羽ばたく姿って素敵やん
翌日、事務所に来たのは大型の送迎馬車が1台。まるで電車の車両みたいな長方形の馬車で、中に入ると2階席もあるとの事だった。
「うわー、凄い立派な馬車ですねえ。」
俺は運転してきた御者のおじさんに声をかけた。
「ええ、普段は乗合馬車として使用しているのですが本日はマキタヤ鍛冶ギルド様で貸し切りという事になっております。」
青色の外観は、昭和生まれのおっさんとしてはノスタルジックな気持ちにさせられる。
夜行列車とか寝台車とか、子どもの頃に憧れたものだった。
「わーっ!素敵ぃー!。」
「やったー!カッコいーー!。」
「俺2階ー!。」
「あっ!僕も!。」
「アルスちゃん一緒に座ろーねー!。」
「シエン姉さまー!一緒に座りましょっ!。」
「シンちゃんこっちこっち!。」
みんな大興奮だな。楽しい1日になりそうだよ。
「みなさーん、ちゃんと居ますかー!いない人はいませんかー!確認して下さーい!。」
シシリーがみんなに声をかける。
「あれ?ジョンがいないぞ!あっ!サラの隣りにいた。」
「テメー!カイル!わかっててやってるだろっ!。」
「きゃははは!待て待て!ケインはおるか?2階におるかーー!。」
シエンちゃんが2階に声をかける。
アルスちゃんが2階から降りてきて言う。
「2階にはいませんねー。」
「おーーいっ!お前らー!宣伝班っ!忘れ物だぞーっ!。」
ケインが荷物を持って事務所から出てきた。
「まったくー!ケートモここにありってマキタヤのみなさんに見てもらうんじゃなかったのかよーー!。」
ケインが言う。
「これは、私とした事が!。」
「キャスル兄さま、私もです。」
「いっけね!。」
「ごめーーん!ケイン。」
「申し訳ないっすー!。」
カホンと空中ゴマの実演部隊が馬車を下りて急いで取りに行く。
「すまんなケイン!皆の衆も興奮しておったのだ。勘弁してやってくれ!。」
おーーっ、なんと、シエンちゃんが仲裁しとるよ。たまげたな。
「うふふふふ。トモトモ、ビックリされてますか?シエンさんはああ見えて子供たちの面倒を良く見てるんです。色々と相談に乗ってあげたりもしてるんですよ。」
「へーー、そうなんだー!ケインがいないことに真っ先に気付いたのもシエンちゃんだしなあ。そうかあ。あのシエンちゃんがなあ。良かったなあ。」
「何が良かったのですか?。」
アルスちゃんが聞く。
「それがねえ、シエンちゃんと初めて会った時の事なんだけどさ、今まで自分に近づいてくるものは力や知識目当てのものばかりだったなんてさ、言うもんだから、それじゃあ、損得抜きで付き合える、シエンちゃんの本質と付き合ってくれる仲間に会いに行こうってんでここに来た経緯があるのさ。だからさ、嬉しくてね。」
「そうでしたか。うふふふ。トモトモはやっぱりトモトモですね。ついてきて良かった。」
「アルスちゃんも、同じだよ。みんなと仲良くしてくれてありがとうね。」
俺はアルスちゃんの頭をワシワシと撫でた。
「うふ、うふふふ。こちらこそ、ですよ、トモトモ。あなたのそうしたところは、龍の王やノーライフキングすら及ばぬ強さなんですよ。これからもよろしくお願いしますね。」
「アルスちゃーーん!早くー!みんなそろったから出発するってー!早く来てー!。」
「うふふ。お友達が呼んでますから行って来ますね。」
「ああ、こちらこそ、よろしくな。」
そうして我々はマキタヤに向けて出発したのだった。
道中みんなで賑やかに話したり、風景を見たりしているとあっという間に到着してしまう。
思えばノダハマキタヤ間のこの道は何度往復した事か。すっかり見慣れた道になったな。
そうなると距離も近く感じるものだ。
マキタヤに入ると街はすっかりお祭りの様相だった。
街の入り口には大きく、ありがとう冒険者!と書かれた横断幕が掲げてあった。
「あらあー、歓迎されてますねえ。」
