謎の書き込主を追えって素敵やん
ロニーとシックスさんの青春劇場をしばし観覧した俺とケイトは、これから仕事を探しに行くと言うロニーとそれに付き合うというシックスさんに、詐欺師たちについて何か進捗があれば連絡するという事でお互い連絡先を交換してから別れる事になった。
「しかしジミーさん、さっきの金貸し屋さんとこの取り立て人さんではありませんが、逃げた詐欺師を見つけるなんて無理な話ではありませんか?」
「どうだろうな、俺は結構イケると思ってるぜ?」
「どうやってです?」
「まずはメリン絡みで追いかけるかな。奴と詐欺師との繋がりについて気づいてるのは今んとこ俺達だけじゃないか?」
「他でも同じ事をやっていれば、やはり私達みたいに追いかけている者もいるんじゃないですか?」
「かもしれないが、まずは例のノートだな。メリンがちょっかいかけた相手を探し出して、彼らに尋ねれば何かわかるかも知れない」
「どうでしょうね、敵もそう簡単に尻尾をつかませる連中じゃあなさそうですけどね」
ケイトが渋い顔をして言う。
「連中か、確かにメリン名義の書き込みが同一人物によるものと断定するのは早いか」
「いや、連中と言ったのは詐欺師グループの事ですが?」
ケイトが俺の顔を見る。
「そうなのか?俺はてっきり書き込みの事を言ったのかと思ったが、いずれにしてもメリン名義の書き込みはひとりじゃ無いかも知れないし、書き込みを使って悪さをしようとしてる奴も他にいるかも知れない。これは今一度洗い直す必要があるかも知れないな」
「またあのノートを読むのですか?」
ケイトはうんざりした様子でそう言った。
「別に無理して付き合う事は無いんだぜ?」
「またそうやってひとりで走ろうとする。そうはさせませんよ?」
「無理して付き合う事ないのに酔狂だねえ」
俺は頭の後ろに手を組んでケイトに言う。ケイトはまんざらでもない顔をして俺について来る。結局、ケイトも厄介ごとに首を突っ込む体質なんだよ、知っちまったらなかった事に出来ない質なんだよ。
これって面倒な生き方で損する事の方が多いのかも知れないけど、それでも俺はこっちの生き方の方が楽しいと感じているんだ。
前世じゃまったく真逆の生き方をしていた。色々あって人をなかなか信じる事ができず、面倒ごとを極度に恐れ避けるようにして生きてきた。だがそんな生き方で前世ではどうだったのか?
それを思うと俺はこの生き方で良いと思うんだ。
ケイトもそうなんだろ?きっと、そうなんだろうさ。
俺はなぜだか満足だった。
「なんだか、楽しそうですねジミーさんは」
「それはケイトもじゃないのか?ワクワクして顔がテカテカしてるぞ?」
「してません!」
ケイトはそう言って顔をハンカチで拭った。いいじゃないか、別に恥ずかしい事じゃなかろうに。
そうしてトラブル好きな俺達ふたりはアルヌーブのお店に到着する。
「ちょっとちょっと、ちょっと来て来て」
店に入るや否やアルヌーブが出てきて俺とケイトをバックヤードに連れて行った。
「なんだ?何か進展があったのか?」
俺は興奮気味なアルヌーブに尋ねる。ここにもトラブル好きがいたか。
「それがね、交流ノートなんだけどちょっと評判になってるらしくてね…」
アルヌーブの話しはこうだ。
この手の趣味は同好の士を探すのが難しく、ほとんどの人が孤独に趣味道を突き進んでいた。しかし、それでは限界があるし、なにより趣味があう人と趣味の話しをしたいというのは誰もが願う事でもある。そのニーズにぴったりフィットしたのが交流ノートだった訳で、多くのユーザーがそうした機会が他の趣味にもあれば良いなと考えるのは自然な事だった。
色々な趣味の店でお客がリクエストし始め現在、あちらこちらの店でこうした交流ノートが盛んに用いられる事となったのだと言う。
「…それでさあ、最近うちの作品も人気が出てきて幾つかの店にも置かせて貰ってるんだけどさ。バレッティー知ってるでしょ?」
「ああ知ってるさ」
バレッティーってのは絵画や音楽、演劇などの作品を販売しているお店で、この学園に来てクラスメイトに初めて連れて行って貰った店でもある。
