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意外と大丈夫異世界生活  作者: 潮路留雄
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院長回診って素敵やん

 「…ここまで情報を提供しておいてなんなんだけどね、これは難しすぎるでしょ?弟君は寄宿舎生活なんでしょ?帰って来るのを待って話を聞いた方が早いんじゃないかしら?」


 メイムさんは俺達を諭すようにそう言った。彼女的には病院内の事にあまり首を突っ込んで欲しくはないんだろう。だが、彼女は同時にそんな事を言えば俺達の好奇心は余計刺激されるとわかっているからこんな言い方になってしまうんだろう。

 確かに彼女の提示した条件は厳しいものだった。

 金庫のナンバーは毎日変わり、そのナンバーはある場所に保管してあるのだそうだ。

 そして、問題のその場所なのだが。


 「院長先生の履物の裏って、なんでそんな場所に書いてるのよ?」


 「なんでかはわからないけど、院長先生は院内にいる限り決して履物を脱がない事で知られているのよね。それを何とかできない物に色眼鏡は渡せないって言う一種の儀式みたいなところもあるのかも知れないわね」


 ストームの疑問にメイムさんが答える。

 

 「それってもしかして、邪神崇拝団体に入団する時の儀式って事ですか?」


 俺は尋ねる。


 「別に入団するのに儀式は無いわ。入団してから色々と儀式があるのよね、これもそのうちのひとつってわけ」


 「そんな事、勝手にやっちゃって大丈夫なんですかね?彼らを刺激する事にならないですかね?」


 「それを刺激しないようにやるのが腕の見せ所じゃない?君達ならそれ位の事はできるんじゃない?とにかく健闘を祈るわ」


 メイムさんはそう言ってまたサングラスをかけデッキチェアに寝転がった。


 「わかりました、ありがとうございます」


 「今回はお初って事でサービスしたけど、次回からは有償になるからねー」


 メイムさんは再び本に目を通しながら俺達に言い手を振った。

 俺とストームは頭を下げて屋上を後にした。


 「なんだかちょっと拍子抜けだな」


 俺は階段を降りるストームの横顔を見る。


 「なにが?簡単に情報を提供してくれたことが?」


 ストームは表情を崩さずに返す。


 「いや、邪神崇拝団の事さ。入団の儀式はないって言うし、特殊アイテムを手に入れるのに院長の履物の裏を見ろだなんてまるで子供の遊びじゃないか?なんちゅーか緊張感がないっつーの?あんまりヤバい団体じゃないような気がして来たんですけど?」


 「だったらテリー・ザイルス君の件はどう説明する?彼を変えたのは恐らくその団体だよ?今も彼は入院している姉をほっぽらかして雲隠れしてるし、これで平和を愛する正義の団体ですなんて言われてもにわかには信じられないなあ」


 ストームの顔に少しだけ苛立ちの色が浮かぶ。俺もラザインの告知者だとかモミトスの発見者だとか、ああいうタイプのカルト団体を見るとどうにも腹に据えかねるものがあるから気持ちはわからんでもない。が、だからと言って宗教すべてが唾棄すべき物と断ずるのもまた子供じみている。それでは、自分達サイドだけが善でありその他全ては悪に支配されていると断ずるカルト団体と似たり寄ったりになっちまう。


 「現時点では何か判断を下すほどの情報は入っていないからな。予断は禁物だと思うぜ?」


 「ふぅ~、確かにそうかもね。なんか最近おかしな団体の事が良く耳に入って来るからちょっと怖くなっててねえ。身近な所にも入り込んでたりするからさ、僕も少しナーバスになってたみたい。気を付けるよ」


 ストームの表情が少しだけ軽くなったように見える。こいつは噂を扱うプロだ、という事は大量の噂がこいつの耳に入って来るって事だろう。時には聞きたくもない、耳にクソを詰め込まれるような情報も入って来る事だろう。そんなものに日常的に触れていればナーバスにもなろうってもんだ。

 むしろ、それでもこうやって表面上でも人当たり良く朗らかにやれてるのはストームにしっかりした芯があって、根っこの所で人を信じているからなんだろうと俺は思う。

 

