巨大病院って素敵やん
アルグスト病院の巨大さにビビりながら俺はストームと共に中に入った。
建物の中に入るとそこは大きなロビーになっており、沢山の人がイスに座って待っていた。
「これだけデカイと何を探すにしても大変だぞ?」
「まあ、任せといてよ。すいませ~ん」
ストームは平気な顔をして受付の看護師さんの所に歩いて行く。
「はい、どうされましたか?」
女性看護師さんは優しそうな声でストームに尋ねる。
「僕、ファルブリングカレッジの生徒なんですけど、友人のお見舞いにきたんですけど」
「ファルブリングの学生さんですか?ちょっと待って下さいね」
看護師さんはそう言って机の下から帳面を出してぱらぱらとめくり出した。
「…う~ん、いらっしゃらないみたいですねえ」
看護師さんは帳面から顔を上げて言う。
「困ったなあ」
ストームは爽やかなスマイルを浮かべて頭を掻いた。
「それって、入院しているのは学生さんじゃなくってお姉さんの方じゃない?確か、毎日お見舞いに来てる子がファルブリングの生徒さんだったような」
隣にいた受付看護師さんが帳面を見ていた看護師さんに言う。
「ああ、そうそう、確かお姉さんって言ってました」
ストームが爽やかスマイルで答える。
「あの、一応、お友達のお名前伺えますか?」
帳面を見ている看護師さんがストームに言う。
「ザイルス君です」
ストームがスマイルはそのまま間髪入れずに言う。爽やかすぎてなんか怖いんすけど?
「はい、でしたら循環魔力科の3号室ですね」
「ありがとうございます」
ストームは丁寧にお辞儀をし看護師さんは微笑まし気な顔をしてお辞儀を返す。
「循環魔力科は二階だな」
俺は壁に貼られた案内図を見てストームに言う。
「では向かうとしますか」
ストームは俺にまで爽やかスマイルを向けて言う。
「俺にまでそのインチキスマイル向けるなよ」
「インチキとは酷いなあ。これが僕の素顔だよ」
ストームは髪をかき上げて言う。
「だからそれをやめーっちゅーねん」
俺は一応ツッコんでおく。
「おい、あれ」
壁際に複数の両開き戸、そしてその前で待つ複数の人の姿。もしやあれは。
「魔導昇降機だねえ」
「マジ?」
やっぱエレベーターか!
「何?見た事ないの?近いうち学園にも採用されるらしいよ?食堂と売店の搬入用に。生徒用のも作って欲しいよね」
「ホントかよ。そりゃ驚いた」
「乗りたいの?」
ストームが俺の顔を見る。
「いや、別にいい。二階なら階段使った方が速いだろ」
「まあ、そうだけど驚いてたから乗りたいのかと思ったよ」
ストームはそう言って階段の方へと進む。
「また今度という事でいいさ」
「おっといけない、先に売店だな」
階段の前でそう言ってストームは踵を返した。
「なんだなんだ?何か買うのか?」
「見舞いに行くのに手ぶらって事はないでしょ?」
「まあ、そりゃそうか」
てなわけで俺達は売店に立ち寄りストームのチョイスで日持ちのしそうな焼き菓子のセットを購入する。
「ほんじゃ行きますか」
「おう」
俺はストームに続いて二階に向かう。
二階に出ると壁にフロアの案内図が張ってあるので、循環魔力科を探して向かう。
「三号室は相部屋のようだね」
ネームプレートが四つ並んでいるのを見てストームが言う。並んだプレートの中にマリア・ザイルスの名前がある。
「ここで間違いなさそうだね」
俺は頷き部屋の中に入る。
「こんにちは」
部屋の中にいる見舞客に挨拶をしながら俺達は入院患者を見る。
ベッド四つのうち見舞客が来ていて患者が確認できたのはふたつ。ひとりは中年女性でもうひとりは老女だ。
「すいません、ザイルスさんのお見舞いに来たんですけど。
「だったらこの子だよ」
老女がベッドサイドに座ってリンゴを向いている若い女性を指差して言った。
「お見舞いの方じゃなかったのですね」
ストームが例のインチキ臭い笑顔を向けて老女に言う。
「うちの連中はみんな冷たくってねえ、マリアちゃんの方が余程親身になってくれるよ。ねえ、マリアちゃん?うちの孫のお嫁さんになってくれないかい?」
「うふふ、お孫さんにはかわいらしい彼女さんがいるでしょお婆ちゃん」
「あんなの長続きしないさ」
お婆さんは剥いて貰ったリンゴをシャクシャクと齧りながら悪態をついた。婆ちゃん元気そうじゃん。
「それで、おふたりは?」
リンゴを剥き終わったマリアさんが俺達ふたりに聞く。
「ファルブリングカレッジの生徒で僕はストームと言います。こちらは」
「クルースです」
俺はお辞儀をする。
「たいしたものではないのですが、こちらどうぞ」
ストームが持っていた菓子をマリアさんに差し出す。
「まあまあ、こんなに沢山ありがとうございます。お部屋の皆さんと一緒に頂きますね」