「そこにも置かせて貰ってるんだけどさ、バレッティーでも交流ノートを置き始めたのよ。大きなお店だから各フロアに二冊ずつ置く徹底っぷりでかなり盛況なんだって言うのよ。それで、仲の良い店員さんにうちであった事を話してね、トラブルに発展する事もあるから気を付けてって注意とメリンって書き込みがあったら教えて欲しいってお願いをしたのよ。そしたら今朝、在庫を持ってった時にお客さんでメリンと会った子がいるって聞いてね」
アルヌーブはウキウキ顔でまくしたてる。
「マジか!そいつはありがたい!」
俺は現在の進捗状況と今日来た目的をざっくり話した。
「だったら丁度良かったじゃない。ミシガンって店員さんに話はつけてあるから今からでも行ってみれば?」
「サンキュー!行ってみるよ!」
俺はアルヌーブに感謝を述べ、ケイトと共にバレッティーに向かった。
看板にアートショップバレッティーと書かれた三階建てのお店は、一階が演劇、二階が絵画といったようにフロアによりジャンル分けがされており交流ノートを置くにも丁度塩梅が良い作りになっている。
「すいません、シッピングルーのアルヌーブからの紹介できたんですが、ミシガンさんはおられますか?」
俺は店に入るとすぐに目に着いた店員さんに尋ねる。
「休憩入ってるんで聞いてきますね」
女性店員さんは愛想良くそう言い店の奥へ消えていく。
「ミシガンは私ですが…」
しばらくすると店の奥からさっきの店員さんがひとりの女性を連れてきてくれた。赤毛ショートカットの女性はおずおずと俺達に自己紹介をする。
「私はクルース、彼女はケイトと言いましてファルブリングカレッジで何でも屋のような事をやっているものです。今日は交流ノートの件でお伺いさせて頂きました」
俺はそう言い会釈をする。
「ここではちょっとあれなんで、外で良いですか?」
ミシガンさんは周囲を見ながらそう言うと店の外へと歩き出した。
俺とケイトはお互い顔を見合わせて頷きミシガンさんの後に続いた。
ミシガンさんは外に出ると店の裏手の小さな路地へと入った。
「すいません、店の人間がノートの内容をお客さんの前で言うのは禁止されていまして」
ミシガンさんはそう言って俺達に謝罪した。
「いいんですよ当然の事ですし。メリンと会ったお客さんがいるそうですね?お聞かせ頂けますか?」
俺は丁寧にそう言った。
「ええ、仲の良いお客さんがいてお店に来た時も良く話をするんですけど、そのお客さんが交流ノートで知り合った人に物を貰ったって言うんです、それも高価な品を。それでその子、怖くなっちゃって返したくても相手の家も知らないしどうしようかって相談されて」
ミシガンさんは落ち着きなくそう言った。どうやらこの件に不穏なものを感じているようだ。
それは正解だ。
「その品物とは?」
俺は極力落ち着いたトーンで尋ねる。
「実は彼女から預かってて、これなんですけど…」
ミシガンさんは一枚の封筒を差し出した。
「中を見ても?」
「ええ、どうぞ」
俺は封筒の中に入っているものを見た。
「なんですこれは?」
俺は中に入っていた紙切れを取り出しミシガンさんに見せる。黒地に金の豪華な印刷が施された長方形のその紙にはこう記載されていた。
『オッター・ノッチクンター マリア・モルゲッティー オルテフェ・ガンチヴェルディ 去り行くローゼンス レイトロプラチナムマイヤー劇場』と。
「これは歌劇のチケットです」
ミシガンさんが言う。
「これはそんなに高価な物なんですか?」
俺は尋ねる。
「レイトロプラチナムマイヤーと言えば一流中の一流劇場ですよ。しかも演目はガンチヴェルディ作去り行くローレンス、主演はノッチクンターとモルゲッティーですよ?貴族でも手に入り辛いと言われるチケットですよ、こんなもの、初めて会った人から貰えるようなものじゃないですって。これ、絶対、良くないやつですよ!」
どのスイッチが入ったのかわからんがミシガンさんは突然饒舌になりそうまくしたてた。
「確かにそんなに高価な物をろくに知らない人にあげるなんて普通じゃありませんね」
