教わるって素敵やん
「ほれ、着いたぞ」
洞窟内に入り人間モードになったシエンちゃんが言う。
「いや、着いたって言われても。ここはどこ?どうやって地上に出るの?」
「ここから1番近い街はマズヌルだな」
「おう、凄いねー。わかるんだ」
「当たり前だ」
「よーし、じゃあ行こうぜ!」
「くふふふ、ついてまいれ!」
「アラホラサッサー!」
俺はシエンちゃんの後についていく。シエンちゃんはさすが形態が変わっても発揮できる力はさほど変わらないと言った通り、ひょいひょいすいすいとかなりのスピードで進んでいる。
俺はゲイルの魔法を使ってついていく。
「なんだ、トモちゃん、ゲイルが使えるのか。ならばわざわざ我に乗ることもなかったではないか」
「いやいや、あんな速度で長距離飛ぶなんて無理っしょ」
「無理じゃないぞ。トモちゃんは魔力を螺旋を意識して取り入れておろう」
「うん。よくわかるね」
「ふふ、まあな。それは正しいやり方なのだ。更に言うならトモちゃんのやり方と速度、身体全体への巡らせ方は人間に出来ることではないぞ」
「うっそーーーん!」
「きゃははは!なんだそれは!その顔は!きゃはははは!」
「どーゆーことよーー?」
「トモちゃんなあ、魔力を取り入れるという事はだな、トモちゃんが肩からかけてる袋があろう、それに物を入れるようなものなのだ」
「と申しますと?」
「またトモちゃんは、どうにも肩透かしを食らうのお。つまりはトモちゃんの袋は人間の袋ではない、ということだ。ゆっくりと入れれば沢山入るが勢いよく入れれば少しでも破れる。トモちゃんのやり方は勢いは良いし量も尋常じゃない」
「そ、そんなぁ、なぜ、なぜだぁ」
「ムムム、それは、あれか!我の真似ではあるまいな!」
「わかった?」
「それぐらいわかるわっーー!」
「怒りなさんなって。可愛かったからついマネしちゃった」
「それならばよしっ!くふふふふー!」
シエンちゃんのそういうとこ好きよ!くふふふふ!
「でもあんなシエンちゃんの飛び方みたいの、到底できるとは思えないけどなぁ」
「それはなトモちゃん。出来ないと思っているから出来ないのだ」
「およよ。言われちゃったなーーー」
「何がだ?」
「なりたい自分になれるってね、良く言ってるんだけどさ、俺自身が枠を作ってたとはな」
「ふふふ、それは人ならば当然の事なのだ。人は、いや、ほとんどの生き物は生まれてから育つまでに種の限界を身体に刻み込んでいる。限界を過ぎた先には死があるからだ。だから種の限界を過ぎることは思い描けなくても当然のことなのだ」
「なるほどなぁ、面白いよ、こういう話し」
「そうか?我もこうした話しは嫌いではないぞ、おっと、ここから外に出るぞ」
「おう!」
シエンちゃんに続いて洞窟から出ると山の中だった。
「おっ!随分と内陸に入ったようだけど」
「そうでもないぞ、こっちだついて来い」
「イエス!マム!」
シエンちゃんに続いて山間の道を下ると海が見える。
「うひゃーー!最高の眺めだな!」
「そうであろう!トモちゃんに見せたかったのだ!どうだ!」
「シエンちゃんは感性も豊かだな」
「そうであろう、もっと言え!」
「あれ?あれはもしかしてマズヌル?」
俺は右手に見える街を指さして聞く。
「流しおったな。まあ、よい。そうだ。マズヌルだ。どうだ?近かっただろう?」
「ほんとだ。そういえば俺、マズヌルに用事があるんだ。ちょっと付き合ってよ」
「付き合うにきまっておろう」
「よし!それでは改めてしゅっぱーーつ!」
「きゃははは!しゅっぱーーつ!」
そう言って凄い速度で走り出すシエンちゃん。
やれやれ、俺はゲイルで追いかけた。
「トモちゃんはゲイル以外に何が使えるのだ?」
「後は、サウンドコレクションくらいかな」
「ふむ、身体強化は自然にやっておるようだな。攻撃魔法は使えぬのか?」
「うん。使えないよ」
「トモちゃん、それは良くないなあ。なにかひとつ位身につけよ」
