お若く見えますって素敵やん
「どうしたトモよ?もう息が上がったか?少し休憩するか?」
村はずれの丘に着陸したキーケちゃんはなんとかかんとかついて来た俺を見て言う。
「ひぃはぁ、ふぅぃ~、はぁ、なんとか、ふぅ、だいじょぶ。早くいこ、気になって仕方ない」
俺は呼吸を整えてキーケちゃんに言う。
「ふふっ、好奇心は疲労を陵駕するか。ついて来い」
キーケちゃんは嬉しそうに笑って俺に言う。
なんだろうね、キーケちゃんってこういう時に嬉しそうな顔をするんだよなあ。
俺はその理由について考えながらキーケちゃんについて行く。
キーケちゃんは軽い足取りでホイホイと跳ねるように丘を降り村へと歩いて行く。
いや歩いてってレベルじゃないなこりゃ、足を踏み出す一歩で五歩くらい進んでる感じだ。ゼロヨンのスタートだったら焦ってクラッチミスってエンジン焼き付いてるよ俺。どんなピストン入れてるのキーケちゃん?
「これじゃ飛んでる時と大差ないよ~」
俺は小走りになる。
「きひひ、約束よりも遅くなっとるからな」
むぐ、それを言われると何も言えん。俺の遭難が原因だもん。遭難した原因も俺の見込みの甘さだし。
「ふひひ、そんな顔するなトモよ。お前が山で見た事には依頼主も興味を抱くだろう」
「そ、そうならいいんだけど、さ」
俺は息を切らせながら答える。前世では運動なんてほとんどやらなかったし学生時代も持久走は大嫌いだったのに、こっちに来てからはちょくちょく息切れするほどの運動を強いられるなあ。まあ、一日一回、十分程度、心拍が上がるような運動をするのは身体に良いなんて話も聞いた事あるし、悪いこっちゃないんだけど。
だけども…しんどい事には変わりない。
俺は小走りになってキーケちゃんの後についていく。
キーケちゃんは村に入ると集落のはずれにポツンと建っている小さな小屋の前で足を止めた。
「遅れたな、タモクトだ。失礼するぞ」
キーケちゃんは挨拶をして小屋の戸を開け中に入る。
「失礼します」
俺も挨拶をして後に続く。
小屋に入ると小さな土間になっておりその先には靴を脱いで上がる板間が見える。
靴を脱いで上がるなんて珍しいな。こっちに来てから初めて見たかも。
「タモちゃん遅かったじゃないの。あら?そちらの方は?」
板間に座っている初老の婦人が立ち上がり俺を見た。
「こやつはトモ、あたしの仲間だ」
「どうもトモ・クルースです。よろしくお願いします」
キーケちゃんの商会に続いて俺は挨拶をし頭を下げる。
「あらあらご丁寧に、私はウェノーナ・パヤプサと申します、以後お見知りおきを」
そう言って初老女性パヤプサさんは上品に笑った。この女性、なんだか少しアルスちゃんと通ずるものがあるなあ。浮世離れしてる感じや年齢不詳な感じ、そしてこちらの心の奥を見るような深い透明感のある目。
なんつーかもう敵わない感じ、何枚も上手を行かれてる感じがする。
俺はパヤプサさんに勧められるまま板間に座りながらそんな事を考えた。
「どうしたトモよ?そんなにマジマジと顔を見つめて?惚れたか?」
「え?いや、えーと、何と言いましょうか」
惚れた訳ではないと即答するのも悪い気がして俺はあたふたしてしまう。
「私みたいなお婆ちゃんが相手じゃクルースさんに失礼よねえ」
「いやいやトモの年上好きは半端じゃないからな」
パヤプサさんとキーケちゃんは楽しそうに笑った。
「いやいやパヤプサさんはお婆ちゃんには見えませんよう」
俺はパヤプサさんに言う。実際、お婆ちゃんというにはまだまだ若い見た目をしてらっしゃる。
「なんだトモよ?それはあたしはお婆ちゃんに見えるという事か?」
「いやいやいやいやいや!キーケちゃんは元々お婆ちゃんだなんて思ってないし!」
俺は顔をプルプルと横に振って言い、それを見たパヤプサさんが口元に手を当てて愉快そうに笑う。
「ふふっ、軽い冗談だ。そんなに慌てて否定されるとこっちも複雑な気持ちになるわ」
「いやあ、あいすいません」
俺は頭に手を当て謝る。
「きっひっひ、まあ良い事にするわ。しかしなあトモよ、ウェノーナの外見に騙されてはいかんぞ?こやつはなこう見えて結構いっとるぞ?」
「やですよう、もう」
キーケちゃんの言葉にパヤプサさんはこれまた楽しそうに笑う。
いってるって、年齢の事だよな?どう見ても五十代後半くらいにしか見えないが?結構いってるって事はこのルックスで七十代とかなのか?
「こう見えてウェノーナはな今年で百四十七歳だ」
「ええええ?」
百四十七!人族じゃないのかこのお方は?
俺は驚いてしまう。
「しかもじゃ、生粋の人族だぞ?どうだ?驚きだろ?」
キーケちゃんに言われて俺は目を真ん丸にしてしまう。
こっちの世界も人族の寿命は前世と変わらない。もっと言えば魔族だってほとんどの種族は人族とさほど変わらない。エルフや龍族のような例は稀なのだ。
「エルフ族を先祖に持ってらっしゃるとかではないのですか?」
「そういう話は聞いた事はありませんけど、むかーしむかしのご先祖様は不思議な力が使えたと聞いてますから、もしかしたら長命な種族の血が入っていたのかも知れませんねえ」
俺の質問に穏やかな表情で答えてくれるパヤプサさん。
「この村って長命な村なの?」
「いやウェノーナだけ特別なのさ。なにしろ彼女はアルゴンナーベの生き残りだからな」
「アルゴンナーベ?」
俺はキーケちゃんに聞き返す。初めて聞く言葉だ。
「うふふ、初めてお聞きになられましたか?」
「ええ、恥ずかしながら」
上品に微笑むパヤプサさんに俺は頭を掻いて答える。
「恥ずかしくはないですよ、今では知る人も少ない話しですからね」
「こやつあの山で不思議な体験をしおってな。トモよ話してやれ」
唐突にキーケちゃんが俺に言う。
アルゴンナーベの事を聞きたかったのだが、このタイミングでキーケちゃんが言うのにも何か意味があるのだろう、俺は素直に山での体験をパヤプサさんに話して聞かした。
「……で気が付いたらキーケちゃんに介抱されていたと、こういう訳でして」
「どう思う?」
俺が話し終えるとキーケちゃんが楽しそうな表情でそうパヤプサさんに聞いた。
「その三人はナギ、アレイス、ニュートとそう名乗ったのですね?」
「はい、そうです」
「なるほど、それはとても興味深いですねえ。わかりました、それでは今度は私の事をお話ししましょう。ちょっとその前にお茶でも入れましょうか。少し長いお話しになりますから」
パヤプサさんはそう言って立ち上がりお茶を用意し始める。
「ウェノーナの入れる茶は美味いぞ」
キーケちゃんが笑顔で俺に言う。
俺の体験を聞いて話すと言い出したパヤプサさん自身の話しとはいったい何なのか?
アルゴンナーベとは何か?
俺の好奇心はマックスまで膨れ上がるのだった。




