業務管理はお任せねって素敵やん
自分を見つめ直している俺とは対照的に自信に満ちた確固とした足取りのストームは、まっすぐ迷いなく生徒会室にやって来た。
「失礼します」
ノックをしてから声をかけ、ストームは生徒会室のトビラを開いた。
「なんです?乗馬クラブの学園祭資金なら既に話し合い、捻出の手段も相談したはずだすが?」
生徒会室に入って見えたのは多くの書類にうずもれながら書き物をしている、頭にねじり鉢巻をし目の下に隈を作ったオライリーさんの姿だった。
「いいえ、乗馬クラブの件ではありません」
ストームは落ち着いた口調で言う。
「だったら、なんなんです?私も忙しいのです、要件を速やかに言って下さい」
オライリーさんは書類と格闘したままこちらを見ることなくそう言った。あららー、あの可憐なオライリーさんが見る影もない。
髪を整える暇もないのか髪はボサボサ、徹夜が続いているのか机の上にはコーヒーカップが並んでおり、頬も心なしかこけている様に見える。
「ではズバリ言います。オライリーさん、あなた明らかに過重労働ですね?」
「私がオーバーワークだと言うのですか?そんな事はありませんよ、ただ私の能力が低いから時間が足りないだけで仕事量は適切なものだと思いますが」
オライリーさんは独特の目つきで俺達に言う。この目つきはちょっとばかり覚えがある。前世でたまに見かけた目だ。真面目過ぎて人から頼られやすい人がドツボにハマった時の目だ。
こういう人は頼られる事に喜びすら感じてしまうから質が悪いんだよな。仕事を任せちゃう人もあいつはこう言う仕事が好きなんだからある意味人助けみたいなもんだ、なんて本気で思ってたりするからな。本人も弱音を吐いたりしないもんだから、周囲の皆もその人の心身に大きな負担がかかっていることに気が付かないんだ。
こりゃ、早急になんとかせにゃヤバいぞ。
俺はストームを見る。
ストームは強く頷いた。
「オライリーさんが高い能力を持っているのは周知の事実ですよ。なのにそんな状態になっているという事はやはり仕事量が多すぎるとしか言いようがありませんよ…」
ストームは一生懸命諭すように説明するが当の本人であるオライリーさんはしっくりこない様子。
「…困ったなあ。君からも何か言ってくれたまえよ」
言葉を尽くしても暖簾に腕押し状態だったストームは深く息を吐きながら俺に話を振った。
「オライリーさんは無理をしている自覚はありますか?」
「いいえ、特には」
「疲れが取れなかったり元気が出ないと感じる事は?」
「それは少し感じますが、季節の変わり目ですし学園祭が近い事で気負っている所もあるのかと」
「無理している自覚はないが体調不良のサインは出ていると」
「体調不良と言うのは少し大げさかと思いますが…」
落ちくぼんだ目でそう言われてもんなあ、俺はストームと顔を見合わせる。
「オライリーさん。通常、日々の疲れと言うのは休息、睡眠、気分転換、栄養補給によって回復するものです。しかし、仕事量が多くそうした回復作業に取れる時間が減ると当然の事ながら回復できる量が減少するわけです。ダメージが回復量を上回ればどうなるか、それはわかりますよね?」
「ええ、それはわかります…」
オライリーさんの言葉の語尾が小さくなる。自分でもわかってはいるんだろう。わかっているが過重労働から抜け出せない人ってのはいるもんだ。職場の環境などが原因な場合はその職場を変えるかそこから去らない限り抜け出せないが、ここの生徒会は俺が見ている限りそんなブラックな職場ではないと思う。
ではなぜ、こんな事になっているのか?それは先ほどのストームとの会話でよくわかった。
オライリーさんは完全主義で能力が高いので今まで自分の仕事は自分で片付けて来たような人だ。人の相談に乗ったり人を助ける事は得意だが責任感が強いのでその逆は今まであまりしてこなかった。人に任せるより自分でやった方が速いって訳だ。これはつまり人に仕事を振ったり相談したりする事が苦手という事でもある。
真面目で完全主義で能力が高く責任感が強いが、人に相談したり人に任せたりするのは苦手。これはまさしくオーバーワークになりやすい人の特徴である。
「オライリーさん、あなたは有能な人で代わりがいないからこそちょっと厳しい事を言いますよ?このまま休んでも回復しないような状態が続けばどんどん作業能率は低下します。じりじりと納期を過ぎる仕事が溜まり最終的にその仕事を抱えているオライリーさんが倒れてしまったらどうなります?オライリーさんは真面目で責任感が強いからギリギリまで自分ひとりの力で何とかしようとする事でしょう。すると、引継ぎもできていない仕事が大量に残される結果になります。もしも、オライリーさんがそうした仕事を引き継ぐことになったらと考えたらどうですか?」
俺はオライリーさんに質問する。
「それは…」
オライリーさんは考え込んでしまう。オライリーさんは賢い人だ、そうなる可能性が十分ある事について思いが至った事だろうし、反対に自分が後を引き継ぐ立場ならばという事も容易に想像ができたのだろう。
実際、俺も前世で似たような事になった事がある。
役職なしの一兵卒で出向したはずが、出向先で管理職をするはずだった人物が直前になって怖気づきバックレてしまったため突然自分がそのポジションにつかざるを得なくなった事があった。
