失われた秘宝の価値って素敵やん
「さてと、これはどうします?」
「どうしますって、元の持ち主に返すよ」
塔の外に出た俺はラスピリーヤブルーをクランケルから受け取りながら言う。
「元の持ち主ってラスピリーヤまで行く気ですか?」
「いや、ロジちゃんに渡すよ」
「彼女に会える手段をお持ちなのですか?」
「うんにゃ。でもロジちゃんのこったからそのうち向こうからコンタクトとってくると思うよ」
「まったく、君はいつでも行き当たりばったりね」
「「!!」」
暗闇から突然声がして俺とクランケルは身構えた。
「ちょっと、そんなに怖い気を向けないでもらえる?特にそっちの子、クランケル君だったっけ?」
軽い調子でそんな事を言いながら暗闇から姿を現したのはロジちゃんことロジアンホープその人であった。
「ちょっと、なんでいる訳?」
俺はロジちゃんに尋ねる。
「君が素直に帰る訳ないと思ってね。ちょっと後をつけさせて貰ったの」
「なんだよもう。それならそうともっと早くに言ってくれれば良かったのに」
「君のやる事ってどうにも危なっかしいでしょ?遠くから見守らせて貰ったのよ」
肩をすくめて言うロジちゃん。
「なんだよもう。まあ、話が早いからいいや、これ」
俺はラスピリーヤブルーをロジちゃんに渡す。
「いいの?これかなり価値のある財宝よ?レインザーに持って帰れば国に貸しを作れるかもよ?」
「国に貸しなんて作ったらおっかなくっていけねーよ。それにちゃっかりもう受け取ってるじゃん」
しっかり受け取り懐にしまっているロジちゃんに俺は言う。
「クランケル君はいいのかしら?なんか意味深な目で見てるけど?お姉さんに惚れちゃった?」
「ええ、惚れましたね。その隠形術、身のこなし。戦闘術もかなりの腕前とお聞きしました。ひとつ手合わせ願いたいですね」
クランケルはニヤリと怖い笑みを浮かべ空気がピンと張り詰める。
「もう、せっかちさんねえ。時と場所をわきまえないとモテないわよ」
「こんなとこでよせってクランケル。俺も困るぜ」
ロジちゃんに続いて俺もクランケルをなだめに回る。こいつ、こと戦闘となると後先考えない傾向があるからな、まったくおっかないよ。
「今クルース君は目立つわけにはいかないのでしたね、すいません」
クランケルの怖い気がスッと鎮静化する。
「そうそう、わかって貰えて嬉しいよ」
俺はホッと胸をなでおろした。
「ところで君達、スプレーンの鼻を明かすのが目的みたいだったけど、これってスプレーンも知らないんじゃないかしら?だとすれば鼻を明かす効果はないわよ?」
スッと闇に紛れながらロジちゃんが言う。
「そういやそうか。なんだよ意味なし夫かよ」
「うふふ、でも君が生きていて普通に学園生活を送っているとわかればスプレーンも驚くでしょうよ」
闇の中にロジちゃんの声が響く。
「派手に動けないように彼女の周辺には幾らか手を打っておくわ。感謝の気持ちと思ってちょうだい」
「マジ?そりゃありがてー。今度、マジで高い料理奢らせて貰うわ」
俺の言葉に反応する声はなかった。
「むう、恐るべき隠形術ですね。いつかお手合わせ願いたいですよ」
「まったく好きだねえ。ふぁ~あ、眠くなったし俺はもう帰るよ。お前はどうすんだ?」
「私も帰って休むとしますよ。やっぱり君といると楽しいですねえ」
「今回は俺じゃなくってお前の提案だけどな。結果としてロジちゃんに味方して貰えるみたいだし、俺としちゃ助かったからいいんだけどもな」
俺はそう言って軽く手を上げる。
クランケルは薄っすら微笑んで同じように軽く手を上げ闇に消えて行った。
ロジちゃんの隠形術に驚いてたけどお前のだって十分凄いってーの。
