田舎宿の夜って素敵やん
「それだけわかれば十分です」
メモ帳片手に言うラインハート部長。
「さすが部長!」
俺はラインハート部長を誉めそやす。
「今回は副部長が頑張ってくれました。後は私、研究野郎スペシャルチーム部長の仕事です。ジミー副部長の見たオイワキの祠という言葉ですが、ここから馬車で少し行った場所にオイワキ村という村があります。その村はオイワキ山のふもとにあり、その山にはかなり古い祠があるそうです」
「じゃあ、間違いないじゃん!だったらもう行くっきゃないっしょ!早く行こう!誰かに先を越される前に!」
ラインハート部長の言葉にがぜん張り切り出すコラス。
「落ち着けコラス。もうすぐ日が暮れるからいずれにしてもどこかで宿を取らなきゃならんだろう。それに、宝があったとしても大昔の話しだからな、俺が見たように誰かが解読している事だってあったかも知れない。そうすりゃその誰かが既に手に入れてる可能性は高いだろ?焦っても仕方ない、慌てずにいこうぜ」
「それはそうかもだけどさあ、でも気持ちは逸るよねえ」
俺の言葉にコラスはそう返す。まあ、気持ちはわかるけど。
「でしたら、宿はオイワキ村でとりましょう。そして明日の朝一番で祠を目指すという事で如何ですか?」
「賛成ですね。それでいきましょう」
「そうしましょったらそうしましょ!」
ラインハート部長の提案にケイトも賛成しコラスはニコニコしながら同調する。どうにもコラスの奴はやる気出したのはいいが調子の良さもパワーアップしとるなあ。オイワキ村でベコ買う勢いだよ。
そんな調子の良いコラスの勢いのまま俺達はオイワキ村へと向かった。
オイワキ村はラシャルザックの街から馬車で三十分とちょっとの距離だった。
「うわー、あれだけの都会からちょっと離れただけなのに見事に何もないねえ」
馬車を降りたコラスがこぼす。
「逆に、ちょっと行けばなんでも揃っているからと考えれば納得できますよ」
「なるほどねえ。そう言われればそうかも」
ケイトの意見に即座に納得するコラス。
日も暮れかけているので俺達は宿屋を探すべくオイワキ村を歩いた。
しばらく歩くと宿らしき建物が並ぶ場所に出た。
「お?なんだか少し栄えてるって感じ?」
「宿屋が幾らかあるだけですけど、今までの景色に比べるとそう感じますね」
コラスの言葉に答えるケイト。
「どうせなら良さそうな宿に泊まろうよ。食事の美味しそうなトコに」
「持参宿って書かれてるトコあるけど、ありゃなんだろ?」
のんきに言うコラスに俺は尋ねる。
「知らないのクルポン?なによ~冒険者やってたんでしょ~?」
コラスはジトっとした目で俺を見る。
「やってたけど初めて見るんだもん仕方ないだろ?で、なんなのか教えてくれよ?」
「持参宿ってのはね、飯は持参で薪代払って自分で作るシステムの宿の事だよ。その代わりメチャ安なんだよ」
「なるほどねえ」
前世で言う木賃宿って奴か。前世ではインバウンド需要でそのシステムが見直されてたりもしたけど、結局、海外から来る観光客の方が景気が良いからゴージャスな物のほうが受けてたみたいだったけどねえ。
「てなわけで今回の宿としては不採用だからね。美味しい食事が売りのトコを探そうね」
「おう、そうしましょったらそうしましょ」
コラスの口調を真似て返事するとコラスは嬉しそうに笑い宿屋が連なる通りを歩きだした。
「ちょっといいですか~?」
コラスは道端にベンチを出して酒を飲んでいるオッサンふたり組に声をかけた。
「なんだい兄ちゃん?」
「どうした?」
おっさんふたり組は赤い顔をしてコラスに返事をする。
「宿を取ろうと思ってるんだけど、食事の美味しい所を探してまして~。どこか知りませんか~?」
「飯の美味いとこか。それなら俺の一押しはディロマンだな。特に今日はワイルドボアのいいやつが入ったからな」
「野菜もいいネギとショウガを持ってってるから、今日は美味い揚げワイルドボアを出してくれるだろうよ」
コラスの質問に赤ら顔のオッサンふたりは調子よくそう答えた。
「ワイルドボアの揚げ物ですか~。ショウガとネギか~、それはたまらないですねえ~。ディロマンですね、ありがとうございます。今日はそこに宿を決めたいと思います」
コラスはよだれを垂らしそうな勢いでニンマリと笑ってそう答える。
「おう、そうしなそうしな。ユーリとジンの紹介だって言えば下手な料理は出さないからよ。そう言ってみな。サービスしてくれっかもしれないしな」
「保証はしないけどな。わっはっはっはっは」
ひとりのオッサンが言い、もうひとりのオッサンが豪快に笑った。
「ところでオジサンたちはその宿の関係者なんですか?」
「俺は猟師で肉を卸してるのさ」
「俺は農家よ」
「なるほど。これは確かな情報だ。ありがとオジサン!」
オッサン達の事を聞いたコラスは納得したように頷きオッサンふたりに手を上げる。
俺達もオッサンふたりに会釈をしコラスの後に続いた。
