それでも前に進むって素敵やん
「しかし、さっきのあれは何の合成生物だったんでしょうね。」
助手席の俺は運転席で馬車を操縦しているアッシュバーンさんに尋ねた。
「私たちが戦ったのはティタンボアと恐らくスレイプニルだと思います。クルースさんたちが戦ったのはサイクロプスとロックオーガの合成だと思います。」
スレイプニルってのは確か八本足の馬でメチャメチャ足が速い魔物だな、それから、ややこしいんだがオウガとオーガの違いね。
これ、俺も最初は混乱したんだけれども、オウガって言うと魔族の中の鬼族を指すんだよ。
エルミランドの壁の向こうで会ったビドリさんやデクラインさんは鬼族のアーマーオウガ、デイアルアル公国で会ったビーザム君は鬼族のオウガと言った感じ。
オーガと言うと姿も鬼族さんより毛深くて猿っぽいし、なにより意思の疎通ができない。
今回の旅で、隣国の工作員がけしかけてきたのはオーガ、こちらは理性を持たぬ魔物。
こうした事は割とあるので、俺は慣れるのに少し時間がかかったのだった。
なんせ、前世界では意思の疎通ができるのは人族しか居なかったからね。
まあ、犬や猫、イルカ、猿など人に良くなついてコミュニケーションがとれるように感じられる生き物もいたし、実際に賢いなと思うような動きをするのも見た事はあるが、前世界では明確に人族とは区別されていた。
例えば人族以外で学校で同級生として、または町で買い物している姿や、映画を鑑賞している姿などを見かけた事はなかった。
まあ、それも俺がこの世界に来るまでの話であって、今は分からないけどね。
この世界に来てから、何があっても不思議ではないと思えるようになりましたよ、おかげさまで。
話は逸れたが。
「なるほど。しかし、両方とも合成する利点はあったのでしょうか?。」
「まず八本足のティタンボアですが、普通のティタンボアより移動速度が早くしかも持久力がありましたね。それにティタンボアの弱点とも言える小回りが利かない所が見事に改善されていました。そしてサイクロプスの方ですがロックオーガの装甲岩で顔を覆ってましたね。あれはサイクロプスの弱点である目を守るものですね。そして、目を覆いながらもこちらの動きを捕捉していたのは、これもロックオーガの感覚器官である角を合成したのでしょうね。どちらも厄介な合成生物ですよ。」
「しかし、弱点ってのはあるべくしてあるもんですからねえ。こんな合成はきっと無理が出ると思うのですがねえ。」
「また、クルースさんは面白い事を言われますなあ。どういう意味かお聞かせ願えますか?。」
荷台にいたカサイムさんが俺の言ったことに興味を引かれたようで、御者台に近づき話しかけてきた。
「いや、大したことではないのですけどね。例えば馬車ありますでしょ、馬車。これは荷物や人を多く乗せられますが馬単独に乗るような速度や小回りは得られませんよね。これを弱点と考えます。馬単独に馬車のような荷物を積めば馬はつぶれますよね。馬車を馬単独のように動かそうとすれば下手すれば壊れますよ。つまり、対極的な性質を兼ね備えさせようとしても必ず無理が生じるんですよね。」
「なるほど。面白い話ですね。例えば今の馬車の話ですと、馬の数を増やして馬車を補強するというのはどうでしょうか?。」
「そうすれば積載量を確保しながら速度は上げられますね。その代わり、小回りはもっと利かなくなりますし、馬二頭分の餌代がかかりますよね。やはり何かしらの代償は必ず支払う事になりますよ。」
「うーむ、つまり、ああした弱点を補完する合成には何らかの代償があるはずだと、そうクルースさんはおっしゃられるのですね?。」
