盛り上がる需品係って素敵やん
得意なはずの事で軽く打ち負かされた俺はその後、何度か射撃訓練をし、なんとか一息に四つの石を弾き飛ばす事に成功した。
「気が済みましたかジミーさん」
「へい、なんとか」
俺は呆れたように言うフーカさんに頭を掻きながら返事をした。
「それでは他の秘密道具の説明に入りましょうか」
フーカさんはそう言ってまたダッシュボードを弄り俺とケイトが返した拳銃型術式具をしまい込みスイッチを押す。
「ウィーン」
拳銃型術式具が収納されていた所の下段の棚が心地よい音と共にスライドして開く。
「端から説明します。こちらの眼鏡ですが、以前魔導二輪の時にお渡ししたヘッドバンドと同じ機能が付与されています」
「おおーマジか!これなら自然でいいねえ~」
眼鏡型無線通信機とはいよいよ秘密情報員っぽくなってきたぞ!わくわくするなあ。
「ふふふ、驚くのは早いですよ。さらにこの眼鏡、装着者のいる場所をざっくりとですが追えるようになっているんですよ!」
そう言ってフーカさんはダッシュボードにあるスイッチを押すとハンドルの前方、フロントガラスの手前部分から半円形の板が盛り上がってくる。
「この板に赤い点として表示されます。ちなみにとなりの眼鏡は緑の点で表示されます」
フーカさんはダッシュボード内に並んだふたつ目の眼鏡を指差して言う。
「これってもしかして、男女用でふたつあるって事かい?」
二つ並んで置いてある眼鏡は、ひとつは丸みを帯びた逆台形の前世で言う所のウェリントンタイプの黒縁眼鏡、いまひとつは若干細めのフレームにやや逆三角形気味のオーバルフレームでこれまた前世で言う所のボストンタイプの眼鏡であった。
「よくお気づきになられましたね。こちらのタイプは主張が少なくどんなファッションにも合わせる事ができるモデルとなっています。男性でも女性でもどちらでもご利用いただけます」
フーカさんはウェリントンの黒縁眼鏡を指して言う。
「そしてお隣の物はフレームも細めでシャープな印象にしてありながら優しく知的なイメージを演出してあります。まさにケイトさんにぴったりだと思いますよ」
フーカさんはボストンタイプ眼鏡を取り出しケイトに手渡した。
「どうぞかけてみてください」
「眼鏡をかけるのは初めてです」
フーカさんに勧められケイトは慣れない手つきで眼鏡をかけた。
「お?およよ?いいんじゃない?似合ってるじゃん」
「そ、そうですか?」
俺が褒めるとケイトは少し照れてみせた。
「確か、ケイトさんは認識疎外術がお得意でしたよね?」
「ええ、少しばかり嗜んでいますが」
フーカさんに問われたケイトは照れを引きずってか妙な謙遜をした。こいつの隠形術は少しばかりなんて生易しいもんじゃあない、前世の映画にてムキムキマッチョ特殊部隊とジャングルで戦った地球外生命体、捕食者と呼称される戦闘宇宙人と同レベルかそれ以上だ。
「では、ちょっとかくれんぼをやって見ましょうか。ケイトさん、その眼鏡をかけたまま認識疎外を使って身を隠して下さい」
「ええ、かまいませんが、もうよろしいのですか?」
「はい、お願いします」
元気良く言うフーカさんの言葉と共にケイト周辺の空気がキラキラときらめき風景が歪む。すぐにその歪みは無くなりケイトの姿は見えなくなった。
「かくれんぼという事は移動して良いという事ですね?」
空中からケイトの声がする。
「移動し続けてもけっこうですよ」
「わかりました」
フーカさんの言葉にケイトの気配は薄くなった。
「さて、こちらの懐中時計ですがこの上のクラウンを左に回して押すと…」
フーカさんは言う通りの動作をして見せた後、懐中時計を俺達の方に向けた。
「はい、この通り。あちらの情報板と同じ機能が付与してあり眼鏡の位置が表示されるのです」
「「「「おおおーー!!」」」」
パニッツ達が驚きの声を出し拍手をする。
懐中時計の文字盤が黒一色になりそこに緑の光が点滅し移動している。
「ジミーさんも眼鏡をかけて下さい」
「お、おう」
俺はフーカさんから渡された残りの眼鏡をかける。
「やだっ!トモ君、眼鏡似合うかも!」
「そ、そう?」
ブランシェットに言われて俺は少し照れた。これじゃケイトと一緒じゃん。
「鼻の下伸ばしてないでついて来て下さいジミーさん」
「伸ばしてねーっつーの」
俺はぶつくさ言いながらフーカさんに続く。フーカさんは懐中時計を見ながら裏庭を進む。
なんかあの懐中時計、揃えると願いをかなえてくれる玉の発見器みたいだなあ。そうなると伸び縮みする棒と乗れる雲が必要になってくるなあ。
「ジミーさん!ボヤッとしてないで眼鏡の右の弦の上にあるボタンを一回押してください」
「お、おう」
アホな妄想に浸ってしまっていた俺は急に声をかけられ慌てて言う通りにした。
するとどうした事か!眼鏡越しの景色が一変した。
