考えるより動いちゃうって素敵やん
「むう、これに向かって話せばいいのかねブランシェット君?」
「ええ、そうです」
「あーあー、聞こえるかねクルース君」
無線通話からパニッツの声が聞える。どうやらブランシェットが連れてきてくれたようだ。
「ああ、聞こえる」
俺は施設の入り口が見える木の上に身を隠し答える。
「事情はブランシェット君から聞いた。ミケルセン君とも話したがそこはまず間違いなくラザインの告知教会のビジターセンターだろう」
「俺もその可能性が高いと思ってるんだが、パニッツ達が見た施設とはまた違う感じなんだ」
パニッツ達が見たのは確か書籍発行の施設だったはずだ。
「ビジターセンターにはいくつかの種類があるのだ。信者を安い労働力とし得た利益を団体の収益とする目的はどこも変わらぬのだがな」
パニッツは苦々しいといった口調でそう答えた。
「絵の部屋は、あれはなんだと思う?」
「矯正部屋ですね」
今度はミケルセンさんが答える。
「彼らは徹底した組織主義ですので組織に疑問を抱く事を非常に重くとらえており、少しでも疑念を持った者を休眠者と呼んで矯正するんですよ。ちなみに彼らは矯正部屋の事をパニッシュルームと呼んでいます」
「嫌な言い方だな」
この辺の考え方や対処についてはホントにどこのカルト団体も似てるんだよな。組織に疑念を抱く事を重罪のように教え込む事で、組織の指示に明確な間違いが生じても無理な理屈を強引に通す事ができるし、それに対して疑念を持つことも重罪とする事ができる訳だから好き放題って訳だ。俺は胸がむかつくのを覚える。
「問題は一部の居住エリアが破損したまま放置されていた事ですね」
ミケルセンが真剣な声で言う。
「それのどこが問題なんだ?」
「恐らく直近で脱走騒ぎがあったのではないかと推測されます。農場などの重労働な現場ではやはりどうしても不平不満が出やすいものです。なのにあの団体はそこに更に独自のルールを課して労働者の負担を増やすんですよ。牧舎が新品同様にキレイだったと言ってましたよね?それも彼らの独自ルールのひとつで、経典内にある使用したものは使用した前の状態に戻す事という文言をそのまま受け止めた結果なんですよ。ただでさえそのような過剰なルールが多いのに、この団体の指導者の中には更に独自のルールを作り上げる事を好む人が一定数存在していましてね。そのような人が労働強度の強い現場の管理者になったりすると無用なルールが際限なく増え、そこで働く者の消耗度は更に高くなります」
「なるほどね、だからか」
「何がだからなのです?」
「いやね、施設の出入口付近に男が出て来たんだけど外を見ずに中を見てるんだよ。ありゃあ、侵入者じゃなくて脱走者を警戒してんだな」
俺は施設から出て来た男たちを見てそれを告げた。
男は二人、共に長い棒のような物をもっている。
「そうは言ってもトモ君はさっき見つかってるんだから気を付けてよー!」
ブランシェットの声がする。
「ああ、十分気を付けるさ。それじゃあ、中に入るからよろしく」
「気を付け給えよ」
パニッツの声に頷いて俺は風魔法のゲイルジャンプを使い、木と木の間を飛んで施設の屋根に着地する。
屋根に耳をつけて風魔法のサウンドコレクションを使い中の音を探っていく。
「…の場所ですべての時間を神のための奉仕活動に捧げる事ができる特権に感謝しましょう…」
「…の参加者は過去最高の人数となりました。神に使える人々が清い奉仕にあずかる姿を見るのはなんと嬉しい事でしょう…」
「…ナルーカ領で行われた特別清廉学校の卒業生の方もこの中にはおられる事でしょう、そのカリキュラムの中でも清廉な食事を欠かさないようにと再三教えられたと思います。今、まさに私達があずかろうとしている奉仕活動こそがその清廉な…」
どうやらこの下では幾人かのグループに分かれて最初の挨拶のようなものが行われているようだ。
内容は、ここで働かされることはとても光栄な事で感謝して喜んで働くべきだという事に尽きていた。
まったく、どこのブラック企業だよ。まともに聞いちゃいらんないよ。
俺は屋根の上を静かに移動し、別の部屋の音を探る。
「…今日は豊作でしたねえ」
「それはいいがソンサのビジターセンターが売却された話は聞いたかね?」
「ええ、なんでも休眠者が続出して信者の数が激減したとか」
「アロンジー君は降格されて僻地へ移動となったそうだ」
「怖い話ですな」
「二の舞はごめんだよ…」
こっちはベテラン勢の世間話か。しっかし現状が把握できたある意味で起きそうになっている者が休眠者ってのは酷い皮肉だよなあ。狂信的な信者のほうが余程休眠者だろうに、彼らのような団体ってどういう訳かブーメランになるようなネーミングつけがちだよなあ。本人全裸なのに他人の服装の乱れ指摘してるみたいな出オチ感すらあるよ。
まあ、ベテランの愚痴を聞いてても仕方ねー。
俺はキレイな施設棟の端から端までゆっくりと移動しながら会話を探るが、大人たちの声ばかりで子供の声は聞こえなかった。
前にも行ったが大人が自分の責任で信奉する分には仕方ないっちゃ仕方ないと俺は考える。
勿論、途中で真実に気づき脱退したいと思った時にそれを強く妨害するような行為はいただけないし、脱退したものを完全に無視するように教育して親族間の繋がりすら保たせないようにするのは悪辣卑劣な行為だとは思う。
だが今回俺が心配しているのは帰り際に見かけた子供達の事だ。
あの子供達はいったいどこにいるんだ?
