美味い話は歩いて来ないって素敵やん
公園に備えられている東屋で俺達はシックスさんから話を伺う事になった。
シックスさんはファルブリングプイマリースクールの生徒で十一歳との事だった。
プライマリースクールというのは要するに初等教育部という事だ。
初見大人っぽく見えたが、話してみるとやっぱり子供っぽさが残っており年相応だなと俺は安心した。
「それで、シックスさんはメリンさんとどんな話をしたのですか?」
ケイトが優しい声で言った。
「最初は恋愛相談でした。それでメリンさんに背中を押してもらって勇気を出して告白したら付き合ってもらえて良かったんですけど…」
意中の男子と付き合う事ができたはいいが、その男は年上でしかも街のチンピラだった。シックスさんは良家のお嬢さんで恋愛事は初めてという事もあり、相手のワイルドさに惹かれて益々その恋愛にのめり込んでしまった。
ところが相手の男は金遣いが荒くシックスさんに金の無心ばかりするようになる。
最初はお小遣いで賄っていたシックスさんだったが、次第にそれだけでは足りなくなってくる。
こんな事は親に相談できるわけもなく困ったシックスさんはまたメリンに相談を書き込んだ。
「…書いている最中に男の人に声をかけられて、その人は自分がメリンだって言うんです。それで、お金に困っているのなら力になれるかも知れないから彼氏も連れて一度話を聞きに来なさいって地図を渡されました」
シックスさんはそこまで話して一息ついた。
「それで、その地図の場所には行ったのかい?」
俺はなるべく優しい口調を心掛けシックスさんに尋ねる。ケイトが胡散臭いものでも見るような目つきで俺を見たが無視する。
「はい、そこに行ったら人がいっぱい集まってて、メリンさんが出迎えてくれました。メリンさんは地区部長って人を紹介してくれて、その人がメリンさんは今日ここでする話しで成功して今ではカッティングエッジヤードに屋敷を持ってるんですよって言うんです。それで私も彼氏も驚いちゃって…」
そうして興奮に包まれた聴衆達と共にそこで聞かされたのは、必ず儲かる投資の話だった。
先のジャーグル王国侵攻でジャーグル王国は世界から冷たい目で見られるようになってしまった。その余波を受け、それまでジャーグル王国が輸出していた品物を代わりに輸出するようになった国の通貨の価値が高騰している。
私達はそうした国の通貨を購入し運用する事で多大な利益を上げている。
正直、自分達が儲けるだけならもう十分に儲けた。次に我々がすべきことはこの繁栄を多くの人に分け与える事である。しかし、その相手は誰でも良いという訳ではない。我々メンバーが見極めたお金に対して真摯な思いを持つ相応しい人にこそ、この繁栄を受け取って貰いたい。
そう言って色々なチャート図なんかを見せてきたと言うのだ。
「…私と彼氏は持っていたお金をすべて渡しました。現在目まぐるしく通貨価値が変動しているのですぐにでも結果が出ると言われて、二日後にその場所に行くとメリンさんが応対してくれてかなりの額の利益が出たと言われました。私と彼氏はその利益が欲しいと言うと手数料と税が必要になると言われたので言われた通りの金額をお支払いしました。それで、利益の取り出しに二日かかると言われて今日がその日になるんです。おふたりは何でも屋さんもされてるんですよね?一緒にお金を引き取りに来てくれませんか?」
不安そうな顔でそう言うシックスさん。
「これは、ジミーさん…」
ケイトも不安そうな顔で俺を見る。
「ああ、厳しい事を言うけどいいかい?」
俺はケイトに頷き、シックスさんの目を見てゆっくり言う。
「はい、なんでも言ってください」
シックスさんは膝の上に両手を置きグッと握りしめ覚悟を決めたような表情をする。
「それは、恐らく投資詐欺ですよ…」
俺はシックスさんに投資詐欺について説明した。前世でもその手の話しは嫌になるほど耳にしたもんだ。絶対に儲かるなんてのは真っ当な団体は口が裂けても言わない文言だし、金を取り出すのに追い金が必要と言って更に金を出させるのも常套手段だ。
「…恐らく今日、その場所にいってももぬけの殻で誰もいないでしょうね」
「そんなっ!彼が先に行ってるのに…」
シックスさんが項垂れる。
「まだ決まったわけではないですが、その可能性が高いと覚悟はしておいて下さい」
「でも、こんなの絶対騙されますよ!どうしたら良かったんです?」
シックスさんが涙目で俺に言う。
「これは金融商会の会長さんから聞いた話なんですけどね、投資など金融を扱うためには国の許可が必要なんですって。だからその許可証を検めさせてくれって言えばまず大体は見抜けるそうですよ。中には偽の許可証を出してくる奴もいるそうですけど、名前と許可番号をメモして国の機関に問い合わせればすぐにわかるそうですよ。金融商会でも確認してくれるそうなのでそこに尋ねるのも手ですね。でもまず覚えておいてもらいたいのは必ず儲かるなんて話には乗らない事、上手い話しが向こうからやって来るなんてまずないって事ですね」
「はい、わかりました。今後、気を付けます」
シックスさんはシュンとなってそう言った。
「まあ、こういう輩は狡猾ですから仕方がない所もあるでしょう。あなたは被害者なのですから過度に反省する必要はありません」
ケイトが言いシックスさんは顔を上げる。
「ただし、あんまり彼氏の言いなりにばかりなってはいけませんよ?男女の付き合いはあくまで対等な関係なのですから、そこの所は肝に銘じておきなさい」
