心残りを振り払いって素敵やん
ニュートさんの案内で俺は社へと向かう事となった。
オリエンタルな東屋を出て丘を下ると小さな川が流れていた。
ニュートさんは小川に沿った道を川の流れる方向に向かって歩いた。
川の中には小さな魚が沢山泳いでおり、向こう岸にはタンポポのような黄色い花が咲き白い蝶がひらひらと飛んでいるのが見える。
なんとものどかな風景である。
外は吹雪氷の世界なのにここは小春日和の穏やかな日ときている。
これから得体の知れない毒キノコを退治しなきゃならないってのに、どうにも気が緩んで仕方がない。
何と言うのか、どうにも心の奥に引っかかりを感じるのはなぜだ?
先を歩くニュートさん達を見て俺はそれを考えた。
「不安ですか?」
ニュートさんが振り返って言う。まるで俺の心の底を見透かされたようでドキッとする。
「いえっ、ええ、まあ」
「不安に感じるのも無理ないだろう。キノコの毒は人を死に招くようなものだからな。あいつにやられると目と喉が痛み咳が出て呼吸ができなくなる。更に吸うと強い吐き気に襲われそのうちに意識が遠ざかり死に至る。吸わないように気を付けろよ?」
「はい、気を付けます!」
しどろもどろになっていた所にアレイスさんが助け舟を出してくれたので、俺は思わず力強く返事をしてしまった。
「元気の良い返事だな。その調子ならこっちも安心できるってもんだ」
アレイスさんはそう言って大笑いしたので俺も愛想笑いをする。
目と喉の痛みに続き咳が出て呼吸が困難になる。そして吐き気がして意識を失う。更に金属を腐食させる致死性のガスか。なんだろう?これもなんだか引っ掛かりを感じるぞ?心の奥底で何かがうずいているような、小さく脈打っているようなそんな違和感。
う~ん、なんなんだろう?
「やはり何か不安を感じてらっしゃるようですが?」
ニュートさんが優しい声で俺に語りかける。
「いや、大丈夫です」
俺は違和感の正体をつかもうと頭をひねるがニュートさんの声とのどかな風景にその努力もむなしく溶けて行く。
昔、誰かが言ってたんだよな、思い出したくて思い出せない事をそのまま思い出さずにいると脳の細胞が死ぬんだって。
誰が言ってたんだっけ?
確か女の子だったような気がする。
ちょっと甘酸っぱい記憶のような気がするんだが思い出せない。
思い出せない事が多すぎる。
大丈夫か俺の脳細胞は?
「大丈夫なら良いのですが、もうすぐ社のある場所に到着しますよ」
「何か不安があるのなら、時間を置いてから挑戦しますか?」
ニュートさんに続いてナギさんが振り向いて言う。
ナギさんが本当に俺の事を心配しているのがその声の調子と表情から伝わって来る。
いけないいけない、俺は遭難している所をナギさんに救われたんだ。その恩人が困っているのにつまらない事で集中力を乱すのは良くないな。山の噴火を鎮めるためだ。
あれ?俺って遭難してたんだっけ?何かもっと切羽詰まってたような?いやいやダメだ、目の前の事に集中しないと!
「大丈夫です!やらせて下さい!」
俺は心の中の靄を払うように勢いよく言った。
「…やはり魔力が鮮烈すぎるようですね」
ニュートさんがポツリと呟いた。そうだ、ここに来てすぐ、まるで桃仙郷のように感じた時にもニュートさんはそう言った。俺の魔力が強く鮮烈だからそう感じるのだと。あれはどういう事だったんだ?その言葉の意味が心の奥の疼きと強く繋がっているように感じるが、それを考えようとすればするほど考える力が失われていくようだ。
「…に社があります。クルースさん?大丈夫ですか?」
少しばかりボヤッとしていたようでナギさんが心配そうに俺に声をかけているのに今気づく。
「あっ、すいません。なんだか、のどかな風景に気持ちが緩んでしまったみたいでボーっとしてました」
「おいおい、無理すんなよ?命に関わるんだからな?またにするか?」
「いや、大丈夫です。すいません、集中します」
「なら、いいんだけどな。ほら、あそこに社があるんだ」
心配しくれたアレイスさんだったが俺の返事に気を取り直したようにして谷底を指差した。
いつの間にこんな崖っぷちにやって来たんだ?まったく気が付かなかったぞ?いくらなんでも気が緩み過ぎだ、俺は邪念を振り払うように頭を振る。
改めて谷を見るとゴツゴツと露出した岩肌は落ちたら身体中がこすれて大怪我しそうでちょっと恐怖を感じる。
「あそこから降りられるのですが底にはキノコの発する毒が溜まって危険なのです」
ニュートさんは右手を指差す。
今立っている崖っぷちから右に向かってしばらくいった場所は谷底に向かって緩やかな坂になっていた。
「あそこを見てみろ。途中で岩の色が変わっているだろ?そこが毒だまりの境界線ってわけだ」
アレイスさんの言葉に谷底に向かう坂を見るとそこ付近の岩肌の色がくっきりと変化しているのが目に入る。
灰色の岩肌がある地点からくっきりと赤茶色になっているのだ。
キノコが発する毒ガスに金属を腐食させる効果があるからなのだろう。
「クルースさんはお山を生身で飛び越えられた。その時と同じ魔法を使えば谷底に安全に降りる事が可能なはずです」
ナギさんの言う通り、高高度を飛ぶ時のようにシールドで外気を遮断し酸素供給をし続けるのは基本的に一緒だが、二酸化炭素を排出する際に外気を入れないように気を付けるのがポイントだな。
後は。
「問題はキノコの排除ですね」
「それならば体温調整に火魔法を使っていたんだろ?同時に火も使えるならそれで焼いちまってくれ」
アレイスさんが言う。
なるほど、それならいけるがまてよ?だったら崖下に向かって火を放てば済むんじゃないか?とそこまで考えて、いやそれじゃあお社まで丸焼けになっちまうじゃないかと気が付いた。
やはり近くに行ってキノコだけを焼かなきゃダメって事か。
「了解です。それじゃあ早速ですが行かせて貰いますね。何か気を付ける事ってありますか?」
「お社を傷つけないようにお願いします」
「わかりました気を付けます」
ニュートさんに言われて俺は返事をするとゲイルを使って谷底へと飛んだ。
頭上からアレイスとナギさんがおおっ!と驚く声が聞える。
俺は少し誇らしい気持ちになりながらも魔法調整に意識を集中するのだった。




