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意外と大丈夫異世界生活  作者: 潮路留雄
1107/1113

決死の潜入ミッションって素敵やん

 さて結局、パニッツとブランシェット、フィールドとミケルセンさん、おまけにフーカさんまで巻き込んでハントオブメリンが始まる事となった。

 ちなみにこのハントオブメリンと言うのは今回の作戦に名付けられた作戦名で、名付け親はミケルセンさんである。ミケルセンさん、結構こういうのお好きなようで、本当だったらケイトの代わりに同行したかったようだったが、危険が伴うかもしれないとパニッツ部長に強く止められて渋々引き下がるという一幕もあったりする。

 

 「あーあー、こちらアルファワン。聞こえますかどうぞ」


 「こちらフォックストロット感度良好です。ブラボーツー如何ですか?」


 魔導車を運転するケイトの声にファルブリングカレッジで見ているフーカさんが答える。


 「ブラボーツー良好です、どうぞ。うひゃっ、ケイト速度落とせって」


 俺は魔導車の助手席で返事をする。なぜ俺が助手席なのかと言うと、どうしても自分が運転したいとケイトが言うからだった。


 「何を言ってるんですかこのくらいで。人も居ないし問題ないでしょう?」


 「そういう問題じゃあなくて、うひゃあ」


 道幅をいっぱいに使って街路樹ギリギリかすめるようにコーナーを抜けていくケイト。


 「まったく、あなたも飛行魔法はお得意ですよね?魔導二輪の運転もなかなかお上手とお聞きしましたよ?それなのに、このくらいで悲鳴を上げるとは情けない」


 「助手席ってのは自分じゃ制御してない分、おっかねーんだっちゅーの!」


 俺は強烈な横Gに耐えながらケイトに不平を言う。


 「服装選びに手間取ったジミーさんのせいで急ぐ羽目になったんですから文句を言わない」


 通信機の向こう側でフーカさんが諭すように言う。


 「だって、ありゃねーじゃんよー。結婚式じゃねーんだから」


 最初に用意されたのは真っ白なタキシードだったのだ。さすがにあれを着るのは厳しいよ、なんせベストと蝶ネクタイ、おまけに襟も金なんだもの。勘弁してくれって。

 それで俺は無理を言って別のタキシードを探して貰い時間がかかってしまったのだった。

 ホントだったらこんなミッションにはやっぱり、高級な素材を使った力強くセクシーでタフなスーツを身に纏って望みたかったよ。


 「一緒に選ぼうって言ったのに面倒だから任せるって言ったトモ君がいけないんですよーだ」


 ブランシェットがいたずらっぽく言った。せっかく用意したんだから一回は着て見せろとブランシェットが強固に言い張ったため余計に時間がかかってしまったのだが、そんな事を主張しては藪蛇なので俺は口をつぐむ。


 「ふふふ、やっぱり面白いですねこれの操縦は。こんな面白い事を独り占めはさせませんよ」


 ケイトが怪しい笑みを浮かべて言う。


 「おい、失礼な事言うなよ独り占めしようなんて思っちゃいねーって」


 「だったらなんで代わるのを渋ったんですかっ!」


 ケイトはそう言いながら激しくハンドルを切る。魔導車のタイヤがスキール音をたてて派手にリアが振れる。


 「こうなると思ったからだよ~~」


 俺はウィンドウ上のアシストグリップを握りしめ半分悲鳴になって情けない声を上げる。

 通信の向こうでは女子達が遠慮気味にクスクス笑い、パニッツとフェールドは遠慮なくゲラゲラ笑った。


 「ひぃ~あ~れ~!ご無体なあ~!」


 通信機の向こうで男子のみならず女子達も爆笑の声を上げる。


 「レイトロプラチナムマイヤー劇場は前に見えるスカラマウンテンの上にあります」


 「え?何?山の上にあるの?」


 「ええ、余韻を壊さないようにとわざわざ人里離れた山の上に建てられたそうです」


 「へっ、へっ、へぇぇ~」


 俺は夜の闇の中恐ろしい速度で流れる車窓の景色に喉がカラカラになり上手く返事が出来なかった。

 

