相性抜群って素敵やん
ワチャワチャしながらブドウ畑に向かった俺達。
ブドウ畑は小高い丘の上にあり、非常に風光明媚な場所だった。
空気は美味いし景色も良い、最高の散歩スポットだなこりゃ。
「この場所は多くの画家に愛され絵の題材となった場所なんだそうです。ああ!ここです!この丘の上に続く曲がった道とその後ろに見える街並み、そして道の両側にはブドウ畑というまさにここがその場所のようですね!」
ラインハート部長が興奮気味に言う。
「へえ、確かに絵になる場所だねえ」
「絵心などないですが、ここは何かに描き残したくなりますね」
俺の言葉にケイトも思わずそう答えた。
「先程の若き芸術家達の隠れ家のリーダーだったネリム氏も、ここを題材に絵を描いています。タイトルは五色のブドウ畑。太陽の具合によって非常にカラフルに変化し多様な風景を見せる、ここはそうした場所だそうです」
ラインハート部長はメモ帳を片手に言う。
まったくどれだけ前情報仕入れてるんだよ?ちょっと凄すぎるだろ?もう現地行かなくてもいいんじゃないかとすら思っちまうよ。
「しかし、なんでさっきの隠れ家のお姉さんはここを勧めたのかな?アナスホー氏と関係が深いって言ってたけど、アナスホー氏は童話作家でしょ?景色のキレイな場所とどう関係しているのかな?」
「それはきっとこの先にあるワイナリーが関係しているのだと思います。観光パンフレットではワイナリーに番号が振られていますから」
コラスの言葉を受けてラインハート部長がさっき貰った観光パンフの地図をこちらに見せる。
確かにラインハート部長の言う通り地図に書かれたマークはブドウ畑の小道ではなく、その先のワイナリーに付いている。
お姉さんのマル印はワイナリーの番号と一帯を囲むように付けられている。
「んじゃあ、そのワイナリーに行こうじゃないの。そんでもってみんなでミルク割りを飲もうよ、赤と白とどっちが美味しいか試してみようよ。ね?」
「いやあ、それはちょっとアレですけど。とにかくワイナリーには行きましょう」
コラスの言葉を受けてラインハート部長は少しだけ顔をしかめてそう言った。
俺達は風光明媚なブドウ畑の小道を歩いてパンフレットにのっているワイナリーへと向かった。
道を歩いているとかすかにハーブのような香りが漂っているのを感じる。
「なんだか良い香りがしますね、なんでしょうか?」
ヒューズもそれを感じたか疑問を口にする。
「ブドウ畑の周囲に自生しているハーブ類の香りですね。タイム、ローズマリー、オリーブなどがブドウ畑を覆うようにして自然に育っているのも、ここのブドウ畑の特徴だそうですよ。勿論、これらのハーブは地元の人が料理に使用しています。この先のワイナリーでもこうしたハーブを用いたワインにあう料理を提供しているそうです」
「いいねえ。ハーブの効いた料理食べたいねえ~」
ラインハート部長の話しを聞いてコラスが舌なめずりする。
コラスは飲み食いするのが好きだなあ。アルスちゃんやシエンちゃんも飲み食いにはこだわりがあるし、長く生きてると食道楽になるのかね?
なんて思いながら歩いていると石造りの建物が見えて来る。
「あれが目的地のワイナリー、シャトー・ド・ゼクシスです。ラシャルザックはバッグゼッドでもトップクラスのブドウの産地と言われていますが、その中でもここは歴史の深いワイナリーで現在の当主で15代目だそうです」
「なんだか凄いねえ。早くワインとハーブ料理が食べたいなあ」
「絶対、目的を忘れてるよな」
「いや、エドさんは目的を忘れるような人ではないぞ」
ラインハート部長とコラスのやり取りを聞いて俺は隣にいたリッツに話しを振ったが、リッツの答えはそっけなかった。う~む、こいつらのコラスに対する思いは深いなあ。
でも、軽いジョークにぐらい付き合って欲しくもあるが。
まあ、良い。気を取り直して俺達は歴史あるワイナリー、シャトー・ド・ゼクシスに到着する。
シャトー・ド・ゼクシスは苔むした石垣で作られた歴史を感じる外観だったが、中に入ると非常に清潔で白を基調とした内装になっておりそのギャップに我々は驚いたのだった。
「外観は昔からのままですが、中は近年になって大幅に改装されたそうです」
ラインハート部長がパンフレットを見て言う。さすがの下調べの鬼もそこまでは調べ切れていなかったようだ。
「さて、まずはワインちゃんを頂きましょうか」
「おいおいコラスよう。まずはアナスホー氏の足跡をだなあ」
「クルポンは意外と真面目ねえ。ワイナリーに印付けてくれたんだからワイン絡みに決まってるっしょ?だったら味わってみないと始まらないっしょ!」
「そうとも限らんだろう」
「いやエドさんの言う通りだ。つべこべ言ってないで行くぞジミー」
コラスに主張している俺の襟首をつかんで引っ張るリッツ。
俺は子供のように引きずられてしまう。
参ったねもう、前世の国民的アニメの坊主刈り少年じゃないんだから。酷いよ姉さん!
