何も変わってないわけでもないって素敵やん
子供達はディアナと共に店番をしたり一般向け授業を受けたり、時にはカレッジの普通授業にお呼ばれしたりしてですっかり学園にも馴染んでいった。
馴染むどころじゃないか、多くの生徒から、特に女生徒から可愛がられお菓子を貰って頭を撫でられている姿をあちこちで見かける事となった。
これじゃあ、前世でたまに見たほのぼのニュースなんかの授業を受ける猫みたいだよ。すっかり餌付けされちゃってるし。
ディアナに子供達の話を聞くと最近は夜中にうなされたり泣いたりする事もなくなってきたとの事で、これまでの酷い経験をこれからの楽しい事で塗りつぶして貰いたいと俺は強く願うのだった。
ラザインの告知教会のその後の動きだがこれは想像した通り、子供達の虐待については教団として指示や強制は一切していない、したがって一部の信者の暴走については教団は無関係である、と公式に発表した。
倉庫法違反と誘拐殺人未遂については、犯行に及んだ者達は信者ではなく教団とは一切関係がないの一点張りであった。
更に倉庫の持ち主が熱心な信者であった事についてはほぼ触れられる事もなく、持ち主であったドン・フェルリツ氏が目の届かない場所で商会員が勝手に行った事であったとし管理の不行き届きを詫びる事で沈静化した。
ブランシェットはその結果に大層腹を立てていたが、パニッツとミケルセンさんはさもありなんと冷静であった。
「とは言え今回の騒動で何も変わらなかった訳ではありません」
と語ったのはすっかりラザインの告知教会ウォッチャーとなっているミケルセンさんだ。
「ラザインの告知教会がまったくダメージを受けていないかと言えば、どうもそうではなかったようです…」
ミケルセンさんの情報によれば最近ラザインの告知教会は一般信者に向けて多くの禁止項目についての緩和を発表したのだと言う。
「…教団上層部はそうした事柄について規則を作る必要はないとの結論に達した、と公式に発表したそうですが困惑している信者も少なくありませんでした。教団は信者の離脱防止や新規勧誘の難易度を下げる目的で緩和政策をとったのでしょうが、ある意味では逆効果だったかもしれませんね」
ミケルセンさんは笑顔で言う。
「今回、一番良かったのは高等教育についても緩和されたという事ですね。これまで教団は高等教育を受ける事に対して繰り返しネガティブなメッセージを出し続けていました。子供に高等教育を受けさせた信者は教団内で仲間外れにされたり、教団内でそれまで得ていたポジションをはく奪されるなどペナルティーを与えられていましたが、今回、教団上層部が直接発表した事で表向きはペナルティーを与えられるような事は無くなったようです…」
喜ぶべき事なのだがミケルセンさんが言うには、細かいどうでもいいようなものの緩和について、例えば眉毛を整える事、男性のもみあげを剃る事、女性の帽子着用などにとうては特に回りくどい表現はされなかったのだが、高等教育を受ける事については、禁止はしないとしながら教育はあくまでも生活の大半を宗教活動をして過ごす事ができるようになるために受けるのものであり、高等教育を受ける事で信仰を揺るがす不健全な考えに汚染される恐れがある、更に終末は近付いており勧誘活動の必要性は益々高まっているため若い時間を最も有用に使えるのは他ならぬ勧誘活動である、と繰り返し信者に説いているとの事であった。
「…こんな事ばかり言われては結局の所、信者が子供に高等教育を受けさせる事について圧力をかけている事に変わりはありませんよ」
ミケルセンさんはそう言って暗い顔をし、それを聞いた俺達も暗い気持ちになった。
「だがなミケルセン君、今回の件は我々の活動を世間に広める良い機会にはなったのだからそう暗い顔をするもんじゃあないぞ。この間などトランブルーが取材に来たではないか」
パニッツが慰めるように言う。ちなみにトランブルーと言うのは魔導列車の一等客室に置いてある車内誌である。
実際、今回の事件は国防軍魔導二輪部隊のお披露目として大きな注目を浴びた事もあり、小さな事件の割にはその影響は大きかった。
例えばイルルヤンカシュ絡みでは、国の機関の調査により捕獲された周辺地区の生態系に大きな乱れが確認されたそうで、国はこの事態を重く見て危険生物や絶滅危惧生物の国内外への持ち込み持ち出しについての規制法を制定したのだった。
危険魔獣の所持には特別な許可が必要となり、許可条件を満たすことができず手放したり不法に遺棄する人が増えた事で当局はてんやわんやとなり、危険魔獣の保護について安全かつ効率的にできる方法は無いかと話し合いが行われた。
その結果、ケイトの獣鎮めの歌を解析し利用する案が採用された事でケイトはしばらく国から研究を依頼されたボンパドゥ商会連合研究室へ足しげく通う事となった、なんて余波もあったりする。
「今回の件はラザインの告知教会を揺るがすには至りませんでしたが、世間的には大きな反響を呼んだという事ですね」
「いや、告知教会の内部にも波紋は広がっているようだよ」
静かに答えたミケルセンさんにそう言ったのはストームだった。
「そうなんですか?そうした話はまだ耳に入って来ていませんが?」
驚くミケルセンさん。
「そのうち耳に入る事になると思うけど、色々な事が緩和されたでしょ?それで、じゃあ、今までそれを守って何かを犠牲にしていた自分はなんなんだ?って疑問に感じ始める人が増えてるってらしいよ。そりゃそうだよね、教団の決りに従って自分の人生の選択肢を狭めて現在経済的に苦しい生活をしている人なんかは、簡単には納得できないよね。この調子で禁止されていた事が解除されていくのならもう何を信じて良いのかわからない、って内心不安になってる信者も少ないないらしいよ」
