会ってみればって素敵やん
「これが、例のやつなの?」
「ああ、そのようだな」
下の階に降りた俺達は院内の壁の至る所に浮かび上がった文字と絵を見て面食らっていた。
そこにはこんな事が書かれていたのだ。
『この世界は素晴らしい』
『人は皆、幸せになるべきだ』
『世界は終らない』
『あなた方は世界に祝福されている』
『世界はカラフルだ』
『可能性に挑戦しよう』
『行き交う人々と愛し合おう』
『世界はあなたを愛している』
ポジティブでラブ&ピースな言葉、そして。
「なんとも牧歌的と言うか何と言うのか…」
「穏やかな気持ちになるな」
壁に浮かんだのは木や海など自然をモチーフにした心地よい絵であった。
「これは、やっぱり悪い組織の仕業とは思えないねえ」
「俺もそう思うが何事も予断は禁物と言う事で」
「クルース君は慎重だねえ、いつもは大雑把なのに。それがやり手冒険者の心得なのかい?」
「別に俺はやり手じゃないよ」
俺の言葉にストームはかすかに笑いながら階段を降りる。
「地下に行くんだろ?昇降機を使わないのか?」
「昇降機だと地下に行ったのがバレバレでしょ?看護師長さんに見つかったら注意されちゃうでしょ?」
「なるほどね」
昇降機の上には現在どの階にいるのかわかるようにランプがついているので、確かに地下に行けばバレバレだな。
俺達は小声で話しながら階段をひたすら降りる。
ご丁寧に階段の壁にも沢山の文字と絵が書かれてある。
『知識を身に着けよ』
『自分の頭で考えよ』
『学ぶ事は楽しい事』
『失敗も経験だ』
『いつでも夢を持て』
「なんか身につまされるね」
ストームが真面目なトーンで言う。
「ああ、よく考えれば俺達学生だもんな」
「よく考えなくてもそうだよ」
少しばかりしょんぼり気味の俺達の前に大きな文字が飛び込んでくる。
『幾つになっても学ぶ事はできる』
「そうだよね、幾つになっても学べるもんね」
ストームは階段を降りながら俺の顔をチラッと見る。
するとすぐに別の言葉が目に入る。
「前見た方が良いぞ」
俺はストームに言う。
なぜならそこにはこう書いてあったからだ。
『若い時を大切に』
「参るねこれ」
ストームが苦笑する。
「まったくだな。だが、一体何のためにこんなものが書いてあるんだ?」
「それより、何のためにこんな細工がしてあるんだ?だよ」
俺の言葉にストームが反応する。
「確かにそれも気にはなるが」
「…うわ、これ見てよ」
地下に到着したストームが思わず声を上げる。
以前来た時にはトビラが一つと奥に昇降機がポツンとあるばかりだったのだが、この色眼鏡をかけて見ると景色が一変する。
その景色は壁一面を埋め尽くすように書かれた花の絵だった。
「なんとも心が和むな」
「三階もだけどここも可愛らしいね」
ストームが答える。三階、小児病棟には可愛い動物の絵と一緒に遊ぶ子供の絵が沢山描かれていた。
以前は薄暗く辛気臭く感じた地下が今は明るくポップに感じるのは不思議だ。
「これ見て」
ストームが指さす先には文字が書かれてある。
『歓迎!ひまわりの間をかき分けていらっしゃい』
「ひまわり?」
「こっちにあるよ」
ストームが壁を指す。
そこには背の高い大きなひまわりがふたつ描かれている。
「こいつをかき分けるって言ってもなあ」
「絵が動くってわけでもないだろうにねえ」
そう言ってストームは絵のひまわりに手をかけた。
すると絵に描かれたひまわりが横にスライドした。正確にはひまわりの絵が描かれた薄い板が横にスライドしたのだった。
「うおっ、またこんなのかあ」
ストームは驚きながら反対側のひまわりの絵をスライドさせる。
両方のひまわり絵はまるで引き戸のように大きく横に動き、その向こう側の壁には鍵穴が見えた。
「この鍵でいいのかな?」
ストームがポケットから例の鍵を取り出して見せる。
「試しにやってみなよ」
「うん」
ストームは頷くと手にした鍵をそっと鍵穴に差し込む。
カチンと静かな音がして鍵が回ると壁は奥に向かって開いた。
「新たな仲間の参加だ」
「おめでとう」
「歓迎するよ」
トビラの中に入った俺達を歓迎の言葉と拍手が包み込む。
部屋の中には長テーブルが置かれ、その両側に大勢の人が立ち拍手をする姿が目に入った。
「これはいったい?」
「わかんないよ」
俺の質問にストームが首を振る。拍手をする人達は柔和な笑みを浮かべており、では死んでもらおうかと彼らが豹変するようにはとても見えず、普通に歓迎しているようにしか見えなかった。
「皆さんご静粛に、新人さん達が困惑しているようだ」
ひとりの男がそう言って手を掲げると拍手が止んだ。
「驚かせてすまないね。新人の加入は久しぶりでね、テリー君以来になるかな?」
手を掲げた男が近くにいる男に尋ねる。
「ええ、そうですジータさん」
「そうかそうか。今日、テリー君は?」
「カーナボン卿と一緒のようです」
「ふうむ、目にかけてくれているのは嬉しいのだがここにあまり来なくなったのは寂しいね」
ジータと呼ばれた男は近くにいる男にそう言った。なんだ?テリー君は最近ここに来なくなったって?おいおい、それじゃあ俺達のやってた事は意味がなかったのか?