そんなこんなでワイナリーの中にあるバーに到着した俺達は、メニューを見てコラスの意見が正しい事を知る事となった。
「ほーら、どうよークルポ~ン」
「わかったよ、お前の見識の深さにシャッポを脱ぎますよ」
俺は勝ち誇るコラスに素直に負けを認める。
メニューに大きくアナスホーの愛したワインとハーブ料理セットと書かれているのを見ちゃ、素直にならざるを得ないよ。
「シャッポって!懐かしい事言うねえ。クルポンも僕らのお仲間なんじゃないの?」
「だったら嬉しいんだが平凡な人族だよ」
「また嬉しいとか言っちゃって~。そういうとこ人たらしだよね~」
「お褒めに預かり光栄ですよ」
俺はコラスのいじりを受け流す。
そうこうしていると、先ほどラインハート部長が注文してくれたアナスホーセットがテーブルに運ばれてくる。
「こちら本日のアナスホーセットの料理、サーモンのハーブ焼きになります。ハーブはローズマリーとタイムが使用されています」
料理を持って来てくれた給仕さんが教えてくれる。
「すいません、ひとつお聞きしても良いですか?」
「ええ、なんなりとお聞きください」
ラインハート部長の言葉に給仕さんは丁寧に答えてくれる。
「このセットはなぜアナスホーセットと言うのでしょうか?」
「ハーブをブドウ畑の周辺に植え、そのハーブを使って料理を作ればワインをもっと楽しめると提案したのがアナスホー氏だったからです。アナスホー氏はこのワイナリーを愛し、足繫く通って下さいました。そして当時のシェフと懇意になりワインに合う料理について語りあったと言われています。ハーブを使った料理とワインはとても相性が良く互いに香りと旨味を引き立て合います。当時のシェフであるルッカ・アトキンスとアナスホー氏の関係もワインとハーブ料理のようであったと伝えられています」
給仕さんは機械のように正確に白ワインを注ぎながら、流ちょうにそう説明してくれた。
「ありがとうございます。そんなお話しを聞くとこの料理とワインも更に輝きを増したように思えます」
「そうおっっしゃって頂きますと、我々としても嬉しいです。どうぞごゆっくりお楽しみください」
ラインハート部長の言葉に給仕さんはにこやかに答えると一礼して去って行く。
非常に感じの良い給仕さんだ。
「むう!これは、ウマ・ウマースだよ!」
コラスがサーモンを一口食べてから白ワインを口に含み飲み言う。
「なんだよウマ・ウマースって?」
「トモ・クルースのもじりじゃない」
「さいですかい」
コラスのとぼけた返事に俺は軽く答える。なんじゃいそりゃ、前世で言うとこのうまやまうまおみたいなオッサン風冗談なのだろうか?
俺は解釈に悩みながらサーモンを食べ白ワインでそれを流す。
「おうふっ。こりゃあ、イケますぞい!」
互いに香りと旨味を引き立たせるってな伊達じゃないな。
マジで、こいつはイケる!