馬車2階から子供たちと一緒に降りてきたアルスちゃんが言う。
「祭りだなこれは!楽しみだな!。」
シエンちゃんが子供たちに言う。
「凄いねっ!お祭りだね!。」
「ワクワクするなっ!。」
「なんか、いい匂いがするねー!。」
みんなテンションが高まってきているようだ。
「みなさん、到着しました。お疲れ様でした。足元に気を付けて降りて下さいね。」
御者のおじさんがアナウンスする。
「ありがとうございましたー!。」
「ありがとうございまっす!。」
みんな口々に御者さんに感謝の言葉を述べて馬車を降りる。
最後は俺が降りながら謝辞を述べる。
「お世話様でした。」
「はい、みんな元気で礼儀正しくて、良いお子さん達ですね。ご乗車ありがとうございました。良い一日を。」
「ありがとうございます。」
俺は頭を下げた。
さて、これからどうしたものかと思っていると、若い男性が声をかけてきた。
「恐れ入りますが、クルースさん御一行ですか?。」
「ええ、そうですけど。」
「ああ、良かった。私は鍛冶ギルドの者でリンゲと申します。こちら、ギルドカードです、ご覧ください。」
そうして彼が提示したカードには名前と鍛冶ギルド所属である旨が記載されていた。
「ああ、これはご丁寧に。私はこういうものです。」
俺も彼に倣って冒険者カードを提示して見せた。交換はしないが、前世界での名刺交換を思い出してしまった。
「ああ、これは、すいません。わざわざありがとうございます。祝賀会会場までご案内するようにギルド長から言付かっておりまして。皆さん、ご案内させて頂きます。」
と言うわけで我々はリンゲさんの案内で祝賀会会場に案内される事となった。
会場はギルドハウス前の広場で、ステージが設営されておりその前に椅子が沢山並べてあった。
おーーっ、式典会場って感じじゃないの!
「クルースさん!良くいらして下さった!。」
「あ、アウロさん!おはようございます。馬車の手配、ありがとうございました。子供たちも大喜びでしたよ。」
「それは良かったですよ。さて、みなさん、ようこそマキタヤへ!私はアウロ・ジョーサンです。今日は楽しんで行って下さいね。」
子供たちはひとりひとりアウロさんのもとに行き、自己紹介をして感謝の言葉を述べる。
アウロさんはニコニコしながら子供たちひとりひとりに、丁寧に返答してくれていた。
「おい!あんた!クルースさんかい?。」
そんな様子を見ていた俺に声をかけてきたのは体格の良い初老の男性だった。
「ええ、そうですけど。」
「そうか、ありがとうな、あんちゃん。本当にありがとうな。」
体格の良い初老男性は急に泣きだして俺に握手を求めてきた。
何が何やらわからないまま、握手をしていると、子供たちと話し終えたアウロさんがこちらに気づいてやって来た。
「ふふふ、クルースさん。こいつは、以前話した工房に良く来ていた子供の事を最後まで気にかけていた同僚ですよ。」
「ああ、自己紹介がまだだったな、キノロクだ、よろしくな。しかしな、新聞で発見者幹部の集団検挙の記事を見た時は本当に驚いたよ!きっとどこかであん時の坊主も喜んでいると思うよ。本当にありがとうな!」
「いやいや、自分だけの力じゃあないですから。でも、良かったですよ。」
「ああ、ホントだよ。大勢の人が救われたと俺は思うよ。あんちゃん!本当に良いことをしたよ!。」
「いやいや。」
俺は恐縮するばかりだった。
「ほら、キノロク、そろそろ祝賀会が始まるぞ。」
「おっと、いけねえ、それじゃあ、あんちゃん!またなっ!。」
「クルースさん達には席を用意してありますからどうぞ、いらして下さい。ケイン君たちは別席が用意してありますからそちらにどうぞ。」
そう言ってアウロさんは俺とシエンちゃんとアルスちゃんを案内してくれる。
ケインたちはリンゲさんに案内されて行ってしまった。