俺はひとり肩をすくめ生徒達が使っている秘密の抜け道から学園の外に出る。
城郭街はまだまだ人通りが絶えず賑やかである。腹は減っていないので、俺は夜市みたいなマーケットで土産だけ買ってファルブリングに帰ったのだった。
翌日、学園に戻って来たコラスになんで先に帰っちゃったのさとダル絡みされた。
ストームとケイトはクランケルからザックリ理由を聞いていたようだったので、特に根掘り葉掘り聞かれることは無かったのだが、生徒会のメンバーとコラス達の耳には入っていなかったみたいだ。
生徒会のメンバーは、俺が先に帰ったと言うフルールドポアリエ側の情報を特に疑っていなかったので良かったのだが、コラスは違った。
なんだかんだ言っても一緒に行動する事が多かったからなあ、またひとりで余計なことに首を突っ込んだだろと言って、一人だけズルいじゃないかとすねるのだった。
仕方がないから正直にあった事を話し、これ以上ちょっかい出されないように別筋から働きかけてもらう事になってるから騒ぎにはしないでくれとお願いしたのだった。
そこまで言えばコラスの奴も道理をわきまえた男だ、今度は僕も誘ってよ、くらいでそれ以上絡んでくる事はなくなった。
しかしそれからしばらくの間、何かにつけてクランケルとコラスが俺の近くにいる事が増えたのだった。
そうして幾日か経ったある日、学園にゼークシュタイン閣下がやってきた。勿論、帝国国防軍上級大将としてではなくカステン商会会長であり帝国にいる親戚ハンス・カステンとしてである。
「ご無沙汰してます」
「最近、色々と忙しくてな。まあ、君の働きも忙しさの要因の一つではあるのだがね」
学園の応接室で閣下はそう言って笑った。
「いやあ、あいスイマセン」
「良い良い、国のためになる忙しさは歓迎だ。それより今日はひとつ報告があってな。ジェニファー・スプレーンが漆黒の猟犬から追放されてね」
ゼークシュタイン閣下は腕組みをしながらそう言った。
「え?追放ですか?」
俺は思わず聞き返した。あの如才ないスプレーンが?なんで?
「ああ、追放されたとの事だ。どうやらスプレーンが担当していた資産の運用で大きな損失を出したようでね。責任をとらされて追放されたようだ」
「…資産運用で大きな損失ですか」
「ああ、海上保険の出資をしていたようなんだけどね、ラスピリーヤ海域で海賊による襲撃や荒天による損害が相次いでね。どうやら無限責任で契約していたみたいでね、それはそれは莫大な損失を出したという話だよ。これでスプレーンは大きな暴力的後ろ盾を失った事になる」
閣下はそう言ってニヤリと笑って俺を見た。
俺は微妙な笑顔でそれに答える。
「ふふふっ、まったくもって君の人脈は面白いな」
「いやあ、どうなんでしょうか」
閣下はこの話の裏にロジちゃんが絡んでいると見ているのだろう。そして、それはきっと正解なんだろうな。まったく、こういう話を聞くとああした世界で生きてる人の恐ろしさをマジマジと感じるよ。できれば、そんな駆け引きをしなきゃいけない世界にはあまり近付きたくないもんだよ。
「とにかく、スプレーンは自分の身を守るため別の暴力組織に潜り込む仕事に忙しくて君にチョッカイかけている暇はなくなるだろう、安心して学園生活を送りたまえ」
そこまで言って閣下は一呼吸置く。
「君のお友達にもこの事を教えてあげたまえ。心配しているようだからな」
そしてトビラを見つめながら声のトーンを上げてそう言った。
おいおい、コラスとクランケルか?
まったく、心配性なやつらだよ。
「はい、そうします」
俺はそう言って頭を下げるのだった。