「下の売店でも高いやつじゃないか。さすが坊ちゃん学校の生徒は違うねえ。マリアちゃん、お茶でも出しておやりよ」
婆さんがにっこりと笑って言いストームが同じような笑みを浮かべて俺を見た。はいはい、情報を聞きだしやすくなりましたね、さすがですね。
「ああ、僕らもお手伝いしますよ」
立ち上がろうとするマリアさんに、ストームがフルーツナイフとリンゴの皮が乗った皿を持ち言う。
「良くできた子だねえ、うちの孫の婿にならんかえ」
「お婆ちゃんの孫に女の子はいないでしょ?」
マリアさんが笑う。
「そうじゃったそうじゃった、だったらいっそ私の婿になるかえ?」
婆さんは豪快に笑う。
「機会があれば是非」
ストームは笑顔でそう言ってマリアさんに続いた。ふたりは部屋を出るので俺も後に続く。
マリアさんに続いて近くの給湯室に入った俺とストームはリンゴの皮を捨ててフルーツナイフを洗い食器置き場に戻した。
「ごめんなさいね、なんだか返って働かせてしまって」
「いえいえ、いいんですよ」
ストームはニコニコしながらお茶を入れるのを手伝った。
俺はトレーにティーカップを四つ置く。
「弟のテリーの事でいらしたんですよね?」
マリアさんの声のトーンが低くなる。
「どうしてそう思われたんです?」
ストームがスマイルを崩さずに聞き返す。
「だって、そうでもないとファルブリングの生徒さんがこんな所に来るわけないですもの」
「最近、何か弟さんに変わった事でもあったのですか?」
俺は尋ねる。
「こんな所ではなんですから、お部屋の方で話しましょう」
「よろしいんですか?部屋には他の患者さんもおられますが?」
「いいんです。皆さん、良くわかってらっしゃいますから」
マリアさんはそう言ってトレーを持とうとするがストームは自分が持って行きますからと譲らない。
「すいません」
マリアさんはそう言って給湯室を出る。俺達は後に続き先ほどの部屋に戻った。
「…そうかいそうかい、あんたらテリーちゃんの事で来なすったのかい。あの子、学校で何かしたのかい?」
部屋に戻りマリアさんが隣りの婆さんに軽く事情を話すと、急に婆さんは村の古老のような貫録で俺達にそう尋ねるのだった。
俺達は弟のテリー・ザイルス君が最近授業をサボる事が多くなっている事、現在も文化祭の準備をサボり学園にもあまり顔を出さなくなっている事を説明する。
「…なるほどねえ、やっぱりねえ。そんな所だと思っちゃいたんだけどねえ。マリアちゃん気をしっかりお持ちよ。私から説明して構わないね?」
俺達の説明を聞き下を向いて鼻をすすり出したマリアさんを慰める婆さん。どうやらこの婆さん、マリアさん所の事情にかなり詳しいようでマリアさんは婆さんの問にゆっくり頷く。
「本人の口からじゃ話辛い事もあるんだよ、察しておくれ…」
婆さんはそう前置きすると話を始めた。
この病棟、循環魔力科は患者は体内での魔力操作に異常をきたした患者が入院する場所なのだそうだ。特にこの部屋にいる患者は取り入れた魔力の放出が困難になり、術式具の使用ができないどころか一日一回、人工的に体内にたまった魔力を排出しないと体調が悪くなる症状なのだと言う。
現在の所、この症状の有効な治療法は確立しておらず、適切な処置を施して症状が軽減するまで入院するしか方法はないのだそうだ。
婆さんが言うには年寄りは体内に取り入れる魔力量も少ないため苦痛は軽いのだが、若くて取り入れる魔力量が多い人は吐き気や嘔吐、倦怠感、眠気、頭痛などの症状が強く出るためかなりしんどいのだと言う。
マリアさんはまさにそのタイプで、今日はまだ状態が良いのだそうだが酷い時は食べ物の匂いが受け付けなくなりなり食事もままならなくなるのだそうだ。
「…テリーちゃんは優しい子でねえ、そんなマリアちゃんを見てられなかったんだろうよ。最近は口数も減って見舞いに来てもすぐに帰ってしまったり、何かにイライラしているような様子もあってね。私も気になってねえ、悪いとは思ったんだけど帰って行くテリーちゃんの後をつけた事があってね…」
好奇心と行動力、探偵みたいなおばばだな。
「…そしたらねテリーちゃんたら外に出ずに病院内をウロウロしとるのよ。他に入院患者に知り合いでもできたのかと思ったんじゃが、テリーちゃんが向かった先がのう…」
そこまで言って婆さんは声をひそめた。
俺とストームは婆さんに顔を近づける。
「…じゃったのよ」
「はい?」
小さい声で聞きとれず俺は聞き直す。
「遺体安置所じゃったのよ」
婆さんの言葉に俺もストームも言葉が出なかった。様子の変わった学生が遺体安置所に行くようになったって、どんなホラー映画だよ?
