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意外と大丈夫異世界生活  作者: 潮路留雄
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魔法って素敵やん

 詰め所で衛兵さんから事情聴取を受けるのは慣れたものだ。

 事前にスーちゃんとオウンジ氏とは打ち合わせをしており、オウンジ氏と孫のハティを王都まで護送中に敏腕記者であるスーちゃんが橋の上での襲撃情報をつかみ、備えて渡った所こうなった。

 襲撃される覚えはないのだが、護送している2人はモミトスの発見者を脱会した者であり、もしかしたらそれと何らかの関係があるのかも知れないがこれ以上のことは我々にはわからない。という筋書きである。

 我々は明らかな被害者である上に襲撃犯は一人残らず姿を消したと言う。

 そうなるとこちら側が訴えるなりなんなりしないと衛兵さんとしては動きづらいのだが、こちらは前述したとおりの姿勢を崩さないので衛兵さんは逃走した襲撃犯の探索をする、と言うことで我々の行先、ルートを聞いてから、ではお帰り下さいという事になった。

 下りの町の棟梁の店に行くと即席ウォーワゴンを引き取ってくれた若衆がおり、下取り金と残った五寸釘を木箱と共に渡してくれた。


「お世話になったね。棟梁によろしくね!」


「おうっ!また来いよ!」


 木箱を馬車に積み、我々は本日の目的地である海沿いの街マズヌルへと出発したのだった。


「しかし、全てを話して衛兵に任せるという手は考えなかったのであるか?」


 スーちゃんが言う。


「現時点ではあまり得策ではないな。まず衛兵隊内部にも信者がいる可能性があること。そして、ハティちゃんの処遇についてどうなるか読めないこと。せっかくインチキ教団から抜け出せたのに他の団体に軟禁されましたじゃ依頼は果たせないからね」


「吾輩としてもそれは理解できるのではあるが、オウンジ氏はどう考えるのであるか?」


「ランツェスター首座司教の関心はモミトスの発見者の悪行や罪の証拠です。モミバトス教では予言者はモミバトス様ただひとりでありそれ以降未来を語る者はただの魔法に過ぎず神の意志ではない、という認識のためハティの力にはまったく関心ないそうです。ですので王都にさえ着けば、首座司教にさえお会いできればと、そう考えております。今、衛兵隊に全てを話すことはその妨げになりかねないと思いますので、私もクルースさんと同意見です」


「ふむ、そうした事であるならば吾輩もお役に立てるのである。これまでの取材記録もこの旅の記録も全ては吾輩の手の中に、なのである!」


 そう言って手帳で手のひらをパシパシ叩くスーちゃん。


「ハティもどーいけーーん!スーちゃんとどーいけん!。爺ちゃんとどーいけん!トーモちゃんはどーーーん!。キャハハハハハー!」


 何で俺だけどーーーん!なんだ?でもみんな笑顔になっている。俺も思わず笑顔になる。

 これがこの子の本当の力なんだよな。みんなを笑顔にする力。大体において未来が見えるなんてのは使い勝手の悪い、あまり良くない力と相場が決まってるんだよ。そうした能力を持つ者が、見えた未来のあまりの結末に心臓が張り裂けて死んだなんて神話もあるくらいだ。そして、そんな能力目当てに集まる奴らなんてな碌なもんじゃないしな。


