しょーもない話って素敵やん
地底湖の浮島にある棺は豪華な装飾が施され重厚な作りになっており、上で見た石棺とは一味も二味も違うものとなっていた。
「こりゃ間違いなく位の高い人の棺だろう」
「ええ、間違いないでしょうね」
俺とクランケルは棺の前に立ちまじまじと見つめながらそう言い合う。
至る所に生えるヒカリゴケの淡い光は殊更この場所を幻想的に見せる。美しく静謐とも言えるこの場所は妙な魔物さえいなければ高貴な人の魂の安息所としてふさわしいようにも思える。
「では、開けますよ」
クランケルはそう言って棺の蓋に手をかける。
「ちょい待ち。その前に一応、挨拶だけしとくわ。スンマセン、少しだけお騒がせしますがお許しください、ナムナムナムナム」
俺は両手を合わせてそうつぶやいた。
「なんですそれは?死者への祈りですか?」
クランケルが言う。
「ああ、そんな感じだ」
俺はクランケルに答える。両手を合わせる行為、合掌は前世でも世界中の色々な文化や宗教で見られた習慣だ。
勿論、こちらの世界でもその習慣は存在し墓を参り死者に祈る時などにこの所作は用いられる。
前世で家族が傾倒していた新興宗教団体ではこの所作は他の宗教に由来する行為と捉えられ禁止されていたが、それは非常に狭量で見識の浅い見方であると俺は思ったものだ。
実際に調べてみると手を合わせるという行為の始まりは諸説あるが、古代インドの礼儀作法であるとされるのが一般的であった。
害意のない事を相手に示す事がそもそものこの行為の目的であったとされている。
それが特定の宗教に取り入れられ神や世界、他者への尊敬や尊崇の意思を表すハンドサインとなっていくのだが、俺が暮らしていた国ではそうした宗教的意味を越え、感謝や敬意を表すものとして用いられていた。つまり、本来の意味に限りなく近い用いられ方をしていたと俺は思う。
俺のこの行為も宗教的な意味より気持ちの表れとしての意味合いが強いのだが、だからと言って宗教全体を悪く思っている訳ではない。
俺が感心しないのは前世で家族がハマっていたようなカルト団体やこちらで見た発見者のように幼い子供に強要し、子供から夢や希望を奪う団体なのだ。
「ナムナムと言うのはなんなんです?」
「こりゃ、まあ、俺が居た地域に根付いた民間のまじないみたいなもんだな。ほれ、くしゃみをした後、言うやつがあるだろ?」
「加護あれ、ですね」
クランケルが答える。こちらの世界でもくしゃみの後に加護あれと続けるのが慣習になっているのだ。世界が変わっても人の考える事ってなあんまり変わらないもんだな。
「そうそう、そんな感じよ」
「なるほど、理解しました。しかし、クルース君はレインザーの出ですよね?あの国はモミバトス教を国教にしているのではなかったでしたか?そんな国で異教由来のまじないが許されるのですか?」
クランケルが棺の蓋に手をかけながら尋ねる。
「面白い事を気にかけるねお前も。確かに国教に定めちゃいるが、他の思想を弾圧したり排除したりするような事はしてなかったよ。元々、モミバトス教ってこういっちゃなんだが結構したたかな宗教だろ?世界各国に広がりその土地に根付いた土着の宗教なんかもその一部に取り入れたりしてるじゃんか。ほら、こっちでもドーンホーム教会みたいなのも活発だろ?」
「許すも許さないも、あれはジャーグルの国教になってますからねえ」
石棺の蓋をずらしながらクランケルが言う。
「まあ、あれだ、レインザーはそんなに不寛容な国じゃあないってこったよ。こことなーんも変わらないさ」
俺はクランケルに答える。前世で俺の家族がハマりこんでた所は非常に不寛容な団体だった。独自の解釈による禁止事項は三千以上あるとも言われており、信者にとってあの世界はしてはいけない事だらけの世界だった。
そして、家族と言えども棄教した人間とは距離を取り事務的な接触のみとするように定められており、家族を壊す団体としても良く知られていた。俺がこっちに来る直前では、そうした団体の姿勢が信者数や寄付金の減少を招き更に各国で子供に対する虐待行為が取り沙汰されたりして悪い意味で名が売れ始めていた。