俺は大きな納屋の屋根に移りサウンドコレクションを使うが子供の声はおろか誰の声も聞こえてこない。
「大丈夫かね?」
パニッツが小さな声で俺に尋ねる。
「ああ、子供達を探してるんだが見つからなくてな」
「全部探したのかね?」
「いや、矯正部屋のあった棟と牧舎はまだだ。今から行ってみる」
「気を付け給えよ」
「わかってるさ」
ったくパニッツも心配性なとこあるな
「もしかして、この件に自分が巻き込んでしまったとか思ってないかパニッツ?」
「…まあ、少しはな」
「ったくバカだなお前は。そんな責任、感じる事はまったくねーっちゅーの。ミケルセンさんもだぞ?これ系の話しを放っておけないのは昔からなんだからな。前にも話したろ?だから、これは単なる俺の趣味なんだから。まあ、そう言う意味じゃ君達ふたりは同好の士ってとこか」
「のけものにしないでよね。私だって力になりたいんだから」
ブランシェットが言う。
「ああ、ありがとさんな。とにかく、パニッツとミケルセンさんは気に病むことは無いんだからな?俺もブランシェットも好きでやってる事なんだから」
俺はそう言って納屋の屋根から例のパニッシュルームのあった棟へと飛び移る。
「すまんなふたりとも」
「だから謝るなって」
俺は小さな声でパニッツに言い、サウンドコレクションを使う。
「…にどう思われるか心配になる事あるよね?どうすれば神様を喜ばす事ができるかな?そのために出来る事を今日は一緒にお勉強しましょうね。まずはどうすれば神様と友達になれるのか歌で覚えましょうねー。はい!…」
「「「「大好きな神様―大好きな教会―教会こそが神様の家―…」」」」
胡散臭い女性の声に続いて子供達の歌声が聞える。かなり幼い声だが子供達の歌声は揃い抑制されている。普通は幼い子供たちが合掌すると半ば怒鳴り声みたいな元気いっぱいの合唱になるものだが、妙に抑制された子供の合唱はなんだか不自然でうすら寒いものを感じさせる。
「…ぁぁぁぁぁん!わぁぁぁぁぁん!ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
サウンドコレクションを使いながらゆっくりと屋根を移動して行くとくぐもった鳴き声が耳に入って来た。
子供の鳴き声、それも泣き叫ぶような声は俺を嫌な気持ちにさせる。
俺はゲイルを使い声のする方へと移動する。
二階の窓から中を見て誰もいない事を確認し建物の中に侵入すると、身を低くしてサウンドコレクションを使ったまま周囲の気配を探る。
近付いて来る気配はない。
俺は廊下を進み鳴き声のする方へと進む。
「いぎゃぁぁぁぁぁぁ!!あぁぁぁぁぁぁ!うぐっうぐっ!もうしないからもうしないから!!」
「どうしてお母さんとの約束を守れないの!私が恥ずかしい思いをするのよ!」
「ひぃぃぃぃ!ごめんなさいごめんなさい!」
「邪神よ離れ去れ!邪神よ離れ去れ!」
「憎くてぶってるんじゃないんだ、お前の中にある邪悪な心を出すために仕方がなくぶっているんだぞ!」
「うそだ!好きでぶってるんだ!ぎゃーーーーー!ごめんなさいごめんなさい!」
「やだぁーー!やめてぇーーー!」
「なにしてんだ!おまえらっ!!」
気が付いたら俺はトビラを蹴り破って中に踊りこんでいた。
「なんだ君は!」
「どこから入った!」
細い棒を手にした男性ふたりが俺を確認するとそう叫ぶ。
他にも細い棒を手に顔を紅潮させた女性も複数人いるが彼女たちは妙に輝いた目でまだ子供たちを叩いていた。
「やめろっつってんだよ!」
俺はゲイルダッシュで女性たちの近くに飛び彼女たちが持っていた棒を取り上げる。
「こんなもんで子供の柔肌ぶっ叩いて…正気かあんたら?」
「愛しているからこそやるんだ!」
「ラザインの告知第三章三節!子供に対して刑罰を控えるものは愛なき者である!」
細い棒を持った男ふたりが俺に向かって唾を飛ばして叫ぶ。
「刑罰ってあんた、こんな子供がどんな罪を犯したってんだ」