 「世界的にも有名なエコール・コロンが建築した事で知られています」


 「そ、そうなんだ」


 「エコール・コロンと言えばワットモウ国営カジノやバックゼッド帝都大図書館の設計でも良く知られています。確かジミーさんはワットモウ王国には行かれているんですよね?国営カジノには寄られましたか?」


 「いや、寄らなかったよ」


 徐々に速度にも慣れてきたようで口の中にツバも戻り喋るのに苦労せずに済むようになってきた。


 「それは勿体ない、ワットモウの象徴とも言える建物だと聞いていますよ。ジミーさんギャンブルは?」


 「あんまり得意じゃないね」


 「あら?そうなんですか?結構強そうに見えますけどねえ」


 「いやあ、勝てたためしがないよ」


 前世じゃ若い頃それなりにやった事はあるが、まあ、良く負けたもんだ。勝っていい目見た記憶がないもんな。だからギャンブルにハマる事もなかった訳だが。


 「へえ、でしたら今度私が勝つコツをお教えしますよ。バッグゼッドにもカジノはありますからね、今回の仕事を終えたら少し寄ってみますか」


 「簡単に終わればいいけど」


 「スカラマウンテンに入ります。お喋りしていると舌を噛むかもしれませんよ」


 「いや、お前が振ってきたんだんぐっ」


 またケイトの運転が荒々しくなってきたぞ。


 「ほらね、言ったでしょ?」


 「ぬおっ!ほらねじゃねって!劇場に向かう客がいるかも知れないだろ!あんま飛ばすなって!」


 俺は半分悲鳴のような叫び声をあげた。


 「何を言ってるんですか。こういうものは開演してから席に着くのはマナー違反ですからね、皆さんとっくに劇場に入ってられますよ」


 ケイトは涼しい顔をしてアクセルを緩めない。


 「ぐうっ、マナーっつーんなら、こんな激しい運転マナー違反じゃ、うっ、ねーのかよっ!」


 横Gがかかって四点ベルトで身体が固定されていても足が動いちまうから、足をしっかり踏ん張らないといけない。まじでこいつの運転はおっかねえ。

 

 「遅刻するよりはいいでしょう」


 「ひぃ!なんか横切ったぞ!」


 「鹿でしょう。こんな所に魔物は住んでいませんからね」


 峠には魔物が住むってケイトの事ちゃうんか?俺は生きた心地がしなかった。

 

 「見えてきました、なんとか遅刻はせずに済んだようです」


 曲がりくねった峠道を登りきると劇場の光の波が目に入り、一気に風景が煌びやかなものになった。

 劇場前のロータリーには馬車が並んで停車され、案内係の人が俺達を見て目を丸くして駆け寄って来た。


 「こちらはどこに停めればよろしいのでしょうか?」


 駆け寄って来た案内人にケイトが涼しい顔をして尋ねた。

 

 「あっ、えー、どうぞこちらにお停め下さい」


 少し困惑した後、案内人は空いているスペースに案内してくれる。

 こんな時間に来て劇場入り口からそれほど離れていない場所に停める事ができたのは、馬車に比べて駐車スペースが小さくて済むからだろうな。

 俺とケイトは魔導車を降り案内人にチップを渡し劇場に入った。

 

 「ようこそ当劇場へ。チケットをお預かりします」


 微笑む受付嬢にチケットを渡すと代わりに小さな紙袋を手渡される。


 「中に席番が入っていますのでご覧になられて下さい」


 「どうも」


 名前を尋ねられなかったのが残念だったが、俺は精一杯大人っぽく振る舞い軽く手を上げて紙袋を受け取った。

 ケイトも同じように紙袋を受け取る。


 「これを見て下さい」


 ケイトが紙袋の中から小さなプレートを出して俺に見せた。


 「なんだってんだ?」


 「よく見て下さい、これ平土間席じゃなくボックス席のプレートですよ?」


 「それがどうしたんだよ?」


 「どうしたじゃありませんよ、ボックス席なんてそれこそ簡単に取れるものじゃあありませんよ?これは、やはりかなりの大物が背後にいるのでは?」


 ケイトが真面目なトーンで俺に言う。


 「うむ、油断せずに行こう。秘密道具はきちんと持ってるな?」


 俺に言われてケイトは頷いた。

 

