世情と病院とって素敵やん
「なんだよそれ!また面白そうな事をやるなら一声かけてってくれよなー!」
通信機の向こうでディアナが大きな声を上げる。
「いや別にそんな面白い事にはならないって」
「嘘つけー!面白い事になるに決まってるっちゅーの!」
ディアナがまた大きな声で言った。
「あんまおっきな声出すなって。お前だって関わってるだろ?」
ディアナは今回の脅迫状の件は学長から協力要請を受けて知っているし、何しろついさっきまでケイトの協力をしていたのだ。
「そりゃケイトっちに情報提供はしたけど、ついてこうとしたら危険が伴うかもしれませんから同行は拒否させて頂きますってさ。ケイトっちってお堅いよね~そういうとこ。その点、ジミーは柔らかいじゃん?軽佻浮薄のジミーってたら有名だもんよ」
「誰が軽佻浮薄だよ!俺はこう見えて真摯誠実で通ってるんだよ」
俺はディアナに抗議する。
「何言ってんだよ、こっちの耳にはもう入ってるっちゅーの」
「何がだよ?」
俺はドキリとしながらディアナに聞く。別にやましい事は何もないが、それでもディアナからそんな事を言われれば少々怖くなる。
「男子寮の前での講義だよ。真摯誠実が聞いて呆れるね、あー嫌だ嫌だ。買い物に来る女子生徒に言っとかなきゃだな、ジミーは稀代のスケコマシだって」
「勘弁してくださいよーディアナ姐さーん」
俺はディアナに泣きつく。なんだよ稀代のスケコマシって、そんな噂を流された日にゃあ俺の平和な学園ライフが消し飛んじまう!
「きしししし、冗談だよ冗談!しっかしジミーもいい事言うよなー礼儀、笑顔、清潔感だっけ?昨日まで文化祭準備で忙しくて汚くって無愛想だった男子生徒が急に身だしなみ気を付けちゃって笑顔になってんだもんな。こっちも商売やりやすくっていいわいな」
みんな影響されんのはえーっつーの!まあ、悪いこっちゃないからいいけども。なぜか多い十月後のベイビーってな事にならんよう注意してくれよな。
「とにかく、そう言う事だからケイトによろしく伝えといてくれよな」
「わぁーったけど、次、おもろい事あったら必ず声をかけてくれよなぁ」
「だから、別におもろくねーっての。お前と一緒にいる方がよっぽどおもろいっちゅーの」
俺はディアナに言ってやる。
「きゃっはっはっは!そうかい?そりゃ光栄だけどね。まあ、今回は仕方ないね、バッグインバッグのパンプキンパイで手を打つよ。最近、あそこ評判でさ、うちのとどう違うか確かめたいんだよね」
「はいはいバッグインバッグね。わかったから、頼むぜ言づけ」
「あいよ、んじゃ土産楽しみに待ってるよん」
明るい声でそういうと、さっさと通信を切るディアナ。大丈夫かなあれは?ちゃんとケイトに言ってくれるよな?
少しの不安を抱えながらストームと合流する。
「こっちこっち!早く早く!乗合来ちゃうって!」
手を振って急かすストーム。俺は走ってストームの元に向かう。
「よーし、ナイスタイミング!」
「何がナイスタイミングだよ、走らせといて」
やって来た馬車に乗りながら俺はストームに言う。
「まあまあ、それよりそっちは大丈夫?」
「ああ、まあ大丈夫じゃないの?」
「何をそんな他人事みたいに言ってんのよ。上手く伝わらないとケイト君怒るよ?普段はクールなのに君の事になると彼女ムキになるからね。惚れられてるんじゃないの君?」
ストームが俺の顔を覗き込むようにして言ってくる。まったくこの年頃はなんでも恋愛に結び付けようとしてくるからなあ、困ったもんだ。
「んなわけあるかい。あいつと俺の接点ってろくなことがないの知ってるだろ?」
ストームもそこそこ絡んでいる時あるし、そうでない時もこいつの耳には入って来てるだろうよ。
「そう言えばそうか、そもそもの出会いもレクーリュ硬貨絡みでダークバエルとハルスマニ軍相手に大立ち回りだったもんねえ。最近じゃハンドラーだっけ?君達の間にロマンスなんか生まれる隙はないか」
ストームは馬車の窓を開けて俺に言う。風の音でかき消す効果を狙ったんだろうが他の客がストームの話しにまったく反応していない所を見ると、その企みは成功だったのだろう。まあ、どの単語も一般市民には耳馴染みない言葉だからそれでざわつくような事もないとは思うが、ああ、ハルスマニ軍くらいは誰でもわかるか。
いずれにしても窓を開けたのは正解か。
しっかし、ハンドラーまで知っとるとはなあ。
「お前の早耳には恐れ入るよ」
「君の活動のが恐れ入りーやんの奇跡の泉だよ」
「なんだそりゃ?」
「あれ?知らないの?イリーヤンの奇跡の泉。最近話題なんだよ?イリーヤンで突如湧き出た泉が万病を治すって」
「おいおい、それがマジなら病院はいらなくなっちゃうじゃないか」
俺はツッコむ。つーか、そんな落語や啖呵売でつかいそうな言葉、こっちでもあんのね。なんだか親近感を覚えちゃうよ。そうで有馬の水天宮!田にしたもんだよイナゴのションベンとくらぁ!
