ブリザードに来るものって素敵やん
バッグゼッド帝国で二番目に高い山ラダメブランカで猛吹雪に見舞われキーケちゃんとはぐれてしまった俺は、なんとかかまくらを作って暖を取る事には成功したのだが、腹は減るしキーケちゃんに迷惑をかけちまうしでとても心細い気持ちになっていた。
まったくもって雪山を舐めていた自分の不明を恥じるばかりだ。
今出来る事はキーケちゃんが言っていたように天候が回復するまでここでじっと待つ事。
そして待っている間、少しでも魔法調整の練習をしておく事だ。
俺は体温調整と発火に加えて別の魔法も同時発生を行う事にした。
酸素供給は範囲調整を上手くやらないと火に影響するので練習としては丁度良かったが幾らかやっていれば慣れてきて負荷に感じない程度になってくる。
俺ってばホントに器用貧乏でさ、前世でも何をやってもある程度まではすぐにできちゃうんだよ。でもって一般的に上手と言われるようなレベルになると一行に辿り着かないんだよ。単純に理解力が劣ってるって所もあるだろうけど、勘所やコツがつかめなかったりしてある程度まではスルッといけてただけにめげてしまうんだよねえ。
そうして考えると単に踏ん張りが足りないだけだったのかもなあ。
まあ、昔の事は置いといて今は魔法の練習だ。
俺は寒さを感じない程度の体温調整と発火そして酸素供給と同時にゲイルを使って少しだけ宙に浮いてみる。
「こりゃ安定させるのに苦労しそうだな」
ふらふらと揺れながら俺は独り言ちる。
因みにだが俺が同時に使える魔法元素はふたつまでで、それ以上の種類は同時発生はできない。
体温調節は風と火、発火は火、酸素供給とゲイルは風なので現在使用している魔法元素はふたつとなる。
なのでこの場所を探すため雪の深さを探るのに土魔法で棒を作る時は火を使う体温調節は一時切ったのだった。
風魔法のシールドを張っていたとは言えめっちゃ寒かったので一瞬で作った棒は結構いい加減なものではあったが、用途が雪の深さを探るためだけだったので用は足りた。
「いつかは三元素同時発生もできるようになりたいが、今はまず高高度飛行に必要な魔法の同時発生練習だな」
遭難した寂しさからか独り言が多くなってるのを自覚するが、これも精神の安定のために役立つなら良しだ。
心が乱れると魔法の調整も上手くできないからな。
呼吸を整え意識を集中していくと次第に浮遊状態も安定して来る。
「よーし、お次はシールドだな」
シールドは加減を間違えるとかまくらをぶっ壊してしまう事になるので要注意だ。
最初は頭を守るヘルメットを意識して発生させる。
「よし、上手くいったぞ」
次第にそれを大きくし身体中を包むように広げていく。
精神を安定させ意識をより集中させるために結跏趺坐に足を組み替える。
結跏趺坐とは両方の足の甲を反対側の足の太ももに乗せる胡坐の事で仏教やヨーガで瞑想する際に用いられる座法である。
この座法は関節が柔らかくないとなかなかにキツイが、出来てしまうと実に安定した座り方なのがわかる。宗教的な意味合いを別にしてもこの座り方をすると骨盤が立ち安定するので長時間座りやすく腰を痛めない。
解剖学的にも骨盤を立てるために必要な股関節の最適位置であるという話しも聞いた事がある。
まあ、俺にとっては呼吸法や幻術でも使わせて貰っているように前世で大好きだったエンタメ作品の影響が大きい所なんだけどな。
結跏趺坐も前世では関節の固さからやると足がしびれてしまったが今はそんな事はない。
俺は結跏趺坐したまま空中に浮遊しているという見ようによってはかなり怪しい光景にもなっているが、俺自身としてはどちらかと言えばこれまた前世で好きだった超能力アニメ映画のエンディングが脳内によぎっている。
このアニメ映画は超能力者が集結し世界の終わりをもたらす存在と戦うという内容で大ヒットした作品なのだが、原作者が難色を示してすったもんだがあったり、この作品の影響で神の最終戦争を指す用語がメジャーになって終末思想を煽るサブカルチャーが盛り上がり、雨後の筍の如く発生した新興宗教に影響を与える事となったと評されたり、前世の仲間探しとも呼ばれる戦士症候群の火付け役になったりとなかなかに香ばしいエピソードが目白押しの作品でもあるのだった。
