芸術は目が疲れるって素敵やん
インパクトの強い作品が飾られた彫刻公園で、その作者であるミャグースさんとアナスホー氏が心の友であった事を知った俺達。
「さて、次の目的地が最後になります。アナスホー記念館です」
「お!いよいよ本命来ましたよっ!待ってました!」
ミャグース資料館の外でコラスはラインハート部長にそう言って拍手をする。
調子上がるにしても上がりすぎだろ。
「しっかし、芸術家の集まるこの場所に記念館が作られるてのはやっぱりアナスホーは凄い人なんだなあ」
俺は改めて驚いてしまう。
「今まで彼の足跡を追ってきましたけど、やっと報われて良かったなと思ってしまいますね」
「本当ですね。なんだかアナスホー氏の事がとても身近に感じられて、余計にそう思ってしまいますよ」
ケイトとラインハート部長がそう言いあい皆が静かに頷いた。
まさにそんな感じだな。
もう他人ごとじゃないような、まるで知人の足跡でも追っているようなそんな気持ちになっている自分がいるよ。
特に俺は、前世では色々あってまるで世界に否定され受け入れられないような気持ちを抱いてもいた。
一方的に蹂躙され抵抗できない状態でサンドバックのように叩きのめされるような事が続くと、自分は無力であり無価値であると思ってしまうものだ。
そんな経験もあって俺はアナスホー氏の事は他人事に思えなかったので、彼が認められて居場所が出来たのを見られるのはホッとするし嬉しくも思う。
ここに居るみんなも似たような気持ちを抱いているのだろうと思うと、生きていてそんな経験をしたりそんな思いをする人は少なくないんだなと少し心強くもあったりする。
俺はみんなと出会えて良かったなと改めて思うのだった。
「何をニヤニヤしてるんです?」
「いや、なんつーかアナスホー氏の足跡を追いかけて良かったなと思ってさ」
「そうですね。ここまでくるとやっぱり彼には幸せになって貰いたいと思ってしまいますからね」
アーチャーは俺の言葉を聞いてそう言い頷いた。
だよな。
やっぱりさ、傷ついた魂は救われるべきだよな。
俺はアーチャーの真っ当な意見を聞いて少し嬉しくなる。
天気も良いし眺めも良い。
気分は上々ってなもんだ。
それはみんなも同じようで次の目的地へと向かう足取りは軽かった。
そうして到着したアナスホー記念館は緑豊かな庭園に囲まれた黄色い壁のメルヘンチックな建物だった。
「アナスホー童話に出てきそうな建物だな」
「可愛らしいですねえ」
リッツの言葉にラインハート部長が答える。
俺達は早速、建物の中に入る事にした。
「あらあ、これはとっても可愛らしいですねえ」
「ホントですね。なんだかホッコリしますよ」
ラインハート部長が思わず声を上げ、普段クールなケイトすら柔らかな声を上げてしまう、アナスホー記念館の中はそんな雰囲気の場所だった。
室内は明るい壁紙が貼られ白く塗られた木製のイスやテーブルが置かれており、小ざっぱりした民家のようだ。
所々にアナスホー童話の挿絵らしき絵が飾られているのもこれまた洒落たお家の内装のようで落ち着く。
テーブルの上には積まれた本、そして本の上には空のマグカップが置かれていてまるで誰かがここで生活しているかのような演出がされている。
部屋の隅に飾られた花も生活感があってホッとするな。
とにかく、ここは温かみがあり人を落ち着かせる場所だ。
いろいろあったアナスホの記念館としてはとてもセンスが良いと俺は思った。
その境遇や自身の性格から、まるで暴風にもまれながら自分自身の中の嵐を持て余すような人生を送って来たアナスホーだっただけに、彼を記念する場所はそうした境遇の真逆である暖かく落ち着く場所であって欲しいと俺なんかは思ってしまう。
記念館の中を進んで行くとアナスホーの書いた原稿の原本や、実際に彼が使用していた机や筆などが飾られており、アナスホーが国民的童話作家として成功した事を感じさせた。
良かったな良かったなと俺は心の中で繰り返す。
「これ見てよ、ほら」
コラスが指さしたのはガラスケースの中に飾られた大量の手紙だった。