「素晴らしいですね。これではさすがのエドアールもミルクを注文する隙がないですね」
ラインハート部長がワイングラスを振りながら言う。
「メニューに無かったんだよねえ~。あれば注文したんだけどさ」
「あれば頼んだんかい!」
俺はお約束のようにコラスにツッコんだ。
「ワインとハーブ料理ですか。隠れ家の案内嬢さんが言っていた通り、アナスホー氏はこの土地で孤独な思いはしていなかったという事ですね」
ヒューズが言う。
「料理を作るってのもある意味、芸術みたいなものだからな。アナスホーって人は多才な人だったんだなあ」
俺は和服姿でメッシュの入ったアナスホー氏を思い浮かべてそう言う。子供が新聞記者なら言う事ないな。
「料理も芸術ですか?」
ケイトが俺に尋ねる。
「ある意味ではね」
俺はハーブ料理に舌鼓を打ちながら答える。
「ある意味とは?」
ケイトが更にツッコんで来る。
「なによケイト?こういう話し好きなの?」
「ええ、嫌いじゃありませんね。それで、なぜある意味、と?」
「それはねえ、芸術とは何かって話になるからさ。俺は芸術ってのは人の心に訴えかけてそれを動かすものだと思ってる。そういう意味ではこの料理なんてまさに芸術だと言えるよね」
「芸術には他にも意味があるとジミーさんは考えているのですか?」
「まあ、そうね。芸術ってのは高尚なもので研ぎ澄まされた感性と相応の知識がないと真の意味で理解は出来ない、みたいな考え方あるでしょ?」
「まあ、ありますね。特に一部の貴族は芸術品を所有する事は貴族のみに与えられた特権だと考える向きもあります」
「芸術ってのは確かにその作品の作られた背景や、作者の生きざま、創作物がそこにたどり着くまでの歴史的な過程なんかを知っていれば更に楽しめるけども、本当は誰にでも、それこそ子供にでも何かを感じさせる力があるはずだよねえ。何かというと、それを真に理解できるのは選ばれた者のみだ、なんて威張って言っちゃうのって俺は違うんじゃないかと思うけどねえ。まあ、何が言いたいのかって言うと料理ってのはそう意味での芸術ではないなって事でね。ある意味、料理こそが本当の意味で誰にでも伝わり心を動かす真の芸術と言っても良いんじゃないか、なんて言ってみたりしてね」
俺はおどけてそう言ってからワインを飲んだ。
うん、やっぱ美味い。
美味い物は美味い、それでいいんだけどな。後は趣味の話でさ。会う合わないは人によるから、それでいいと思うんだけどねえ。
「おおー!」
「素晴しい!」
「その通りだと思いますよ」
どういう訳だか俺の話しが耳に入った他のお客さん達が拍手をしてくれた。
俺は照れ臭くなってどーもどーもと拍手をくれた人達にペコペコとお辞儀をするのだった。
「なるほど、ジミーさんの言いたい事は良くわかります。それは芸術のみならず色々と見られる現象だと思いますよ。私が言うのもなんですが、数で考えれば貴族と言うのは少ないわけですよ。貴族でない人の方が圧倒的に数では勝っている訳です。貴族はそれに潜在的恐怖を感じているのではないかと思います。何かあった時に一気に牙をむかれてしまうと太刀打ちできないですからね。ですから、あらゆる方面において貴族は他の人よりも勝っているのだとアピールしないと不安が払しょくできない。一部の特権階級しか理解できないとアピールするのもそうした考えから来ているのではないかと思いますね」
「自分でそこまで分析できるケイトは大したもんだよ。普通、当事者は目をそむけたくなる事だ。まあ、ケイトなんかは文武両道才色兼備だからな、自分がしっかりしてるからそこまで客観的に見れるのかも知れんなあ。芸術に関していうとなあ、俺の地元の芸術家がこんな事を言っててね。芸術ってのは感じた事、思った事、想像した事を他者に伝える事だ、ってね。そうした事を伝えようと心が生み出すもの全ては芸術だ、そう言ってたんだよ。それを聞いた時に思ったんだよね、芸術に大切なのは人を知ろうとする事なんじゃないかって。伝えたいなら相手の事を知らなきゃいけない。それをそのまま伝えた時に相手がどう思うか考えなきゃいけない。だから人を理解しよう、知ろうって気持ちを忘れちゃいけないんじゃないかって、そう思ったんだよな」
「ふ~ん、にゃるほどねえ~。なんかクルポンの事がまたひとつ理解できたように感じるねえ。クルポンもある意味で芸術家と、そういう訳だねえ~」
「茶化すなっちゅーの。恥ずかしくなってくるだろうが」
俺はコラスに言う。コラスの言葉に茶化し以上の何かが含まれているようで、更に恥ずかしくなってきたのだ。
そうして俺達は美味しく豊かな食事を終えた。
「恐れ入りますが、シェフが皆さんに見せたいものがあるという事でして。お付き合いいただけますでしょうか?」
会計を済ませた俺達に給仕さんがそう声をかけてきた。
俺達は顔を見合わせると、これもアナスホー氏の足跡を知る事に繋がるかも知れぬと頷き合うのだった。




