みんなのアニキって素敵やん
「お、俺にどうしろって言うんですか姐さん」
ロニーが土下座したままケイトに尋ねた。姐さんって、こいつもケイトの醸し出す雰囲気にあてられたか。
「まずはハヤジーメさんのところに行って話をつけましょう」
「わ、私も行くんですか?」
「あなたが行かなくってどうするんです!あなたの口から誠意をもって話すんです!」
「はっ、はい!」
ロニーが土下座したまま身を縮こます。
「立ちなさい!」
「はい!」
ケイトに一喝されてロニーは急いで立ち上がり気をつけの体制をとる。
「行きますよ、案内してなさい」
「はい!姐御!」
なんだかおかしな事になって来ちまったぞ。
ケイトに従うように歩き出すロニー、不安そうな子をしてそれに続くシックスさん。そして、更にそれに続く俺。
殺気立つ人々を後にして俺達はロニーが金を借りた街金へ向かった。
ロニーの案内で進むと、裕福な地域からそれほど離れていないのにすぐにすえた臭いのする怪しげな通りに入った。
「富裕層の地区から幾らも離れてないのになあ」
「この辺りはこんな感じよ。あんなとこは急にできたとこだからよ、一本通りを入ればすぐこれさ。こっちが街本来の姿さ」
俺の言葉になぜか得意げに答えるロニー。こいつ調子にのっとるな?これから自分がどんな目にあうか忘れてんな?アホなやっちゃで。
「ふぉ兄ちゃん、ふぉ銭恵んでくれよふぉ銭。頼むよ、なあ兄ちゃん」
通りに入ると歯の抜けたおっさんが俺に声をかけて来た。
「おっさん、どうせ酒代にすんだろ?朝から飲むのは身体に悪いぜやめときな」
「うっせー!お前にふぁがんぜーろー」
「何言ってっかわかんねーよ。酒飲む金あったら歯治せよ歯」
ロニーは歯抜けおっさんの肩をポンポンと叩き歩き出す。
「ふぉの金がねーんだっひゅーの!」
おっさんは酒臭い息を吐きながら地面にへたり込んだ。
地面にはおっさんが吐いたのか吐しゃ物がひろがっていた。
改めてよく見ればこの通り、至る所におっさんがいるな。座って酒飲んでるおっさん、立って酒飲んでるおっさん、寝てるおっさん、立小便しているおっさん、なにやらわめいているおっさん、口論してるおっさん、どのおっさんも煮しめたような赤ら顔でいい顔をしていた。
「いい街だなあ、ここ」
俺はちょっと嬉しくなった。前世でガキの頃に住んでたとこがすぐ近くに競輪場があって、開催日にはそれまで駄菓子屋やパン屋だった店が外にテーブルを出して居酒屋のようになり、いい感じのおっさんたちがひしめいていたもんだった。当時、小学校では開催日には競輪場近くの道は通らないように指導していたが、俺の場合、家に帰るのに最短ルートだった事もあり開催日でも平気でその道を通っていたもんだ。
この通りを歩くとその時の事を思い出すよ。
「お!ロニー坊じゃねーか!ちょうど良かった!今からこいつと俺とどっちが強いか戦うから、見といてくれよ!そんじゃあ行くぞ!」
口論していたおっさんのうちのひとりがロニーを見るなりやってきて、一方的にまくしたてると口論相手のおっさんとケンカを始めた。
「誰?あれ?」
シックスさんがポカーンとしてロニーに尋ねる。
「わかんねーけど、その辺のオヤジじゃね?そんなの気にしてたらこの辺じゃ生きてけないぜ?」
ロニーは平気な顔をしてそう答えた。なんかここ、俺、気に入りそう。
「兄ちゃん、兄ちゃん、コイン持っとったらおっちゃんがペカペカに磨いちゃるぞ?コインの半額でやっちゃるからお得だぞ」
「姉ちゃん姉ちゃん!おっちゃんがいい子供を産めるかどうかみてやろうか?」
「兄ちゃん、兄ちゃん、この辺はな治安が悪いから気を付けなきゃダメだぞ?財布はな、こうやってな、タオルに包んで腹巻の中にしまっとかなきゃ危ないぞ?ほれ、おっちゃんが包んでやるから財布出してみ?」
「お姉ちゃん、おっちゃんの歌聞いてくれや。らったったーらったったー!ズンタタズンタタ!ゴシゴシゴーーシ!ゴシゴーーシ!聞いとるか?ゴシゴーーシ!」