 「それじゃあ、行きましょう」


 「ああ」


 俺は不自然にならぬように背筋を伸ばしケイトをエスコートして指定のボックス席へと向かう。

 指定された番号の部屋の前には屈強なスキンヘッドの大男がおり、近付くとプレートの提示を俺達に求める。

 俺とケイトは紙袋から席番の書かれたプレートを出して見せると、大男は頷き部屋のトビラを開けた。

 

 「おおー!」


 「これは、素晴らしい眺めですね」


 部屋の中から見える景色に思わず感嘆の声を上げる俺にケイトも同意する。

 部屋自体はそれほど広くはないが、それが返って落ち着くから良い。凄いのはそこから見える景色だ。開演を待ち座る大勢の客、そして緋色のカーテンにより仕切られた煌びやかな舞台がまるで手が届きそうな臨場感で俺達に迫っていた。


 「こりゃ凄えよ。バンコッツ歌劇場にも行った事はあるが、これは別格だな」


 「バンコッツもかなり評判の良い劇場ですが、やはりここはレベルが違いますよ」


 ケイトもうっとりしたように言う。

 俺は無料のドリンクカウンターから冷えた発砲ワインとグラスをふたつ取ってケイトの横に座る。


 「ひとまず、喉を潤そうぜ」


 俺は小さなテーブルにグラスを置き、発砲ワインを注いだ。


 「ありがとうございます。今晩の成功を祈って」


 ケイトがグラスを掲げる。


 「ああ、成功を祈って」


 俺も同意してグラスをかさねる。


 「素晴しい劇場、素晴らしいお酒、これでお相手があなたでなければ最高なんですけどね」


 ケイトがグラスに口をつけ言い、通信機の向こうの女子達がクスクス笑う。


 「キャリアンじゃなくって悪かったな」


 俺は憎まれ口を叩く。


 「なっ!なんでここでその名前が出てくるんですか!失礼な!」


 「あっ!その話、聞きたい聞きたい!」


 珍しくムキになるケイトにブランシェットが好奇心をストレートにぶつける。


 「誰なんですかキャリアンさんて?」


 「ミケルセンさんは知らないかー。えーっとね、トモ君が前に一緒に冒険してた人でねモスマン族の王子様なんだって」


 「え?それじゃあ近衛兵団長の娘であるケイトさんからすると」


 「そうなの!主従関係にあるんだけどね~」


 「やだ!それってロマンチック!」


 「でしょ~!ね?ケイトっち教えてよ~?キャリアンさんとはどうなのよ~?」


 「うんうん教えて下さい!」


 通信機の向こうからブランシェットとミケルセンさんが詰め寄る。


 「うっ、あっ!幕が上がりますよ!お静かに!」


 劇場内に開演の合図が鳴り響く。


 「うまく逃げたな」


 俺は小声でケイトに言う。


 「逃げてません。それより余計な事を言わないで下さい」


 ケイトが俺を睨む。


 「別に余計な事とは思わないが、まあいいか。劇が始まれば向こうさんからどんなアプローチがあるか知れんからな。気を引き締めていくぞ」


 「ええ、わかってます」


 俺の言葉にケイトも頷く。通信機の向こうから女子達の残念がる声と男子達のあまり立ち入った事を聞くべきじゃないだろうとたしなめる声が微かに聞える。

 ケイトってミステリアスな所があるからな、そりゃ女子連中の好奇心を大いに刺激するだろうさ。こういう事は女子の方が好奇心が強い傾向があるからな、男子にゃ止められんだろうさ。