「…そんな所で彼は何をしていたのです?」
ストームがなんとか言葉を発した。
「そこまではわからんよ、私が確認したのは地下に行く階段を降りていく所までじゃったもん。看護師長のピールに見つかっちゃってのう。あいつは何かと私を目の敵にしてるからねえ、うるさいったらないよ」
婆さんは苦々しげに言うが、そりゃ婆さんが看護師長に目を付けられるような事をしてるからじゃねーのか?と喉元まで出かけたが俺はなんとか言葉を飲み込んだ。
「その階段を降りたら遺体安置所しかないんですか?」
ストームが尋ねる。
「案内図にそうあるから、そうなんじゃろうさ」
「弟さんにその件を聞いた事は?」
ストームが尋ねるがマリアさんも婆さんも首を振るばかりだった。
「もしかしたら、今、そこに行けばテリー君に会えるかもしれないね」
ストームが俺を見る。
「行ってみっか」
「おう」
俺達は地下へ降りれる階段を探し地下へと向かう。
階段を降りた先は一本の長い通路だった。
「トビラはこれだけのようだね」
「みたいだな」
長い通路の真ん中付近にポツンとあったトビラには遺体安置所というプレートが貼ってあった。
「なんだかおかしな具合だなあ」
ストームが首をひねる。
「トビラがひとつしかないからか?そんな事もあるんじゃねーの?この向こうは広い部屋なのかも知れないし」
「だとすればこんなに通路をとる必要なくない?」
「う~ん、まあ、そう言われりゃあそうかもしんないけども通路の突き辺りには昇降機があるじゃないか。そのために通路を長くとったと考えれば自然だろ?」
俺は通路突き当りにあるエレベーターを見て言う。
「でもやっぱな~んか引っかかるんだよねえ、テリー君もいないみたいだし」
ストームは納得できない顔をして俺を見る。
「じゃ、どうすんだよ?」
「調査するしかないでしょ」
ストームはそう言って通路を歩き階段を昇る。
「調査って何を?どうやって?」
「まあ、大人しくついてきなよ。ここからは僕の得意分野でしょ」
ストームはそう言うと一階に戻り食堂へと向かうと、患者らしき寝巻のような恰好をした人達がたむろしているテーブルの横に座った。
「こんちはー。ここって何が美味しいんですかねえ?」
ストームは気さくにテーブルにいた人達にそう声をかけた。
「まあ、たいていなんでも美味しいけど、卵料理だけは止めといたほうがいいかもねえ」
「そうそう、他は何食べても美味しいのになぜだか卵料理だけは塩っ辛ぇーんだよな」
座っていたおばちゃんが親切に教えてくれ、隣りにいたおじさんも笑顔で答えてくれる。
「へえ、そうなんですかあ。そりゃあいいこと聞いたなあ。友達の見舞いに来たんですけどねえ、肝心の友達がどこかいっちゃってて。病院内を探して歩いたんですけど看護師長さんに怒られちゃって」
ストームが人懐こい笑顔を見せる。
「あ~、ピールさんだろ?悪い人じゃあないんだけどねえ」
「規則に厳しいんだよなあの人は」
「規則を守らせるのが看護師長の仕事みたいなもんだからなあ、でも患者にゃうるさいけど見舞いに来たもんにゃあそれほどうるさくはないはずだぞ?兄ちゃん達、なにかやったのかい?」
食堂の事を教えてくれたふたりに続いて傍に座っているおじさんが俺達に尋ねる。
「友達を探してただけなんですけどねえ」
「入っちゃいけないとこにでも入ったんだろ?資材置き場とか地下とか」
「あ、それです。地下に行ったら怒られたんですよ」
ストームが屈託なく言う。
「やっぱりあそこって何かあるのよ」
おばちゃんが眉を顰める。
「何って例の噂かい?パメラさんはそんなもんを信じてるのかい?」
「だって、おかしいでしょ?見舞客に怒るなんて」
「あぶねえからじゃねーのかい?怪我でもされたら責任問題になるからじゃあねーのか?」
おばちゃんは眉をひそめおじさんは何をバカなと笑いながら話をしている。
「なんなんですか?その噂って?」
ストームがおばちゃんの顔を見て尋ねる。これが調査か、確かにストームの得意分野だがちょっと嬉しそうな顔しすぎだろ。
「知らないのかい?アルグスト病院の七不思議を?」
おばちゃんがおどろおどろしい口調で俺達に言う。
「いやあ初耳ですよ、面白そうですねえ是非お教えください」
ストームが満面の笑みで言う。
「それじゃあ、ひとつ教えてあげようかねえ…」
おばちゃんは嬉しそうににんまりと笑って口を開いた。
ストームはこれまた嬉しそうな笑顔を浮かべうんうんと頷く。
これで調査になるのか?テリー君の事と何か関係あるのか病院の七不思議が?
俺にはちょっと結びつかないが、そっち方面のプロであるストームの鼻にひっかかるってんだから、ここは素直に話を聞いときますかい。