「ケインたちはどこに行ったのですか?。」
俺はアウルさんに尋ねた。
「ええ、式典はケイン君達には退屈でしょう、本人たちからの要望もあってステージ裏で本番まで待機してもらう事になってます。」
「本番?。」
「おや、クルースさんは聞いてなかったでしたか?もしかして、内緒だったんですかね?。」
「大丈夫だぞ、アウロさん!我からトモちゃんには説明しておくから!。」
「では、シエンさんお願いしますね。それでは、みなさん後ほど。」
そう言ってアウロさんは去って行く。
席に座って俺は改めて聞く。
「なに?どうなってるの?。」
「うふふふふ、トモトモがアウロさんのお友達と話している間に、ケイン君達がお招きして頂いたお礼がしたいとアウロさんに言ったのですよ。それで、式典の最後にみんなで芸を披露する事になったんです。」
「そういう事だ!どうだ!ビックリしたか!。」
「ビックリしたよ、そりゃ。しかし、あいつら、立派になったなあ。そうか、そんな事を言ってたのか。」
「くふふふ。あいつらはトモちゃんが思ってるよりしっかりしておる。大した子供たちだ!さすがは我のお友達よ!くふふふふ。」
「あらあら、また、トモトモったら。父親みたいな目をしてえ。うふふふ。」
「いやあ、なっちゃうよなあ、それは。あんまり成長が速いのもお父さん寂しいけどなあ。くすん。」
「いやですよう、お父さんたら。最近涙もろくなって。」
アルスちゃんが乗ってきた。
「ホントにねえ。おーい母さん!お茶をくれ!。」
「誰が母さんだ!誰が!まあ、トモちゃんがそう言うならそれでもよいが。では、これからは我を母さんと呼ぶがよい!。」
「あら、シエンさんたら、今、トモトモが母さんと呼びかけたのはわたしの事ですよ。」
「何だと!そんなわけあるか!。」
「まあまあ、ふたりとも。ほんの冗談ですんで、喧嘩しないで。ほら、祝賀会が始まるみたいだよ。」
ステージ上に、がっちりした身体に品の良いスーツを着た初老の紳士が上がると、ざわついていた会場が静かになった。
「みなさん、本日はお集まりいただきまして、誠にありがとうございます。私はマキタヤ鍛冶ギルドでギルド長をさせて頂いております、スレッジ・ラッシュです。」
「マキタヤの奴らはみんな体格が良いのう。」
シエンちゃんが俺に囁く。
「やっぱり、身体を使う仕事だからだろうなあ。アウロさんも何気にがっちりしてるんだよ。」
「うふふ、鍛冶職人さんや鉱山採掘師さんは、漢気を売りにするようなところがありますからねえ。」
「アウロさんも漢気溢れる人だもんなあ。」
「トモちゃんはどうだ?漢気溢れておらんか?。」
「いやあ、僕なんてえ。まだまだ若輩者ですからあ、テヘヘヘ。」
「くふふふふ。僕だと?テヘヘヘだと?また、笑わせおる!。」
「おふたりとも、お静かに。」
「「はーい。」」
アルスちゃんに注意されて、俺とシエンちゃんは静かにするのだった。
「えーー、そうしたわけで、皆様方の多大なるお力添えにて、このように晴れやかなる日を迎えることが出来ましたのも、えー、ひとえに、冒険者様方のー、」
「話しがくどいぞ!簡潔に話せ!簡潔に!。」
大きな声でギルド長に注意する人がいた。
声がした方を見ると、アウロさんだった。
「参りましたねえ。アウロ氏にそう言われてはかないません。では、みなさん!今日は存分に楽しんで行って下さい!。」
鍛冶ギルド長も頭が上がらないというのは本当だったんだなあ。さすがは、アウロさんだよ。
鍛冶ギルド長が下がった後は、なんとアウロさんがステージに上がったのだった。
「えー、みなさま、ラッシュギルド長の長い話しにお付き合いいただきありがとうございました。これよりは皆さん存分にマキタヤを満喫されてください。まずは、景気づけにノダハからケイン&トモ事務所の皆さんにおいでいただきましたので、その楽しくて素敵な演技を存分にご覧ください。それではみなさん、拍手でお迎えください。ケイン&トモ事務所の皆さんです!。」