「もうひとつ聞きたいことがあるのだが、クルース殿は魔法を使わないのであるか?」


「ああ、身体強化と幻術くらいかな。スーちゃん使えるなら教えてよ」


「吾輩が使えるのは風魔法ぐらいである。その中でもサウンドコレクションとゲイルしか使えないのである」


「それは、どんな魔法なの?」


「サウンドコレクションとは風を操って遠くの音を聞く魔法である。ゲイルはこれも風を操って素早く動く魔法である」


「へー、なんだか新聞記者らしいなぁ」


「仕事で使うために習得した技であるからな」


「ちょっと見せて貰ってもいい?」


「それは、構わないのであるが」


「頼むよ」


「じゃあ、行くであるぞ」


 そう言ってスーちゃんは御者台助手席から飛び降りた。


「わーー!スーちゃんすごーーい!」


 スーちゃんは着地のショックもフワッと緩和し、そのまま馬車に並走し凄いスピードで馬車を抜かしてから立ち止まった。

 スーちゃんの横で馬車を停める。


「すごいじゃん!」


「いや、短時間しかできないので、移動手段としては使えないのである。サウンドコレクションも見せるであるか?」


「うん、ここで見せて貰ってもいい?」


「では」


 スーちゃんは両耳に手を当てて聞き耳を立てているようなポーズを取っている。


「と、こんなものである」


「あそこの木の辺りを狙ってた?」


「よくわかったのであるな!ちなみに集中力を使うのでその間は自分の周りについて意識がおろそかになる故、戦闘向きではないのである」


「ほうほう、ちょっと運転代わってもらっていい?」


「別に構わないが、どうしたのであるか?」


「ちょっとやってみようかなと思って」


 俺は意識的に風に類するエネルギー的なものをイメージし呼吸をつかって体内に取り入れ、らせん状に丹田まで降ろしてから体内を循環させてみる。

 先ほどスーちゃんがやって見せてくれたゲイルか、あれは足の裏や腰、肘の辺りにエアーだまりみたいなものが薄っすら見え、移動に合わせて推進力を発生させているように見えた。それを真似てみる。


「じゃあ、行ってきまーす!」


 俺はイメージとしてはロケットベルト的な、エンタメ作品で見かけた宇宙空間を移動するために装着する奴的なものを思い描き体内に巡らせた力を足の裏、腰、肘から少しずつ放出する。


「おっ!浮いた!」


 俺は宙に浮き馬車と並走して見せる。


「トモちゃん飛んでる!飛んでるトモちゃん!」


 ハティちゃんがはしゃぐ。

 ウーム、飛ぶというよりも長くジャンプできるって感じかな。昔やった何回も何回もさらわれる姫を助ける忍者ゲームのキャラみたいな。

 でも気持ちいいことにゃ変わりないな。

 俺は上空高くジャンプしてみたり、前方に長くジャンプしてみたり色んな動きを試した後、馬車へ戻った。


「いやー、楽しいね、ゲイルの魔法は!いいもの教わったよ。ありがとうね、スーちゃん!」


「色々と言いたいことはあるが、それはすでにゲイルの範疇を超えているのであるな」


「そんなことはないっしょ。スーちゃんのやつの真似だもんよ」


「ウーム、そういうものなのであるか?吾輩もそれをできる可能性があると、そういう事なのであるか?」


「そりゃ、そうだよ。教えてくれたのはスーちゃんなんだから。それにねスーちゃん」


「何であるか?」


「人はなりたい自分になれるのさ」


「フフフフ、クルース殿。面白い事を言われるのである。ではお返しにオゴワナリヤ・タイムスの理念をお聞かせしよう。正義と真実を全ての人の健全な生活のために!である。吾輩はそのためにこの仕事をやっているのである。健全とは何なのか正義とは何なのか、最近改めて考え壁にぶつかった気持ちでいたのである。このヤマをものにした時、その壁も超えられるそんな気がしてきたのである!」


「きっと超えられるさ」


「スーちゃん山越え海越えてー!橋も渡って川越えてー!スーちゃんスーちゃん!越え越えちゃん!」


「海は越えてないのであるぞ。ハティ殿!」


「だいじょぶだいじょぶ!だいじょぶちゃん!」


 空気が和らいで笑顔のまま、海沿いの街マズヌルへ到着する。

 日も暮れてきたので宿探しとなる。


「さてと、スーちゃん、どこか手頃でいい宿知らない?」


「ふむ、手頃でいい宿であるか。それは勿論、安全面も配慮してという事であるな」


「わかってるじゃないのー。さすが敏腕スーちゃん!」


「しかし、安全面で言えば高級な宿になるが」


「まあ外部からの攻撃に関してはそうなんだけどさ、我々の相手は普段一般市民として暮らしているわけだからさ、従業員にいれば同じ事なんだよな。だからさ、どっちかと言えば衛兵隊の詰め所に近いとか、いざという時に籠城しやすいとかさ、そんな所かな理想は」