 「お前はたいした奴だよ」


 俺はそんな思いを込めてストームの肩をポンと叩く。


 「何よ急に?気持ち悪いなあ」


 「気持ち悪いとは失礼だな、これでも褒めてんのよ俺は」


 俺とストームは笑い合う。実際、人の醜い面や良くない面を見すぎると人が信じられなくなり人付き合いが嫌になってしまうものだ。俺も覚えがあるからそのあたりの心情は痛いほどわかる。その上でも人を信じられるのってやっぱり強いよ。俺はストームの事を強い奴だと思うよ。


 「じゃあ素直に褒められとくけど、これからどうする?」


 「どうしたものかねえ、無理矢理奪えば騒ぎになるし騒ぎになれば警戒されるかナンバーの変更をされちまうのが落ちだ。院長に気付かせず履物を手に入れるなんてできるのかね?」


 帝国は土足文化だから院内も外履きだしトイレもそのままの履物で入るタイプだ。

 

 「う~ん、とりあえず院長を探して行動を監視しよう。何か隙が見つかるかも知れないし」


 てなわけで俺とストームはまずは院長を探す事にした。

 看護師さんに尋ねると院長はこの時間、定期回診のため院内を歩いているとの事。定期回診は午前と午後の二回行われ院長室のある一階から始まり最上階である六階で終わるそうだ。

 ついさっき始まったばかりと聞いた俺達は急いで一階に向かうと、丁度廊下を歩いている白衣の団体に出くわした。背の高いがっしりした髭面の初老男性が歩くその両側に付き従うようにいる複数人の白衣の男女。


 「間違いなくあの人が院長先生でしょ」


 「ああ、間違いないな」


 俺とストームは頷き合う。すれ違う病院関係者が先頭を歩く初老男性に向かい、立ち止まってしっかりと頭を下げている様子を見ても間違いなくあの髭の初老男性が院長先生だろう。

 さて、彼の履物はどうなってるんだ?と思い足元を見るとこれがなんと編み上げのブーツであった。


 「参ったな」


 「あれは、そう簡単に脱がせないよ」


 まったくなんだってあんな脱ぎづらそうなロングブーツなんて履いてるんだよ。せめてサイドにジッパーでもつけとけってんだい!

 

 「とりあえず、様子を見ようか」


 「ああ」


 途方に暮れそうになった俺は短く返事をするのがやっとだった。あんなもんどうやって本人が気づかない間に脱がせることができるんだよ?それとも、このミッションって相当難易度の高いやつなのか?何か役職につくときの 試験とかなのか?

 俺とストームは苦い顔をしながら彼らの後をついていく。

 院長先生は人気があるのかどこに行っても患者やその家族が周囲に付きまとい、連れて歩いている医師も併せてわちゃわちゃしてるのでついて歩く俺達としては悪目立ちしなくて助かる。

 院長回診は全ての病室で行われた。きちんと患者さんとコミュニケーションをとり、ひとりひとりの名前もしっかり覚えている様子だった。

 

 「凄い先生だねえ、あれは名医に違いないよ」


 「そうだな、患者にもその家族にも人気があるなんてたいしたもんだよ」


 その様子を見た俺とストームは院長先生の立派さにすっかりやられていた。こりゃ、できたとしてもあの人に危害となるような事はしたくなくなってきたぞ。

 院長先生御一行は一階の回診を終え階段で二階に向かう。


 「わざわざ階段で行くんだ」

 

 ストームが驚いて思わずそう口に出した。


 「昇降機を定期回診で使うと皆が気を使って使わなくなるから歩いて行くんですって。健康にも良いからって笑ってらしたわよー。あの先生はエライ先生だわあ~」


 知らないおばちゃんがストームに教えてくれる。


 「はやぁ~、そうなんですか~。立派な先生ですねえ~」


 「そうなのよ~、さすが帝国一の病院の院長先生よねえ~。ホントに人間ができてるわあ~」


 おばちゃんは頬を紅潮させながら言う。


 「あはは、まったく完璧人間ですねえ」


 「それが、そうでもないのがまた素敵なのよ。この間の回診でもね、目の前で花瓶を落としそうになった人を見てね。その人はなんとか落とさずに済んだんだけど、それを助けようとした先生があわあわしてその人の手を握っちゃってねえ。そういう所もキュートなのよ~。やっぱ男ってのはそういうギャップがなくちゃあねえ!わかる?」


 おばちゃんはそう言ってストームの肩をパシパシと叩いた。


 「あははは、そうですね。僕もギャップを身に着けなきゃ」


 「や~ね~!そう言うのは自然に身につくからいいのよ~!」


 「あはは、確かにそうですねえ、どーも、ありがとうございまーす」


 ストームはひきつった笑みを浮かべて逃げるように階段を昇った。俺はおばちゃんにあいさつをしながらその後に続く。


 「さすがのストームもおばちゃんパワーにゃタジタジか?」


 「いや、良い情報を貰ったよ」


 ストームはニヤリと笑って俺の方を振り向いた。なんだなんだ?その自信ありげな笑みは?