うわー、香ばしいおっさんがわらわら近寄って来るよ。しかも、来るオッサン来るオッサンみんな見事に歯が抜けてるよ!こりゃたまらんなぁ~、ここは、おっさんのパラダイスやで~。
「ジミーさんはなぜそんなに嬉しそうなんですか?」
ケイトが俺に尋ねる。
「いやぁ、ガキの頃に暮らしてた街と雰囲気が似ててさ。嫌いじゃないんだよこういうトコ」
「やだっ!もう、服で手を拭かないで下さい!もうっ!」
「にへへへへ、もうもうってお姉ちゃん牛じゃないんだからよう、ふへふへ」
俺が答えてる横でシックスさんがまとわりついたおっさんを引っ叩いている。
当のおっさんは嬉しそうに叩かれた頭を撫でていい笑みを浮かべている。
「ちゅーかケイトはこういうの平気なのか?」
表情を変えずにおっさんを受け流しているケイトに俺は尋ねた。
「ええ、別になんとも思いませんね」
「うえっ、平気なんですか?もう!汚いし触ってくるし嫌なんですけど?ってポケットの手ぇつっこむな!」
「地元の爺達の方がもっとワイルドですよ」
絡んでくるおっさんを叩き顔をしかめるシックスさんに平然と返すケイト。まあ、そりゃそうか、なんせケイトの地元っつったら武勇で知られたモスマン族の地だもんなあ。でも歯抜け率は低そうだな。
「ったく仕方がねえなあ、ほれ、これでなんか美味いもんでも食いな」
ロニーは偉そうにそう言ってシックスさんのポケットに手をツッコんでたおっさんに金を渡した。
「けっへっへ、こりゃどうも旦那」
おっさんは抜けた前歯をむき出しにして笑い手を擦りながら去って行った。
「お金の無心をしてた理由がわかったような気がします」
「見栄っ張りなんだろうな、悪い奴じゃあなさそうだけど」
「賢い人間ではなさそうですね」
ケイトが俺を見て小さな声で言う。
「ま、小賢しいより余程良いさ」
俺は去って行くおっさんに対し眉の上に指二本をかざし敬礼のようにして格好をつけてるロニーを見て言った。
なんだか段々俺はロニーの事を気に入り始めてるようだ。
昔から言うもんな、アホな子ほどかわいいって。
おっさん達に軽く手を振りながらまるで顔役のような塩梅で街を歩いていたロニーだったが、ある建物の前で歩みを止め急に肩を狭めてしょんぼり風味になる。
「ここがハヤジーメの店ですか?」
「そっす、でも、本当に行くんすか?金もないのに?殺されッちまいますよ~」
ケイトの問に情けない声を出すロニー。
「殺しやしませんよ。あなたを殺してもお金は返って来ませんからね、それ位の事は向こうさんも心得ているでしょう」
「でも、期日に返せなかったら殺すって言われたんですけど」
「それくらいの事は言うでしょう。向こうも商売でやってるんですからね、あなたのような若者にはしっかりと脅し着けるでしょう。ほら、なんて言いましたっけそういう連中のスラングで」
ケイトが俺を見る。
「クンロクを入れる、な」
「そうそう、クンロクを入れるって奴ですよ。あなた達の間でも使うんじゃないですか?」
今度はロニーを見て言うケイト。
「ああ、あれクンロクだったんすか~。だったら安心っすね、だってクンロクなんてハッタリっすもん。んじゃ行きますか」
急に上機嫌になるロニー。こいつは本当にすぐに調子に乗りよるなあ。こういう奴、嫌いじゃないけどアンダーグラウンドで生きてくんならいつか命取りになる性格よなあ。
こいつ自身の事を考えるのならやっぱ真面目な生き方をさせた方が良いんだろうなあ。少なくともあんまりバイオレンスな連中とは関わらないような生き方をさせた方がコイツのためにも彼女のためにも良いだろうな。
俺はのんきな顔をして歩いているロニーと、その後ろをちょこちょことついて歩きながらまんざらでもない顔をしているシックスさんを見てそう思うのだった。
「ここ、ここっすよハヤジーメさんのヤサは。ちわーっす開いてますかー」
こじんまりとした建物の前でロニーは言い、行きつけの飯屋にでも入る感じでトビラを開いた。
「おいおい、借金待ってくれって言いに来た奴の態度ちゃうぞ」
「ジミーさんのせいですねこれは」