「アナスホーは手紙好きで多くの手紙を書いたんだってさ。すぐ近くにいる仲間にも沢山の手紙を出すので仲間からは直接話せばよいのにと呆れられてもいたみたい。でもアナスホーはそんな事は気にせずに書き続けたって。三人の大親友に充てて書いた手紙は、それぞれ大切に保管されていた物を遺族の許可を取ってここに展示されており、アナスホーが受け取った返事と共に一部をここに展示していますだってさ」
コラスが説明文をかいつまんで呼んでくれる。
三人の大親友の中の二人は、先ほど見て来たワイナリーのシェフであるルッカ・アトキンス氏と彫刻家のベネディッド・ミャグース氏で俺達も知る人物だったが後のひとりは初耳の人物だった。
「このアンナ・レリックスってのは何者なのかね?」
俺はアナスホーの大親友と言われる三人目の名前を読み上げみんなに尋ねた。
「彼女は詩人であり学者でもあり人文主義者としても知られる人物です」
ラインハート部長がメモ帳を見て言う。
「人文主義者ってなによ?」
俺はラインハート部長に質問する。
「古典文芸や宗教書を研究し神や人間の本質に迫ろうとする知識人の事だそうです。特にこのレリックスさんは本来相容れない宗教文化と古典文化を折衷融合させようとしていた人物として知られているようです」
「はへ~、そりゃあまた難しそうなことをしてらっしゃるねえ。しっかし、そんな賢くて一癖も二癖もありそうな人物かなぜアナスホー氏と大親友と呼ばれるような仲になったんだろうねえ。シェフや彫刻家とは趣味があったところもあるんだろうなと納得できるんだけど」
俺はラインハート部長に言う。
「それなら、こっちにアンナ・レリックとの友好について説明されたコーナーがあるよー」
コラスがちょっと離れた場所から俺達においでおいでと手を振る。
「なになに?アンナ・レリックは詩人として目が出るのは遅かったが、人文主義者としてそして学者としては既に有名であった。作品が評価されずに苦しい生活をしていたアナスホーを支えたのがアンナ・レリックとその仲間たちの人文主義者サークルであった。そうして友好を結びアナスホーとアンナ・レリックは生涯の友となったのである。アナスホーはアンナ・レリックをモデルにした童話小さな巨人姫を書き、アンナ・レリックはアナスホーを思って幾つもの詩を書いた。その中の一編の詩である『乾いたスイレン』がアンナ・レリックの詩人としての名を世に知らしめることになったのは、アンナ・レリックがそれだけの思いを持って書いたからであると考えられます、だってさ」
コラスが説明文をかいつまんで読む。今日のコラスはこんな役割ばかりね、まあ、助かるけど。
「あ、これ、面白いよ。謎を解いてみようだって」
説明文を読み終えたコラスはコーナーの隅の壁に飾られた展示物の前でニコニコして俺達に言う。
「これはアンナ・レリックとアナスホーが共同で作った暗号であると言われています。この暗号には宝の在り処が記されているとレリックとアナスホーは語っていたそうですが真相は明らかではありません。今日ではこの図柄は暗号ではなく彼らが共同で作った芸術作品なのではないかと解釈されていますが、もしもふたりが言ったように宝の在り処が書いてある暗号だったなら、解けたら宝はあなたの物になるかもしれません!だってさ!解いてみようよ!ね!」
説明文を読んだコラスが興奮して言う。
「しかし、これはただの点々にしか見えませんが」
「それか砂嵐だな。今の今まで誰にも解けなかったんだろ?だったらやはりここに書いてあるように芸術作品なんじゃないか?」
展示されている物を見てアーチャーとリッツが言う。
「え~?でも芸術作品ってなんの~?」
「なんのと言われても、芸術作品ってのはこう言うものだと言われればそう言うものなのかとしか言いようがありませんが」
不満げに言うコラスにラインハート部長が眼鏡を上げながら答えている。
しかし、この絵と言うのか点描と言うのか、とにかくこの砂嵐のような物にはどこか見覚えがある。
俺は展示されている物に顔を寄せ近くでじっくり見てみる。
「ジミーさん、何かわかりましたか?」
ケイトが声をかけて来る。
「う~ん、なんかわかりそうな気がするんだけど、なんだったかな~?」
俺は近くでまじまじと展示品を見つめる。
このちょっと視点がぼやけるような頭がクラクラするような感覚、どこかで覚えがあるんだが、って!あれか!
