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意外と大丈夫異世界生活  作者: 潮路留雄
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宝の正体って素敵やん

 「この部屋自体がお宝とはどういうことですか?」


 気を取り直したラインハート部長がフーカさんに尋ねる。


 「その前にひとつお聞きしたいのですが、皆さんはなにも変調はないのですか?頭が痛いとか心拍数が上がったとか?」


 「いいえ、特に何もありませんが、みんなはどうですか?」


 フーカさんの問に答えたラインハート部長がコラス達に尋ねるが、皆、別に何もないと頭を振る。


 「皆さんは外部からの精神感応に対して何か特別な訓練をしていたり防御術式を施されていたりしますか?」


 フーカさんは尚も尋ねる。


 「そうですね。確かに私達は外部からの精神感応に対しては特別強い方ではありますね」


 ラインハート部長が眼鏡を上げて言う。


 「なるほど、それなら納得です。では種明かしをしましょうか、この空間ですがね。室内の設計が人の精神に変調をきたすように出来ているようです」


 「どういう事ですか?」


 フーカさんの説明にケイトが更なる説明を求める。


 「この空間は天井、壁、床と六つの四角形に囲まれた立体となっていますが、その四角形に微妙な歪みが計測されました。それも普通の人の感覚では認知できないレベルの歪みです」


 フーカさんがさっき双眼鏡みたいので見ていたのはそいつを確かめるためだったのか。

 しかし。


 「その歪みがなんだってーの?まさかその歪みがお宝なんて言わないよね?」


 コラスが微妙な表情でフーカさんに聞く。そうだよな、俺もそう思ったとこだよ。


 「そのまさかですよコラスさん。この歪みこそがアナスホーとレリックが残したお宝に違いありません」


 「え~!うそ~ん!」


 コラスが盛大にがっかりする。その気持ちもわかるぜ、ここまで追いかけてきて妙な連中にも狙われてやっと発見したお宝が部屋の微妙な歪みって、そりゃないよなあ。


 「そう落胆しないで下さいよ。これは多くの人に益となる素晴らしい発見になりますからね」


 「え~?ほんとに~?」


 自信満々に言ってのけるフーカさんにコラスは疑いの目を向ける。


 「本当ですとも。この場所の説明をする前にまずはアンナ・レリックという人について説明させて下さい…」


 フーカさんはアンナ・レリックについて説明を始める。

 アンナ・レリックは厳格なモミバトス教徒の家に生まれた。レリック自身も熱心な信者として育ったが、十代の頃に巡礼で行った小さな街の教会で見たひとつの絵を見て衝撃を受ける。

 その絵は神の愛と題したもので、神の弟であり神の国から世界を救うためにやって来たモミバトスについて描かれた物だった。

 これまでもその題材で描かれた絵は沢山見たがそのどれもが荘厳で神聖さを感じさせるものだったのに対し、小さな町の教会に飾ってあった絵に描かれていたのは遠くに山の見える道を歩くひとりの男の後ろ姿だった。

 

 「その絵を見た時の事をレリックはこう言っています。自分はその絵を見た瞬間に雷に打たれたような衝撃を受けた。モミバトスという存在がそれまで以上に現実の存在として私に語りかけてくれるかのように感じたのです、それはそれまでに経典で見た人物像を凌駕するものでした、と」


 フーカさんの説明は続く。

 そうして衝撃を受けたレリックはモミバトスの思いをもっと知りたいと考え、モミバトス教経典以外の資料を探して読み漁るようになり、やがてそれはモミバトス教の教えと最新の魔導学の示す事実とのつじつまが合わなくなっている事への疑問に辿り着いてしまう。

 

 「現在のモミバトス教会はその辺りについては柔軟に対応しており、経典の真理と魔導学の真理との調和を目的とした研究機関を設立してますが、レリックの時代にはそうした物はなく、つじつまが合わない場合は魔導学の出した結論が間違っているとされていました」


 つまり、つじつまを合わせるようにモミバトス教経典の解釈を変えるなんて発想は許されない時代だったわけだ。

 そんな訳で当然の事ながらレリックの探求心は叶えられない状況だった。

 そこでレリックが代わりに関心を持ったのは小さな教会で見た絵に受けた衝撃についてだった。

 目で見た事が人の心に強い影響を与える、それは時に長い時間をかけて受けた教育による影響を陵駕するという自分自身の体験した事に基づいた事実に対してであった。

 レリックは後に高等教育を受け、モミバトス教文化と古典文化の折衷融合を目指し人文科学の道へ進むことになるのだが、その根底にあったのは十代の時に味わった経験だった。

 レリックは学者としてそして人文主義者として名を馳せるようになるが、その間もずっと視覚が人に与える影響について探求していた。

 詩人としての活動を始めたのも、自分には絵心はないので文字によって、それもシンプルなリズムで表される文字によって人に強い影響を与えてみたいと考えたのが発端だった。

 

 「レリックは、詩とは表面的な意味だけでなく文字の様々な性質を用いて表現するものである、と言っています。そして、物事には様々な性質があり我々がこうだと思い込んでいるものはその一面に過ぎない、はるか昔々の人々はその事を良く心得ていたのである、と語っています。私は彼女のこの言葉が強く印象に残っていました。彼女はもしかしてはるか昔の人が心得ていたという物事の多面的性質について、なにかしらの示唆を得たのではないか?ずっとそう思っていたのですが、今回の件で確証を得ましたよ。彼女はそれを完成させていたのだとね」


 フーカさんは異様なテンションでそう言った。

 若干頬が紅潮してさえいる。

 あのコラスですらやや引いている模様。

 ううむ、やっぱり研究者とか芸術家ってのはちょっと人と違うとこがあるよなあ。


 「そ、それで、レリックが完成させていたのがこの部屋の歪みだと、そう言うのですか?」


 「はい!そうに違いありません!この部屋の微妙な歪みには人の精神に働きかける力があります」


 ラインハート部長の問にフーカさんは力強く答える。


 「う~ん、でもちょっと腑に落ちないんですよねえ」


 ラインハート部長が首をひねる。


 「なにがですか?」


 今度はフーカさんが首をひねる。


 「その力が及ぼす影響についてですよ」


 「影響ですか?それは、精神に変調をきたし正気を失わせるものですが」


 「そこなんですよ、私が納得できないのは」


 ラインハート部長がメモ帳を片手に言う。


 「この場所はレリック氏とアナスホー氏の共同で書かれた暗号で示されていた場所なんですよ。レリック氏がどういう人なのかはわかりませんが、アナスホー氏については我々はかなり追いかけていますので知っています。少なくとも、正気を失い不快な気持ちになるようなものを宝だというような人ではないと私は思うんですよ」


 「そうだな、色々あったがここでは友を見つけ居場所も見つかったんだ。もしその暗号を仲間が解いたらと思うと、ちょっと考え辛い宝だな」


 ラインハート部長に続いてリッツが言い、皆がうんうんと頷く。

 

 「でも実際にそういう効果があった訳ですし」


 「もう一度入り口から確認して見ませんか?」


 ラインハート部長が真剣な目でフーカさんに言う。

 

 「俺達からも頼むよ。もう一度入り口から一緒に確認して欲しい」


 俺達もフーカさんに嘆願する。ここまで来てアナスホーの残した宝が人に害を与える意地悪な物だったなんて、ちょっと思いたくないしそれこそつじつまが合わない気がする。


 「…わかりました。皆さんが発見者ですからね、もう一度確認してみましょう」


 フーカさんは少しだけ考えてからそう言ってくれた。

 俺達は笑顔になり感謝を述べるのだった。


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