「えー?そう?」
「それはそうだ。それだけ力の器が大きく取り込みも桁外れなのに、それを外に出すのが苦手では身体によくないぞ」
「えっ?そういうものなの?」
「トモちゃんレベルだとそうだ。我も攻撃魔法で勝手にたまる体内魔力をたまに放出しておる。なにより気持ち良いぞ。ちょっとやって見せよう」
「あんまり派手なのはよせよ」
「まあ、見ておけ。くふふふふ」
そう言って天を仰いだシエンちゃんは大きく口を開ける。
開けた口に光が集まるように見えた次の瞬間激しく光り更にその光が集束し細い光の筋となって天に発せられた。
それは雲に当たり穴をあけ更に上空へと続いた。
「あーー!スッキリ!!」
光の筋は静かに消え雲に空いた穴は元に戻った。
「なに?今の?」
「光魔法のフォーカスだ。どうだ?できそうか?」
「いや、できそうかと言われてもな。口から出してたしな」
「それは別にどこからでもよい。指先からでもおでこからでも別に構わぬ。我は口からが慣れておるだけの話しだ。ほれ!やってみよ!」
「わかった」
確かにあれはかっこよかった。レーザービームとかソーラレイとか、とにかく男心をくすぐる。
俺はいつものように呼吸を整え、体内循環させた気を右手人差し指に集中させる。光を集めて束ねるイメージ、あのロボットが、あの健康優良不良少年が、あの宇宙を飛び回る密輸業者が、数々のエンタメ作品で見たレーザーのイメージ。
天に指を向け集束した光を発射する。
「チェストーーーーッ!」
先ほどシエンちゃんが見せてくれたものよりも細い光の筋が天に刺さる。
当たった雲に空いた穴はさっきより大きかった。
光はすぐに途切れ、雲に空いた穴も元に戻っていく。
「おうおう、なんだ。我のものより威力が強いではないか」
「えっ?そうなの?シエンちゃんのより細かったけど」
「それだけ力が凝縮されておるのだ。それから、どうだ?スッキリした感じがせぬか?」
「確かに。頭がスッキリした。別に今までも異常を感じてたわけじゃなかったんだけど。今の状態が普通なら、今まではずっと頭が重かったんだな」
「そうであろう。しかし、なんだ?さっきの掛け声は。あれをせねば出来ぬのか?」
「いや、そうじゃないけど、気分だよ気分。なんか掛け声出さないと感じが出ないというか」
「おかしな奴だなトモちゃんは。実戦でそんな事してたら当たらないぞ」
「だよね。やっぱり」
「それはそうだろ。雑魚相手ならまだしも」
「俺もそうじゃないかとは思っていたんだけど。実戦では気を付けるよ」
「そうしろ。まあ、トモちゃんがそう簡単に死ぬとも思えぬが、油断はせぬ方が良い」
「心配してくれてるのか。ありがとうな」
俺はシエンちゃんの頭をワシワシと撫でる。
「くふふふふ。これは、よいものだ」
目を細めるシエンちゃんはまるで高貴な猫のようだ。
それから俺たちは山を下りマズヌルに向かった。
マズヌルの街に入ると俺はまず港に向かった。
「どこへ行くのだ」
「ほら、話したっしょ。船に乗ったこと。そん時の割符返そうと思ってさ」
「ふむ、どの船なのだ」
「うーん、わかんねー。割符に書いてあるんじゃないかね」
俺は割符を改めて見直すと裏に海運会社らしき署名がしてある。
俺は割符を暇そうに歩いている港湾労働者に見せて場所を聞き、教わった場所にシエンちゃんと一緒に行き目的の建屋に入る。
「すいませーーん」
「はい、なんでしょう」
出てきた若い姉ちゃんに事情を説明して割符を見せる。
「すいません。少々お待ちください」
しばし待っていると。
「お待たせしました。こちらへお入りください」
と奥の部屋に通される。
「この度は申し訳ありませんでした」
いきなり恰幅の良い中年男性に頭を下げられる。
「ちょちょちょ、ちょっと待ってください。なんですか?どういう事ですか?」