あれは痺れたもんだった。仕事の段取りどころか、どこに何がしまってあるのかすら良くわからない状態でスタートする仕事の恐ろしさっていったらなかった。
「そんな事にしたくはないですよね?」
「勿論です」
オライリーさんは強く頷いた。
「勿論なんですけど、もう今の段階では私ひとりでやり切る他に手立てがないのですよ。生徒会は皆、それぞれ沢山の仕事を抱えています。いえ、生徒会だけではありません、生徒の皆さんにはそれぞれやるべき仕事が割り当てられています。現時点で手が空いている生徒などいないのですよ。それとも、おふたりが手伝って下さいますか?」
オライリーさんは疲れた笑みを浮かべて俺達を見た。
「勿論それも構わないんですけど、丁度、ついさきほどまで仕事がなかった生徒がふたり程いましてね。それぞれついさっきそれぞれが抱えていたトラブルを解決し仕事先を斡旋したばかりです。今ならまだ仕事についたばかりなのでこっちに引っ張りやすいと思いますが」
「本当ですか?もし本当なら非常に助かります。そのふたりの生徒の事を教えて頂いてもよろしいですか?」
「ええ…」
俺はヘリオスさんとズノーク君の事をオライリーさんに教える。
「…わかりました。それぞれの関係者には私からしっかり話を通してから引き抜きをしますので、安心して下さい。おふたりとも、ありがとうございました。今回は本当に良い勉強をさせて貰いました」
オライリーさんはそう言って立ち上がり、俺達ふたりに握手を求めて来た。
「いえいえ」
ストームはダンディな声で答え握手を返す。
「何と言っても健康一番ですからね」
俺の言葉に笑顔で握手を返してくれたオライリーさんの後ろで、バサバサと音を立てて書類が崩れた。
「やっぱり無理はいけませんね」
オライリーさんは笑いながら崩れた書類を直すのだった。
俺とストームは崩れた書類を直すのを手伝い生徒会室を後にする。
「なんとか無事に終了させることができたね」
部屋の外に出て廊下を歩きながらストームが言う。
「ああ、これで解決すればいいんだけどな」
「解決したかどうかはまだわからないけど、とりあえず我々に与えられた仕事は終了したんだから、ひとまずはそれで良しとしなきゃね。後出来る事は学長に報告する事くらいだよ」
「だな」
という訳で俺達ふたりはケイトの帰りを待ち合流すると、今日あった事を学長に報告しに行った。
学長は我々の報告を聞くとその労をねぎらい、事態が進展したら必ず俺達にもその旨を知らせるのでそれぞれ元の仕事に戻って欲しいと言いその日は解散となった。
そして翌日。
「…これは今朝、この部屋に届いていた物です」
学長室に呼び出された俺とストーム、ケイトは新たに届いたと言う脅迫状を学長から見せられていた。
今回の脅迫状には手書きで学園祭の中止及び犯人捜しを止めるよう、さもなくば学園に火を放つ旨が書かれてあった。
「昨日ご報告した通り、私の耳に入っている生徒には全てあたりその問題は解決しました。ですので、これを出した相手は寄宿舎にいる生徒ではないか、もしくは生徒ですらない可能性が高いのではないでしょうか?」
脅迫状を見たストームがかしこまった態度で言う。
「脅迫文が書かれたこの紙に見覚えは有りませんか?」
ウェッパー学長に言われてストームは紙を手に取りまじまじと見た。
「これは、ファルブリングのメモ帳ですね?」
ケイトが声を上げる。
「その通り、しかもこれは販売はしておらず学内でのみ使われている物で、調べた所、現在では寄宿舎にしか置いていない事が判明しています。更にメモ帳右下にあるカレッジロゴの色は青です」
学長に言われて脅迫文が書かれてある紙の右下を見ると薄くファルブリングカレッジのロゴ、盾の真ん中にファルブリングの文字、そしてそれを囲むように翼と月桂樹が描かれた青いロゴがプリントされてあった。
「青だと何かあるのですか?」
俺は学長に尋ねる。
「このメモ帳のロゴには青と緑の二色があり、緑は女子寮、青は男子寮に置いてあるとの事です」
「女子は基本的に男子寮への立ち入りは禁止されていますから、犯人は男子生徒に絞られますね」
学長の話しを聞いたストームが顎に手を当てて言う。
「そう限定するには判断材料が少なすぎますが、その可能性は否定できません。そこであなた方に今一度、依頼したいい事があります」
「男子寮の生徒の洗い直しですね?」
「ええ、それ以外の線はこちらで継続して調査しますので、男子寮の調査をあなた方にはお願いしたいのです。引き受けて頂けますね?」
ウェッパー学長は穏やかな表情で我々に言う。
「勿論、お引き受けしますが男子寮での調査となるとケイト君は如何致しましょう?」
ストームが学長に聞く。
「ケイトさんにはこの紙を手に入れられる手段を持った女子生徒がいないか、そこの所を探って頂きたいと考えています」
「何らかの用で男子寮に最近入る事が許された生徒、もしくは男子寮に入れる人物に伝手がある生徒、という事ですね?」
「前者については我々の方で把握していますので現在あたっていますから大丈夫です。ケイトさんには後者の方でお願いしたく思います」
「わかりました。お任せ下さい」
ケイトはいつもの調子でそう答えたが、男子寮に入れる人物に伝手がある女生徒っていうと、考えられる可能性で一番高いのは男子寮で生活してる生徒と付き合ってる生徒って事になるぞ?恋愛系の調査になるが果たしてケイトにそれができるのだろうか?