俺はストームを見る。
「失礼、あの我々が新人だとの事ですが、何の新人になるのですか?」
ストームはおずおずと手を上げて質問した。
そこに集まった人達はストームの質問を聞いて互いに顔を見合わせてざわついた。
「ん?君達は誰の紹介でここに来たのかね?」
ジータ氏が俺達に問う。
「誰の紹介でもないんです。実は僕たちはファルブリングカレッジの生徒でして、テリー君が最近学園にあまり顔を出していないので心配になって調べているうちにここに辿り着いたのです」
「では、自力でここまで来たと、そう言う事なのかね?」
「まあ、病院内の人から色々とヒントは貰いましたが」
「ううむ…」
ストームの話しを聞いたジータ氏は腕組みをしてしばし考えこむ。
「…それはそれで素晴らしい事だな。君達には能力があるという事だ、我々のクラブに所属しないとしても歓迎しよう」
ジータ氏はそう言って拍手をする。
部屋の中にいた人達もそれに続く。
何が何やらだが、敵対関係になるよりはだいぶマシだ。
俺とストームは拍手が鳴りやむまで静かに待った。
「君達は友人を気遣いここまでやって来た、という事でいいんだね?」
「はい、何か不安事があるのならば一緒に考えたいと思って来ました」
ストームは答える。
「素晴しい!その眼鏡をしているのなら当クラブの思想はご理解いただけたと思うが、君の考えはそれに当てはまるものだ」
ジータ氏は感心したように言う。
「ありがとうございます。それで、恐れ入りますがテリー君に会いたいのですが」
「ああ、勿論会えるように計らおう。その前に当クラブの事を軽く説明させて貰っても良いかな?テリー君が学園に顔を出していない事は知らなかったが、それは我々の思想とは相容れないという事をまず知って貰いたいんだ」
「ええ、そう言う事でしたらお願いします。いいよね?」
ストームが俺を見るので頷く。
「では説明させて貰うよ。我々は邪神崇拝者の集まりだが一般的に思われているようなものとは少しばかり違くてね…」
ジータ氏は説明する。彼らの団体、邪神崇拝者の集まりは悪の力でもって世界を支配、または滅亡させる事をもくろむような団体ではなく、目的はまったく反対であると言う。
彼らの目的は人の可能性を追求し信じる事である。
邪神と言うのは一般的な神に対するアンチテーゼとしての象徴であり、実際の神話や特定の宗教で描かれているあらゆるタイプの邪神を崇拝するものではないのだそうだ。
神と称するものが人に課した制約から解き放たれる事こそが彼らの活動の目的なのだと言う。
世の宗教が神の名を借りて人を縛る事、すなわち、自分の考えで物を考えるな、この世界での成功を追い求めるな、この世界は滅びる物で価値がないものである、故に真理であるこの宗教を知らしめること以外には何の価値もない、とそう言った思想に反立するのが彼らの存在理由なのだと言う。
「…だから我々は学校教育を高く評価している。テリー君が学園に顔を出さない状況は我々にとっても憂慮すべき事だと理解して頂けたかと思うが如何かね?」
ジータ氏は俺達を見て言う。
「ええ、十分理解できました。あなた方の思想も理解できましたし、それはとても理性的であるように感じました、クルース君はどう?」
「ああ、私もその考え方には賛成です。私もこれまで神の名を騙り人を縛るような団体にいくつか遭遇していますが、たいていの場合彼ら信者の子供達は夢を失い絶望に苛まれて苦しんでいました。自分としてもそうした状況は看過できないものがありますよ」
ストームに続いて俺は言った。
「お聞きいただいたように私達はふたり共、あなた方の活動に対して好意的であり害意はありません。その上でお尋ねしますが、この眼鏡の意味はなんなのです?なぜ、あの言葉を隠す必要があるのですか?」
ストームが質問した。
「我々は確固とした信念と目的を持っているが、それに対し良い感情を抱かない人がいる事も知っている。我々は決して自分と相容れない思想を持つ存在を排除する事はしない。そうしたやり方は神の、もしくは神を称する者共のやり方だ。我々はそうした思想にも反立する。だからこそ、こうして人目を忍んで集まっているのだよ。壁の文字や言葉もそうだ、我々の思想に賛同する者だけがそれを見てくれれば良いのだよ」
「なるほど、ですがそれだけではないですよね?あなたは我々がここに入って来た時、新人が来たとおっしゃった。新人発掘のアイテムとしての意味もあるのではないですか?」
「確かにそれもある。我々は知恵と知識を重んじる。自分の考えで行動できない者は歓迎したくはないのでね」
ジータ氏は言う。なるほど、誰かの言うがまま無思考に行動する人ばかりが増えれば、反立するような団体と同じような存在に落ちる可能性があるとわかっているんだな。確かに、人が集まれば力になる。そして権力は必ず腐敗するとも言われている。自分で考えることなく誰かに依存する者達の存在は力を持つ者を腐敗させる原因のひとつでもあるだろう。
「それではなかなか人が増えないでしょうに」
「組織を大きくする事にとらわれるのは我々が反立する組織のやり方だよ。勿論、自分の意思で賛同してくれる存在は歓迎するがね」
ストームの言葉にジータ氏は笑って答えた。
俺はストームを見て頷く。やはり、悪い人達ではないようだな。
「では改めましてテリー君に会いたいのですが」
「ああ、そうだったね。デッパー君、カーナボン卿の予定はどうなってるかわかるかな?」
「今日は協力者となってくださる有力な方と外で会うとの事でした。その後、その方を連れてここに居らっしゃる事になっていますので、近いうちにこちらに来られるかと」
ジータ氏に問われて近くにいた男性が答える。
「そんな席にテリー君を同席させているのか。ふうむ、卿は何をお考えなのか…」
ジータ氏は腕組みをして考え込んだ。
そのカーナボン卿とやらはジータ氏にとって悩みの種になっているのか?