「本当ですか?彼らは組織に対してネガティブな発言をする事に罰則があったはずですよ?」
ミケルセンさんはストームにそう尋ねる。信者のそうしたネガティブな言葉は外部に漏れないはずではないかとそう尋ねているのだろう。
「ええ、表立っては口にしませんよ彼らは。でも人の口に戸は立てられぬってね。その辺りの情報はうちの領分だったりしますから」
ストームは意味ありげな笑みを浮かべてそう言った。ストームはルーマーディーラーと言われていて、得意とするところは噂話だ。オフィシャルじゃない情報についてはストームの専門分野ってわけなのだった。
「つまり、ラザインの告知教会がとった緩和策は裏目に出ているって事か。策士策に溺れるとはこの事だな」
パニッツが笑う。
「組織の根幹を揺るがすとまではいかないでしょうが、これまで盲目的だった信者に一筋の光を投げかけるくらいの効果はあったんじゃないですかね」
「彼らは良く、自分達は神からの光によって導かれているなどと言うが、皮肉なもんだな」
ストームの言葉にパニッツはアゴを撫でながらそう言ってうんうんと頷いた。
レインザー王国でのモミトスの発見者騒動の時は、敏腕記者スーちゃんの手帳と首座司教と俺達を暗殺しようとした幹部信者の自供により、教団指導者への事情聴取と教団本部、上層部の住居への捜査が始まり発見者は事実上の崩壊となったが、ラザインの告知教会についてはそう簡単には事が進みそうもないな。
さすがは切れ者のジェニファー・スプレーンが仕掛け人だけの事はある。
ラザインの告知教会については、やつらの動向から目を離さず受け皿としての役割を果たしながら情報を発信し続けて行きましょうという事で我々は一致団結するのだった。
俺はと言えばやっぱりと言うか何と言うか、毎日それほど変わらずに過ごすことになった。
つまりは昼は学生、放課後は何でも屋という生活が継続していた。
変わった事と言ったらお助け隊の部室にそれまで顔を出さなかった連中がちょくちょく顔を出すようになったという事だ。
子供達の事で協力してくれた連中やラザインの告知教会被害者救済をやってる連中がちょくちょく来ては情報交換をしていくのだ。
お助け隊の部室はすっかりそうした連中のラウンジとなっていたのだった。
「ちゃーっす!出前の品、お持ちしやしたー!」
ある日の放課後、元気良くそう言って部室に入って来たのはディアナだった。
「あ!ヤグー風焼きそばとミントティー俺ね!」
オッテツが手を上げる。
「はいはいよっと。ワッフルプレートとグアバジュースシロップ増量は?」
「私です」
「かぁー、甘に甘重ねるかねぇ~」
ディアナが顔をしかめながらクランケルに皿を配る。
「ほんじゃあ、こいつは…」
ディアナが商品名を取り出しているのは俺が提案した岡持ちだ。岡持ちってのは前世で昔に飲食店が出前に使っていた入れ物の事である。長方形の箱に取っ手を付け、中は四層に分かれて物を置く事ができるようになっている。
勿論、外側はシルバーに塗装してある。
食品の出前をして欲しいとリクエストして来たのはシエンちゃんで、教師の中には昼休みも忙しくて食堂まで来れない人も居るので是非検討して欲しいと俺に言って来たのだった。
出前持ちは基本子供達の仕事なので、一度に沢山運べるように岡持ちを台車で運ぶシステムを俺は提案したのだった。
ゆくゆくはバイクや自転車に岡持ちを積載する装置も開発したいと思っている。
そうなるとそれに見合った魔導二輪の開発も手掛けたくなってくるなあ。小型でお手軽、しかも高い耐久性を持ち量産しやすいやつがいいね。
それで世界最多量産のバイクにしたいものだ。
そして、どの位売れる?と尋ねられて大きな数字を答えたい!更に、年間ですか?と尋ねられて、バカ言え!月間だよ!と答えたいもんだ。夢が広がるねえ。
「…以上で注文はお揃いですかー?」
ディアナの問に部室の皆は肯定の返事をする。
「んじゃあ、毎度ありーという事でジミー、ちょっとした頼みごとがあるんだけどいいかい?勿論、依頼料は払うよ」
全ての配達品を配り終わり、支払いも受け取ったディアナが俺を見て言った。
「うちは基本、無料でやらせて貰ってるよ。まあ、場合によっちゃ実費だけ貰う事もあるけどね」
ゴミ掃除なんかでごみの処分に金がかかる場合はその料金だけ貰う事もあったりする。
「そうなのかい?ふーん、勿体ないねー。結構、評判良いのにねえ。なんだったら、クラブじゃなくってうちが仕事取ってこようか?そうすりゃあ良い小遣い稼ぎになるよ?」
「マジで?俺、やろうかなー、今月厳しくってさあ」
オッテツがヤグー焼きそばを掻っ込みながら言う。
「あんたは素行が悪いからなぁ~。登録はしといてやってもいいけどあんま仕事来ないかもよ?ああ、勿論、登録料は頂くけどね」
「なんだよそれ、仕事来なかったら登録料の払い損じゃねーか」
「まあ、普段の行いが仕事を呼ぶと思ってくれよ。どうだい?普段の行いに自信のある奴はいるかい?」
ディアナが呼び掛けるが部室のみんなは黙って黙々と飯を食うばかり。
「なんだいなんだい、仕方がない連中だねえ。まあ、いいや、話を戻すけどさジミー、今日は予定入ってないのかい?」
「今んとこないよ」
「そーかそーか、んじゃあ、ちょっと聞いてくれよ…」
ディアナは怪しい笑みを浮かべて俺を見た。なんだか不穏な感じがするぞ?大丈夫かディアナ?




