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意外と大丈夫異世界生活  作者: 潮路留雄
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頼りになる男って素敵やん

 しばらくいいペースで走っていたスリングさんだったが、速度を緩めバイクを停めると道に這いつくばりだした。


 「どうしました?」


 「いえね、この先、道が二股にわかれてるでしょ?左に行けば子供達がいた山だけど新しい形跡は右に向かってる。こいつをどう見ます?」


 「別の場所に向かってるのでは?」


 「私もそう思うけど、う~ん、どーもちょっちあからさまなんだよなあ。でも、さすがに元居た場所に戻るなんて間抜けな事はしないでしょうし…」


 スリングさんはそう言うと地面に顔を近づけたまま道の分かれ目まで這いつくばって移動した。

 

 「う~ん、おかしいな~?」


 「何がおかしいんです?」


 俺は少し苛立ちながら聞く。


 「いえね、道は二股。痕跡は右に向かっているがどうも不自然に感じる。わたしゃ、この痕跡はミスディレクションと踏んでます。だが、左に行くのも考えづらい。となると、どう思います?」


 スリングさんは俺を見て首をひねった。

 道は左右に向かうT字路で正面は森になっている。森は木が密集しているうえに藪が密生し馬どころか人が進むのも往生しそうな具合である。


 「スリングさんの言う通りだとすれば正面の森に入ったと考えるのが自然ですが…」


 「藪を刈らないことには馬どころか人が進むのも難しいですよね。でもなあ、それもおかしいんだよなあ。旦那、アンチナウジアの術式は使えますかい?」


 アンチナウジアってのはめまいや吐き気を抑える術の事だ。という事は…


 「もしかして、大規模な幻惑術が使われてると?」


 俺はスリングさんに尋ねる。大規模な幻惑術を無理やり破ると、周辺にいた人は認識の大きな祖語に脳が圧力を受け強い乗り物酔いのような症状になってしまう事がある。

 スリングさんはその事を言っているのか?


 「そう睨んでるんですが、旦那、アンチナウジアは?」


 「ああ、それなら大丈夫ですけど、スリングさん、幻惑解除の術式具でも持っているのですか?」


 「へへっ、カースにはちょいと覚えがありましてね。それより、準備はいいですかい?」


 「ええ、お願いします」


 俺は言いながら呼吸を整えらせんのイメージで丹田に魔力を回し背骨に沿ってそれを頭へと持って行く。喉を通り眉間中央から頭頂部へと魔力を意識して練り上げ準備をする。


 「ぬっ、凄い魔力ですな。こいつは旦那に破って貰った方が良かったかな」


 スリングさんは俺の方を見ずに言う。

 

 「カース関係はまったく素人なもんでお願いしますよ」


 「へへへっ、そう素直に言われちゃあね。じゃあ、いきまっせ」


 スリングさんは懐から鉛筆のような筒をふたつ取り出すと、一メートル半程の間隔を開けて森の前の地面に突き立てた。


 「ハリ、ハリ、ハリ。九つの王により見えぬ者に命ずる。実際に起きた事から心の中で起きた事まで映し出せ、ハリ、ハリ、ハリ」


 スリングさんが小さな声でそう素早く唱えると地面に突き立てた棒と棒の間の空間がグンニャリと歪んだ。

 おっと、こいつはヤバイ。首のあたりが重くなり目の奥が熱くなってくる。これを放っておくと頭痛からきつい吐き気とめまいに襲われてしまう。

 俺は今一度深呼吸をし、取り入れた魔力を体内で練り直し循環させる。

 

 「大丈夫ですかい旦那?もしかして、アンチナウジアじゃなくて体内で魔力循環で対処してるんですかい?」


 「ええ、そうしてます」


 振り返って尋ねるスリングさんに俺は答えた。


 「随分乱暴な事をなさるよこのお方は。オーバーフローは大丈夫ですかい?魔力抜きしときますかい?」


 スリングさんが心配しているのは取り入れた魔力を入れっぱなしにしておくことの弊害についてだ。魔力抜きってのは、シエンちゃんと初めて会った時に言われた攻撃魔法のひとつも覚えてたまに魔力を外に放出しろってのと同じ意味の事だ。