「まあ、誰でも治るってわけじゃないみたいよ。信心深い人には効果があるんだってさ」
ストームは窓の外の景色を見て言う。
「信心深いってモミバトス教にか?」
「まあ、そうなるのかな。正確にはミドルウェイチャーチだね」
ミドルウェイチャーチってのはモミバトス教の中でも中道派を名乗る教会だ。中道とは何と何の間を意味するのかと言えば、モミバトス教という巨大宗教の中に存在する大きな二つの派閥の中間を意味する。
では大きな二つの派閥とは何かと言うと教皇をトップとした派閥とそこから離れて中央集権的組織づくりをせずに発展している派閥の事である。
まあ、前世の巨大宗教でも似たような事はあったな。
この二つの派閥は教義も細かな違いがあったりするが、現在ではお互いをある程度は認めあい平和的な関係が続いているので、たいていの国では国民がどちらを信仰していようと咎められることは無いし白い目で見られる事もない。この辺の在り方も前世と似てるっちゃ似てるな。
問題はメインストリームと言えるような物が二つあることで、分派や亜流が続出しやすくなっているって事だろう。その辺も前世と通ずるものがあるな。
ちなみにミドルウェイチャーチってのは植民地で勢力を伸ばし植民地解放の一翼を担ったとも言われている。
「バッグゼッドってミドルウェイチャーチの信者多かったっけ?」
「最近、増えてるみたいよ。カッパーマインの信者数が減少傾向にあるって聞くから下手すりゃ国内第二位の組織になるかもよ?」
ストームがニヤリと笑って言う。カッパーマインってのは中央集権化を避けた方のモミバトス教派閥が自らをそう呼ぶことが多い呼び名で、教皇派はゴールドマインつまり金山であり高価で一部の有力者のためのものである、それに対して自分達はカッパーマインつまり銅鉱山であり、全ての市井の人に向けた存在であると言う意味で使っている呼称ってわけだ。
「いずれにしてもバッグゼッドは教皇派だろ?いいんじゃないの?」
「またまた~、関心なさそうな顔しちゃって~、ホントは気になるくせにぃ~」
ストームが嬉しそうな顔をして俺に絡んでくる。
「まあ、確かに気にならないと言えばウソにはなるかな」
「でしょ~?クルース君としては今のこの動きをどう見る?是非、専門家の意見を聞きたいなあ」
「別に俺は専門家じゃねーけどもな。各派閥の人数の推移はそのまま有力者のパワーバランスの推移に関係して来るとは思うぜ?」
「やっぱ、皇帝が移民受け入れに積極的だからだと思う?」
「それもあるだろうな」
ストームはカッパーマインが移民受け入れに否定的である事が信者数減少の原因になってるのではないか?と言っているのだ。実際にアルロット領でのジャーグル王国侵攻戦後、ヤグー難民受け入れに最後まで強硬に反対したのはカッパーマイン派閥の貴族たちだった。結局、アルロット領主の対応とそれを見た皇帝の鶴の一声で彼らの言論は封じられてしまったのだが。
「その辺の軋轢はいずれ表面化するだろうな。信者数の推移はその指標ともとれるから、注目しておいた方が良いかもな」
「僕もそう思ってたんんだよ。これってウェッパー学長にも伝えた方が良いかな?」
「学長レベルなら当然目をつけているとは思うけど、一応、耳に入れるだけ入れておいたらどうだ?生徒レベルでも注目するほどだって事が伝わればまた違うかもしれんからな。まあ、お前じゃ一般的な生徒ととしては取られないかもだけどな」
「酷いなあ、僕だって立派な一般的生徒だよ」
「立派なのか一般的なのかどっちなんだよ」
俺とストームはそう言って笑い合った。
「次はアルグスト病院前、アルグスト病院前です」
御者のアナウンスが馬車内に響き、ストームは降車を知らせるボタンを押す。
しばらくして馬車は速度を落とし停車したので俺とストームは料金を支払い馬車を降りる。
目の前には集合住宅なのか大きな高層建築物がそびえ立っている。
「イチニイサン…六階建てかよ。凄いねこりゃ。ここのどこかに病院が入ってるってのか?つーか、ここで降りたってだけだと、病院に行ったのかどうかわからんなあ」
「何言ってんの?これ全部が病院だよ」
「うっそ!これ全部?」
俺は高層建築を見上げる、すると右上の方にアルグスト病院と書かれた看板が目に入る。
「うっそじゃないよ。だってアルグスト病院って帝国一番の巨大病院だもん」
「マジっすかー」
驚いた俺は間抜けな声を出してしまう。こんなにデカい病院、こっちに来て初めて見たよ。
「とにかく中に入ってみようよ」
「お、おう」
その病院の巨大さに気圧された俺はストームに手を引かれるようにして中に入るのだった。
なんつーか、病院って苦手なんだよなあ俺。