「いや~、有益な情報を手に入れる事が出来た」
コラスはご満悦の様子だ。
「お?あれじゃないか?」
俺はディロマンと書かれた看板を指差す。
「間違いない!皆の者!行きますぞ!」
コラスは小走りで宿屋に向かうので俺達も後に続く。
ディロマンは規模はそれほど大きくないが小綺麗で感じの良い宿だった。
コラスが受付の女性にさっきのオジサンふたり組に紹介された事を話すと、受付の女性はそれなら腕によりをかけないといけませんねえと笑った。
部屋は男部屋と女部屋のふたつをとる事にした。
男は俺とヒューズとコラスの三人なので二人部屋に簡易ベッドを用意して貰う形になった。
簡易ベッドに誰が寝るかで揉めなきゃいいけど。
食事は食堂ですぐに用意できるという事で、俺達は一旦部屋に戻り荷物を置いてから食堂に集合という事になる。
集合してすぐに食事なったがオッサン二人の名前を出したからなのか最高の夕飯だった。
油で揚げたワイルドボアの肉にたっぷりのネギとショウガがかけられていて、食欲をそそる事この上なかった。
お酒にも良く合うし言う事なしの夕食であった。
そうして美味しい物で腹を満たすと言う幸せな状態で眠りについた俺達だったが、そのまま翌日とはいかなかった。
「クルポン、ねえ、クルポン」
「なんだよ、まだ夜中だろうが」
俺はコラスにトントンと叩かれて起こされたが、窓の外はまだ真っ暗だった。
「なんだかわからないけど、囲まれてるみたいだよ」
「マジか」
コラスに言われて俺は呼吸を整え周囲の気配を探る。
確かに窓の外、トビラの向こう側に複数の気配を感じる。
「奴ら何者だ?何が狙いだ?」
「わかりませんが、昼間も見られているような気配を感じましたね」
ヒューズの声がして見上げると天井に逆さにぶら下がり腕組みをしているのが目に入る。
「うおっ、どこにいるんだよ」
「気配がしてからずっとここにいますがなにか?」
「なにかって、まあ、いいけども」
そんな不自然な姿勢でへっちゃらなら簡易ベッドくらい訳ないだろうに、コラスとヒューズのやつ絶対ヤダってゴネやがって。結局、俺が簡易ベッドだよ。まあ、別に構わないんだけど。
「で、どうする?」
「奴らさっきからこっちを囲むばかりで何も仕掛けてこないのよ~。じれったいからこっちから仕掛けちゃおうか?」
「バリンッ!」
「うっ!」
コラスがそう言った瞬間、バリンとガラスの割れる音と人のうめき声が聞えて来た。
「女子部屋の方か!」
「行こう!」
「私は窓から行きます」
俺とコラスはトビラから、ヒューズは窓から女子部屋へ向かう。
トビラを出ると上下黒い服を着た者達が短刀をかざして襲い掛かって来た。
「いきなりかい!」
俺は空雷弾で迎え撃つ。
「バチバチバチ!」
黒服の表面に電撃が走るが相手は少し怯んだだけで攻撃の手を緩める事は無かった。
「なんじゃこいつ!電撃が効かねえ!」
「対策してるみたいよ」
別の奴を蹴り飛ばしているコラスが俺に言う。
対策だって?こいつら、以前に戦った相手か?ちゅーか、もしかして。
「こいつらまさか漆黒の犬か!」
俺は空雷弾を食らわしてもへっちゃらで襲い掛かって来る黒服に土魔法で作った鉄棒の突きを食らわしながらコラスに声をかける。
「だと思うよ。似たような服に似たような気配だし」
コラスは何もない空間を歩くかのように普通に廊下を歩き、襲い掛かる黒服に目にもとまらぬ速さでパンチを繰り出しながら言う。
「ったく、冗談じゃねーぞ」
俺は後ろから襲い掛かって来た黒服に鉄の棒をぶん投げてコラスを追いかける。
後ろの黒服は俺の投げた鉄棒を喉元に喰らい派手にひっくり返る。
「だいじょ~ぶ~?」
女子部屋のぶっ壊れたトビラをくぐりながらコラスがとぼけた調子で声をかける。
俺も続いて部屋の中に入るとそこにあったのはぶっ倒れた黒服の姿だけだった。
「ありゃりゃ。みんな追っかけていっちゃったみたいね」
「みたいねって」
俺はコラスに続いてこれまた破壊された窓に寄る。
窓から外を見ると遠方の暗闇の中に時折光が走り、人のうめき声が薄っすらと聞えて来る。
「ドワイトちゃんも言ってるみたいだし、あっちは任せて大丈夫みたいね」
コラスが窓の外を凝視して言う。見えとるんかいな。やっぱ夜のがパワー全開なのか?
「それじゃあ、犬どもが目を覚まして逃げないように縛り上げておくか。あいつら結構丈夫だから」
「そうしますか」
俺とコラスはそう言葉をかけあって室内に転がる黒服共を拘束しようとしたその時、ドヤドヤと騒がしい足音がこちらに迫って来た。
追加で団体さんか?
「大丈夫ですか!けが人はいますか!」
声を上げて室内に入って来たのは衛兵さんだった。
どうやら騒ぎを聞きつけて誰かが衛兵さんに連絡をしたようだ。
窓の外を見れば見えていた光もおさまっているようで向こうも決着がついたみたいだ。
「事情をお伺いしてもよろしいですか?」
衛兵さんが俺達に言う。
まったく、長い夜になりそうだぞこりゃ。




