けっへっへ、まさかこの年でこんなにモテるとは思わなんだ。長生きはしてみるもんだなニキーモよ。俺としちゃ、そっちの兄ちゃんだな興味があるのは。妙な気の使い方をするよな?なあ?」
ぐいっと近づいてきて俺に言うサーヴィング。
間合いの詰め方が自然過ぎて、警戒してたのにあっさり懐に入られちまう。
おっかねーおとっつぁんだよ。
「あ!コノヤロー!トモちゃんに近づきすぎだぞ!」
シエンちゃんが割って入ってくれる。
「兄ちゃん、好かれとるなあ。それにしても、戦姫以外もただもんじゃなさそうだな。つくづく面白い兄ちゃんだ。うん、気に入ったぞ、うんうん」
なにか勝手に気に入ってくれて、勝手に納得したかのようにうんうん頷いてらっしゃるけど、嫌な予感しかしないんですけど。
大丈夫なのか?今回の仕事は?




