新聞記者って素敵やん
「すいませんね、夜遅くに」
詰め所に入ると開口一番そう言われた。
「いや、こちらこそ夜分にお騒がせしまして」
俺はそう答える。
「いいえ、被害者の方がそんな気遣いされないで下さい。まあ、みなさんお座りください」
そう言われて我々一同は勧められたイスに座る。
ハティちゃんはまだ寝息を立てている。あまりにも起きないので心配になったがオウンジ氏が言うには一度寝たらやたらなことでは目を覚まさないのだそうで、今回のはやたらなことだと思ったのだが、時折りお馬ちゃんとかエビエビエビィーとか寝言を言ってよだれをたらしている姿を見るに、この子は大物になるなと感心するしかなかった。
「大橋の衛兵から話しは聞いております。実行犯が未だ捕まっておりませんのでやたらなことは言えませんが、オゴタイのスウォン記者もいる事ですし襲撃犯の目星はついてらっしゃるでしょう。我々もその線で追っているとだけ言わせてください。当事者であり被害者であるあなた方に詳細をお伝え出来ずに本当に申し訳ない」
そう言って衛兵さんが頭を下げる。
「いやいやいやいや、頭をお上げください!衛兵さんにも立場がございましょう。我々もその辺りのことは重々承知しております。どうか頭をお上げください!」
「そうである!貴殿が職務に忠実であり市民にたいしても誠実であることは痛いほどわかったのである!幸いこのクルース殿は滅法腕が立つ。これまでも我々は怪我ひとつ負ってはいないし、襲撃者側も死人は出ておらぬと思われる。クルース殿の腕前はそれ程のものという事である!それ故、我々としては職務お疲れ様ですと言いたいのだ!」
「そう言って頂けると我々としても報われる思いです。この件はジーフサ川大橋襲撃事件と共に王都までの街全ての衛兵隊に伝令を出しております。王都までの道中、何かありましたら各町の衛兵隊詰め所にお立ち寄りください」
「ありがとうございます」
というやり取りの後、事情聴取となった。
部屋の襲撃の際に使用されたのは甘水冷露、かんすいれいろと呼ばれる違法水薬で意識を混濁させる作用がある、まあ麻薬ですな。
一般ではなかなか手に入りづらい物だと言う。
まあ、アサシンと言えば麻薬ですもんね。
それを風魔法か何かでミスト状にして室内に流し込んだのではないか、という話しだった。
スーちゃんの話し通り、俺がアサシン共を追った後、オウンジ氏が窓からサイドテーブルをぶん投げて叫んだ所、騒ぎを聞きつけて対面の詰め所から衛兵さんたちが駆けつけてくれ、トビラを破ろうとする者の気配も消えた。という事だった。
俺のほうはハティちゃんをさらった奴らの人数と風体を話した。とは言え声も聞いてないし顔は隠してたし伝えられることはあまりなかったが、こちらもやはりスーちゃんの言ったようにプロの犯行だろうという事だった。
事情聴取が終わり詰め所の外に出るともう朝日が出ていた。
「なんだよ、もう朝じゃん。みんなどうする?眠くない?」
俺は聞いた。
「吾輩は気が立って眠れそうにないのである」
「私はまだ頭がぼんやりしております」
「それじゃあ、朝飯食べたらオウンジ氏とハティちゃんは荷台で休んでいて下さい。俺とスーちゃんとで馬車の運転をやりますから」
と、そういうことになった。
宿に戻ると主人が出迎えてくれて別室に通された。
主人が言うには、自分のところの従業員が絡んでいるかもしれないという事で大変失礼した。宿代は要らないしこれは迷惑料です、という事でお金を渡してくる。
ちょっと相談させてくれってんでオウンジ氏とスーちゃんとで相談すると、これは口止め料も入っており受け取らないと相手方に不要な心配を与えるとの事で受け取ることにした。
俺は依頼料以外要らないとみんなに告げるとスーちゃんもこの件をモノにすれば釣りが出るってんで受け取りを拒否する。結局何だかんだでハティちゃんのために使ってやって頂戴よ、ということで決着したのだった。
そして食事を済ませた我々は再び王都へ向けての旅を始めるのだった。
まだお日様も顔を出したばかりだし今日は距離を稼ぎたい。
マズヌルを出て海沿いの東王道をひたすら進みタスドラック領主都のオカシスを通過して、さらに進みその先にある海とつながった大きな湖ネムハマ湖を渡った湖畔の街ネムツマが本日の目的地だ。
地図で見ると昨日のルート、ノダハからマズヌルまでの距離より若干あるように思える。まあ、この世界の地図の縮尺率がどこまでのものかわからないけど。
「ねースーちゃん」
「何であるか?」
「この地図なんだけどさ。距離感とかどうなの?」
