心の友って素敵やん
アナスホー氏ゆかりのワイナリーで美味しい食事とワインによる豊かな時間を過ごした俺達。
帰り際に給仕さんからシェフが見せたいものがあると誘われて案内されたのはキッチンであった。
「私はここのシェフをしています、アパッシ・ゴーフィルと申します。本日はお越しいただきありがとうございます。なんでも、アナスホー氏の足跡を尋ねてここに来て頂いたようで、そういう事でしたら是非これを見てから帰って頂こうと思いまして、お忙しくはあるでしょうがお呼び建て致しました」
キッチンにて丁寧なあいさつをしてくれたのはシェフのゴーフィルさん。
「いえいえ、こちらこそ美味しい料理を頂いたばかりでなく、こうしてお声掛け頂きましてありがとうございます。私はファルブリングカレッジの歴史研究クラブ部長をしておりますレイア・ラインハートと申します。宜しくお願い致します」
ラインハート部長が丁寧に挨拶をし俺達もそれに続いた。
「これはこれはご丁寧に。では早速ですがお見せしたかったものをお目にかけましょうか」
俺達の挨拶を聞いて軽く会釈をしたゴーフィルさんは、キッチンの奥へゆっくりと歩みを進める。
キッチンの奥、洗い場まで歩いたゴーフィルさんはそこで止まり、これまたゆっくりと壁の上方を指差した。
壁にかかっていたのは鮮やかな赤い花の絵であった。
「これは?」
ラインハート部長がゴーフィルさんに尋ねる。
「これはアナスホー氏が描いた絵だそうです。題材はツマクレナイです」
「ツマクレナイですか。アナスホー氏は仲間からそう呼ばれていたと、伺ってますが…」
ラインハート部長はそこまで言って言い淀んだ。
ツマクレナイ、つまりホウセンカのようにすぐに弾ける、どこに地雷があるのかわからない気難しく感情の起伏が激しい人物であると、そう周囲から思われていたのだという事実をどうしても想起してしまう題材だ。
ラインハート部長が言葉を繋げなかったのも理解できる。
「ええ、有名な話ですね。確かに一部の者からは偏屈な厄介者としてそう呼ばれていたようですが、実はもうひとつ意味があるんですよ。この絵にはそのもうひとつの意味が込められているんです」
「もう一つの意味ですか?」
ゴーフィルさんの言葉にラインハート部長が興味深げに聞き直す。
「はい。それはこの絵の右下に小さく書かれていますので、是非お近くにお寄りになって見て下さい」
ゴーフィルさんに言われて俺達は絵の近くに寄った。
そこには小さくこう書かれていた。
『芸術とはツマクレナイである。内に秘めた感情や思いを破裂させそれが表現されるものである。ルッカの料理はまさにそうしたものだ アナスホー』
「これは、当時アナスホー氏が懇意にしていたシェフであるルッカ・アトキンス氏に向けて書かれたものですね?」
「ええ、そうです。先ほど皆さんは、料理も芸術であると、そう言っていたそうですね」
ラインハート部長の言葉にゴーフィルさんが言う。
「ええ。あの料理はまさに芸術と言える料理でした」
俺は答え、ラインハート部長達もうんうんと頷く。
「ありがとうございます。アナスホー氏も当時のシェフ、ルッカ・アトキンスの料理に対して同じように評価をしてくれていたんですよ。そして当時アナスホー氏の才能を真に理解していた仲間達がアナスホー氏をツマクレナイと呼んだ意味、うちに秘めた感情や思いを破裂させるように表現するアナスホー氏がツマクレナイのようである、アナスホー氏こそが真の芸術家であるという意味を込めてそう呼んでいた事は、広く知られてはいませんが確かにあったのです。そして本人にもその自覚があった。これはそれを示す大事な記念の品でもあるんですよ」
ゴーフィルさんは穏やかな表情でそう言った。
「……なるほど。そんな貴重なものを見せて頂き感謝致します。これは私達の研究においてもとても価値のある物です。ゴーフィルさん、ひとつお伺いしたいのですが私達はアナスホー氏の足跡を追い、その事をまとめて発表したいと思っています。この事もその中に含ませて頂いてよろしいでしょうか?」
「うちのオーナーはここがあまり騒がしくなる事を望んでおりませんので、名前を出さないで頂けるのならば構いませんよ」
「ありがとうございます」
ラインハート部長はゴーフィルさんに感謝の意を示し頭を下げたので俺もそれに続いた。
ゴーフィルさんは良い笑顔を俺達に見せてくれた。ゴーフィルさん自身もアナスホー氏がこの土地で認められ居場所を作り多くの人と友好を結んだ事実をより多くの人に広く知って貰いたいと思っていたのだろう。
俺達は改めてゴーフィルさんに感謝を述べワイナリーを後にした。
「次はどこ?また美味しい物食べれる?」
「おいおい、今食ったばかりだろうが」
俺はコラスにツッコむ。さすがに俺は腹いっぱいで次何食べようなんて考えられないぜ。
「なんで~?少しお酒飲んだから食欲出てくるじゃない?」
「マジで言ってんのかよ。スゲーなお前」
どうやら冗談でもなんでもなく普通に言ってたみたいで俺は素直に驚くのみだった。
「次の目的地は彫刻公園ギャラリーミャグースです。喫茶スペースくらいはありそうですが」
「いや、さすがにそこまで気にしなくていいよ部長」
パンフレットを見ながら言うラインハート部長に俺は言う。
「部員の願いを出来るだけ叶えてあげるのも部長の務めですから」
「そうだぞジミー。お前も副部長なんだからそれくらい気を使え、部長にばかり気を使わせるな」
ラインハート部長に続いてリッツが言い俺の肩をパンチする。
「ぬぐっ、痛いよ~リッツねえさ~ん」
「情けない声を出すな、副部長の気概を見せろ!」
俺の必死の抵抗もむなしくリッツは更にハッパをかけてくる。
クソー、いつか勝負したる!