「はい、お姉さま」
シックスさんの目に憧れのようなものが混じり始めた。こりゃこの子、ちょっと危なっかしい子なのかもしんないなあ。何かに依存しやすい性格なのかもな。おかしな思想や違法薬物には注意してもらいたいものだ。
「ひとまずその集まり場所へ案内して貰っても良いかな?」
「ええ、よろしくお願いします」
シックスさんはそう言うと元気良くベンチから立ち上がりペコリと一礼し歩き出した。
若い子は立ち直りも早いか。
俺とケイトは互いに顔を見合わせシックスさんに続いて歩き出すのだった。
シックスさんの案内で歩く事しばし。
「あ!人が集まってます!詐欺じゃなかったのかも!」
シックスさんは人だかりを見て顔を輝かせる。
俺は悪い予感しかしないので、それを見て微妙な表情しかできない。
「…っけんな!責任者出て来い!」
「ばかやろう!こんなんで納得できるか!」
「張り紙ひとつで済ませる気か!」
「勘弁してくれよ!こっちは後がないんだよ後がっ!!」
「嘘だろ…嘘だと言ってくれ、誰かこれで俺のケツをぶっ叩いてくれ!」
「このやろう!飛蛇這わせるぞ!!」
建物に近付くと集まった人々の声が聞えて来た。怒り心頭な人、頭を抱える人、焦って訳が分からなくなっている人、色々な反応の人がいるがどれも詐欺の被害者の反応と見てまず間違いがないだろう。ちなみに飛蛇這わせるってのは放火するのスラングで前世で言う所の赤犬けしかける赤猫這わすと同じような意味だ。
とにかく、ここに集まった人が切羽詰まっている事を感じさせるに十分な言葉だ。
「あ!ロニー!どうしたのこれ?」
飛蛇這わせると息巻いていた青年にシックスさんが声をかける。
「どうしたもこうしたもねぇーよ!俺達は騙されたんだよ!あれを見ろよ!」
ロニーと呼ばれた青年が指さしたのは建物の入り口に貼られた一枚の紙であった。
「家賃の滞納による差し押さえ通知書ですね、これは」
ケイトが張り出された紙を見て言う。
「クソッ!お前が持って来た話しだぞ!お前がなんとかしろよっ!!」
「えっ?でもロニーも賛成してくれたじゃない」
ロニーと呼ばれた青年に喰ってかかられたシックスさんが困惑する。はぁ~、しょ~もないやっちゃなあ~。
「おいロニー君って言ったっけ?君は年下の彼女にたかってるんだってな。偉そうなことは彼女に借りた金をしっかり耳を揃えて返してから言うんだな」
俺はシックスさんにつかみかかろうとしているロニーの肩を押さえて言う。
「なんだよテメェ、関係ない奴はすっこんでろよっ!」
ロニーはそう怒鳴りながら俺の肩を強く押した。
「やめてよロニー!この人達は私が呼んだんだから!」
シックスさんが割って入ってくれる。
「はぁ?なんでだよ?ナニモンだよこいつ?」
「あのなあ…」
俺が一言言ってやろうかと口を開きかけた時、ケイトがスッと手を出して俺を制止した。
「失礼、私はケイトと申しまして衛兵では介入が難しい問題を解決する仕事をしております。今回はシックスさんから依頼をお受けいたしましてこうしてやって来たわけです。ロニーさんはシックスさんに借財がおありだそうですがご安心ください、私共には独自のノウハウがございまして短期間である程度の収入を得られる職場をご紹介する事もできます。こちらは身寄りのない人や身内に頼れないような人などに良い仕事を斡旋できるツテを持つ人物ですので、彼に任せておけば悪いようには致しませんよ」
ケイトは立て板に水の名調子でロニーにそう言ってのけた。嘘は言ってないがこの局面でそんな言い方をするとどう考えても俺は怪しい手配師か人身売買組織の人間にしか見えないだろう。
「よろしくお願いしますよ、ねえ~」
俺はケイトに乗っかって目を細め笑みを浮かべて頷いて見せる。
「うっ、勘弁してくれよ、シックスに借りた金は返すよ。間違いなく返す、約束するさ。でも、このままじゃあ俺の命がねえ、俺が殺されちまったら返したくても返せねえよ、どうすんだよ」
「どういう事情なのか聞かせて下さい」
今にも泣きだしそうなロニーにケイトが尋ねる。
「投資に使った金はハヤジーメさんとこから借りた金なんだよ」
「ハヤジーメとはどんな人物なんです?」
「街の金貸しだよ、絶対儲かるって言うからヤバいとこから借りちまったんだよ。これで一発当てりゃあシックスに借りた金だって全部返せるし残った金でこいつに美味いもんだって食わせてやれると思ったんだよ。そうだ、お前んち金持ちだろ?頼むよ、この通りだ、俺の命を助けると思って!頼む、この通り!」
ロニーは地面に土下座してシックスさんに頼み込む。
「そこまで言うなら…」
「お待ちなさい、甘やかしてはいけませんよ」
ほだされそうになったシックスさんにケイトが一喝する。
「でも、このままじゃロニーがかわいそう」
「そうやって甘やかしてしまっては彼のためになりません」
「じゃあ、どうすれば良いんですかお姉さま」
シックスさんはすがるようにケイトに尋ねる。
「ロニーさん自身にけじめをつけさせるのです」
ケイトが言いきりロニーは土下座の体制から首を少しだけ上げてケイトとシックスさんの様子をうかがい始めた。
ロニーの表情から見て気が気じゃないようだ。
そりゃそうだろう、ケジメって言われてもどうやって、誰に対してケジメをつけろって言うのか。ヤバい街金に対してか?シックスさんの親に対してか?どちらにしても並のこっちゃないだろうな。
冷や汗をかくロニー。
他人事だとおもろいねこりゃ。




