頑張るオッサンって素敵やん
今日の目的地である湖畔の街ネムツマへは、このまま馬車で進めば日が落ちる前には余裕で到着できるだろうとはスーちゃんのお言葉。
ならばみんなで順番に運転して進みましょうという事になった。
最初は俺が運転して助手席にスーちゃん、後ろでオウンジ氏とハティちゃんというオカシス突破行の布陣でのスタートだ。
「ネムツマ行くのに何だっけ海と繋がった湖を渡るんだよね?」
「ネムハマ湖であるか?心配なのであるか?」
「まあね。橋の上での襲撃は勘弁願いたいね」
「ネムツマ手前の橋はジーフサ川大橋ほど大きくも長くもないのである。ただ高さがかなりあるうえに下はかなりの急流故に舟などを使って下から攻撃するのは無理ではないかと思われるのである」
「そう?。橋の幅はどのくらいなの?」
「馬車が2台すれ違えるほどなのである」
「そうか。まさか吊り橋とかじゃないよね?」
「そんなものではない。きちんとした橋なのである」
「そりゃ良かったよ。渡ってる最中にロープを切られて橋ごと真っ逆さまなんて嫌だからね」
「ふふふ。案外心配性なのであるな」
「そりゃ、こんだけしょっちゅう襲撃を受けりゃそうなるって。まったく、首謀者をとっちめてやりたいよ」
「御統治様たちであるか?奴らにはキッチリとツケを払って貰わねばなるまい」
「ホントにだよ。まったく腹立たしい!」
「ふふ、ふふふふふ」
「なにがおかしいのよ?」
「今頃になって首謀者共に腹を立てるだなんて、ふふ、随分と悠長と申すのか、ふふふ、おっとりしていると申すのか。とにかく、緊迫感に欠けるのであるよ」
「そうかなあ。まあ、スーちゃんがそう言うならそうなのかもなあ」
「どうもクルース殿は食えぬ男なのである」
「そう?」
「そうである」
そんな感じに軽口を叩けるのが俺は嬉しかった。
そうしてしばらく走り次はスーちゃんが後ろに行き俺が助手席、運転はオウンジ氏となった。
「王都で安全を確保出来たらどうされるおつもりですか?」
俺はオウンジ氏に聞いた。
「出来ることならばハティを学校に通わせてやりたと思っています。普通の子として普通の一生を送らせてあげたい、そう思っています」
「そうですか。まあ、そんなに気負わずともあの子はそのままで真っ直ぐ育ちますよ。歌が好きだって言うからそんな仕事に就くのもいいかも知れませんね」
「歌い手ですか。しかし、酔漢相手の商売に今から進ませるのも考えモノですな」
「別に夜の商売だけとは限らないですよ。ノダハで子供だけの会社を立ち上げたのですけど、音楽と踊りと大道芸で宣伝活動をする班がありましてね。彼らは特に夜のお店での演奏活動に限らずやってますよ。飲食店の宣伝やなんかに割と人気みたいでしたよ」
「ほう、そんなことがあるのですか。なんだか面白いですね。そんなことが商売になるのですか」
「なりましたねえ。世の中まだまだ色んな事があると思いますよ。特にハティちゃんなんて可能性の塊みたいなものですからね。あの子が大きくなるころにはどんな世の中になっているのか。オウンジさんも健康には気を付けてハティちゃんの行く末を長く見守ってあげてくださいよ。機会があれば是非ノダハの事務所にもいらして下さい。きっとハティちゃんも気に入ると思いますよ」
「それはありがとうございます。是非ともお願いします」
「わーーー!」
ハティちゃんの声の後に、ハトが飛ぶとき独特のヒョヒョヒョヒョみたいな音と羽ばたく音が後ろで聞こえてくる。
「良かったであるな」
「うん!スーちゃんが言ってた通りハトさん元気になったね!」
吹き矢が当たって痙攣していたハトは無事に回復したようだ。
「良かったよ。やっぱり吹き矢に塗ってあったのは命に別状はない薬だったんだね」
俺は後ろの席に向けて言った。
「そのようである。恐らく我々の馬車が通ったあとにも吹き矢が落ちたであろうから心配しておったのだが、まあ、ひとまずは安心である」
後ろからスーちゃんが言う。
「そろそろ運転を代わるのである」
「そうして貰いましょうかね」
「じゃあ、俺は後ろに行くよ」
そうして運転をスーちゃんが、助手席にオウンジ氏が、後ろの荷台に俺とハティちゃんの席替えとなった。
「ねえねえ、トモちゃんはどっからきたの?」
「どっからかあ。うーーん。難しいこと聞くなあハティちゃんは」
「難しいの?」
「うん。難しい」
「じゃあ、トモちゃんはどこに行くの?」