俺はピンときちまった。
こりゃあ、あれだ!前世で昔に流行ったステレオグラムってやつだ!
一見ただの点々にしか見えないのだが上手く焦点を合わせると立体が浮かび上がって来るやつだ。
俺はそれを見るのが結構得意だったんだ。
下手すりゃ、そのために作られたんじゃないただの壁の模様でも焦点を合わせれば立体に見えちまうくらい得意だったんだよ。
俺は展示品に焦点を合わせてみる。
ジッと焦点を合わせて見る。
何かが浮かびそうで浮かんでこない。
視点を変えて左右交差させて見てみる。
すると文字が浮かび上がって来た。
まったく、こんなの得意でも何の得にもならないと思ってたけどこんな所で役に立つ時が来るとはな。
考えてもみなかったよ。
「ジミーさん?」
「ああ、ちょっと出ようか。目が疲れちゃったよ」
俺はケイトに言う。
「何?クルポン、もしかして謎が解けたの?」
興奮して聞いて来るコラスに俺は軽く手を上げ記念館の外に出る。
「ねえねえ?何が見えたの?教えてよ?ねえ?」
「ちょっと待てって。少し休ませてくれよ、あれは目が疲れるんだ」
「それじゃ、あそこに東屋があるからそこで聞かせてよ!ね?」
俺はコラスに腕を引っ張られながら記念館の傍にある東屋に歩いて行く。
「さあ、教えて頂戴よ!何が見えたの?どうやって見えたの?」
「まあ、落ち着けって」
東屋のベンチに座った早々に畳みかけるコラスを制して俺は目を揉んだ。
「まずどうやって見たのかだがな。あれは特別な見方をすると文字が浮かび上がるようになってるんだよ」
「特別ってどうやるのさ?」
「目の焦点をあわせるのさ。人差し指をこうやってあわせてみな」
俺は両手の人差し指を目の前でくっつけて見せる。
コラスのみならずみんながそれをマネする。
「そんでもってこの指先を見ながら奥のものに焦点をあわせるようにしてみな。そうすると指と指の間に丸い指がもうひとつ見えてくるから」
「あ!見えた見えた!なにこれ!おもろーい!」
「今のが平行法っていう見方なんだけど、これはさっきの展示品には効き目がなかった」
「なによー!効き目ある奴教えてよー!」
コラスがズッコケる。
よしコラス、腕を上げたな。
「やり方は似てるからすぐに出来るさ。さっきのは奥に焦点をあわせるんだがもうひとつのは寄り目にして視点を交差させて手前に焦点を合わせるんだ。同じように指を合わせて今度は寄り目交差を意識して指先を見てみな。同じように指の間にもうひとつの指が見えれば成功だ」
「うんうん、なるほどなるほど!こりゃ、確かに目が疲れるぅ~」
コラスが実際にやって見てから目を揉んで言う。
「だろ?」
「そんで、何が見えた訳?」
「ん?なんだよ、自分で見に行かないのか?お前なら自分で見に行くと思ったが」
「自分で行こうと思ったけど、これ目が疲れるんだもん。夜ならもっと楽に見えるけど昼間だからねえ、ちょっとしんどいかな」
コラスは肩をすくめて言う。そうか、こいつはヴァンピールだもんな、血の呪縛を逃れて昼間でもヘッチャラで動いてるから気にしてなかったが、それでも多少はあるんだろうなやはり。
「そっか、それじゃあ見えたものを教えてやろう」
「ゴクリ」
コラスの奴が口に出して言う。まったくこいつは緊張感のないやっちゃで。
「オイワキ祠から南に三十歩西に十五歩」
「それだけ?」
俺の言葉を聞いたコラスがキョトンとする。
「ああ、それだけだった」
「なによー。ホントに~?もっと何かなかったの?」
「なかった」
「それだけじゃあ、わかんないじゃーん」
コラスの奴が口を尖らせて不満を言う。
「いいえ、それだけわかれば十分です」
ラインハート部長がメモ帳を片手にキリリとした表情で言った。
おお!さすが部長!頼りになるぜ!