ケイトが言う。
「そうですよねー!これ、絶対、犯罪絡みですよね!ニコもすっかりビビっちゃって、あ、ニコってこれ貰った子なんですけど。これ、なんとか返してもらえませんか?私も持っているの怖いし。お願いします」
ミシガンさんはそう言って頭を下げた。
「もとより、そのつもりですからお任せ下さい。それでニコさんがメリンからこれを貰った経緯を教えて貰えますか?」
ケイトが尋ねる。
「ええ…」
ミシガンさんが話してくれる。友人のニコさんが交流ノートに書いた悩みは恋愛相談で、気になる相手に好きだという雰囲気は送り続けているのだが暖簾に腕押しでまったく効果がない、どうすれば気付いてもらえるか?というものだった。まったく、若い子は恋愛ばっかりやねえ、いいやねえ若いって。
するとすぐにコメントをくれたのがメリンだった。
幾つかのコメントやり取りを得てメリンが書き込んだのが、勇気を出して相手の男の子をデートに誘ってみなさい、そのためのアイテムをあなたにあげましょう、というものだった。
そのコメントを見たニコさんは、そのアイテムって何ですか?と返信した。その書き込みをしている最中にドンと人にぶつかられたのをニコさんは記憶している。
そして、翌日また交流ノートを見ると昨日持っていたカバンの中を見て、とメリンよりコメントがあった。
その日、持っていたのは昨日と同じカバンだったのでニコさんは持っていたカバンの中身を確認したところ、このチケット入りの封筒が入っていたのだと言う。
チケットの価値を知っていたニコさんは、同じくその価値がわかるミシガンさんにすぐ相談をし封筒の返却をお願いしたのだった。
「…そんな訳で相手の顔も素性もわからないんですよ、やっぱり無理ですかね?」
ミシガンさんはうつむき気味になってそう言った。
「そこを何とかするのが私達の仕事ですので、後の事は我々にお任せ下さい」
「お願いしますホントに助かります!じゃあ、頼みましたから、よろしくお願いしますね!」
ミシガンさんは何度も頭を下げ小走りで去って行った。
「さてジミーさん、どうします?」
「どうするって、おいおい。あれだけ自信満々に言っといて丸投げかーい!」
ケイトの予想外の言葉に俺は思わず盛大にツッコんでしまう。
「ふふふっ、冗談ですよ冗談。これを見て下さいよ」
ケイトは笑いながら俺が持っているチケットを取り俺の顔の前にかざす。
「見てくれって言われてもなあ」
「よく見て下さいよ」
「ん?こりゃ裏か。なになに?」
よく見るとケイトが提示したのはチケットの裏であった。
「このチケットはカップルチケットとなります、か。お前、俺と一緒に行きたいってか?」
「日付を見て下さい日付を」
「え~と、お!なんだ、今日じゃねーかよ」
「そうですよ、今晩の公演なんですよ。これは行くしかないでしょう」
ケイトがほくそ笑む。ううむ、虎穴に入らざれば虎子を得ず、か。ここはケイトの案に乗っとくか。
「よし、んじゃあ早速行くか。場所はどこだ?」
「待って下さい、公演時間までまだまだ時間があります。ここは一旦帰って装備を整えましょう」
「装備?お前、こんな金持ちばかり集まるような場所でひと暴れする気かよ?かぁ~、好きだねぇ~お前も」
俺はケイトを肘でつつく。もう、暴れん坊さんねえ。
「何を言ってるんですか?チケットの裏をよく見て下さい、ドレスコードがあると書かれていますよね?」
ケイトが呆れたような声を出す。
「あ、そうなの?装備ってドレスの事?」
「他に何か?」
まあ、そりゃそうか。いくらケイトが戦闘民族の娘でも高級劇場でオペラ観劇に行くのに武装なんてしやしないか。俺はタクティカルベストに手りゅう弾をぶら下げ、顔に迷彩ペイントを施し片手にロケランをぶら下げ反対の手でアサルトライフルを担いだケイトを想像していたよ。何が始まるんです?と問われれば当然答えは、第三次世界大戦だ!
「さあ、ぼやぼやしていないで学園に戻りますよ」
「了解ボス」
俺は敬礼しケイトに従った。
ケイトは何の事やら、と肩をすくめて歩き出すのだった。