「そうであるか。それでは」


 スーちゃんの案内で着いた宿屋は衛兵隊詰め所の向こう隣りだった。


「いいねえ。さすが敏腕!」


「もう、何であるかその呼び方は。まあ、よいである。馬車を停めて荷物を降ろしたら皆で行くのである」


「了解」


「爺ちゃんお泊まり?」


「ああ、そうだよ」


「やったーーー!お泊まりお泊まり!まりまりちゃーん!」


 ハティちゃんはなにかってーと、ちゃーん!でしめるんだな、オッケーちゃーーん!

 と言うわけで我々一行は宿を取る事にしたのだった。

 部屋は大部屋ひとつ、2階の角部屋にして貰った。

 食事は1階の宿併設のお食事処で食べることにした。

 海の近くだけあって魚介類がオススメとの事で、魚介類のブイヤベース的な煮込み料理や海老を甘辛く炒めた料理、アヒージョ的な魚介類のオイル煮込み、などに我々は舌鼓を打つのだった。特にハティちゃんは海老の料理を気に入ったようで海老のサラダや揚げた海老などを美味しい美味しいと良く食べた。

 お腹も膨れて我々は部屋に戻る。

 部屋にはふたつのベッドにサイドテーブルとふたつの大きなソファー、大きなテーブルにドレッサーがある。

 オウンジ氏とハティちゃんはひとつのベッドに、もうひとつのベッドにはスーちゃんが、俺は大きなソファーにそれぞれ寝ることにした。

 スーちゃんは仕事柄どこでも寝れるので代わると申し出てくれたが、夜間の安全のためにもベッドで寝てもらう事にした。

 出入口は押して入るタイプのトビラだ。俺はトビラの前にドレッサーともうひとつの大きなソファーを置く。


「そこまでする必要があるのでしょうか?」


 オウンジ氏が言う。


「必要がなければそれに越したことはないのですけどね」


 俺は答える。


「やつらの首下げ袋であるが、襟元の密着した服の中に入れられたらわからぬのである」


「そうなんだよな、さすがスーちゃん。俺も従業員や客をそれとなく見てたんだがまったくいないんだよな見えるようにあれぶら下げてる奴が。逆に怪しいわ」


「同感である。襲われる事前提で備えたほうが得策なのである」


 寝ているハティちゃんをオウンジ氏がじっと見る。


「そうですか。わかりました」


 オウンジ氏も覚悟を決めたようだ。


「それでは、軽く段取りを決めましょう。まず夜間襲撃にあったら俺とスーちゃんとで出入口を守るんでオウンジさんは窓から叫ぶなり、なにか投げるなりして向かいの衛兵さんに気づいてもらえるようにお願いします」


「ええ、わかりました」


「心得た」


「では、寝ますか」


 という事で就寝となった。

 うつらうつらする中でなんだか頭がジンジン痺れて気持ちが良いったらない。甘い香りがして呼吸をするたびにジンジンして気持ちよくなって・・・。


「ってだあああっつ!」


 俺は飛び起きた。

 ふと窓を見ると男がハティちゃんを抱いてロープを手に外へ躍り出るところだった。


「ゴンゴンゴンッ!ゴンゴンゴンッ!」


 何者かがトビラを破ろうとする音がする。トビラの前においてあるドレッサーとソファーが揺れている。


「スーちゃん!オウンジさん!起きてくれ!」


「うう、頭が重いのである」


「な、何事ですか?」


「2人とも段取り通りに!俺はハティちゃんをさらった奴を追う!」


「わかったのである!」


「わ、わかりました!」


 窓から外を見ると男が屋根を移動するのが見えた。

 俺は呼吸を練りこみスーちゃん直伝のゲイルを使い後を追う。

 窓からの大ジャンプ。隣の屋根にソフトランディングを決め、また大ジャンプをする。

 飛びながら腰から特殊警棒を出し伸ばす。

 小さかった誘拐犯どもの姿が大きく見えてくる。

 ハティちゃんを抱えた男とその周囲に3人、あわせて4人の黒づくめの男。屋根を疾走する姿はさながら忍者だ。ふざけんなよー、忍者は俺だっつーの!姫をさらった悪人ども!!こっちは水晶玉取らなくたってパワーアップだっつーの!