俺は子供と大人たちの間に割って入るように位置取りをしながら言ってやる。子供達の泣き声を聞いて頭に血が上っちまったが子供を打ち据えていた女性たちのらんらんと輝いた目を見て血の気がスッと引いてきた。
あの目には見覚えがあった。
抵抗できない弱いものの尊厳を踏みにじる事に快楽を覚えている嗜虐心に満ちた目だ。
「奉仕を嫌がった!」
「崇拝の時間に三回咳ばらいをした!」
「くしゃみをした後に笑った!」
「叩かれて感謝をしなかった!」
「砂糖で味付けされたパンを食べた!」
「崇拝場にふけを落とした!」
「信者以外の友達を作った!」
俺の質問に大人たちが怒鳴るように声を上げた。大人たちの目はどうだ?正当な理由だろ?これで文句はないだろう?と言わんばかりだ。
「良くわかった」
「そうだろう?わかったら即刻立ち去れ!」
「あなた達の元ではこの子達の心身の健康と教育、人間関係に深刻な悪影響を及ぼす事が良くわかったと言ってんだよ」
俺の言葉に大人たちがざわつく。
「そう言う事だから子供達は保護させて貰う。さ、行こう」
俺は子供達に言うが子供達は下を向いたまま身じろぎもしない。
「子供達は行く気がないようですが?」
男が細い棒をパチパチと左手に打ちながら言う。
「そうやって子供達を脅かすなってんだよ」
俺はそう言って男ふたりが持つ棒も取り上げる。
「何をするんだ!」
「そうやってすぐに激高する人に子供をあずけるわけにはいかんよな!」
俺は大人たちから奪い取った棒をまとめてへし折り部屋の隅に投げ捨てて言う。
「もう君達には一切暴力は振るわせない、俺が約束する。もうこんなひどい目にはあわさない。それにこの世界は終らないし君達は滅ぼされるような事は絶対にない。これも約束する。だから一緒に行こう」
俺は子供達に目線を合わせてゆっくりと語りかけ手を差し伸べた。
「僕は…滅ぼされないの?」
一番近くにいた子供が俺の目を見てそう尋ねる。まだ小学校にも通ってないような小さな子供が必死の形相で俺にそう聞くのだ。腕と首には大きなみみずばれが出来ており血がにじんでいる。
「滅ぼされるもんか」
俺が真っ直ぐに目を見て言うとその子供は頷いて俺の手を握った。
それを見た他の子供達も次々に立ち上がり俺の傍に近付いて来る。
「帰ったら刑罰よ!」
「そうだぞ!ここで逃げたらもっと重い刑罰を受けるんだぞ!」
大人たちが大きな声を上げ子供達が身を固くする。
「何が刑罰だっ!結局、暴力と脅しで子供の尊厳踏みにじって支配してるだけじゃねーか!とにかく子供に強要するんじゃない!自分達だけでやってろ!」
俺は大人たちにそう言うと子供達の頭を撫で部屋を出た。
「おいおいクルース君、気持ちはわかるが子供達をどうするつもりだい?そのままでは誘拐になってしまうぞ?」
無線通信の向こうからパニッツが言う。
「だよなー。俺も頭に血が上って後先考えずにやっちまったけど、どうしようか?」
「まったく、君らしいな。そんな事だろうと思ったよ」
パニッツが呆れ声で言う。
「まあ、そんな訳だからなんか良い知恵をだしてくれろ」
「ふふっ、急に人任せとはこれまた君らしい。そんなこったろうと思って今ミケルセン君がホフス先生を探しに行っているところだ。先生ならば顔も広いし何か良い案を出してくれるに違いない」
「さっすがパニッツ部長!頼りになる~」
「ふふふ、おだてても何も出んぞ」
パニッツがまんざらでもない声を上げる。
「よーし!今、お兄ちゃんの仲間がお前たちの事を助けてくれるために力を貸してくれるから、もう何も心配いらないぞー!」
俺は不安そうな顔をする子供達に極力呑気な声で言う。
子供達の表情は緊張にこわばったままだが、最初に俺を信用してくれた子はそれでも必死で頷いてくれる。
なんとしててでもこの子達を無事にここから脱出させなきゃな。
俺は子供達を見て決意を新たにするのだった。