「うひゃーー!おいおいおいおい!君は哲学者ですか!どこから来てどこに行くのかってですかい?ハティちゃんは天才かっ!」
「キャハハハハハ!ハティ天才?かしこい?」
「かしこすぎすぎだよ!」
「やったーーー!かーしこかしこかしこちゃーん!でも、てつがくしゃってなに?」
「うおっ!急に歌やめたよ!ビックリさせるなあ。哲学者ってのはね、物事のって言っても通りが悪いか、世界にある色んな事が本当はどうなのか?考えて考えて考える事をやめない偉い人の事だよ」
「それって発見者の事?」
「いやあ、それは全然逆でしょ。その人たち言ってなかった?自分で考えてはいけませんって」
「言ってた。ママも言ってた。自分の考えはダメって」
「でしょ?考える事をやめたらダメだよ。神様もそんなことは望んでないよ。ハティちゃんが聞いたこと、俺はどこから来てどこに行くのか。これは俺がずっと考え続けないといけない事なんだよ」
「そうなの?」
「俺はそう思うね。だから力づくで嫌がる他人にこうしろって言うわけじゃないけどね」
「そうなの?」
「ああ、そういう話しだよ」
「でも命を救うためだからいいんだって言ってた」
「ハティちゃんもそう思う?」
「思わない」
「ハティちゃんはやっぱりかしこいな。おりこうちゃんだな」
「おりこうちゃん?ハティ、おりこうちゃん?」
「そうだよ」
「おりおりおりこうちゃーん!おりおりおりこーちゃーん!」
「おりおりおーり!おりおーり!」
「「おりおりおーりー!おりおーり!」」
「キャハハハハハー!」
馬車は進むよ、陽気もいい。ハティちゃんはご機嫌だし、俺もご機嫌だ。
俺は太ももを2回叩いて手を打つ。それを繰り返す。
ドンドンパン!ドンドンパン!ドンドンパン!ドンドンパン!
「んっ!」
ハティちゃんがすぐに、面白い事やろうとしてるっ!って目で俺を見てくる。
拍子を続けながら俺は歌った。
「おりおりおりこう、ハティはおりこう、どうしてこんなかしこいかね、いつも明るくて!かわいいし!ニコニコしながら歌ってる、ほらっ!ハーティーハーティーうたスキ!ホレホレ、ハーティーハーティーうたスキ!いっしょに!ハーティーハーティーうたスキ!」
ドンドンパン!
「ハーティーハーティーうたスキ!」
乗ってきたよハティちゃん。ドンドンパン!ドンドンパン!
「「ハーティーハーティーうたすき!」」
ドンドンパン!ドンドンパン!
ハティちゃんも手を打つ!
「わーわーわーわー、きゃっきゃ!」
ドンドンパン!ドンドンパン!
「ドンドンパンッ!」
「ドンドンパン!」
今度は口で言い始めた。
覚えやすいリズムだもんな。
ふたりで手を叩きながら口ずさむ。
「ドンドンパン!ドンドンパン!」
「わーーー!ドンドンパンっ!」
しばらくふたりでドンドンパンとやっていた。
「トモちゃんは面白いねえ」
「そう?」
「うん、おもしろトモちゃんおもしろちゃん!」
「ハティちゃんのが面白いよ。おもしろハティちゃんおもしろちゃん!」
「キャハハ!まねっこ!まねっこ!マネっ子トモちゃーーん!」
「「あはははははは!」」
「そろそろネムハマ湖が見えてくるのであるぞ!」
「ネムネムスーちゃん!!ネムスーちゃん!」
俺は言う。
「また、クルース殿は」
「あははは!ネムスーちゃんだって!かわいいねーー!ネムスーちゃん!」
「そろそろ運転代わりますか」
「お願いしてよろしいですか?」
という事で俺が運転、助手席にスーちゃん荷台にオウンジ氏で馬車を進める。
しばらく走らせても湖らしいものは一向に見えてこない。
「ネムハマ湖まだぁーー?」
俺はスーちゃんに尋ねる。
「クルース殿はまた子供みたいなことを。そのうち見えてくるのである」
「そのうちっていつ?」
「また子供のような。ハティ殿だってそんな事は言わないのである」
「そう言えばスーちゃんはハティちゃんの相手が上手だね。お子さんいるの?」
「自分は独身なのである!この仕事をしていると所帯を持つのは難しいのである」
「なんでよ?」
「家をあけることが多いのである。時間も不規則なのである」
「それは大変だけど、冒険者だって行商人だって似たようなもんでしょ。でも所帯持ってる人は少なくないんじゃないの。給金が低いとか?」
「まあ、給金は悪くはないのである。妻子を養うのに困ることはないのであるが」
「じゃあ、面食いなんでしょ?スーちゃんは理想が高そうだからなー」