俺は些か疑問に感じてしまった。
「どうしました?何か心配事でも?」
心模様が表情や仕草に漏れ出ていたのかウェッパー学長が俺にそう尋ねた。
「いえ、なんでもないです、はい」
俺は誤魔化して返事をする。
「もしかしてジミーさん、私に女子の恋愛関係を調査する能力がないと考えていますか?」
ケイトが俺にズバリ言う。こういうの鋭いんだよなあケイトって。
「いや、だって、言い辛いけどケイトはそっち系は疎いだろ?大丈夫なのか?そんなに簡単に引き受けちゃって」
「失礼ですね。こう見えて私はクラス内外多くの生徒から恋愛相談を受けています」
ケイトがそう言って胸を張った。
「ホントか?」
俺はストームに尋ねる。こういう事はストームの方が詳しかろう。
「知らないんですかクルース君?美と恋愛の伝道師としてその筋じゃあ有名だよケイト君は」
「マジっすか!そりゃ御見それしました」
俺は驚いて思わずケイトに頭を下げてしまう。
「コホン、では皆さん、依頼は引き受けて頂けますね」
ウェッパー学長が咳払いをして俺達を見る。いつも冷静沈着、凛とした学長だが今は少しばかり目が笑っている。俺達のやり取りに笑いをこらえているようだ。笑ってくれていいのに。
「お引き受けします」
ストームが言い、俺とケイトも会釈をする。
「では僕とクルース君は男子寮で調査をするが、ケイト君はどうするんだい?」
学長室を出るとストームがケイトに尋ねた。
「私は生徒間の恋愛時事情に精通している人物に会いに行きます」
「では進展があってもなくてもお昼に一旦食堂で落ち合おう。もし何らかの事情で合流できなかった場合、ディアナ君にその旨を言づける事としよう」
「それは好都合です」
「好都合とは?」
ストームがケイトに尋ねる。
「今から会いに行く人物とはディアナさんの事ですから」
「生徒の恋愛事情に精通してるのってディアナかよ?」
俺は驚いてケイトに聞く。
「ええ、プレゼントの取り寄せを一手にやっているので自然その辺りの事に詳しくなっていると聞きました」
「マジっすか。なんか今日は驚く事ばかりだよ」
俺は肩をすくめてケイトに言う。
「ではお昼に食堂で」
「あいよ」
「では後ほど」
颯爽と立ち去るケイトに手を上げる俺とストーム。
「さてと、では我々は男子寮に向かいますか」
「今行っても誰もいないんじゃないのか?」
なんせ学祭の準備でみんなてんやわんやだもの。
「まったくクルース君はホントに学園祭の事を何にも知らないんだねえ。ちょっとは感心持っておくれよ」
「スマン、で男子寮には誰かいるのか?」
肩をすくめて頭を振るストームに俺は尋ねる。
「学園祭当日、男子寮は外来者向けの窓口業務をする場所として一部開放される事になっていてね、今はその準備に関係者が当たっている所さ。主に寮の班長が担当する事になっているから寮内の動きを知るには持って来いでしょ?」
「なるほど、そいつは失敬」
班長ってのは寮での生活もろもろについて、そこに住む学生たちが自主的に管理できるよう結成されたグループの長で、まあ、マンションなんかの管理組合でいう組長さんみたいな事だ。
確かにそう言う役割の人ならば組内の事情には何かと詳しかろう。
さすがは噂屋ストーム、目の付け所がいいな。
そんな訳で俺とストームは男子寮へと向かったのだった。




