一難去ったらまた平安って素敵やん
ハンドラー事件の翌日、俺とケイトは学園長に呼び出しを喰らった。
学長室に行くとウェッパー学長以外にホフス先生とキーケちゃんとフーカさんがいた。
「昨日の件について国防軍のモルツ中尉から連絡を受けました。大陸の情勢を変えてしまうような物を悪党の手から奪還した事は大いに称賛に値しますが、あなた達は学園の生徒である事を忘れないで頂きたい。私達は生徒が世界に希望を持ちその可能性の翼を存分に広げる事を望んでいます。勿論、それはあなた達にも言える事です、どうかこの事を忘れないで下さい」
ウェッパー学長は真剣な表情で俺とケイトに言った。
「わかりました。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」
「申し訳ありません」
俺とケイトはしっかりと頭を下げる。こういう時にこんな事を言ってくれる大人が近くにいるってのは恵まれた事だ。
「いいんですよ、あなた達に困難を解決できる力がある事は良くわかっていますからね。それでも、まあ、これ以上は野暮になりますか。今日、あなた達を呼び出したのは別に説教をするためではないのです…」
ウェッパー学長は優しい目になり話を続ける。
「最近我が学園だけでなく帝国内のあちこちの学園において、人の欲や弱さに付け入るような犯罪が横行しています。これは先の教育機関代表者会議でも議題になり関係者の間で大きな波紋を呼ぶものとなりました」
「恐れ入ります、人の弱さや欲に付け入る犯罪とは具体的にどのようなものでしょうか?」
ケイトがウェッパー学長に尋ねる。
「詐欺、恐喝、暴行、違法薬物売買などがまるで弱い状況に置かれている者を狙うようにして行われているとの事です。各学園ではこうした事案を緊急性の高い問題と捉え可及的速やかな対応が求められています。学園としてできる事、つまり教育や啓蒙活動は生徒会と連動し速やかに行う段取りができていますが、ここに集まったホフス先生、キーケ特別顧問と話し合った結果、若者達の問題は社会の問題と強く関係しており切り離せないだろうという結論に至りました」
キーケちゃんって学園内では食堂のおばちゃんじゃなかったっけ?いつの間に特別顧問なんてなっとるん?まあ、マスターホフスとは気が合いそうだし、レインザーでもやんちゃな若者の有り余るエネルギーの有効活用には定評があったからなあ。さもありなんと言った所ではあるが。
「それで、私達が何かお役に立てることがあるのでしょうか?」
ケイトが尋ねる。
「ここからはわたしが話そうぞ」
ニコニコ顔でマスターホフスが話を引き継ぐ。
「現在、我がファルブリング精霊なんでもやります団のメンバーは文化祭の準備やバッグゼッド牛乳普及振興会の活動で非常に忙しい状況なのはわかっておるな?」
「「はい」」
俺とケイトは返事をする。そういやあお助け隊の正式名称ってそんなんだったなあ、すっかり忘れてたぜ。っちゅーか牛乳普及振興会の活動ってそりゃあ間違いなく駆り出されてるのはコラス達だよな?最近あまり見かけないと思ってたらそんな事になってたのかよ?てか、あいつら歴史研究会じゃなかったっけ?あ、研究野郎スペシャルチームか?あれ?もう何がなんだかわからんちんになってきたぞ?
「何か腑に落ちない事でもあるか?」
「いえ!ありません!」
マスターホフスにじろりと睨まれ俺は背筋を正して返事をする。
「かっかっか!ならば良い。我がクラブは生徒と学園街部を繋ぐ貴重なクラブである事はおぬしらも認識している事と思う。そこで、諸君にひとつお願いがある」
マスターホフスはこれまた嬉しそうな顔をして俺とケイトを見る。良くわからないがこういう顔をしている時は気を付けないと何か良からぬ事を考えているに違いない。
俺は腹に力を入れてマスターホフスの話の続きを待つ。
「これまでの仕事にプラスして更に世の中の動きに注視して貰うべく、受注する依頼の幅を広げたいと考えておるのだが如何か?」
「如何と言われましてもマスター。今までだってなんでもやってきましたよ?なんせ、何でもやります団って言うくらいですから」
俺はマスターホフスに言う。
「これまではわたしが依頼を選んでおった。依頼主の素性が怪しいものや犯罪の気配がするものは事前に断っておったのよ。今後はある程度までは受けようと思う。そしてここからが問題なのだが…」
マスターホフスがそう言って言葉を切る。なんだ?ここから?まだ、何かあるってのか?