「そんなことはないのである」
「またまた、そんなことないって言ってる人に限って理想が高いんだよ。うるさいことは言わないけど、妻にするなら料理が上手で、清潔で、やりくり上手で、口数は少ないんだけど晩酌しながらよく話しを聞いてくれて、あなた、いつも頑張ってくださってありがとうございます、なんて伏し目がちに言う姿が色っぽければ言う事ないな、なんてさ!もーーっ!スーちゃんのスケベ!」
「何を言っているのであるかクルース殿はひとりで」
「いやあ、すまんすまん、取り乱したな。でもスーちゃんだって所帯もってもおかしくはない年でしょ」
「まあ、そうではあるが、自分には向いていないのである。いや、自分はしてはいけない人間なのである」
まただ、前に賞のことを聞いた時と同じ歯切れの悪さと暗いものを感じる。俺は率直に聞く。
「どういうこと?」
「いや、こちらの事であるからして。それよりほら、うっすら見えてきたであろう。あれがネムハマ湖である」
ふうむ。これは。以前、濁していた賞の話しと所帯を持たない理由は何か関係があるのだろうな。そんな気がするが、これ以上は詮索しないのがマナーと言うものだろう。
「どれどれ、うーーん。うっすらと青い?」
「右側を見るである」
言われた通りに視界を右に移すと空との境目が地面を侵食しているように見える。
「ああ、空かと思ってたけどあれがそう?」
「そうである。きれいであろう?」
「ああ、そうだな」
陽気もいいし海風も心地よい。おかしな団体から狙われている事実さえなけりゃ最高の旅路なんだけどな。
「少し先で休憩してそこから運転を代わりますよ」
後ろからオウンジ氏が言う。
「そうしますか」
俺はそう答えた。
小さな川岸で休憩をとって馬に水を飲ませる。
ハティちゃんはスーちゃんに抱っこされてリッキーを撫でている。
スーちゃん子供好きなのにな。
オウンジ氏は自分の馬をブラッシングしており、馬は気持ち良さそうにしている。
俺は御者台に寝っ転がり空を見上げた。
抜けるような青空だ。
平和だねえ。
「土煙が見えます。出発しましょう」
オウンジ氏が馬を戻しながら言う。なんだよ、なんだよ。
「ハティ殿後ろに乗るである」
「スウォンさん、ハティをお願いします」
オウンジ氏は焦っているのか御者台に乗り出発させようとする。
「大丈夫ですか?オウンジさん」
「ええ、大丈夫です。出発します」
慌ただしい出発となった。オウンジ氏は馬にあまり強くムチを入れはしないが急かす様に操作する。
なかなかどうして、慣れてらっしゃる。スピードが上がり路面のギャップを拾って馬車が揺れる。風切り音も大きくなり自然と話し声も大きくなる。
「馬車の運転、慣れてらっしゃいますね!」
「ええ!元々行商人でしたから!」
「そうでしたか」
「奴らである!近づいてくるのである!」
後ろを向くと遠くに黒づくめの男が乗った馬が3頭近づいてくるのが確認できた。
「速度を上げます!」
オウンジ氏が言って強めにムチを入れる。
馬がいななき速度が上がる。
それでも追手の方が速いのだろうジリジリと距離を詰められる。
「舌をかまないように気を付けろよ!」
後ろに声を掛ける。
激しい揺れに返事はないが片手で荷台を掴み、もう片方の手でハティちゃんを抱きかかえるようにして守っているスーちゃんが大きくうなづく。
しかし、凄い揺れだ。サスペンションがついてないからな。アウロさんと相談してサスペンションの製造販売に取り掛かってみるか。それとも、もうあるけどこいつには付いてないだけかもな。
ガタガタ揺れる中そんな事を考えていると前方に橋が見えてきた。
「一気に行きます!」
オウンジ氏がここから更にスピードをあげる。
後ろから追ってくる連中も距離が縮まらぬまでも広げられることもなく同距離を保ってくる。
「橋に入ります!」
凄いスピードのまま橋に突入する。振動はもっと激しくなる。
リッキーと二頭立てで速度の出ている馬車が橋を通過する。
「きゃーー!」
「ハティ殿!」
後ろを見ると転げ落ちるハティちゃんを助けようとして一緒に落ちるスーちゃんの姿が見えた。
ハティちゃんを抱えて転がるスーちゃん。
「停めて停めて!ふたりが!」
事情を察してオウンジ氏がかなりスピードの出ていた馬車を停める。
「どーーーう!どうどう!」
「ブルブルブルブヒーーーーーン!」