 ひとまず大ジャンプからのキックで先頭を走っていた男をすっ飛ばす。

 男たちは無言で散開し俺と相対する。

 すっ飛ばした男も無言で受け身を取りこちらへ向かってくる。

 今までの奴らとはひと味違うじゃねーの。

 俺はゲイルの応用で身体を動かさずノーモーションで前方に進みハティちゃんを抱いてる男の首筋を特殊警棒で打った。

 崩れ落ちる男からハティちゃんをキャッチし、足の甲をそいつにそえて散開してる奴らに向けてインステップキックの要領ですっ飛ばす。

 2人の男がそれを受け取り、残りのひとりが俺に向かって何かを投げてくる。

 投擲用のナイフだ。俺はハティちゃんを片手で抱えたまま特殊警棒で打ち落とす。

 ギャイーーン。

 金属がぶつかり合う音が夜の闇に響く。

 俺はハティちゃんを抱えたまま後方へ大ジャンプする。そして空中でゲイルを発動させ加速させる。

 奴らが投擲したものが俺が元いた空間を通過する。奴らを見ながら後ろ飛びを続ける。奴らの姿が小さくなりこちらを追うアクションを見せない事を確認してから屋根に降り立ち周囲を見回す。

 少し先で衛兵さんたちがあわただしく動いているのが見える。

 宿泊していた宿まですぐの所だった。

 俺は屋根から降りるとハティちゃんを抱いて宿に戻った。


「無事であったか!」


「ハティ!ハティ!」


 スーちゃんとオウンジ氏が俺たちを見つけ、走り寄ってくる。


「大丈夫ですよ。寝てるだけです」


 俺は寝息を立ててぐっすり眠っているハティちゃんをオウンジ氏に手渡した。


「トビラを破ろうとしていた奴らはどうなりました?」


 俺はふたりに聞いた。


「オウンジ氏が窓から物を投げて叫んだらすぐに消えたのである。駆け付けた衛兵さんたちが言うには、それらしい人物とすれ違ってない所から内部犯の可能性が高いとの事である。そっちはどうであった?」


「こっちは、間違いなくプロだね。あの身のこなし退け際、何より終始無言なんだよ。全身黒づくめで投げナイフを使ってきたな」


「ふむ、全身黒づくめで一切口を利かず投げナイフを使う、であるか。それはアサシンであるな」


「アサシン?プロの殺し屋?」


「そうである!アサシンと繋がっているとなるとこれは大スクープであるぞ!」


「スーちゃんも怖いもの知らずだなあ」


「フフフ、一度食らいついたら放さない、オゴタイのガルムとは吾輩の事なり!」


「何よガルムって?」


「知らぬであるか?北方にいる魔犬である!狙った獲物は逃がさない事で有名なのである!まさに吾輩の事なのである!」


「おおっ!ガルムスーちゃん!」


「まあまあ、そう真正面から言われると照れるのである」


「照れんのかよ」


「あの、クルースさんにスウォンさん。盛り上がっている所、申し訳ないのですが」


 オウンジ氏がおずおずと俺たちに言う。


「どうされましたか?」


 俺は聞く。


「いや、衛兵さんが」


「ああー、詰め所で事情聴取ですかー」


「そのようです」


 という事で我々はマズヌルでも詰め所で事情聴取されることになったのだった。

 もう王国縦断事情聴取ツアーだなこりゃ。

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― 新着の感想 ―
>「吾輩が使えるのは風魔法ぐらいである。その中でもサウンドコレクションとゲイルしか使えないのである」 コレクションだと可算の物を集めて保管する、といった意味合いなので、内容的にはコレクタ(電気・物理な…
[良い点] とても面白いです。 [一言] 足の甲でのキックはインサイドキックではなくインステップキックです。
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