「これは我らにとって実に都合の良い話でな、嫌なら嫌と言ってくれ。依頼の幅を広げる件と共になかった事にするからな」
「まあ、話だけでも聞きますよ」
マスターホフスがここまで言うってのは珍しい。こりゃ、余程理不尽な事か無理難題か、いずれにしてもろくな事ではなさそうだぞ。
「そうか。それでは言うがな、次回から依頼に対して報告書を上げて欲しいのだ」
マスターホフスは神妙な顔で言った。
「へ?」
俺は拍子抜けしてマスターホフスを見た。
「勿論、書式はこちらで用意させて貰うが、やはり、こんなのは都合が良い話だよな?こちらから面倒な事を頼んでおいて更に活動内容を文書にせいなど、悪かった、聞かなかった事にしてくれ」
「ちょちょちょ、ちょっと待って下さいよ!それだけなんすか?報告書だけ?」
「だけと言うが、お前」
「書式もあるんですよね?別にそれほど面倒じゃないっすよ。それくらいなら全然構わないですけど、な?」
「ええ、左程の事ではありませんね」
俺に聞かれてケイトもそう答える。
「しかし、これはお前たちを信用していないととられても仕方がない事なのだぞ?」
「そんな大げさなこっちゃありませんよ。クラブ活動なら予算取るのに活動報告はするものでしょう?それと変わりませんよ」
「きっひっひ、言ったろ?そんな事を気にする奴らではないと」
キーケちゃんが笑ってマスターホフスに言う。
「ううむ、やはり最近の若者は違うのかのう?」
「おぬしが管理される事に対して過剰に反応しとるだけだ」
マスターホフスが首をひねりキーケちゃんが笑う。
「勿論、我々もバックアップはするからな。どんな相談も受けるし関係各所への根回しも必要なら言ってくれ」
「技術面でのバックアップはうちにお任せ下さい」
キーケちゃんに続きフーカさんが揉み手をして言う。
最新技術のアイテムが使えてお偉いさんへの根回しもお願いできるとは、これはかなり心強いぞ。
俺はケイトと共に先生たちの提案を喜んで受け入れたのだった。
よーし!こうなりゃ陰謀と破壊と犯罪が渦巻く場所だろうが、世のため人のため公序良俗安寧秩序を守るべく複雑に入り組んだ現代社会に鋭いメスを入れたるぞ!
「と意気込んでは見たのだが」
「何をぼやいているんです?暇なら手伝って下さい」
部室でぼやく俺に掃除をしていたケイトが冷たく言った。
「だって、あれから来る依頼っつったら屋根の落ち葉取りだの庭木の伐採だの逃げた犬探しだの、そんなんばっかりじゃーん!」
「いいじゃないですか平和で」
ケイトはのんきに言いながら机を拭く。
「だってあれだけ先生たちに言われて気合十分だったのにさあ、これじゃあ新兵器だって泣いてるよ」
「あら、新兵器だって大活躍してるじゃないですか」
「魔導ノコギリと魔導送風機はな」
俺は机に足を上げて身体を反らせて言う。
「こらっ!どこに足を乗せてるんです!」
「あだっ!」
ケイトが怒って俺の足をはたき落とした。
「暇だ暇だ暇だー暇だ暇だ暇だ暇だー」
「変な歌、歌わないで下さい」
「失礼するぞ」
ケイトに怒られているとガラガラとトビラを開けてマディ生徒会学芸部長が入って来た。
「おいおい、随分とだらけているなあ」
マディー学芸部長は俺を見て呆れた様子で言った。
「いやあ、最近、パッとした依頼がないもんですから」
「そうかそうか、刺激が足りていないと、そういう事か。ならば、そんな君達に朗報だ」
マディ学芸部長はそう言って一枚の封筒を出した。
「なんですそれ?悪者組織からの招待状ですか?」
「相変わらず君はおかしな事ばかり言うな。招待状は招待状でもこれはパイカル伯からの招待状だよ」
マディ学芸部長は肩をすくめてそう言うと机の上に封筒を置いた。
「パイカル伯から?なぜです?」
ケイトは雑巾を置き、エプロンで手を拭いてから封筒を手に取った。