「なんだ?いい目をしてるじゃないか?」
「え?なんのことやら?」
リッツは恐ろしい嗅覚で俺の事を嗅ぎつけて来るのでこれまた必死にとぼける。
「今の目はいい目だったぞジミー?挑戦的な目をしていた。私はそういう目は好きだ、いつでもどこでもその挑戦、受けてやるぞ」
リッツは俺の目を覗き込んで言う。
ぐう、こいつは前世の格闘家か?
「そうそう、その目だジミー。ケダモノの目をしてるぞ?実に私好みだ」
「やめてくれ、そんな目しとらんわい!」
嬉しそうに言うリッツに俺は自分の目を擦りながらそう言うのだった。
そうしてワイのワイのと騒ぎながら歩くことしばし、ラインハート部長の案内で次の目的地である彫刻公園ギャラリーミャグースに到着する。
「うわ、なんともこれは……」
「凄まじいですね」
彫刻公園入り口に到着した俺は思わず絶句しケイトがその言葉を引き継いだ。
入り口のゲートは虹色に着色された上、わけのわからないグニョグニョした彫刻が施されており、ゲートの右脇にはエメラルドグリーンの曲がったスプリングのようなオブジェ、左脇にはカラフルに着色された樽みたいなものが山積みされているオブジェが飾られている。
「なんか面白そうじゃない?早く入ろうよ!」
コラスは嬉しそうに言ってゲートをくぐって行く。
「これ見て面白そうってお前のセンスどうなってんの?」
俺はコラスにツッコミながらその後に続いた。
ゲートも凄かったが中に入ると更に凄いことになっていた。
歩道があり公園めいた作りになっているが所々に接地されているオブジェがことごとく、何と言うのか控えめに言ってクレイジーなのだ。
真っ金金の巨大な台座に座ったこれまた巨大な金色のガマガエルや、離れた所から見るとただの青い大きな板なのだが近付いて見ると小さな青いタイルが渦を巻くようにして張り付けてあるオブジェ、頭が小さく肩と腰が強調された真っ黄色の人型オブジェが数十体並んでいたり、公園内は歩いているだけで目がチカチカし頭がフラフラしてくるようなサイケデリックな空間となっていた。
「この公園は彫刻家として知られるベネディッド・ミャグース氏が自分の作品を陳列するために買い取った公園だそうです。ミャグース氏はこの土地の芸術家集団の中でも早くに名が知られるようになった人物で、多くの若者達はミャグース氏のように成功する事を目指したようです」
「ふへー、これを目指すったって容易じゃないと思うけど?」
ラインハート部長の説明にコラスが声を上げる。
まあ、このオブジェを見れば誰でもそう思うよなあ。なんつーかこの手の作品って真似しようとしても真似できない独特のパワーみたいなもんがあるからなー。
やっぱ、作り手の内面にある物が出るからかね。
「これを見て下さいな」
先を歩いていたアーチャーが立ち止まりひとつのオブジェを指差す。
近付いてみて見るとそれは赤と黄色のツートンカラーに塗られた大きな鼻のオブジェだった。
そう、花ではなく鼻の。
「なんじゃいなこりゃ?」
俺は思わずそう口にしてしまう。
今までのオブジェも訳が分からんかったがこいつは頭抜けて意味不明だ。
「ここを見て下さい」
アーチャーは巨大な鼻の穴の内側を指差す。
「何か文字が刻まれていますね。『アナスホー 最大の理解者にして最高の我が友』」
ヒューズが鼻の穴の中に刻まれた文字を読んだ。
「へぇ~。この彫刻を作った人はアナスホーさんと仲良しだったんだねえ。でも、なんで鼻なの?」
「この先にミャグース氏の資料館があるそうですので、そこに行けばもっと何かわかるかも知れません」
「よし!行こ行こ!」
コラスは元気良く言ってラインハート部長の腕を引っ張った。
なんだかいつの間にかコラスも乗り気になってるぞ?