「見せてもらっても良いか?どれどれ。ふむ、安心するとよい。右下に王国印が押してあろう。正確なものである」
「そうなの?この地図で見るとノダハからマズヌルよりもマズヌルからネムツマのほうが少し距離があるように見えるけど」
「それであっておる。王国印が押してあるということは王国の力を持って制作したものである。これ以上のものはなかろう!」
「へー、そうなんだ」
陽気はいいし、単調な道だ。眠くなってしまうよ。とは言えやはり領主都へ向かう道だけあって人の往来はそこそこある。まあ、そこそこ、だが。
それでも居眠り運転で事故でも起こしたらたまらない。こういう時は隣の人と話すに限る。
「スーちゃんはなんで新聞記者になったの」
「そうであるな。吾輩がこの業界に入ったのは6歳の時であった」
「うそ!早いなあー!」
「そんなことはないのである。吾輩の家は王都で新聞売りをしていたからして、ある意味家業なのである。家の手伝いをその年でするのは普通のことなのである」
「そうかー、でも、偉いな」
「ふむ、まあ、最初は新聞の配達と立ち売りではあったが。しかし、吾輩はあることに気づいたのである」
「何によ?」
「大人たちが吾輩のことを物としか見ていないことである」
「物として?なにそれ?人間扱いされなかったってこと?」
「そんな意味ではないのである。吾輩になど聞かれても構わないという前提で他の大人と話をしている事に気づいたのである」
「ほほー、なるほどね」
「最初は吾輩も気にしていなかったのだが、そうして吾輩が聞いた話を新聞を持ってくる大人に話したことがあったのだ」
「ほうほう、面白い話になりそうじゃん」
「面白い話になるかどうかはわからぬが、当時、相手の大人は面白がってくれたな。大人が喜んでくれるのが嬉しくてそれ以来、意識的に街の大人の雑談を聞くようになったのである」
「それからそれから?」
「ある日、いつも新聞を持ってくる大人ともうひとり、身なりのいい大人が一緒にうちの店に来たのである。そして吾輩の両親にこういったのである。お子さんを新聞社で働かせてみませんか、と」
「おーっ!やったじゃん!両親も喜んだでしょ!」
「それがそうでもなかったな。まあ、吾輩は貧しい新聞売りの貴重な労働力であったのだからな」
「でも、新聞社の人は給料払うわけでしょ」
「まあ、そうではあるが子供に払うお金などたかが知れているのである。その金額と吾輩の労働力を両親は天秤にかけて悩み渋ったのである」
「ふーむ、スーちゃんも苦労しているなあ」
「素直にありがとうと言っておくのである。クルース殿はあの時言っておったな。自分の子供には人生を謳歌して貰いたいと思うのが親であろうと。しかしそれは、生きていくのにゆとりがあってこそなのである」
「確かにそうかも知れないな」
「っほ!。クルース殿のそうした所、拍子抜けさせられるのである。勿論、クルース殿の言っていることが間違っていると言っている訳ではない。そうあって欲しいし、そうありたいと吾輩も思っている」
「わかってるさ、正義と真実を全ての人の健全な生活のために!でしょ」
「そうである!クルース殿の言葉を借りるならば多くの人に人生を謳歌して貰うために吾輩はこの仕事をしているのである!だからして、ハティ殿の未来を踏みにじるような輩は許せないのである!」
「よっ!敏腕ガルム!」
俺は拍手をした。
「こら、手綱を放すでない!それから敏腕とガルムを繋げるでないよ。少々話が逸れたのである。吾輩は渋る親を説得した、家業を手伝いながらでいいからやらせてほしい、と」
「おおっ!たいしたもんだ!」
マジでたいしたもんだと思うわ。俺にはできなかったもの。幼少期、カルトにハマった俺の親は子供が楽しいと感じるような様々なことを禁じた。将来に繋がるようなことも。その時俺は言えなかった、スーちゃんのように。
「大人に喜んでもらえたのが、なんだか認められたように感じたのである。それは当時の吾輩にとって何としてでも手に入れたい魅力的なことに感じられたのである。それ故に吾輩も説得に熱が入ったのである」
「それで、どうだったの?」
「家業をおろそかにしないなら、という条件付きで了承を得たのである。そうして家業の手伝いと新聞記者見習いの両立生活をすることになったのである」
「へー、凄いなあ」
「確かにこの頃はしんどかったのである。立ち売りしてるまま寝てしまうこともよくあったのである。だが皮肉なことに疲弊している吾輩は益々物として見られ、周囲の大人は益々お構いなしに話すようになった。どこそこの店では税を誤魔化しているとか、誰それは近いうちに借金で飛ぶだとか」