「なぜって、君達はあれだろ?ホフス先生と共に青少年育成会の活動をしているのだろう?パイカル伯と言えばバッグゼッド青少年健全育成会の会長もなさっているからな、これはその会主催のパーティーの招待状だ。ちなみに我ら生徒会も招待されているからな。当日は馬車を貸し切るから一緒に行こう、不明な点があれば生徒会で受け付ける。ではよろしくな」
マディ学芸部長はそう言い残して軽く手を上げ颯爽と去って行った。相変わらず男前な人だよ。
「どう思う?刺激的な事になると思う?」
俺は招待状を見ているケイトに聞いた。
「パイカル伯には先の事件でお世話になっていますし、ランラート男爵とも懇意であるとの事。信用できる人物のようですし今回は特に刺激的な事は起きないと思われますが、ジミーさんはトラブルを引き付ける力が強いですからねえ」
「人をトラブルメイカーみたいに言わんといてくれや」
俺は口を尖らせる。俺がトラブル巻き起こしてるわけちゃうぞ?
「ほら、そうやってたまにオーシャニヤンなまりを出しますよね?気付く人は気付きますよ?」
「ありゃ?そう?あんま良くないかね?」
「普通の生き方をしている人や若い人相手なら特に問題も無いでしょうが、それなりの経験をした者ならば警戒はしますよ」
「マジで?気を付けるよ」
「これは言葉遣いだけの問題ではないんですよ。あなたの言動には特定の人の目を惹くものがあるんですよ、それが良い人物だけならば構わないのですが、そうでない人物の目も惹いてしまうんですよ」
「そんな事を言われてもなあ。それに例の連中に限って言えばケイトだって注目されていたしなあ」
「私はバッグゼッドでは珍しい魔族ですからね、ある程度は仕方がない所もあるでしょう」
「俺だって外国人だぜ?珍しいだろ?」
「外見的には全くもって珍しくありませんね。いや、地味過ぎて逆に目立っていますかね」
「ヒデーなおい」
俺は軽くツッコんでおくが、そんなん言われても気を付けようがないっちゅーのよ。
「ちょっと言い過ぎましたね失敬。私が言いたかったのは自分がある一定層の目を惹く存在だという事を自覚なさいと、そう言う事です」
「へいへい、自覚ね。最近、そればかり言われてるような気がするよ」
俺は不平を言う。
「言われている自覚はあるという事ですね」
「あーっ、もう!頭こんがらかるわい!」
自覚って言葉がゲシュタルト崩壊起こすっちゅーの。
「まあ、とにもかくにも最近は平安な日が続いているのですからね。パーティーには剣呑な空気は持ち込まぬようにして下さいよ」
ケイトが招待状を机の引き出しに入れて言う。
「俺ってそんなに危険な香りがする?困っちゃったなあもう」
「何をとぼけた事を言ってるんですか。パーティーまではなるべく余計な事に首を突っ込まないように気を付けろと言ってるんです」
「わかってるってもう。お前は俺の母ちゃんかってーの」
「ホントにもう、大丈夫なんですかねこの人は」
ケイトはやれやれといった感じでこぼしながら再び雑巾を手にする。仕方がないので俺も掃除を手伝おうかな、どうやら俺は危険な空気を醸し出しているようだから所帯じみた事をして少しでも空気をやわらげなきゃな。
俺は立ち上がってハタキを手に取った。
「何してんですか!拭き掃除をしてるそばから埃を立てる人がいますか!ハタキはとっくに済ませてます!掃除の邪魔になりますから外に出ていて下さい!」
ケイトに怒られちまった。
「すんませーん」
俺はハタキを置きしょんぼりしてトビラを開ける。まったく、休日のお父さんじゃないんだから、ってこれもある意味所帯じみてるか。
「あ、依頼があるかもだからあんまり遠くには行かないで下さいよ」
「ふわぁーい」
「返事はハイでしょ!」
「ハイ!」
俺は逃げるようにして部室を後にするのだった。