「お話は伺っております。うちの船員を助けて嵐の海に投げ出されたのだと。しかも、マストを下げるのを手伝って頂いたそうで」
「いやいや、別にそんな。こうして無事なわけですし」
「そうだぞ、気にするな!なー、トモちゃん」
「なんでシエンちゃんが言ってんの?まあ、でも、そうですよ、ほんと、お気遣いなく。では、割符はお返し致しましたので、失礼しますね」
「お待ちください。こちらをお受け取り下さい」
そう言って小袋を渡してくるおじさん。
「えー、これは?」
「船賃と保証金にございます。御乗客様になにかあった時にお支払いさせて頂いております。どうか、お受け取り下さい」
「おう!受け取っとけ!トモちゃん!」
「また、シエンちゃんは。でも、まあ、そういう事でしたらお受け取りさせて頂きます」
「ありがとうございます。本当に御無事で何よりでした。助けて頂いた船員にも変わって感謝いたします」
そう言って深く頭を下げる船会社のおじさん。
「いえいえ、本当にお気になさらずに。では、失礼いたしました」
「はははは!良いことをすると気持ちがいいなあ。なあ!トモちゃん!」
バシバシと俺の肩を叩くシエンちゃん。
俺たちはそうして船会社を出た。
「さて、どうするかな。今日中にノダハに行けるかな」
「馬を買おう!なっ!我は人里に来たら馬に乗るのが楽しみの一つでな!さあ!行こう!」
「いいけど、お金持ってるの?」
「もっとらん!」
「人里来た時いつもどうしてんのよ」
「それはな、くふふふ、我の頭の冴えに驚くがよい!こう、人気のない裏路地があろう?」
「うんうん」
「そうしたところをな、うろうろしとると必ず絡んでくる阿呆がいるのだ」
「それを返り討ちにして逆に有り金巻き上げると?」
「それ!なんだ、トモちゃん!知っておったか!さては、トモちゃんもやっておったな!」
「やらないやらない!。もう、ダメだよ、そんなことしちゃ。俺といるときはそんなことしちゃダメだからね。わかった?」
「なんだ、心配してくれたのか?くふふふふ」
「相手の心配だよ、もう」
「なんだ、つまらん。別に殺しはせんぞ」
「なら、いいけど。ってこらこら。わざわざチンピラが絡んでくるように仕向けるのはダメ。普通にしてて絡まれたんなら仕方ないけど。それにしても、できれば必要最低限のダメージで戦意を喪失させるのがいいよ」
「まあ、トモちゃんがそう言うなら気を付けるか」
「ありがとう」
「くふふふふ」
そうして俺たちは馬屋に行くことにした。
場所はシエンちゃんが知っているとの事でついていく。
街を歩くと道行く男がシエンちゃんのことを見るわ見るわ。目線で丸わかりだ。中には隣に彼女か嫁かがいるってのにシエンちゃんに見惚れて怒られてる男もいる。
「ぷふっ、ぷふふふ」
「何を笑っとるのだ」
「いやさ、道行く男どもがみんなシエンちゃんに見惚れてるからさ、面白くてさ。さっきなんて隣の彼女にどやされてたよ」
「しょうもない連中だ」
「でもそれが人だからな」
「雄だろ」
「どやしてたのは雌だよ」
「どちらも同じか」
「まあ、そうだね。いいっしょ?人って」
「そうか?トモちゃんは別だが、他は、あまりのう。何とも思わぬな」
「そうか、残念。シエンちゃんに聞かせたみんなが聞きたがる夢の話しあったっしょ」
「うむ、あれは面白かった」
「あれはさ、俺が元居た世界で作られた話しでね」
「おう、トモちゃんが前いた世界か。あれも面白いな」
「そこで、こうした話しの名人が言った言葉でね、こうした話しは人間の業の肯定だ、ってのがあってね」
「業か、聞いたことはあるが人の作った宗教の言葉ではなかったか」
「こっちでもあるのね」
「ある。確か、人の行いだとかそうした意味だったと思うが」
「大体一緒だね。本来の意味は、とかこの宗教のこの派閥ではとか、そこまで俺も詳しくはないんだけど、俺がその名人の言葉から思ったのは、一般市民、市井の人たちの日々の営みに見える人間独特の弱さを愛でる、そうした意味にとらえたんだよ」