ハイスピードからの急停止に馬がいななく。
落ちたふたりとの距離はそこそこある。
「今、いくぞ!」
俺は大きな声を上げる。
二人の元に行こうとすると大きな爆発音がして前方が煙に巻かれる。
晴れた煙の向こうに見えたのは破壊された橋の向こうでハティちゃんを抱えるスーちゃんの姿だった。
「すぐ行くからな!」
「クルースさん!前から新手です!」
オウンジ氏がこちらへ駆け寄ってくる。前方からはアサシン軍団がナイフを手にやってくる。
俺は腰から特殊警棒を出し奴らが投げてくるナイフを撃ち落とす。
あきらかにオウンジ氏を狙った軌道だ。
クソが!そうやって俺の動きを封じようってのか。わかっちゃいても猛攻は続く。スキを狙って戦闘不能状態にしてやろうとしても単純にタフなのか下に何かを着こんでいるのか、結構な勢いで打撃を加えてもしばらくすると起き上がってきやがる。
オウンジ氏をかばいながらでは助けに行けない。
分断された後ろではハティちゃんを抱えるスーちゃんの元に追撃者たちが追いついていた。
気が焦るが敵戦力をジリジリとしか減らせない。完全に制圧するにはもう少し時間がかかる。
橋の向こうで追いついた追撃者の首領らしき者が言う。
「お前たちの素性はつかんでいる。お前はスウォン・ルホイ記者だな。お前は2年前の取材で親子が心中するのを見殺しにしたな」
「いや、違う!見殺しになんかしていない!」
「お前は当時流行し始めていた店舗を構えない商会について追っていた。その中で貧困にあえぐ末端会員に出会った。お前はその親子を取材した」
「取材料は払っていた」
「確かにそうだがその親子を救える額ではなかった。そのままでは彼らがいずれ自分で命を絶つであろうことはわかっていたはずだ」
「そんな、わからなかった、本当だ。そんな事になるなんてわからなかったんだ。前日にあった時も笑顔だった。取材料を渡すと感謝されたんだ」
「お前は小銭で彼らの尊厳と命を買ったのだ」
「そんな。吾輩はそんなつもりでは」
「お前はその親子の命と引き換えに賞を取ったのだ。お前は罪を背負っている。その罪を我々は祓ってやろうと言うのだ。さあ。その子を渡せ」
俺はアサシン共を倒しながら叫ぶ。
「スウォン!聞く耳持つな!過去に何があったか知らんが、今、お前は確かにハティちゃんを助けた!見殺しにしなかった!」
「しかし、吾輩の罪は・・」
「背負っていけ!忘れないで一生背負っていけ!それがお前にできる事だ!お前がやらなきゃいけないことだ!」
「しかし、・・どうすれば」
「まずは飛ぶんだ!」
「できぬ、できぬよ」
「できる!なりたい自分になれ!」
「怖いよー。スーちゃん。助けてスーちゃん」
「・・・わかったのである。行くのである!」
「まて、お前はそれでいいのか?お前に背負えるのか?罪もその娘も。お前には重いのではないか?無理なのではないか?また死なせてしまうのではないか?」
「命にかけてもハティ殿は守る!吾輩は正義の記者スウォン、健全に飛ぶのである!とうっ!」
破壊された橋をゲイルで飛び越えるスーちゃん。
敵と闘いながらでも時間が止まったように思えるほど、長い長い時間だった。
ハティちゃんを抱えて飛ぶスーちゃんの姿は凛々しくて、神々しさを感じさせる程だった。
案外、神聖とはこうした事なのかも知れないと思った。
「オウンジ氏受け取ってくれ!」
ハティちゃんを投げるスーちゃん。
「はいっ!」
ハティちゃんを受け取るオウンジ氏。
「やはり、吾輩には荷が重かったようである」
自分は届かず、そう呟いて落ちるスーちゃん。
押し寄せるアサシン共を全て叩き伏せた俺はスーちゃんを追って橋から飛び降りる。
「おーーい!」
落ちるスーちゃんの腕をつかむ。
「スーちゃん!ひとりで全部持たなくてもいいんだぜっ!」
俺はゲイルを使い衝撃を和らげてから空中で軌道を変えながら元居た場所に戻る。
圧縮した空気を踏み台にしてジャンプをするイメージ。
初めてやってみたが上手くいくもんだ。
「スーちゃん!スーちゃん!」
戻ったスーちゃんに飛びつくハティちゃん。
無言でハティちゃんの頭をなでるスーちゃん。
破壊された橋の向こうを見るとすでに誰もいなかった。
周囲に転がる黒づくめの男達を見て俺は言う。
「行きますか」
肩で息をしているオウンジ氏が答える。
「早くネムツマに入りましょう」
我々は再び馬車に乗りネムツマに向かうのだった。