まあ、なんだかんだ言っても俺はとても好きなアニメであるしエンディングは曲も含めて感動的だと思っている。
「気分は光の戦士ってか」
シールドで身体を覆い結跏趺坐で浮遊した俺は、発生させた火を中心にしてかまくらの中をゆっくりと回る。
あの映画のラストも確か高い雪山の近くで迎えたんだったよなあ、最後の敵を倒したのも思い返せば氷漬けにしてだったか。ありゃあ水魔法で再現できるっちゃできるなあ。
「戦士の帰る場所は常に生命の源だって言ってたっけっか。生命の源ねえ、なんにしても早いとこキーケちゃんと合流したいなあ」
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」
なんて事を考えていると遠くから地鳴りのような音が聞えて来た。
雪崩か?いや、雪崩が起きなさそうな場所を俺は選んだんだ。ここから遠くで起きてる雪崩の音が聞えてくるのか?雪は振動を吸収するから音が伝わりにくくなるなるなんて話を聞いた事があるが。
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!」
なんか音が近付いて来てるぞ!地面も振動してきた!なんかヤバくないか?でも外は猛吹雪だしどこに逃げりゃ、なんて思っていると突然強い衝撃を受けて俺は弾き飛ばされてしまう。
「ぬおっ!!」
かまくらは壊され俺は猛吹雪の中に投げ出される。
シールドを発生させていて良かったぜ。
「一体全体何が起きてんだ?」
俺は火を大きくし辺りを照らし周囲に目を凝らす。
「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ」
地鳴りのような音と猛烈な雪煙をあげて雪原が弾けているのが見える。
何かが雪の中を移動してるのか?
過ぎ去っていた雪煙がUターンしこちらへ向かって来た。
俺の発生させた火に反応したのか?
ヤバいと思って火を小さくするが雪煙は近付いて来る。
「なんじゃありゃ!」
近付くにつれ見えて来たものに俺は思わず声を上げてしまう。
見えて来たのは巨大なヘラジカだった。
前世でもヘラジカってのはバカでかくて体高二メートル、体重0.8トンにもなり雄の角なんかは幅二メートルにもなるちょっとした怪物なんだが、今、目前に迫ってる奴はちょっとしたどころではないぞ。
あの質量は前世のヘラジカの四倍はある正真正銘の怪物だ。
俺は慌ててゲイルで後ろに飛び逃げる。
「あんなもんに正面から激突されたらたまらねえって!」
大木のような角をみて俺は思わず口走った。
巨大ヘラジカは俺が思ったよりも早くこちらに近付いて来る。
やっべ、なんで俺は後ろに逃げたんだ、左右に飛べば良かったのに!バカか俺は!つーか、左右に逃げても同じか?
そんな事が頭によぎった瞬間、まるで間欠泉のように巨大ヘラジカのいた場所の雪が吹きあがった。
「なんだなんだ!!」
理解が追い付かない。
バケモノヘラジカはどうなった?奴の技か?
俺は火をそちらに向けて様子をうかがう。
「うっそだろ」
吹き上がったように見えたのは何かの胴体のようだった。
視線を上げてその先を見ると長い胴体の先には先ほどのバケモノヘラジカがいた。
「ヒュゥーーーキャッキャオーーーーーーーーーゥ」
吹雪の中、叫び声のような悲しい鳴き声が響き渡る。
バケモノヘラジカは激しく暴れながら上空に見える長い胴体の先に消えていく。
なんだありゃ?食われたのか?
これって肉食なのか?だとすれば次の得物って俺だったりするのか?
上空に見えていた胴体の先がにゅうっと俺の方に向いた。
そこに見えたのは筒状の頭にポッカリ円形に空いた口とビッシリ並ぶ牙だった。
なんだぁぁぁぁぁ!!デカイ!!デカすぎる!!まるで洞窟みたいだぞ!!
勘弁してくれよ!ここは雪山だぞ!荒廃した未来世界に漂流してきたわけでも砂漠の惑星に採掘作業しに来たわけでもねーっての!