「ええ、そう思います。知り合いに腕利きの鍛冶師さんがいましてね、その受け売りですけど、剣を作るのに必要な特性は、折れず曲がらずよく切れる、というものだそうです。しかし鉄と言うのは硬ければ硬いほど粘り強さが減り折れやすくなるのだそうです。つまり、折れないようにすれば曲がりやすくなり曲がらないようにすれば折れやすくなるわけです。そこを、折れず曲がらず良く切れる様に仕上げるのが鍛冶師の腕の見せ所だと、彼は言ってました。それには特殊な素材と技術や経験が必要だとも言ってましたから、対極的な特性を高度に兼ね備えさせる技法みたいなものはあるのかも知れません。それにしても、勿論、限界はあると思いますよ。」
「なるほど、ますます面白い話ですな。しかし、例えばその代償というのが寿命の短さや繁殖できないという種としては致命的欠陥ですが、兵器として短期間用いるのであれば大きな問題にはならない性質のものでしたら、いかがでしょうか?。」
「いやあ、実際の所、一番大きな代償はそうしたものだと思います。しかし、その対極的な特性が大きければ大きいほど兼ね備えさせた時の歪も大きくなるのではないかと思いますよ。やはり、元々あるものと言うのはかなり調和のとれた完成品であると考えて良いのではないでしょうかね。」
「魔族も人族も随分未完成に思えまっけどなあ。」
また、オーガスタが皮肉っぽい事を言う。
「我々は貧困、病、争いを未だ無くす事は出来ていないよな、それはオーやんが言うように我々が未成熟だからなのかもしれないよ。この世界からそうしたものを無くすには、ひとりひとりが価値観や認識を変えていかなければいけないのだろうと思う。それは簡単な事じゃないし不可能なのかも知れないとさえ思う。だけどな、オーやんみたいに、これはおかしなことなんだ、間違ったことなんだって意識をひとりひとりが持っていれば、きっと良くなっていくと思うよ。」
「そんなもんかねえ。ワイにはよーわからんわ。ただ、合成生物の研究に教会が横槍を入れたっちゅー理由は、恐らくクーやんの予想通りやと思うで。教会が生き物の寿命や繫殖能力を人為的に抑制するなんてこと許すとは思えへんからな。下手すりゃ伸ばす方にも難色を示しそうやんけ。」
「それはオーガスタの言う通りなんですよ。作物や家畜の生産量を増やす為の実験も教会は良い顔をしなかったのは事実なんです。食料とする事を絶対前提にようやく認めてもらったのですからね。まあ、認めたと言うより見ぬふりしてくれた、と言う方が正確ですけどね。」
「なるほど、キメラネストの連中は認められない研究者というわけなのですな。」
アッシュバーンさんの話にカサイムさんが頷いた。
確かに、軍事技術は大抵の場合、最先端であり国が大金を投入して進められるものだ。
前世界でも、元々は軍事技術だったものが民生技術として転用される例は、コンピュータや電子レンジを始め多くあったものだ。
そんな訳で、研究費が多く出るであろう軍事技術の研究に携わるのは研究者としても安泰と思ったはずだろう。
そこへ、教会からの圧力が働き頓挫しそうになり暴走した研究者たちの気持ちも、わからないではない。
が、それから破壊商会になるってのは極端な話で、もっと世の中のためになり尚且つ利益も出せるような道もあったはずだ、国家的な研究施設で働くような優秀な人間なら、俺が考えるよりももっといろんな道があったはずだろう。
それを考えると、キメラネストの連中に少しだけ同情する気持ちもあったが、いい加減にしろよって気持ちの方が勝ってしまうな。
「なんにしても、我々の行く先に立ち塞がるなら蹴散らすのみです。」
シンシアさんが男らしく言う。
言い方は男らしいがシンシアさんはれっきとした女性だからね。
まあ、女性の方が男よりさっぱりして、うじうじ考えないってところもあるからな。
俺はどうも、考えちまっていけないね。
下手な考え休むに似たりとはよく言ったもんだ。
「ですね。我々がやることは変わりないですね。」
俺は改めてシンシアさんの言葉に気を取り直すのだった。