「ふっふっふ、いかがです?」
「こりゃあ、こりゃすげーー!」
俺は思わず感嘆の声を出してしまう。俺が眼鏡越しに見ている世界、それは極端に限られた色で構成される世界、それも日の当たらない箇所は暗く、日に当たった場所は明るく見えている事から察してサーモグラフィ画像なのだろう。
「ジミーさん発案である音の反響の可視化にインスピレーションを受けまして、温度を可視化する魔道具を作って見ました」
「スゲースゲー!こりゃ参った。はい、ケイトつーかまえたー」
俺はサーモグラフィ画像で見つけたケイトの腕をつかむ。まいったな、ステルス化してこの眼鏡を使えばマジで前世の捕食者宇宙人じゃねーか。
「これは、恐ろしい眼鏡ですね」
俺に捕まったケイトがステルス化を解除して言った。
「うふふ、まだまだこんなもんじゃありませんよ。この眼鏡は今回の新兵器の中でも自信作なんです、今一度、魔導車に戻って下さい」
笑顔になるフーカさんと共に俺とケイトは車に戻った。
「まずは皆さんこちらをご覧ください」
フーカさんはそう言って助手席の下から一枚の板を取り出した。
「この板ですが先ほどの懐中時計と同じ機能も付与されていますが、一番の新機能はジミーさん!左の弦の上にあるボタンを一回押してその辺りを歩いて下さい」
「おう」
俺はフーカさんに言われた通りにする。
「そして、この板の上のボタンを一回押します」
「「「「「おおぉーーー!!」」」」」
パニッツ達の驚きの声が聞える。
「なんとジミーさんが眼鏡越しに見た景色がこっちの板にも映されるんです!どうです!凄いでしょう!しかも、声でのやりとりもできちゃいます!ジミーさん!何か喋って下さい!」
「何か喋ってくれって言われても、この距離じゃ直接そっちの声が聞えちゃうもんなあ」
「だったらもっと遠くへ行ってください!」
「へいへい、ちぇ、俺だってそっちで観たいのに」
「ブツブツ言わない!」
「へーい」
フーカさんに怒られた俺はトボトボと中庭を歩いた。
「音声通信と同じくシャルドウトーラスの技術流用したものです。これらの技術は魔導力保存システムの効率化がもう少し進めばすぐにでも一般販売できるようになると思いますよ」
フーカさんがちょっと自慢げに言う。
「これは確かに面白いが、ちょっと画に迫力がないなあ」
「そうだなあ、クルース君、ひとつ空でも飛んでくれないかね?」
「はいはい、仰せのままに」
パニッツとフィールドが呑気な事を言うので俺は渋々それに従う。
「あはっ!これ面白いかも!」
「まるで自分が空を飛んでいるみたい!楽しいね!」
ブランシェットとミケルセンさんが楽しそうな声を上げる。
「ねっ部長、これ楽しくないですか?部長?どうしたんです?難しい顔して」
「むう、ブランシェット君はなんともないのかね?」
「別に何ともないですけど?」
「そ、そうか。私は何と言うか、ちょっと胸がムカムカしてきてだな」
「君もか、実は私もそうなんだよ。少し頭が痛くなってきた、まるで魔力が切れた時のようだ」
パニッツとフィールドが気分の悪そうな声をだした。
「そりゃ一旦遠くを見た方が良いですよ。それか目を閉じるか。どちらにしても今見ている絵から目を逸らした方がいいですよ。辛かったら水分を摂って軽く体を動かすといいですよ。目を温めるのもいいかもしれません」
こりゃあ、いわゆる画面酔い3D酔いって呼ばれる奴だな。俺も前世で一人称視点のゲームをやったりした時に良くなったもんだった。面白いのに乗り物酔いのような症状が出て続きができない事が悔しくて、原因や対処法について色々と調べたものだった。
原因について簡単に言えば、目で見ている風景と身体の動きのズレに脳が混乱して起きるって事らしい。
対処法としては画面を明るくする事やモニターから離れてプレイする事、モニターと目線を合わせる事などがあり、他に出来る事と言えば一般的な乗り物酔いの対処法と同じ方法が有効だったりする。
つまり、体調の管理、寝不足を避ける事、満腹空腹を避ける事、飲酒を避ける事、身体を締め付ける服を避ける事などだ。
それでも気分がすぐれない時はプレイをやめて、俺がパニッツ達に言ったような事をして安静にすると良い。
「そ、そうかね。うむ、そうさせて貰うよ」
「お茶を持って来ているから少し休むとしよう」
パニッツとフィールドはそう言って近くに置いてあるトランクを広げ始めた。
「もう戻ってもいいですか?」
「ええ、お戻りください」
フーカさんに言われて俺はみんなの元に戻る。
「しかし、これは凄いですね。位置情報特定、温度の可視化、音声と絵の通信、これは凄い兵器になるのではないですか?」
ケイトが眼鏡を外してフーカさんに返しながら言った。
確かにそうだ、これが量産化されたら戦争の在り方が一変しちまうんじゃないか?