 俺は心の中で部長たちの苦労をしのんだ。

 場内の照明が落ち幕が開く。

 ショウの始まりだ。

 細身の男性が舞台上に出てきて両手を広げ朗々と歌い始めると、すぐに大勢の黒ずくめの男達が現れて彼を囲み歌い始めた。

 細身の男性は男達に捕らわれ縛りつけられる。

 初っ端から激しいな。


 「これ、どんな筋なんだ?」


 俺は小声でケイトに尋ねる。


 「おかしいです」


 ケイトがポツリとつぶやく。


 「何がおかしいんだ?」


 「去り行くロレンスにこんなシーンはなかったはずです」


 舞台では捕らわれた男性が男達に鞭打たれ悲しい声で歌っている。


 「新たな演出なんじゃないのか?」


 「演出の違いでは済まないですよ、去り行くロレンスは恋愛物語です。これでは詐欺師のルリガラスです」


 「なんだよそのルリガラスってな?」


 「詐欺にあった娘を助けるために詐欺師の巣窟に潜入した主人公の男は、潜入がばれ捕まり拷問を受けるんです。まさに今、舞台上で繰り広げっれているように」


 ケイトはそう言ってつばを飲み込んだ。


 「ロレンスの話にはそんな場面は無いんだな?」


 「あるわけありません。そんな話ではないんですから、これは、とても奇妙です」


 「チケットの文面が間違ってたって事はないのか?」


 「いえ、劇場の看板にも去り行くロレンスとありました。何より奇妙なのはここのお客さんが皆、この状況に対してひとりとして動揺していない事です」


 ケイトが声をひそめて言う。


 「ジミーさん、今、見ていた向かい側のボックス席をもう一度見て下さい」


 通信機の向こうでフーカさんが緊迫した調子で言う。


 「え?向かい側?」


 俺は聞きながら先ほど目線を通らせた向かい側ボックス席に視線を戻す。


 「右のレンズの上にダイヤルがありますので回して下さい」


 「お、おう」


 言う通りにすると眼鏡越しの景色がズームされ向かいのボックス席が鮮明に見える。


 「おい!ありゃあ、ジェニファー・スプレーンじゃねーか!」


 ズームされた向かいのボックス席には恰幅の良い男性二人と一緒にいるジェニファー・スプレーンの姿が見えた。


 「隣にいる男達が誰だか知ってますか?」


 フーカさんがいつになく真剣な声を出した。


 「いや、見た事のないなケイトはわかるか?」


 「いえ」


 隣で同じように眼鏡のギミックを使っているケイトに尋ねるが否定の返事だ。


「テイシス・モゼーラとドン・フェルリツですよ」


「なんだって?」


俺は思わず驚いて声を上げてしまう。テイシス・モゼーラと言えば山の上の施設絡みで名前の出て来た貴族でラザインの告知教会と深くつながっている事がわかっている、そしてドン・フェルリツと言えばこれまたラザインの告知教会とズブズブな事がわかっている大商会主だ。

彼らは何やら話し合い笑っているようだ。


 「どうします?撤退しますか?」


 ケイトが俺を見る。

 

 舞台上で鞭を振り上げていた男のひとりにスポットライトが当たった。


 「さあ!今宵はお集まりの皆さまにエキサイティングな狩りをお楽しみ頂きたく思う!狩りの獲物は我らが宿敵このふたりだ!」


 舞台上の男がそう叫ぶとスポットライトが俺とケイトを照らし出した。


 「さあ!楽しい狩りのスタートです!皆さま奮ってご参加くださいませ!!」


 舞台上の男は興奮気味にそう言って持っている鞭を振るった。


 「どうします?」


 ケイトが俺を見る。こんな時でも焦りは見られないのはさすが武人の娘か。


 「こういう時はな」


 「こういう時は?」


 「逃げるんだよケイト!」


 俺はそう言って部屋のトビラを蹴り破った。

 

 「やれやれ、何か策があると思えば…」


 ケイトが独り言ちる。そこは、わぁー!なんなんだこの男―!と言って欲しかった。


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