「えー?なんでだよー?むしろケイトのせいじゃねーの?さっきのクンロク話でさあ」
俺とケイトは互いに責任を擦り付け合いながら建物の中に入る。
「ああん?おめぇ!なめてんのか!」
「ごらっ!山に埋めんぞ!」
「金がねえなら強盗でもなんでもして来い!!」
俺とケイトが入るとすでにロニーがガラの悪い男達から詰められていた。
「早っ!」
俺は思わず声に出す。
「どうしたんです?まだいくらも経っていないのに」
「彼ったらヘラヘラ笑いながら、すんませ~ん今日は無理っす~って言ったもんだから…」
ケイトの問にシックスさんが目を押えて情けなさそうに答えた。まさに目も当てられないって感じだ。
「ふひぃ~、アニキィ~、クンロクじゃなかったみたいっす~」
「お前が意味間違えてんだけだ!どこの世界に借金待って貰うのにヘラヘラしてんヤツがいるんだよ!とにかく謝れ!バカアホおバカ!」
俺は涙目になっているロニーと近づき無理矢理頭を下げさせる。ったく、こんな時ばっかりアニキ呼ばわりしやがって、っんとに調子が良い野郎だよ。
「あ!アニキ!アニキじゃないですかい?やっぱアニキだ~いや~、その節はお世話になりました。おい、オメーら、このお方のおかげでうちらは泥舟に乗らずに済んだんだ、挨拶せい!」
「「「「おすっ!ありがとうございやす!!」」」」
見覚えのある歯の抜けたおっさんが俺に近付き若い衆に一喝する。
「あ!あんたあの時のおっさん!なによ?こんなとこでも商売やってんのかい?」
「へい、おかげさんでなんとか」
頭を下げる歯抜けのおっさんは、以前に謎の施設事件のおりに怪しい不動産屋絡みで揉めたテンデンシーズってギャンググループの一員だった。
「アニキのおかげでバリア商会絡みで火傷せずに済みましたよ。あそこ元締めのトラブルが飛び火して姿をくらましちまいやしたよ。噂じゃ海に沈められたなんて聞きますけど、まあ、とにかく俺達はアニキのおかげで事なきを得たわけでさあ」
「元締めっつーと元貴族の、なんつったけ?」
「テイシス・モゼーラっすよ。聞いてないんすかアニキ?ちょっと前に話題になった怪しい団体あるじゃないですか?なんとかの告知者とか言った」
「ラザインの告知者か?」
「そうそう、それそれ。危険魔獣法違反とか奴隷法違反とかで今も色々と揉めてますよね?モゼーラのやつ、あっことどうやらズブズブの関係だったみたいでしてね。その件で国から突っつかれてだいぶ金を吐きだす羽目になったみたいなんすよ。んで、どうやらその件の発覚にバリア商会が絡んでいたらしくって、こうですよ」
歯抜けおっさんはパシンッと派手な音を立て手を叩きニヤリと笑った。
「俺らが手を引いた後、ブラッドアクスの連中が後釜に収まったんすけどね。奴らも街から姿を消しましたよ。いや、消されたと言った方が当たってるのかな?とにかくこうして俺達がいられんのもアニキのおかげなのは間違いないって訳でしてね。俺たちゃぁアニキには感謝してもしきれないんでさあ、なあ、お前ら」
「「「「ういっす!あざーーっす!!」」」」
歯抜けおっさんが言い、若い衆が一斉に頭を下げた。なるほどな、俺は知らなかったがバリア商会にとっては不幸な出来事だったな。まあ、付き合う相手を間違えた不運か。
ラザインの告知者へのダメージは色んな所に余波が来ているみたいだな。それだけ絡んでいる大物が多いって事だろうな。ったく物騒なこった。
「いや、まあ、付き合う相手にゃ気を付けてくれよな。そんでさ大将、今日はちょっとこいつの件で来させてもらったんだけどさ」
俺はロニーの頭をポンポンと叩きながら歯抜けおっさんに言う。
「こいつ、アニキのツレなんですかい?だったら俺の顔でチャラにしますよ、それ位の事はさせて下さいよアニキ」
「申し出はありがたいんだけどな、それじゃあこいつのためにならないからさ。おい、ロニー財布出せ」
「え?あ、はい」
ロニーはズボンのケツポケットから折りたたみの財布を出す。俺はその財布を受け取り中身をすべてテーブルの上に出した。