「ええ、実際に国防軍から共同開発のオファーが来ています。現状では使用者の魔力保有量がかなりないと機能を十全に使う事ができませんので、軍支給品として使うのはまだまだ難しいですね。特に風景の通信に大量の魔力消費が必須ですので、これをクリアするためにはシャルドウトーラスの技術を更に高める事が必要となってきます。これはなかなか困難な事ですが必ずやり遂げて見せますよ」
フーカさんが自分を鼓舞するように言う。
「量産化まで時間があるのなら、これが導入される事で起きるリスクについて考える時間もできるって事だ。国防軍にも優秀な人は沢山いる、きっと上手い事この技術を扱ってくれるだろうさ」
俺はケイトに言う。
「そうですね、いらぬ心配でしたか」
ケイトは肩をすくめる。ケイトは誇り高き戦闘民族の高官の娘だ。この技術が従来の戦い方を大きく変える可能性がある事にすぐに気づいたのだろう。飛びぬけた軍事技術を一国が持つ事は周辺国家に動揺を産み、疑心暗鬼から過度な軍事競争に走りそのまま戦争に突入するなんてのは有りがちな話だもんな。
だが今の国防軍にはゼークシュタイン閣下もいるし、ジャーグル王国侵攻の後始末の仕方を見てもバッグゼッド帝国の動きが慎重路線だという事は良くわかった。
だからこの国は付近の国を脅かし戦争に突入するような新技術の扱いはすまいと俺は思う事ができるんだ。
「さて、引き続き秘密道具の説明に入りますよ…」
フーカさんは俺から受け取った眼鏡をしまい他の道具の説明に入った。
今晩あの怪しげなチケットを使って敵陣かも知れぬ場所に行く予定のケイトが熱心に道具の説明を聞くのはわかる。が、なんでパニッツ達まで熱心に聞いてるんだ?
フーカさんもその熱に押されたのか説明に熱が入ってるし、この人数にこれだけ説明しちゃってたら秘密でもなんでもなくね?