歓声が上がり、満場の拍手と熱気の中、子供たちがステージ上に現れた。
今日は製作班も一緒のようだ。
ケインがステージ中央に来るとピタリと拍手が止む。
「こんにちはみなさん、私たちはケイン&トモ事務所のものです。今からひと時の間、変わった見世物にてお目汚しさせて頂きます。少しでも皆様方に楽しんでいただければ幸いです。」
そう言って、子供たち一同は揃ってお辞儀をした。
緊張して手汗が出てくる。
シエンちゃんもアルスちゃんも静かに見守っている。
中央のシン、アンのダンスコンビに今回はなんとジョーイとエミーが加わっている。
更にカホン部隊の両脇にはお土産で買ってきた横笛を持ったマギーとベス、そして小さなマラカスを持ったサラとジョンがいる、空中ゴマ隊にはカイル、ケイン、シシリーが加わっている。
タン、タン、タンタンタン。
フィルとスチュがリズムをとる。
後からマラカスのシャカシャカ音がかぶさり、中央でダンスが始まる。最初はアン、シンは動かずジョーイとエミーだけでゆっくりとしたステップを踏んでいる。
しばらくしてから、小カホンのアランが激しめのリズムを入れ、マギーとベスの横笛が重なってくる。
おおっ!なんか、いい感じじゃないの!この段々と音が厚くなってくる感じ!身体が自然に動いてくるぞ。
そこへアンとシンのダンスが始まり、同時に空中ゴマ隊が技を繰り出し始めた。
一気にステージ上が賑やかになってくる。
歓声が上がり、指笛が鳴り、客席のボルテージもどんどん上がってくる。
席を立ちあがって身を乗り出すものも出始め、まるでフェスだな、これは。
かく言う私も、もう、じっとしてられない。
「ウェイウェイウェーーイッ!。」
俺は右手を高く掲げて、ピョンピョンとジャンプした。
「キャッハハハハハ!楽しいのう!いいぞ!みんな!。」
「うふふふ。本当に、楽しいですねえ。」
隣りにいたシエンちゃんとアルスちゃんも、立ちあがって手を振っている。
「よっしゃーーっ!。」
「いいーーぞーーっ!。」
会場のみんなも乗りに乗ってきた。
いいねえーー!ライブハウスマキタヤへようこそ!ここはマキタヤだぜ?
俺は高く上げた両手を頭上で叩いて拍子を取る。
それを見たシエンちゃんとアルスちゃんも、真似して頭上で手を叩く。
周りにいた人たちも次々に真似をし始め、多くの人が頭上で手を叩いて彼らの演技に酔いしれた。
そうして、大盛況のうちにみんなの演技は終了し、惜しみない拍手と歓声の中、皆はステージを降りたのだった。
「いやー、良かったなー!最高だったなー!。」
「うむ!楽しかったなー!これは、また見たいぞ!。」
「うふふふ、本当ですねえ。年甲斐もなく、はしゃいじゃいましたよ。」
「いやあ、ねえ、シエンちゃん!。」
「なんで我に話しを振るのだ!我はなにも聞いておらんぞ!。」
「いやですよう、もう、ほんの冗談ですのに、ふたりとも。」
「冗談で頭凍らされる身にもなって見ろ。まったく。」
「おっ、みんな帰ってきたぞ!。」
ケインたちがこちらにやって来るのが見える。
しかし、周囲に人だかりができてなかなかここまでたどり着けそうもない。
「おほほほほ、一躍人気者ですねえ。わたしもお友達として嬉しいですわあ。」
「まったく、みんな、立派になりおって。」
「シエンちゃんがお父さんみたいになってる!。」
「何を言うか!お友達の活躍を喜んでおるのだ!お父さんはトモちゃんだろう!。」
「みんな、あの子たちの友達でもあり、父母でもあり、兄姉でもある、それでいいではないですか。」
「アルスはたまーにいい事言うな。」
「たまには余計です。」
「そうだな、アルスちゃんの言う通りだな。」
俺たち3人は、そんな感じで子供たちが観衆に囲まれている姿をずっと見ていたのだった。