「とりあえず今日はこれで勘弁してやってくれよ大将。残りもきっちり返させるからさ」
「別にいいのにアニキは義理堅いなあ。ほんじゃあ、ありがたく受け取っておくけども。おい若造」
「は、はい」
歯抜けおっさんに呼ばれてロニーは背筋をピンと伸ばす。
「アニキに免じて今日の所はこれで勘弁してやる。お前みたいな奴は俺達みたいな生き方は向いてねーんだ、堅気になって真面目に返すってんなら利息分はチャラにしてやる。どうだ?堅気になれるか?」
「へ、へい!頑張りやすっ!いてっ!」
ロニーは勢いよく頭を下げた勢いでテーブルに頭を強か打ち付けた。そう言う所が憎めないんだけど悪い事をするのに向いてない所なんだよな。まあ、悪いことするのに向いてる奴なんて嫌だけどもな。
「よし、それじゃあ堅気になってしっかり働けよ?そちらのお嬢さんを泣かすような事はするなよ?こっちの道に足を踏みこみゃすぐにわかるんだからな?わかったか?」
「へい!わかりやした!」
「よーし。それじゃあ頑張れよ若もん。言っとくけどな、堅気の方が余程大変で立派なんだからな?こっちの世界はよ、それができない出来損ないが来るとこなんだ。それを心得とけよ」
「わかりました!」
歯抜けおっさんに言われてロニーは何度も頷いた。
「こんなもんで良いっすかねアニキ?」
「上々だよ大将。助かるよ」
「なに、軽いもんすよ」
「助けて貰ったお返しと言っちゃなんだがな…」
俺はオッサンに投資詐欺の事を話して聞かせた。
「…そんな事があってちょっとした騒ぎになってるんだよ。大将んとこの親方さんの耳にも入れといてやりなよ、金貸しやってりゃどこかで関わって来る可能性が高いだろう」
「…なるほどね、そいつは良い情報感謝っす。こりゃスピード勝負の情報ですな、おいデジリーひとっ走りしてハヤジーメさんにこの事、知らせて来い」
「わかりやした!」
歯抜けオッサンに言われて若い衆が走って店を出て行く。
「アニキはその連中をどうするつもりで?」
おっさんは真面目な顔して俺を見る。
「そうだな、見つけてこの子らの金を取り戻してからお仕置きするかな」
「ぷっ、見たかお前ら。そんな事、出来る訳ねーと思うだろ?でもこのおあ兄さんはそいつをやる男なんだよ。ホントにアニキはどこの組織の人間なんです?俺にだけ教えて下さいよ?やっぱり万象会ですかい?」
「おっさんが小さな声で俺に尋ねる。
「だから俺はファルブリングのもんだって言ってるだろ?ったく、変な詮索すんなよ?」
「わかってますって、アニキに探りなんて入れやしやせんよ。せっかく拾った命だ、大事にするつもりっすよ」
おっさんはニヒルにそう言った。抜けた前歯から息が抜けてなきゃもっとシブかったんだけどな。
「それじゃあ、引き上げるぞ。世話になったな」
俺はロニーに言いおっさんに感謝を告げる。
「とんでもねえ、結局また借りを作っちまいやしたよ」
「今回はトントンさ。じゃあ、な」
俺は軽く手を上げて金貸しの建物から外に出る。
「あ、あにき!俺を舎弟にして下さい!」
外に出るとロニーが俺の前で地面に土下座した。
「バカっ!お前、大将の話、聞いてなかったのか?堅気になるんだろう?」
俺はロニーをしかりつけて立たせる。
「でも、やっぱ俺…」
「しっかりしろ!お前にゃ守らなくちゃいけねー大切な人がいるだろーが」
俺はまだ何か言いたそうにしているロニーの両肩をしっかり持ち言い聞かせる。
「ロニー…」
「シックス、ごめんな」
「バカッ、バカバカバカ!ロニーのバカッ!」
シックスさんは泣きながらロニーの胸に飛び込み、ポカポカとロニーを叩く。ロニーはゴメン、ゴメンな、とつぶやきながらされるままにしていた。
若いっていいやなぁ~。
「これは、どうすれば良いのでしょうか?」
ケイトが困惑したような表情で俺に尋ねた。切った張ったにゃめっぽう強いが色恋沙汰にゃあ弱いってか。まったくお前は悪魔怪獣なんでもござれだけどかわいこちゃんにはめっぽう弱い怪物王家の皇太子かい!