 「いや、大丈夫です。まだ余裕がありますから」


 「そうですか?無理はせんで下さいよ」


 スリングさんはそう言って魔導二輪の所に戻るので俺もストキャノの元に戻る。

 グンニャリと歪んでいた風景は徐々に安定し森の中に一本の小道が姿を現した。

 

 「そんじゃあ、行きましょかい」


 「お願いします」


 スリングさんは頷き魔導二輪を進ませる。

 俺はその後に続き現れた小道へとストキャノを進ませた。

 小道は未舗装ながら常日頃から馬車が通行しているようでしっかりと踏み固められた道であった。


 「こいつはドルデンシェールに続く道ですな」


 スリングさんが走りながら言う。


 「ドルデンシェールですか?」


 「ええ、間違いないですよ。ちっと厄介ですなぁ」


 スリングさんが唸るように言う。

ドルデンシェールってのは農作物を貯蔵しておく倉庫が集まっている地域の事だ。


「あそこには貴族の倉庫もありますからねえ、やたらに立ち入るとややこしい事になりかねません」


 「隠れられる前にとっつかまえましょう!」


 「それが一番良いですね」


 スリングさんは立ち上がり膝でタンクを挟み込んで魔導二輪の速度を速める。

 未舗装路でこれ以上速度アップすると車体が揺れて着座したままではさすがにきつくなるからだ。

 俺もそれに倣い馬で走る時のようにシートからケツを浮かせてアクセルをひねる。

 バックミラー越しにもうもうと土煙が上がっているのが見える。

 通行している人がいなくて良かったよ、さすがに迷惑すぎる。

 

 「見えてきましたぜ」


 前方に立ち並ぶ倉庫が見えて来た。

 

 「ここからは歩きで行きますぜ。よろしいですな?」


 倉庫街の入り口に魔導二輪を停車させてスリングさんは言う。

 俺は頷きストキャノを停車させた。


 「新しい痕跡は複数ありますな」


 跪いて道を触り渋い顔をするスリングさん。


 「子供達の乗っていた荷車の幅を考えると、こいつは違うな」


 道を歩きながら最初の十字路を通り過ぎるスリングさん。

 

 「こいつも違う」


 次の十字路でしゃがみ込み地面の土をつまんだスリングさんは俺を見てそう言った。


 「っと、こいつは怪しいな」


 その次の十字路を右に曲がりふたつ目の倉庫の前に止まり地面を触りながら、スリングさんはニヤリとニヒルな笑みを浮かべた。


 「踏み込みますか?」


 俺は目の前の倉庫を見てスリングさんに尋ねた。


 「いや、ちょっと待って下さい。使用者の札を見て下さいよ」


 スリングさんに言われて俺は倉庫入り口に欠けられた使用者名の記載されている札を見る。


 「ドン・フェルリツと書いてありますね」


 「フェルリツと言えばちょっと名の知れた商会の会長ですよ。これは面倒な事になってきましたぜ」


 スリングさんは眉間にしわを寄せてそう言った。


 「スリングさん、ここまでありがとうございました。ここからは自分ひとりでやりますので、あなたはお帰りになって下さい」


 スリングさんは国防軍の兵隊さんだ、法を犯すような事に巻き込むわけにはいかない。

 

 「まあまあ、そんなに慌てないでくださいよ。中から子供達の泣き声も聞こえてきませんし、奴らも子供達に今すぐ危害を加えるような真似はせんでしょう。まずは情報収集と行きましょうや」


 「情報収集ですか?」


 「ええ、私に良い考えがありますんで」


 スリングさんは悪そうな顔をしてニヤリと笑うのだった。


 「すいませーん、ご苦労様ですー」


 妙にフレンドリーな笑顔を浮かべて倉庫の外で作業している人に声をかけるスリングさん。

 場所は先ほどのドン・フェルリツの倉庫のふたつ隣りにある倉庫だ。

 