「うわー、ちょっと子供にはキツイねー」
「まあ、今から考えれば子供向きの仕事とは言い難いのは確かであるな。でも、当時の吾輩はとにかく認められたかったのである。段々と情報を拾ってくるだけでなく誌面に記事を書かせて貰うようになってくると、給金も増え始め、両親も吾輩に家業の手伝いをさせるよりも新聞記者としての仕事に専念させた方が実入りが良いと考えるようになったのである」
「おおー!よかったじゃんよーー!」
「ふふふ、まるで自分ごとのように喜ぶのであるな。昔の話であるのに。ふふ、確かにこの頃は楽しかった、先輩にくっついて色々なことを教わったものである。この業界の流儀やノウハウ、情報の扱い方など、自分で言うのも何なのであるが覚えやカンをつかむのは早かったほうだと思うのである」
「ふふふ」
「先輩と一緒にモウカサ商会工場労働者の労働環境を取材し王国報道賞を頂いた事もあったのである」
「へー、凄いな。その先輩はどうしてるの?」
「先輩であるか?今でも口うるさい上司なのである!」
「あはははは。そうか。今でも同じ職場なんだね。そいつはよかった」
「まあ、あちらはお偉いさん、吾輩は未だ、いち記者ではあるが」
「カッコイイじゃんよ、スーちゃん」
「そうであるか?」
「そうであるな」
「また、クルース殿は」
「スーちゃんひとりで何か賞を取った事はないの?」
「・・・あるにはあるのだ」
「へー、聞かせてよ、その時の話」
「あまり面白いものじゃあないのである。それより、ほら、見えてきましたぞ!かすかに見えるあれこそがダスドラック領主都オカシスであるぞ!」
ふーん。らしくないなあ、まあ、言いたくないものを無理にとは言わないけどさ、なんか少しだけ寂しいじゃんか。
「どこ?りょーしゅと!どこ?」
「ほら、先に見えてきているであろう」
進むにつれてて彼方に薄っすら見えていたものの輪郭がはっきりしてくる。
おおっ!こりゃでけーーぞ!この距離からでも建造物らしき影が山の稜線のように広がって見える。
こんな風景は前世界ではちょっと見られないなあ。大体、前世界では手つかずの平地ってのがなかなかないからな。以前なにかの写真で見たナイロビの遠景に似ているかもしれない。
「ねえ、どこに?どこどこ?」
「ほら、ずっと先に薄ーく黒い盛り上がりが見えるでしょ。横に広がって」
「うん」
「あれだってさ。凄いよな。そうとうでかいよ」
「あれが?りょーしゅとなの?うっそだーー!」
「ホントだって。ねー、スーちゃん?」
「ほーんとーー?スーちゃん?ほーーーんと?」
俺とハティちゃんに問い詰められて困った風情のスーちゃんは、さっきの固い雰囲気がほぐれたように見える。
「本当であるぞ!ハティ殿!ほれこちらにこられい!」
そう言ってスーちゃんはハティちゃんを肩車した。
「わー!わー!わーっ!きゃーーーっ!アハハハハハハハーー!風がーーー!キャハハハハハーー!」
「どうであるか?」
「たーのしーー!凄いよ!遠くまで見えるよ!」
「街が見えたであるか」
「見える見えるよーーー!買い物してるおばさんが見えるよ!」
「本当であるか?」
「うっそだよーーーー!あははははは!スーちゃんだまされました!スーちゃんだまされたー!だまされスーちゃんかわいいスーちゃん!リッキーちゃんも笑ってるーー!」
「かわいいスーちゃん!笑ってるリッキーちゃん!」
俺もハティちゃんに続けた。
「「かわいいスーちゃん!リッキーちゃん!」」
俺とハティちゃんでハモった。
「あっ!」
言葉がピッタリ重なった事に驚いたのだろう。俺を見てより目になってる。
「重なったねぇ」
俺はハティちゃんを見て言う。
「やった!やった!かさなった!あはははは!ひゃーーっ!」
スーちゃんに肩車されてテンション爆上がりだな。
スーちゃんはと言うと、なんだか思うところあるようでどことなく笑顔に影があるような、ま、考えすぎかな。俺はどうも人の感情の機微についてうがった見方をしてしまう所があるな。
なんて考えているとみるみるうちに街並みがハッキリと大きく見えてきた。
「オウンジさん、どうします?市街を通り抜けますか迂回しますか?」
「教会に立ち寄りたいのですが、よろしいですか?」
「了解です。ついでに衛兵詰め所にも顔を出しましょうかね。なにか進展があったかも知れないし」
「ええ、よろしくお願いします」
という事で領主都オカシスに我々は立ち寄る事となったのだった。