俺としてはむっちゃ高そうなスーパーカーに乗り、正装して高級なオペラを観に行くなんて夢のようなシチュエーションにワクワクしちゃってしょうがないけどね。
何かにつけてシャツの袖をピンと整えて歩きたいね。
誰かに名を尋ねられたら、クルース、トモ・クルースって答えたい!車が潜水艦になれば言う事なかったのになあ。
「…ちょっとジミーさん!私の話、聞いてましたか?」
「え?ああ、うんうん、聞いてた聞いてた」
妄想中に突然名指しされた俺は思わず嘘を言ってしまう。
「じゃあ、これの機能を説明して下さい!」
フーカさんはそう言って腕時計を俺に突きつける。
「う、えーと、時間がわかる?」
「ほらー!やっぱり聞いてないー!もう!ちゃんと聞いていないと危険なアイテムもあるんですからね!ちゃんと聞いてて下さいよ!もう一度、説明しますよ!こちらのボタンを二度押すとサイドから刃物が飛び出るようになっています。このボタンは腕時計をハメたまま手首の動きで押せるようになっていますから注意して下さい。更に反対側のボタンを二度押すと煙幕が出るようになっています。この煙幕は目くらましの効果のみで催眠効果や麻痺効果などはありません、ただし、少しだけ涙と鼻水が出ますのでお気を付け下さい。ね?ちゃんと聞いてなかったばっかりに劇場で煙幕なんて出してしまった日には、待ったなしで衛兵に捕縛されてしまいますよ?わかりましたか?」
「へい、すんません」
俺は素直に謝った。
「しかし、あれですな。懐中時計と腕時計、ふたつ持っているのはおかしく思われるのではないですかな?」
フィールドがアゴを押えて言う。
「ええ、そう思ってこのアイテムはひとつずつしか装備しておりません。デザイン的に腕時計の方が男性用ですかね」
「そりゃかまわないけど、煙幕とか隠しカッターの機能は懐中時計にはついてないのかい?ほら、ケイトが持つんなら何か武器になる機能があった方が安心だろ?」
俺はフーカさんに尋ねる。こいつを装備して敵陣かもしれない所に乗り込むとして、相方のケイトの装備の方が貧弱っつーんじゃ不安だからなあ。
「もう!どこから聞いてなかったんですか!さっき説明しましたよね?懐中時計の方は特殊鋼のトゲが出るようになっています。チェーンの長さも調節できますので武器としての機能は十分兼ね備えています」
「そうなの?こりゃまた失礼いたしました」
俺はまたも頭を掻いてフーカさんに謝罪する事となった。
フィールド達がそんな俺を見てクスクスと笑い、それにつられたのか珍しくケイトが笑った。
まあ、ケイトが笑ってくれたんなら良しとしようか。
俺は真面目にフーカさんの秘密道具の説明を聞いた後、みんなに今晩の打ち合わせをする事にした。
まあ、打ち合わせと言ってもたいした事ではないのだが、一応行く場所はこれまで何かと怪しい動きをしているメリンお誘いの場所だ。しかも、誘われた本人ではない俺とケイトがそのチケットを使って来ているのは、メリン本人ならばすぐにわかる事だ。
ある程度のリスクはあると考えた方が良い。
そんな事情を踏まえて、俺達の眼鏡から送られる画像を誰かに見ていて欲しい、そして俺達がにっちもさっちもいかなくなった場合、然るべき所に連絡して貰いたいという事を俺はお願いしたのだ。
「…まあ、ケイトもいるし場所も上級階級が利用するような施設だから、相手もそんなに無茶な事はしないと思うけどもさ。ちょっと相手の規模が読めないからさ、一応念のために、ね」
「確かに強力な魔力疎外が施された施設で、しかも相手方のみ術式を使用できる状況となったらいかに君達ふたりと言えども不利な状況になる事は考えられるな。これは、作戦を練らなければなるまい」
「しかしだパニッツ君、作戦と言っても不明な点が多すぎるぞ?たてられる案も限られてくるだろう」
フィールドとパニッツが話し合いを始める。
「ちょっと待ってくれふたりとも、俺は別にそこまでお願いしてる訳じゃあないんだぜ?ただ誰かひとり俺達の動向を見てくれれば済む話なんだ」
「何を言うか。この件は元はと言えば我々の追っている件の延長線上に発生した案件じゃあないか。我らにも深く関係しておるんだぞ?」
パニッツが言いミケルセンさんが頷く。
「いや、そうは言うがラザインと直接つながっているかは不明なんだぞ?」
「そう不明だ、つまり関係ないと明らかになったわけではないのだ」
「まあ、明らかになったとてここまで頭を突っ込んでおいて引き下がれる我々じゃあないがな」
パニッツとフィールドは互いに顔を見合わせニヤリと笑った。
「やれやれ、お前たちも俺の事、言えないな」
「まったく類は友を呼ぶとは言ったものですね」
今度は俺とケイトが肩をすくませて顔を見合わせる番だった。
「それはそうよ、トモ君なんだもん。類はトモ君を呼ぶ、なんちゃって」
ブランシェットが言ってみんなが笑った。
「ふう、皆さんも物好きですねえ。それでは今夜、学園の多目的ルームをひとつお借りしてそこでジミーさんとケイトさんの潜入作戦を見守る会を開催するとしましょうか」
「え?フーカさんも参加するの?」
「当ったり前でしょう?こんなおも、ケフンケフン、重大な事件、子供だけに任せる訳にはいかないでしょう。当然、私も参加しますからね」
今、面白そうな事って言おうとしなかったか?まあ、いいけども、なんだか大袈裟な事になっちまったなあ。
これで、何も起きずにただ俺とケイトでオペラ鑑賞で終わったらどうするんだろうねこの人達は。