「エドさんもアナスホー氏の事が気になり始めたみたいですね」
俺の思いを察したかアーチャーがそう言った。
「やっぱそう思う?急にやる気になり始めたよな」
「珍しい事ではありませんよ。エドさんは何を始めるにもエドさんはゆっくりと調子を上げて行きますからね。そして調子の上がった時のエドさんは凄いですよ」
「そうなのか。こりゃ乞うご期待だな」
「うふふ、そうですね」
アーチャーは俺の言葉を聞いて笑った。
まったくコラスの奴はみんなに慕われているよ。
そうして向かった資料館だったが俺達はそこで鼻と色の意味を知る事になった。
「鼻だらけだ」
資料館の売店には鼻をかたどった置物や鼻の描かれたコップなど鼻だらけで、ついコラスが呟いてしまうのも仕方がない事だった。
「こっちこっち!」
小走りで資料館の奥に向かったコラスは俺達を大声で呼ぶ。
「あんまり大きな声を出すなって。他の人の迷惑になるだろ?」
俺はコラスをたしなめながら近くによる。
「うっ」
「ほら、驚くでしょ?」
近寄って思わず声を出してしまった俺にコラスは得意げにそう言った。
俺が思わず唸ってしまった原因、それはそこの一角を占める数々の鼻オブジェたちだった。
大きい物は二リットルペットボトル程のサイズ、小さい物は百円玉位のサイズまで、大小様々な鼻のオブジェがそこには飾られていた。
「ほら、『ミャグースの愛した鼻たち』だって」
コーナーの上にかけられている看板の文字を指差しコラスが笑顔で言う。
「ミャグースさんは自分の名前に近い語感であるヤグー族に関心を持ったんだって」
コラスがコーナーの脇にある説明を呼んで言う。
「でも当時はヤグー族の住む国に実際に行く事は出来なかったんだって。まあ、今でもバッグゼッドからジャーグルへ行くのは容易じゃないけど、当時はもっと難しい状況だったみたいね。ミャグースさんは行く事が出来ないとなると余計に好奇心がそそられる人だったみたいで、ヤグー族に関する事を調べまくったんだって。その中でミャグースさんは、ヤグー族は嗅覚を特別大切にし鼻を神聖な部分と捉え崇拝の対象にしていたとの情報を得た。そこからミャグースさんの鼻への特別な執着が始まったんだって。因みにヤグー族が鼻を神聖視していると言うのは間違った情報で実際にそうした事はありませんのでご注意下さいだって」
「なんじゃいなそりゃ」
説明文を読むコラスに俺はツッコむ。
「だってそう書いてあるんだから仕方ないじゃん。ミャグースさんは多くの鼻を作ったがヤグー族にとって神聖な物であると信じていたので、それに敬意を払い大きな物は作らなかった。たったひとつの例外を除いて。その例外とは皆さんがここに来られる道中で見た赤と黄色に塗られた大きな鼻のオブジェ、童話作家であるヨナスコ・アナスホー氏のために作ったオブジェです。赤と黄色はどちらもヤグー族が最も大切にし特別な時に使用する色であるとミャグースさんは信じていたため、そのオブジェは赤と黄色で塗られました。つまり、ミャグースさんはアナスホー氏の事をそれだけ大切な存在だと思っていたという事です。実際にそのオブジェにはアナスホー氏について最大の理解者であり最高の友であると刻まれています。皆さん、その言葉が刻まれた場所を発見できましたか?見つけられなかった人は帰りに鼻の穴を覗いて見てくださいね。アナスホー氏とミャグースさんは生涯の友として切磋琢磨し友好を結びました。因みにですがヤグー族にとって赤と黄色が特別な色であったというのも間違った情報ですのでご注意下さい、だって」
「なんだかミャグースって人は思い込みの強い人だったみたいだな。でもそれだけ強い思い込みの力を持っていたから、これだけインパクトの強い作品を作り続ける事ができたのかもなあ」
「言うじゃな~いクルポンも」
コラスがからかうように言う。
「アナスホー氏とミャグースさんは互いに心の友と言える存在だった、そういう事ですね」
ラインハート部長が嬉しそうに言う。
心の友ねえ。
なんかそう言われちゃうとどちらかがバットを持って片方を追いかけてる絵が思い浮かんじゃうけど、まあ、彼らに限ってそんな事もないだろうな。
俺も少しばかりホッとするのであった。