 「なんです?あんた方は?」


 作業している人がいぶかし気にこちらを見る。


 「私、国土安全保障局のグレゴリー・スリングと言う者でしてね」


 スリングさんはそう言って懐から国防軍の身分証明書を出して作業している男に見せた。

 俺もそれに倣い懐からファルブリングカレッジの学生証を出して会釈をし、すぐに懐に学生証をしまう。


 「なんだお役人さんがなんの用だい?」


 作業員は今度は少しの怯えを見せた。スリングさんの言ってた通りに事は進んでいる。スリングさんの作戦はこうだ。倉庫を利用するにも国が定めたルールがある。それは帝国倉庫法と言いその目的は倉庫に預けた物がきちんと保管されるため、そして流通が適正に行われ安定した物資の供給ができるように定められたものなのだが、ぶっちゃけた話をするとほとんどの利用者はそのルールを守っちゃいないのだと言う。

 特に違反されるのが保管量についてで、これは厳密にルールを守っていては利益が減るからなのだ。

 国側はその対策として抜き打ち検査を行うのだが、作業員にとっては仕事を止められるし下手をすれば違反罰則を被る羽目にもなり勘弁して貰いたい事なのだそうだ。

 この作業員も抜き打ち検査なのかと戦々恐々になっているのが明らかに見て取れる。

 そこでスリングさんはにこやかに次の言葉を繋げる。


 「今日は抜き打ち検査ではなくてですね、この辺りで危険物規定違反が行われているのではないかという情報が入りましてその確認に来ているんですよ。何か周辺の倉庫で変わった事などありませんでしたか?」


 作業員の顔に安堵の色が広がる。これが狙いってわけだ。

 作業員もやましいところがない訳じゃないから、怯えて緊張する。そこに君の所を疑っている訳じゃないと伝える事で相手の緊張を緩和させ口を滑らかにさせるって作戦だ。

 最初に出した身分証明書も、脛に傷持つ身ならばろくに確認せずに勝手に鵜呑みにしますよ、と言うスリングさんの意見に半信半疑で従いはしたが、まさか本当にそれで通っちまうとは思わなかったよ。俺なんて学生証だよ?

 

 「それだったら、ほら、ふたつ向こうの倉庫あるでしょ?あそこ、たまに妙な臭いがするんだよね。後、ガチャンガチャンと何かが動いてる音も聞こえる時があるし、ただの倉庫じゃないんじゃないかってみんな噂してるよ。あっ、俺が言ったって事は内緒にしといてよ?」


 作業員がこずるそうな笑みを浮かべて鼻の上に人差し指を当てシーっとやる。

 

 「なるほど、むこうの倉庫ですね。わかりました、ご協力感謝します」


 スリングさんは何かメモを取るような仕草をしてから作業員に会釈をし、クルリと俺の方に振り向いてニカリと笑った。


 「一発で当たりを引きましたね」


 歩きながらスリングさんは小さな声で話す。

 

 「妙な臭いに何かが動く音ですか」


 「確かにあの倉庫の前の地面から微かに塗料のような臭いがしたんですよね」


 「塗料ですか」


 「ええ、だから怪しいなって思いましてね」


 俺はスリングさんがあの倉庫の前の土をつまんでいたのを思い出す。俺は全然臭いなんて感じなかったが、スリングさんには感じられるのか。ここまでの手腕や聞き込みの手口、モルツ中尉がスリングさんの事を追跡のプロで頼りになると言ってた意味が良くわかったよ、良い人をつけてくれたよモルツ中尉。

 

 「ふうむ、何か潤滑油のような臭いが微かにしますね。作動音的な物は…………ん?こりゃあ、どこかで聞き覚えがある音だな?まてよ?」


 スリングさんはドン・フェルリツ名義の倉庫の壁に耳を押し当ててしばし考えこむ。


 「教本印刷所だ。そうだ、こりゃあ輪転機の音だ。なるほどな、インクと潤滑剤か、クルースさん、こりゃあ踏み込む理由ができましたよ」


 スリングさんが嬉しそうな顔で俺を見る。


 「どんな理由なんです?」


 「倉庫法において危険物の保管は前もっての届け出と火災感知魔道具の設置が義務付けられてるんですよ。輪転機のインクは可燃性ですし、裁断作業で出る紙くずはこれも火の燃え広がる原因となりやすい代物ですんでね、これは当局としては確認せねばならんでしょう」


 「なるほどなるほど。そりゃあ確かに確認が必要ですね」


 「じゃあ、行きますか」


 「ええ、お願いします」


 俺は悪そうな顔をして笑うスリングさんに頷いて後に従うのだった。


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