 「今のどこが良い情報なんだよ?」


 俺は尋ねる。


 「あの先生にも隙があるって事さ。いや、おばちゃん流に言えばギャップか。ああ、そうだこれだ」


 「これだって何が?」


 俺は何かを思いついたような顔をしてるストームに声をかける。


 「作戦名を思いついたんだよ。名付けてギャップ大作戦、どうこれ?」


 「どうって言われても、それだけじゃなあ」


 してやったりみたいな顔をしているストームだが、肝心の作戦内容について何も知らされていないうちにどうかと尋ねられても、俺はなんとも答えようがない。


 「それじゃあ、改めて作戦内容をお知らせします。先ほどのおばちゃんから我々はとても有益な情報を得る事ができました」


 「院長先生のギャップが魅力的って事か?」


 「ズバリ!その通り!」


 「ぬおっ」


 急に大きな声を出して指差すストームに俺は驚き仰け反ってしまう。


 「脅かすなって。んでそれのどこが有益な情報なんだよ?お前もギャップを身に着けてモテようってのか?」

 

 「僕はすでにモテてるからそんな必要はないだろ?」


 「おいおい、大きく出たな」


 「もっときちんと頭を働かせてくれよクルース君。あの先生は人望もあり人情もあり完璧人間のようで実は隙がある。その隙とはとても親切だという事だ」


 「それって隙なのか?」


 前方で患者さんと話をしている院長先生を見ながら勝ち誇ったように語るストームに俺は冷静に言ってやる。


 「これ以上ないってくらいの大きな隙さ。院長先生はねクルース君、君とよく似ているんだよ。困っている人を見ると身体が勝手に動いてしまうタイプなのさ。ただ君と違うのは運動神経がそこまで優れていないという事だ。落ちそうになる花瓶に手を添えようとして相手の手を握ってしまうほどにね」


 「う~ん、俺と似てるってのはちょっと違うと思うけど、まあ、お前の言わんとしてる事はわかった。つまりは先生の人助け体質を利用して靴の裏を見てやろうってんだな?だがどうやって?」


 「この上の階に何があるか知ってるかい?」


 ストームはニヤリと笑う。


 「三階か?三階は確か人が消える噂の男子トイレがあったな」


 「違う違う違う!そうじゃないでしょ?」


 おうっ!一瞬、ストームの顔にミラーサングラスが見えたぞ??


 「んじゃなんだよ?」


 「小児科だよ、小児科」


 「それが、どうしたってんだよ?」


 俺はストームに尋ねる。もう、今日のストームはやたら勿体ぶるなあ。


 「子供がいたら親切な大人はどうする?相手の目線に合わせてしゃがむでしょ?」


 「あ!なるほど!そうすりゃあ自然と靴の裏が見えるってわけか!」


 「そうでなくても、子供ってのは落ち着きがないからね、転びそうになったり何かを落としそうになったり先生の靴の裏を見るチャンスは沢山あるんじゃない?」

 

 「なるほどなあ~!そいつは気が付かなかった。やるなあストーム」


 「へへへ褒めて褒めて、僕って褒められて伸びるタイプだから」


 「よーしよしよし、偉いぞーストーム。よーしよしよし」


 「はっはっはっは、わんわん」


 ノリの良いストームが犬の真似をする。


 「なんだいそれは?」

 「それは若い子の間で流行っとるのかい?」

 「最近の若者の流行りにはついて行けないねえ」

 「どうやるんだい?それは?」


 しょうもない小芝居をやっていた俺達に興味をひかれたのか、暇そうな年寄りたちが集まって来てしまったので俺達はそそくさとその場を後にする。

 二階の回診をしている院長先生たちの先回りをし三階に向かう俺とストーム。

 さっき聞いた時は名案だと思ったが、そうそう上手くいくものだろうか?

 現場が近付くにつれ自信がなくなって来るのは俺の悪い癖だな。


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