そんな状況に対処すべく、その団体は棄教した人への対応の変更や細かい禁止事項の解禁など軟化政策を打ち出していると話に聞いたりした。
何と言うか、ジタバタしとるなあ、と思ったものだった。
「開きましたよ」
おっと、思いにふけってる場合じゃなかった。俺はクランケルの近くに歩み寄りライトの魔法で棺の中を照らす。
「おお!」
「これは…凄いですね」
俺とクランケルは思わず感嘆し唾を飲み込む。もしも今の俺とクランケルを見ている者がいたら、ふたりの顔が反射した光で輝いているのが見えただろう。
「眩しいですね」
「ああ、目が眩むとはこの事だな」
棺の中にあったのは装飾を施された白骨であった。その装飾は豪華の一言だ。
頭に戴いた冠は透明度の高いクリスタルが無数に取り付けられているし、首には細かく編み込まれた金の鎖がエプロンのようにかけられ、その金鎖のエプロンには緑や赤の宝石が散りばめられている。
腰にはこれまた銀の鎖で編み込まれた前垂れに細かい宝石がこれでもかとあしらわれており、宝石や金銀の重さで骨が崩れているほどであった。
俺は棺の中があまりに眩いのでライトの光量を落とす。
「おかしいですね」
クランケルが言う。
「何がだよ?」
「ありませんよイナゴが」
クランケルが言ってるのは酒場で歌った箱のイナゴと言う歌の事で、イナゴとは略奪品を指しているのではないかという説から奪われた秘宝ラスピリーヤブルーの事を言っているのだが。
「巨大なサファイアだって話だから見れば一発でわかると思うんだが」
俺は白骨の上に積まれた宝石をかき分けながら言う。
しっかしキレイな宝石もこれだけあると価値が下がるね。
「ありませんね。ストーム君の説は間違ってたのでしょうか?」
「もしかしたらこの金銀財宝全て略奪品なのかも知れないぞ?」
だとすればイナゴってのはここにある物全てを指すのかも知れんし。
「どうも釈然としませんね」
クランケルは顎の下に手を当てて首をひねる。
う~ん、釈然としないと言われてもなあ。クランケルの奴が納得しないのはストームから直接聞いた話の信ぴょう性からなのだろうな。それだけストームのやつはここにラスピリーヤブルーがあると信じてたって訳だろう。ロジちゃんだって軽い気持ちで忍び込んだみたいな事言ってたけど、ある程度の確信がなくっちゃさすがにそんな事はしないだろうしなあ。
ちゅー事は、やっぱりここにあるのか?
まさかとは思うが…。
俺は一縷の望みを託して外された棺の蓋をひっくり返す。
「あ!」
「むう!」
俺とクランケルは思わず声を上げる。
果たして蓋の裏には大きな青い宝石があった。
「これは、首飾りの鎖が石棺の蓋に固着していたようですね」
クランケルは大きな宝石が付けられたネックレスの鎖を丁寧に剥がしながら言った。
「しかし、なぜ蓋の裏にあるとわかったのです?」
「もしかしてと思っただけだよ」
俺は答えるが、蓋の裏にあるかもと思い至ったのは前世で聞いた小話からだ。
その小話と言うのは通夜の晩に寝ずの番をしていた男の話なのだが、男がふと亡くなった方が好きだったお供え物のシューマイの箱を何とはなしに開けてみたところ、なんとシューマイがひとつ減っていた。
男は驚いてふたを閉め、しばらくしてから見間違いに違いないともう一度蓋を開けて確かめると今度はふたつ減っている。怖くなり急いで蓋を閉めるが男は気になって仕方がない。
恐る恐るもう一度シューマイの蓋を開けると今度は三つ減っている。
男は慌てて今度は棺の蓋を開けるとなんと棺の中は空っぽっである。
恐ろしくなって男は悲鳴を上げる。なんだなんだと人が集まってきて男は事情を説明する。
事情を聴いた男が確認すると、故人もシューマイも共に蓋にくっついていましたとさ、っていうまあしょーもないブラックジョークなんだが俺はこの話が結構好きで印象に残っていたのだ。
当然、クランケルにそんな事も言えるはずなく俺は短くそう答えるだけであった。
「目的の物も手に入りましたしずらかりますか」
「そうしましょう」
俺とクランケルは棺に蓋をするとそそくさと脱出するのだった。




