話し合う姿勢を持つって素敵やん
学園では、じわじわと彼らの派閥が出来上がりつつあった。
しばらくは大人しくしていたのだが、ある日の授業でマウレスト君の取り巻きのひとり、リーゴ君という男の子が俺に質問をしてきた。
「先生。いいですか?。」
「はい、どうぞ。」
「先生は、既存のものではない新しい商売について、資本を持たないものでも参入できるチャンスだと言われてましたけど、それ、無理筋じゃないですかね?資本がないものができる事なんて、資本があるものにすぐに模倣されて、しかもより質の高いモノとして出されれば、あっという間にペシャンコですよね。先生の言ってる事って、こういっちゃなんですけど、貧乏人に無駄な夢を見せる残酷な事じゃないですかね?その辺りの事をどう考えているのか聞かせて頂いてもよろしいですか?。」
ほほう、どうやらある程度の人的地盤が出来上がったと踏んで、学園自体を揺さぶりに来たか。
ここで、返答に詰まっては学園の理念に無理があると認めたことになってしまうな。
さてと、申し訳ないがお坊ちゃま君のプライド折らせてもらうか。
「確かに資本を持つものが本格的に参入すれば、小規模な商売など吹き飛んでしまうでしょう。しかし、商業ギルドに商会として登録することで一定の期間は、その商品の権利を自分のものとすることはできます。」
「それは、あくまで一定期間ですよね?結果の先延ばしにすぎませんよね?。」
「ポイントはその期間をどう使うかなのだけど、ちょうど良いから誰かその辺りの事を説明できる者はいるかな?普段の授業の成果が出るぞ。よーし、じゃあ手が上がったところで、エイヘッズ。」
少し不安はあるが真っ先に手を挙げたその意気を買おう。
「はい、えー、コホン。これは、もう実際にケイトモ事務所で行われたことですんで、レインザー王国を支えるべく日夜努力している我々チルデイマ学園生徒にとっては常識なんですが、まあ、そうした事とは無関係の既得権益に縋り付いている方々のために今一度ご説明差し上げたいと思います。」
どっと教室内が笑いに包まれた。
不安的中。
煽りすぎだぞエイヘッズ。
リーゴ君達の顔からは薄ら笑いが消え、ひきつった表情になっている。
「こらこら、そんな言い方は失礼だろエイヘッズ。程々に頼むぞ。では、続きをどうぞ。」
一応軽くたしなめておく。
「いや、これは、大変失礼をば致しました。しかしながらこれは、現実にある事でして、大きな資本を持つ者と権力を持つ者が結託して利権を独占する。そうした不自然なお金の流れを健全化し多くの国民が適正な価格で物を買うことができれば生活の質は向上し民は繁栄する。民の繁栄は領の繁栄、領の繁栄は国の繁栄。これは、ゴゼファード公が常々おっしゃられていることでもあり、この学園の理念でもあるわけでして。リーゴ君の質問にお答えするのには避けて通れない話題なのでした。」
エイヘッズは教室内を歩きながら、時に身振り手振りを使って話し、さながら教師のようであった。
ネージュやスニーはエイヘッズの事を指さしてクスクス笑っている。
フライリフは、また始まったよと言う顔をしている。
「さて、資本の乏しい者は何を使うか?それは、頭と足です。権利が守られる一定の期間に、ケイトモ事務所の創業者は何をしたか?まさに、頭と足を使った!商品の宣伝、創業者は商品のブランドイメージを徹底的に消費者に示しました。この商品はこの商会じゃないと!そう多くの人が思うようにしました。そして、商品を売りさばくための販路を作りました。これは足を使い、創業者の言うところの良き隣人、良き友人という思想がそれを可能にしたのです!更には、生産と宣伝を任せる人材の育成も、その人材を活用するための場所も、その期間にあつらえてしまったのは恐るべきことですが、今回の話の趣旨からは少し外れますな。」
人差し指を上にあげ、考えるように語るエイヘッズはなんだか教授だとか学者だとか、そういった類の人物のようにも見える。
こいつ、稀代の役者だな。
どんどん語りに説得力が生まれて言ってるよ。
さっきまで、クスクス笑っていたクラスの女子たちも話に引き込まれている。
「さあ、ここまで話を聞けば資本を持つゆえに頭と足が退化してしまった方々にもご理解頂けたのではないだろうか?なにか、質問はございますかな?。」
かけてもいない眼鏡を上げるしぐさをして軽妙に語るエイヘッズ。
「なんて無礼な口利きだ!野蛮で知性のかけらもない!聞くに堪えない!行きましょう、マウレストさん!。」
リーゴ君は顔を真っ赤にして席を立ち、マウレスト君は無表情でそれに続いた。
それを見た取り巻きも続いて席を立ち、留学生組はそろって教室の外に出ようとしていた。
「待ちなよ、逃げるのかい?自分で売ったケンカだろ?逃げるのならば、負けを認めてからしな。」
腕組みをしていたフライリフが声を上げた。
「そうだそうだ!教室を出るのなら謝ってからにしろ!。」
「このまま教室を出るなら、野蛮で知性がないのはあなたたちだとみんな思うわよ。」
「元々、無礼な口利きをしたのはそっちだろ!。」
「謝れ!。」
「そうだ!謝れ!。」
あららー、フライリフの一言でクラスがまとまっちまった。
まとまるのは悪い事じゃないんだけど、他者を責めるために団結するのは頂けない。
「ちょっとみんな静かにしなさい。少数の相手にそうみんなで糾弾するものじゃないぞ、数の多さも力だからな、力は乱用してはいけないよ。さて、リーゴ君、そして今、教室を出ようとしている諸君。エイヘッズは君たちの質問に答えた。次は君たちが言葉をもって語る番だ。さあ、どうぞ。」
俺は教室を出ていこうとする彼らに対話を求めた。
さあ、話し合おうじゃないか。
マウレスト君は俺を見て、薄っすらと笑った。
「先生の言う通りだ、席に着こう。リーゴ君。きちんと話し合いなさい。」
「え?でも、マウレスト君。」
「いいから、席について話し合え。」
「は、はい。」
おや、マウレスト君の口調が乱暴になった。
リーゴ君が慌てている。
いや、リーゴ君だけじゃない、取り巻きの子達も狼狽しているようだ。
ふむ、どうやら筋書きを描いた張本人がそれを変えたので対応できなくなっている様子。
ここからは生徒たち同士、地頭の勝負だ。
普段からどんな物の考え方をしているのか、何に興味を持ちどんな知識を吸収しているのか、付け焼き刃の安いメッキはすぐに剝がれちまうぞ。
さあ、少年少女よ!大いに語り合いなさい。
「で、でも、それは特殊な事例じゃないか!。」
「その事例を学ぶことで、特殊な例ではなくするんだろ。」
「いや、寧ろ誰しもがそれをできたら、その特殊性は失われ価値がなくなるのでは?。」
「商品ありきだから、それは商品の価値によるだろう。」
「いや、商品は他の者に探させるなりして、そこからの技術を商法にする事もできるだろう。」
「それでは既得権益にしがみつくのと変わりないのでは?。」
「別に既得権益を守るのは悪い事ではないだろう。」
「それでは、発展しない!。」
「いや、そんなことはない!。」
議論が白熱してきた。
こうした話し合いの一回や二回で分かり合えるほど単純な内容ではないのはわかっている。
だが、お互いが話し合いの席に着かなければ、一生分かり合えない。
俺のできる事のうち、話し合わせるってのは最も大きなことのように思う。
まずはここから。
そして、これを続ける事。
俺は議論する生徒たちを見てそう思うのだった。