「人間の弱さを愛でるか。弱い人間が弱い人間をか」
「まあ、あくまでも人間目線だからなあ。シエンちゃんには少しずれるかも知れないなあ。ただ、俺にはしっくりきたんだよね、自分の弱さも他人の弱さも、人間らしくて良いんじゃないかってね。その上で自分の弱さは克服出来たらなあ、とね」
「トモちゃんは弱くないだろう」
「腕っぷしが?」
「本質も、だ」
「ありがとうな。でも、まあ、そうでもないわな。自分ではそう思うよ」
「ふうむ。少し考えさせてくれ」
「ふふふ、いくらでも考えてくれ。ふふふ」
「なにがおかしいのだ」
「シエンちゃんのそういう所、いいよ。本当に、いいね」
「なんだ?なんだか妙な気分だ。嫌な気分ではないのだが、もっと褒めろと言うのも違う。くすぐったい気分だ。なんだ?」
「なんだろうな」
「トモちゃんにもわからぬか?」
「うん。難しいな」
「そうか。難しいか。まったく面白いな。トモちゃんと出会ってから面白い事ばかりだ」
「それは良かったよ。俺も同じ気持ちだよ」
「そうか!今度は素直に喜べるぞ!くふふふふ!」
そうこうしてるうちに馬屋に到着。
「おい、誰かいるか!」
シエンちゃんが声をかける。
「ハイハイ只今」
奥から愛想の良い中年男が出てくる。
「おう!馬を買いに来た!」
「ハイハイ、では、こちらにどうぞ」
俺たちは愛想のいいおじさんに案内されて馬小屋へ入った。
「こいつだ!こいつに決めた!」
シエンちゃん、はやっ!シエンちゃんが馬小屋に入るなり速攻で決定したのは、たてがみまで真っ赤な猛々しい馬だった。
「あー、ごめんなさいねー、その馬はナーハンでねー」
「なに?ナーハンって」
「気性が荒くて人になつかぬ事だ。益々気に入った!ほれほれ、どーだ」
そう言ってシエンちゃんが真っ赤な馬の首を撫でる。
「お客さんあぶねえ!」
「ブルフフフフッ!ブルフッ。ブルブル。フゥーー」
「ほれほれ、気持ちよかろう。ほーれ。見ろ、トモちゃん!可愛いかろう!やはり、こいつに決めた!」
「そんな、あれだけナーハンだったのに」
信じられないと言った目で馬とシエンちゃんを見るおじさん。
「お連れさん、どういう方なんですか?御同業者さんですか?」
怪訝そうに俺に話しかけてくる店のおじさん。
「いや、違いますけど。彼女、動物の扱いが上手でして。ついこの間まで動物に囲まれて生活していたんですよ」
「きゃはははは!人間も動物だぞ!」
「もう、いいからっ!。いやぁー、へへへへ、さて、もう1頭欲しいのですけど」
「でしたら、赤毛を買ってくれるならそいつの兄も買ってやってくださいな」
「どの馬?」
「こちらでございます」
赤馬の隣にいる馬をおじさんは手で示す。漆黒の馬だった。艶のある深い黒は光の加減で蒼くさえ見える。
そして、特徴的なのは目だった。赤い目をしていた。
「赤毛は雌で黒い目に身体は赤、兄は逆で赤い目に黒い身体なんですよ。いかがですか?」
赤い目には何か静謐な深い知性を感じる。
「うん、おじさん、気に入った。貰うよ」
「毎度ありがとうございます。では譲渡契約書をこしらえますんでサインと馬の名前を記入してください。」
「もう、名前を決めなきゃいけないんだ」
「我は決めたぞ。ナーハンだ!どうだ!よかろう!」
「お?なんかいいじゃん!シエンちゃん、ネーミングセンスあるな!よし、じゃあ、俺のほうはと」
改めて黒い馬を見る。赤い目が俺をじっと見ている。
黒い体に赤い目、知性を感じさせる佇まい。俺はふと、前世界で好きだった海外ドラマを思い出した。理知的な応対をし、時に主人公に苦言を呈する人間味のある漆黒の車を。そのフロントには赤いライトが左右に動いておりとても印象的な面構えだったものだった。
「よし!俺も決めた!キットだ!」
と言うわけで俺たちふたりは兄妹馬を手に入れたのだった。
さあ!ノダハに行こう!
 




